フレア・フロウ
maria159357
第1話例えば太陽がなかったら
フレア・フロウ
例えば太陽がなかったら
登場人物
銀魔アポピス・とんび
飛闇カラス
風雅ふうが
大和やまと
恵(神流かぜ)
黒夜叉てんま
龍海たつみ
瑠堂るどう
生越しょうえつ
あなたの傷を知恵に変えなさい。
オプラ・ウィンフリー
第一請【例えば太陽がなかったら】
生まれたこと、死んでいくこと。
それ以上の事実などないとしても、人間はそれ以上の何かを求めてしまう。
それは美しく散るためか、それとも自らの欲望を満たすためなのか。
一生をかけて知ることはただひとつ。
「なんだよ。折角盗みに来たっていうのに。もうとっくに滅んでたなんてなー。誰だよ、この俺にデマなんかながしやがって」
男は闇に紛れながら、黒い髪を揺らしていた。
「これじゃあダメだな。なら、えっと、定妙炎家にでも忍び込んでみるか」
軽い身のこなしで、男は木から木へと飛び移り、また、家から家へとジャンプする。
その姿はまるで月夜に現れる猿、いや、ネズミのようだ。
立派な佇まいにも関わらす、衰退気味だと言われている定妙炎家に忍び込んだ男は、広いお屋敷にも関わらず、見張りの一人もいないのを良いことに、どんどん進んで行った。
宝石でも金でも、何かしら手に入れば良いと思いながらある部屋に入ると、そこには見たこともないような大きな金で出来た箱がひとつあった。
「うひょ。まじか。すっげえな。中身は何が入ってるかなーっと・・・」
重たい蓋を、中身が欲しいというただそれだけの気持ちで開けると、そこには何も入っていなかった。
首を傾げた男だが、何かに気付くと、慌てて蓋を閉めて何処かに身を隠そうとする。
その時丁度、がら、とその部屋に誰かが入ってきた。
危ない危ないと、男はその人物が部屋から出て行くのを待つことにした。
少しすると、その男は部屋から出て行った音がしたため、ふう、と息を吐きながら、ゆっくりと姿を見せた。
「誰かな?」
「!!!」
出て行ったと思っていたし、気配を感じなかったが、そこにまだ男はいた。
抵抗しようと、隠し持っていた銃をこっそりと手にもち、振り向き際に撃とうとしたが、男はいなかった。
そして次の瞬間には、痛みが走った。
「・・・ん」
男が目を覚ましたときには、すでに牢屋に入れられていた。
「おいおい、勘弁してくれよ。何も盗んでないってのに」
「勝手に城に入り込んで、盗もうとしていたのなら、それは罪だ」
自分だけだと思っていたが、あの時あの部屋にいた男が目の前にいた。
男は真っ白い髪をしており、多分男なのだろうが、女のような顔をしている。
「あんた男?」
「男だ。で、君こそ誰かな?ここは定妙炎家だと知って盗みに来たのかな?」
「勿論!俺はこう見えて、結構情報ツウなんでね。最低限の金を持ってる城かどうかは知ってる心算だ!」
堂々とそんなことを言う男に呆れていると、また別の男がやってきた。
「龍海、どうしたー?」
なんともだるそうに現れたその男は、青い髪を少しはねさせている。
この白髪の男が龍海なのだとわかった男は、そのなんとも威厳がない男に声をかけた。
「なああんた!俺には小さな妹がいてな、そいつに薬の一つでも買って行ってやろうと思ってただけなんだ!ここから出すように、そいつに言ってくれ!」
「・・・えー。めんどうくさい」
「面倒臭いって隣にいるだろ!ふざけんなよ!城主でも連れてこいこの野郎!」
「このお方は城主の瑠堂様だ」
「はいはい、そういう冗談はいらねえから、さっさと連れてきて俺を解放するように言ってくれって・・・」
冗談だと思ったのだが、龍海は至って真面目な顔をしていた。
そういえば、代々分析力や観察力、人望が厚かったとされていた定妙炎家だが、今はうつけが城主になっていると聞いたことがある。
しかし、こんな馬鹿なと。
「冗談とか言ってるぞ!まあ、確かに。けど俺は俺なりに頑張ってるんだぞ。それより龍海、今日俺のクツ下見なかった?」
「存じません」
「えー。どういうことだよ。姿見えねえよ。行方不明なんだよ」
嘘だ嘘だと思って見ていた男に、龍海が名前を聞くと、男はへへ、と笑って誤魔化しながらも、大和、と名乗った。
「大和・・・?」
「はい・・・へへ」
どうにかここから逃げられないかと、いや、こんな馬鹿そうな城主なら出してくれるのではないかと、大和は必死に交渉をする。
「ほら、俺も入ったのはいいけど、結局金目のものはなかったわけで、何も盗んでないし、それに確か女性がお好きだと聞いたので、是非今度上玉を連れてきますよ!」
「なに!本当か!?俺の好みはな、ちょっと気持ちだけぽちゃっとしてるのかな。いや、本当に気持ちな。二の腕とか足とかお腹とか、ほっそりよりは、ちょっとつまむと肉が、ってくらいの方がいいなー。なんてったって、抱き心地がいいからなー」
「ですよねー。分かりますよ!さすが城主!よ!日本一!」
「そうか?いや、そうか?俺はやっぱり天才だな!はははは!」
それが上手くいったのかは知らないが、盗まれたものもなかったため、大和は城から出してもらえた。
相手が馬鹿で良かった、と全く反省していない大和は、次のターゲットのもとへと向かう事にした。
そこは悪名高き城で、名は永晶家という。
もともと女の家系だったため、代々城主も女で、男たちをへりくだるのが得意だ。
しかし宝の山だとも言われている。
「ようし。今度は上手くいくようにっと」
城の中へ入るため、大和は近くで寝ていた商人の服をちょっとだけ貸してもらい、それを着て城へと向かう。
「待て。何用か」
「是非とも見ていただきたい骨董品がございまして」
そう言って、これも適当にゴミから拾ってきた物を見せると、門番は簡単に入れてくれた。
城に入ると、すぐに大和は商人の服を脱ぎ捨て、もってきた骨董品も適当な場所に置く。
そしてどこから覗いていこうかとしていると、声をかけられた。
「何か御用でしょうか」
長い黒髪の綺麗な女性は、名を恵と言った。
そして生越に用があるのだと嘘を吐くと、恵は生越のところまで案内すると言った。
あっという間に生越の部屋まで来ると、恵は声をかけたあと、丁寧に扉を開けて部屋の中に入って行く。
そこにいたのは、茶色の髪をした女性で、右側だけ前髪を下ろし、後は後ろで団子にしている。
「私に何か用か?」
「あ、いえ、ええと」
「ここ最近、城に盗みに入る愚か者がいると聞いたが、貴様ではなかろうな?」
「そ、そんな滅相もありません!ただ、骨董品を持ってきたのですが、下に置いてきてしまいまして、取りに戻って・・・」
「黒夜叉」
「!!!」
逃げようとした大和だったが、いつの間にか背後に男が立っていた。
その姿を見るに、忍者であろう。
目元だけしか見えず、自分よりも背が高いということくらいしか分からない。
黒夜叉と呼ばれたその男は、大和を軽々と持ち上げると、一度床に強く叩きつけた。
「!!!」
背中を痛めたかと身体を縮めていた大和だが、そんな余裕のない大和を眺めて、生越は余裕そうに名前を聞いてきた。
「なに?大和・・・?」
大和と名乗ると、生越はぴくりと眉を動かした。
ああ、殺される、と思っていた大和だったが、生越の口から発せられた言葉は、それとは大分違っていた。
「大和というのか。どうだ?この城で働いてみぬか?」
「え?ここで?」
「もちろん、何か盗もうとするならば、この黒夜叉が即お前を捕まえ、牢屋に送り、どうやって殺すかをじっくり考えさせてもらうがな」
「・・・・・・」
恐ろしいことになったと、大和はどうしようか考えていたが、その話を受け取ることにした。
しかし、長居する心算などなく、タイミングを見計らっていた。
「何、逃げた?」
「はい。どうやら、黒夜叉様が不在のこの時を狙っていたようで、その、敷地内に幾つか穴が掘られておりました」
「・・・まあ良い」
しばらく永晶家に留まっていた大和だが、黒夜叉さえいなくなれば、ここから抜け出すことなど容易だと考えていた。
当然、部下の忍者もいると分かっていたが、一番の問題であった黒夜叉が、何処かの城の調査に向かうため数時間だけいなくなると聞き、その時をねらったのだ。
「よろしいので?」
「ああ。構わん。盗まれたものもない。まあ、少し惜しい気はするがな」
「大和という男、生越様はお知り合いだったのですか?」
「知り合い、というのか。まあ、時代の残り香とも言えようか」
「?」
その時生越が何を言っているのか、恵たち、城で働いている女性たちには分からなかった。
ただ、恵は大和が逃げる際、会っていた。
「どちらへお出かけです?」
「逃げるんだよ。こんな城!」
「しかし」
「なあ、あんたも来ないか?」
「え?」
「こんな城にいて、何が楽しいんだ?あんたぐらいの美人なら、他にもっと良い仕事場があるだろ?一緒に逃げて、それぞれ自由に生きよう!」
大和の言葉に、最初は頷こうとしていた恵だが、縦に振ることは出来なかった。
「私には、探している人がいるんです」
「探してる人?」
「誘ってくださって、ありがとうございます。無事に、お逃げください」
そんなやりとりがあったことは、口が裂けても言えないが。
「それにしても、あいつの目的はなんだったのかね。金だけか?」
だから、そんな生越の問いかけにも、気付けなかった。
「ふー。あんなところで死ぬわけにはいかねえってのに。なんであんな危険な野郎と同じ屋根の下で過ごさなくちゃいけねんだよ」
森に逃げ込んだ大和は、こう入りこんだ場所ではそう簡単には見つからないだろうと、高をくくっていた。
宝石類は盗んでこなかったが食料を少し貰って来たため、それで飢えを凌ぐ。
その時、何か物音がしたような気がした。
「・・・?気のせいか?」
野生の動物たちもいることだろうし、この世に自分一人にならない限り沈黙など来ないだろうと。
「喰った喰った!!満足だなこりゃ」
お腹いっぱいになった大和は、そのまま寝てしまった。
黒い影が近づいてきていることにも気付かずに。
「んあ?」
大和が目を覚ますと、そこは森の中ではなく、木でできた建物の中だった。
誰か親切な人が、生き倒れかと思って連れてきてくれたのだろうかと思っていると、そこへ女一人、男二人がやってきた。
「おう。目ぇ覚ましたか」
百八十以上なる男が二人して大和の近くに寄ってくると、大和はびくっと肩を揺らしてしまう。
「怖がってますよ」
「あ?なんで?」
「そんな怖い顔で近づくからです」
「そうか?」
「ノーコメントで」
女は青く長い髪をしており、後ろで一つに縛っている。
男のうち無口な方は、黒い髪で、両耳に黒いピアスをつけている。
もう一人の男は、少し長い黒髪で、両耳には金のピアスをしていて、顎に髭がある。
確かなことは、女と無口な男は、忍者の格好をしているということだ。
「こいつは風雅。こっちは飛闇。んで、俺は銀魔だ。森ん中で飛闇が拾って来たんだ。腹減ってるか?」
「え?ああ、少し」
「風雅、なんか作ってやれ」
「はーい」
忍者のくせに、といったらいけないだろうが、忍者の割りにはなんとものほほんとした空気をしている。
飛闇が捕ってきたという猪を調理し、風雅はそれを大和に手渡す。
「・・・うま」
黒夜叉が戻ってきた永晶家では、生越がまだ考え事をしていた。
「まさか、あの男、お前の旧友の銀魔とかいう男からの贈り物じゃないだろうね」
「旧友ではありません」
「ならどう言えばいいの?」
「敵、で結構です」
「おやおや、冷たい男だね」
食事を済ませて食器を片づけさせると、生越は黒夜叉に命じた。
「連れておいで。そこで、腹割って話し合おうじゃないか」
「は」
翌日早朝、まだ太陽が昇るには早すぎる朝のこと。
大和はこっそりと起きて、銀魔たちの小屋から逃げようとしていた。
隣を見てみると、まだぐっすりと寝ている銀魔たちが見えたため、大和はまだ残っていた猪の肉を頬張ると、ドアノブに手をかけた。
「やめときな」
「!!!」
脱出しようと試みたその瞬間、寝ていたはずの銀魔が、後ろからドアノブを握っている大和の手を掴んだ。
そして振り返ると、銀魔だけでなく、飛闇も風雅もそこにいた。
「な、なんで・・・」
「大人しくここにいた方が、お前さんの身のためだと思うけどな」
「どういうことだよ?俺ぁ別に命狙われてなんかいないし、それに狙われてたとして、誰がこんなカスみたいな命・・・」
「そらきた」
「?」
銀魔の言葉の後、銀魔に強く腕を引っ張られたため、大和は反対側の壁に激突した。
文句を言おうとした大和だが、自分が先程までいたドアには穴が無数に開いており、きっとそこにいたら、身体ごと貫かれていただろう。
「やっこさんの登場だ」
「かがめ」
「え?」
隣にいた飛闇が、大和の頭を強く上から押し付けて身を屈めさせると、木でできた小屋の上半分、簡単に吹っ飛んでしまった。
目をぱちくりさせていると、銀魔の背中越しに見えた男の姿に、大和は思わず息をのみ込んだ。
「まさかこいつに追われてたのか?とんだ厄介な男を連れてきてくれたもんだな」
「え?知り合い?」
「知り合いなんて生易しいもんじゃねえよ。なあ?黒夜叉さんよぉ」
「・・・・・・」
さらに、気付けば周りは十人ほどの忍者で囲まれていた。
大和はどうやってここから逃げようかと考えているが、この状況では逃げ出すことはなによりも困難だろう。
だが、もしも銀魔たちと少し一緒にいれば、ここから逃げられるかもしれないとも思った。
「その男をこちらへ渡せ」
「渡すのは構わないが、お前に上から物を言われるのは癪だな」
銀魔は、今のうちに避難しろと飛闇と風雅に伝えると、飛闇が周りの忍者に攻撃を仕掛け、風雅が自分よりも重い大和を抱える。
女に抱えられるなんて恥だと思っていると、黒夜叉が声を張る。
「大和を捕まえろ!」
「大和・・・!?」
ぴくり、と反応したのは、誰よりも飛闇だった。
そして、風雅が抱えている大和の首元にクナイをつきつけていた。
「・・!?」
「止めて!飛闇!」
ついさっきまで助けてくれていたというのに、いきなり自分にクナイを突きつけた飛闇に、大和は殺気を感じていた。
「ど、どういうこと!?俺、お前のことなんか知らないけど!?」
明らかに先程までとは違う飛闇の目つきに、大和は身の危険を感じていた。
その間も、どこかでこの男に恨みを買ってしまったのかとか、盗みに入った城にでも仕えていたのかとか、色んなことを考えていたが、やはり答えは見つからなかった。
「なんだよ!?なんでだよ!?お前に恨まれるようなことしたのか!?わかんねえよ!!!」
「恨みは死を持って償え」
「ええええ!?タイムタイム!!ちょっとタイム!」
このままでは死ぬ、そう思った大和だったが、首を斬られることはなかった。
「飛闇、そこまでだ」
「・・・・・・」
ただ、銀魔がそう言っただけだったが、飛闇はクナイを大和の首元から放した。
生き延びたと安心していると、風雅に抱えられていることを忘れていたため、急に身体が浮遊した。
そのまままるで風にでもなったかのように、ぴょんぴょんと森をかけぬけて行く。
「おい、あいつ大丈夫なのか?こっちは一人で、あっちは十人くらいいただろ?お前ら、見捨てるのか?」
「馬鹿言わないで」
後ろでは追手を撃退している飛闇がいて、それに見とれていると、風雅の頭上から別の男が降ってきた。
「ああああああ!!!!」
身を屈めると、風雅は男の脇下に剣を抜き、男は血を流しながら地面に落ちて行った。
「五月蠅いわね。私も飛闇も、当然銀魔さんもやられはしないわ」
血のついた剣を片手に、風雅は森を抜けて行くと、あるところで止まって大和を下ろした。
それからすぐに飛闇がやってきて、傷一つない姿に思わず口をあんぐりと開けっぱなしにしていた。
だが、ついさっき殺されかけたせいか、大和は飛闇と距離を取る。
「しばらくここで待ってましょ」
そう言うと、風雅は焚火をし始める。
食料の猪も置いてきてしまったし、飛闇は近くを通った鳥や熊を狩ってきていた。
「わー!久しぶりの熊だ!嬉しい!」
女性が言う台詞ではないように思うが、きっと美味しいのだろう。
風雅は飛闇が狩ってきたそれらを、悲鳴をあげることもなく、笑顔で捌き始める。
「・・・・・・」
今逃げ出して、飛闇に殺されるのも嫌だと思った大和は、ちらちらと飛闇のことを警戒しながら体育座りで待っていた。
「さー!美味しい美味しい鳥と熊のハーモニーが出来上がったわよ!」
一人ルンルンとしている風雅とは逆に、無言でいる飛闇と大和に、風雅は頬を膨らませて、その後ため息を吐いた。
「まったく。飛闇があんなことするから、怖がってるじゃない!」
「耳元で喚くな」
「銀魔さんの言う事なら聞くくせに。ほら、食べて。何事もお腹が空いてちゃあ始まらないわよ」
「そうそう、風雅の言うとおり」
どこからか聞こえてきた声に、一番驚いていたのはきっと飛闇だろう。
服に葉っぱや土汚れはついているものの、怪我はしていない銀魔が戻ってきたのだ。
「どこまで行ったのかって、随分探しちまったよ」
「ごめんなさい。追手が結構いて、重たい荷物も背負ってたし」
荷物というのは自分のことだろうと、大和は肉に伸ばしかけた手をひっこめた。
「遠慮せずに喰え。飛闇が折角捕まえてきた猪も、全部喰う前にあいつらが来ちまったからな。何事も、腹を満たすことから始まる」
「ほらね!銀魔さんもこういうでしょ?」
「・・・・・・」
懐にもっていた茶碗を取り出して、それぞれによそられ、それを口に運ぶと、なかなか臭みがあった。
まあ、野生の鳥と熊なのだから仕方ないとおもいながらも、肉肉しくて美味しいと思った。
腹一杯になった頃、焚火をしながらぼーっとその日を眺めていた。
「大和、っていったか」
「え?ああ、まあ」
「飛闇にあんなことされて驚いてるだろうが、許してやってくれよ?」
飛闇と風雅は、交代交代で寝ながら見張り番をしていた。
本当なら、今頃あの小屋で布団で寝ている頃だっただろうに。
「大和ってのは、代々受け継がれてる名前だよな?」
「なんでそのこと・・・」
「お前がなぜ狙われるのか、その答えがきっとそこにあるとしたら、俺の話を信じて聞いてくれるか?」
「・・・・・・」
何を話されるのか分からないが、大和は静かに一回だけ頷いた。
それを確認すると、銀魔はフクロウたちの声をBGMに話し始めた。
「このあたりには、二つの大きな城がある。ひとつは定妙炎家、もうひとつは永晶家だ。だが、今はないが、あと二つ、名門と言われた城があった。それは、轟知家と天翔家だ」
定妙炎家は、およそ800年以上続くと言われている城で、名家と名高い城だった。
50年ごとに世代交代をすることでも有名だが、徐々に衰退しているのもまた事実。
なぜ衰退しているのかは判明していないが。
続いて永晶家は、1000年以上続いている城だが、戦争好きで良い噂は聞かない。
950年前に戦争をし、7年後には終わったが、その後も772年前に戦争をし、3年後に終戦をした。
610年前に5年間の戦争と200年前に9年間の戦争、92年前にも1年間の戦争をしているのだ。
今では黒夜叉が城主である生越を守る影となっている。
そして轟知家というのは、およそ1300年以上続いたとされる名門だが、ある日ぱったりと途絶えてしまった城でも有名だ。
もともと忍者を雇ってはおらず、戦争にも参加したことなどなかった。
900年前と820年前に改革がなされると、忍者を雇い、自分たちの城を守るという考えが構築された。
200年前に一度だけ戦争を起こし、100年前に滅んだと言われている。
城も人も跡形もなく消えており、これは最大の謎と言われている。
そして、最後に天翔家だが、600年続いた城で、忍者を育成していた城とも言われている。
だが、有能なスパイの潜入により、滅ぼされてしまった。
「200年前の永晶家の戦争相手ってのは、言わずもがな、轟知家だった。この二つの城の9年間の戦争という長さは、今では伝説みたいに語り継がれてるが、その長さだけ、兵士たちは恐怖におとしめられたってわけだ」
「いや、歴史は分かったけど、それでどうして俺が関係してくるんだ?」
「ここからが重要なんだよ。時代ってのは、残酷なまでに刻まれていくからな」
天翔家が滅んだ後も、生き残りはいた。
簡単に言ってしまえば、その生き残りの血を引いているのが、飛闇や風雅だ。
放浪し続け、銀魔に拾われたのだそうだ。
「ちなみに、お前が潜入した定妙炎家にいた龍海っていうのも、もとは天翔家にいた奴の生き残りだ。150年くらい前に、あいつの先祖があの城で雇われたのをきっかけに、ずっとあの城を守り続けてる」
「で?」
「で、だ。天翔家を滅ぼしたのは、永晶家のスパイのせいだって言ったろ?永晶家が轟知家との戦争を行う前の5年間の戦争。あれは、永晶家と天翔家のものだ。そして天翔家を滅ぼしたとされるスパイの名こそ、大和。つまり、代々受け継がれているお前の名ってことだ」
「俺が、スパイ・・・?」
「いやいや、ちょっと待ってくれよ。大和って俺の先祖か何かが、天翔家を滅ぼしたスパイだとして、なんで俺が、狙われなくちゃいけねえんだよ!?」
昔昔の人間がやったことなど、今の大和には関係ない。
「まあな。お前には関係ないことだ。その当時の大和も、役目を終えたら永晶家から抹殺されそうになって逃げたって話だしな。だが、名を受け継ぐってのは、英雄ならまだしも、悪名だとこうも恨まれ続けるとは、数奇な運命を持ったもんだな」
「冗談じゃねえよ!俺は英雄だろうと悪漢だろうと、昔の奴なんか知らねえよ!俺は俺として生きてるんだ!名前なんかに振りまわさえれるなら、こんな名前捨ててやるよ!」
「まあ落ち着け」
自分が興奮させたのにも関わらず、銀魔が大和を宥める。
その時、見張りが風雅から変わるときで、飛闇が叫び声を聞いてこちらに向かってきた。
大丈夫だと銀魔が言えば、飛闇は大人しく下がって行った。
「あいつらも苦しんできたんだ。城が滅んでからというもの、まともに食事も出来ない、寝れない日々が続いたんだ。大人に着いていけば、どっかの港から売られるなんてこともな。生きるか死ぬか、それとも人間としての尊厳を奪われながら生きるか、そんな人生だったんだ」
「・・・・・・あんたとはどこで」
「何処だったかな。俺がたまたま道端で拾っただけだからな」
そんな、猫を拾ったのとはわけが違うのだからと、大和は怪訝そうな表情で銀魔を見ていた。
「黒夜叉とも知り合いなのか?」
黒夜叉、という単語を出すと、銀魔は少しだけ眉を顰めたが、顎鬚を摩りながら面倒臭そうにこう言った。
「まあ、悪縁とでもいうのか」
「悪縁?」
「まあ俺はもともと轟知家の先祖をもつんだが、その頃から黒夜叉の一族とは仲が悪くてな。まあ、敵同士だから仕方ないんだが、その頃から素顔を見せない奴だったから、余計に勘に障るって言うか」
「それはなんとなくわかる」
そんな世間話をしていると、そのうち銀魔は寝てしまった。
残されたのは大和と、見張りをしている飛闇だけだが、大和はこっそりと声をかける。
「なあ、俺のこと殺そうとするの、もう止めてくれるか?」
「・・・・・・」
「確かに俺は大和だけどさ、正直言って、もっと格好良いのが良かったなぁ、なんて思ってるし、出来れば世の中にひとつ、みたいなのが良かったな。だってよ、俺は一族みんな大和、なんだぜ?じいちゃんとかそのずっと前のじいちゃんとかの話し聞いてても、みんな登場人物が大和だから分からんねえんだよ」
そんな文句を一人で言っていた大和だが、飛闇は何も答えない。
もうつまらなくなり、このまま寝てしまおうとした大和だったが、起きていたのか、風雅が急にクスクス笑い出した。
「あ、ごめんね」
「なんだ、起きてたのかよ」
「そうだよね。私達は大和って人に裏切られて、大和って人に居場所を奪われたけど、君じゃないんだもんね」
「そりゃそうだ」
だから言ってるだろうと、大和は腕組をして唇を尖らせる。
それを見て、さらに笑いだす風雅に、大和はこの野郎と言うと、野郎じゃないと言い返されてしまった。
「飛闇だってきっと分かってるの。ただ、あれは一時の感情に流されただけ。許してあげて」
「殺されかけたのにか?」
「あんな風に感情的になる飛闇なんて、珍しいのよ?いっつも無愛想なんだから」
無愛想というのか、クールというのか、冷静というのか。
とにかく、任務においても日常においても、風雅が火なら、飛闇は水といった具合だ。
それだけ恨みがあるのかとも思ったが、飛闇にあるのは恨みではないと風雅が言う。
「多分、自分の無力さ、非力さが蘇ってくるの。責任感が強い奴だから」
「・・・・・・」
城が滅んだとき、自分はまだ生まれていなかったとしても。
もっと強ければ、もっと力があれば、もっと権力や地位があれば、そう考えてしまう。
言い出したらキリがない、そんなことを毎日毎日心に抱えてしまって、吐き出す場所がないまま、こうして生きてきたのだ。
身体を横にしたまま、風雅は続ける。
「私なんかは、歴史のことなんて良く分からないし、自分が忍者だってことも時々忘れるけど、飛闇は違うの。生まれてからしばらくは、何の目標も目的もないまま、ただ生きてた。生きるも死ぬも分からなくて、情けないと思ったときもあった。けどね」
そこまで言うと、風雅は上半身を起こし、大和に向かって笑いかける。
「銀魔さんに出会って、変わったの」
無気力に生きていた日々が一変、これからはこの人を守るために生きるのだと。
「飛闇も生き生きしだして、私達には本来の目標が出来た。主を守るっていう。その為に強くなって、戦うの。まあ、あんまり無茶すると、銀魔さんにも怒られるけどね」
困ったように笑っていると、そろそろ交代の時間なのか、風雅は飛闇に声をかけた。
しかし、大和には疑問が残っていた。
忍者を雇っているのに、銀魔も確か忍術のようなものを使っていたような、と。
音もなく舞い降りてきたのは飛闇で、大和は思わず黙ってしまった。
寝たふりでもしようと思い横を向くが、やはり気になってしまう。
そこで、横を向いたまま声をかけてみた。
「なんでこの人はあんたらと同じように戦えるわけ?てか、俺の目には、あんたらがこの人に守られてるように見えたんだけど」
「・・・・・・銀魔さんだ」
まず先にそこを突っ込むのかと、大和は飛闇をぶっ飛ばしたい衝動に駆られたが、なんとか耐えた。
この人、と銀魔さん、に変えたところでもう一度同じ質問をしてみると、飛闇は目を瞑ってしまった。
寝たのかと思っていると、目を瞑ったまま、飛闇は答えた。
「俺を守ってみろ。俺もお前らを守ってやる」
「は?」
「そう言われた。だから着いてきた」
「?」
何を言っているのだろうと、大和は首を傾げていると、目を瞑っているのにそれにきづいているように、続ける。
「忍とは本来、信頼出来る主に着いて行くものだ。ただ自分を守れ、敵を殺せ、国を滅ぼせというだけの主なら、俺は着いて行かない。それだけだ」
「・・・ふーん」
自分から聞いたくせに、あまり興味のないのか、大和はうとうととし始めた。
それを、目をうっすら開けてみた飛闇は、ため息をつきながら自分も寝ることにした。
二人が寝たあと、目を開けた銀魔は、何かを思い出したのか、笑いを堪えていた。
「ちょっと銀魔さん、趣味悪いですよ」
「ああ、悪い。飛闇も随分と大人になったんだな、と思ってよ」
「自分の見た目を簡単に変えられる人が言うことですか」
「俺が幾つに見えてんだ」
「だって銀魔さん、最初に会ったときはもっとごつい感じだったじゃないですか。知らないうちにおじいちゃんになったり、若い男になったりするんですもん」
ケラケラと楽しそうに笑っている銀魔は、口元まで自分の服で覆いながら、胡坐をかいてまた寝た。
「生越様、およびでしょうか」
「ああ、来たか。おっちにおいで」
「はい」
翌日、朝から生越に呼ばれた恵は、言われた通り生越の前に向かっていた。
朝から呼ばれることは珍しくはないが、こうして一人で呼ばれる事はなかった。
いつもなら、数人の女中たちが一斉に呼ばれ、やれあれをしろだのやれこれをしろだのと言われるのだ。
しかし、なぜか今日に限って一人。
恵は生越の前に行くと、そこに正座をして頭を下げる。
「恵、お前に頼みたい事がある。美しい顔を持つお前にしか出来ないことだ」
「どういったことでしょう」
恵の言葉に、生越はニヤリと口元を歪めると、手元でいじっていた桜が描かれている扇子を広げる。
鼻から下を隠すようにして覆うと、威圧感のある生越の目だけがこちらを向く。
「吉原で、しばらく働いてきてほしいのだ」
「吉原で、でございますか?」
恵は耳を疑ってしまった。
吉原と言えば、女たちが自分の身体を売っている場所ではないか。
そんなところで働いて来いなどと、なんてことを言うのだと、恵は生越に怪訝そうな表情を向けてしまった。
しかし、生越はにんまりと目元まで笑みを浮かべたまま、そんな恵の表情さえも予想していたかのようだ。
「お前も知っての通り、我が永晶家は戦が資本。戦利品を勝ち取ってここまで続いてきたといっても過言ではない。だが、ここ最近は戦の相手が悪いのか、それとも世界自体が貧しくなっているのか、戦利品だけではそう長くは続かなくなってきた」
「それは、承知しております」
「なら話は早かろう?お前の美貌をもってすれば、遊郭一の花魁になることなど造作もないはずだ。私のためにも、この国のためにも、どうか一肌脱いではくれぬか」
「・・・・・・」
拒むことなど出来ないと分かっていて、生越は言っているのだろう。
扇子を畳んでは広げ、また畳んでは広げと繰り返しているところを見ると、きっと少し苛立っているのだろう。
すぐの返答出来ないでいた恵だが、パチン、と強めに扇子が畳まれた音で、身体をびくりと揺らした。
「どうした?私のためには働けぬと申すか?」
「いえ、そのようなことは」
「ならば答えなど決まっていよう。すぐにでも準備を進め、吉原に向かえ」
「・・・はい」
恵が部屋から出て行った後、天井から姿を見せた影が一つ。
「よろしいので?」
「なにがだ?」
「吉原と言えば、確かに金の巡りは良い場所でしょうが、酔った男や気性の荒い男たちに殺される女も少なくないと聞きます」
「・・・それがどうした?」
恵はここに来てから、とても真面目に良く働いてくれていた。
他の女中たちとも仲良くしているし、器量も良いだろう。
ただ一つ、生越が気に入らないことがあるとすれば、それはきっと、恵が生越よりも美しいということだろうか。
女家系として、男たちなど目もくれず、自分達だけの権力と美貌を武器に今まで生き残ってきた永晶家。
それなりに綺麗な女中たちを雇ってはいるが、自分よりも綺麗な者はこれまで一度も雇ったことはなかった。
ならどうして恵は雇ったのかと聞かれれば、単に生越の気紛れだったのかもしれない。
それに、永晶家に来たときの恵の格好は実にみすぼらしく、あれほど美しいとは分からなかったのだ。
だが不思議なことに、どれだけ影で働かせようとも、汚い仕事を押しつけようとも、恵は嫌がることもせず、その姿を見た女中たちはあれこそ本当の美しさなどと言いだした。
「殺されたら仕方あるまい。まあ、あれだけの美貌の持ち主、そう易々と殺されるとは思わぬが」
「それほどお嫌いでしたら、消せばよろしかったのでは?」
黒夜叉の言葉に、生越は足を組みかえながら答える。
「嫌いというわけではない。目障りだと思ったまでだ。それに、今日までおよそ六年もの間、実に真面目な働きぶりであった。いつ命を狙ってくるかと待っておったのだが、どうやら私の命が目的ではなかったようだ」
「放っておくというわけですか」
「吉原で、女というものを知ると良い。男に抵抗することも出来ず、ただただ玩具として傀儡として、無力に散って行くことを身体に叩きこまれてくることで、丸くなるなら私にとっても好都合だ」
永晶家に、男は黒夜叉たち忍しかいない。
それはやはり、男たちに攻めて来られた際、女だけでは力は到底敵わないと知っているからだろう。
「ひとひらの花、散りゆくさだめ。何かの唄にあったであろう?まさに、今のあいつにふさわしい唄ではないか」
くつくつと喉を鳴らしながら笑っている生越の横で、黒夜叉はただ黙っていた。
生越に言われた通り、吉原に行く準備、といってもそれほど荷物もないため、すぐに準備を終えた恵は、他の女中たちと別れの言葉を交わしていた。
元気でね、また戻ってきてね、と温かい言葉をかけられ、恵も笑みを返した。
「きっとまた、戻ってきます」
「なに!?盗みに入った者を逃がしただと!?どういうことだ!!」
「瑠堂様の命でありましたので」
「罪人は罰せなければいかんだろう!まったく!本当にうつけ者だ!」
城に潜入した大和を捕まえておきながら逃がしてしまったと分かると、瑠堂の周りの家来たちはザワザワとする。
瑠堂本人がすぐ隣、襖を開ければそこにいるというのに、大声でそんなことを言っていた。
「瑠堂様は、何も盗まれていないため、逃がしたまでです」
「盗まれていようとなかろうと、罪人は罪人じゃろうが!城に忍び込んだ時点ですでに奴は捕えるべきだったのだ!」
「ほんにうつけの城主を持ったものよ」
「代々名を連ねてきた名家であるというのに、なぜこうもうつけが生まれてきたものかのう」
「先代様も、もっと長生きしてくだされば」
「あれは生まれながらに病気を持っておったのだ。仕方あるまい」
「奥方様まで後を追う様にして亡くなってしまったからな。しかし、あのようなうつけを残されても困ってしまうではないか」
「ならば、世代交代しかあるまい」
「我々で反乱を起こすのだ。なに、どうしようもないうつけじゃ。反乱を起こされたことにも気付かぬまま、死ねるであろう」
「この城に仕えて早四十年、これほどまでに城が衰退しようとは思わなんだ」
「そうと決まれば、瑠堂様をあの椅子から下ろすべく、我々が一丸となって、周りにも声をかけるべきだ」
「反乱と共に、暗殺をするというのはどうだろうか」
「何?」
「亡き者にしなければ、きっと定妙炎家のまっとうな血筋を引く瑠堂様の援護に回るものがいないとも限らんぞ」
「確かに、そうかもしれん」
「では、瑠堂様の失脚は良いとして、暗殺は誰かに頼まねばなるまい。腕のたつ暗殺者でもいればな」
「それはなんとかしよう。我々の誰かがやることも考えておかねばな」
そんな話をしながら、家来たちはどこかへと姿を消した。
一人、龍海だけは瑠堂がいる部屋に入ると、一礼をする。
「お聞きになりましたか」
「え、何が?なんか話ししてた?」
「・・・いえ」
「それよりさー、俺なんか疲れてきた。それに女の子と遊びたいよ。城下に行ってもいいかな!?」
「それはご遠慮ください」
「ちぇ。つまんねーの」
部屋に入ると、瑠堂はうつ伏せになって寝転がっており、足をバタバタさせていた。
女好きでも有名な瑠堂は、時折城下へおりては女性に声をかけているのだが、あまり相手にはされない。
口に爪楊枝を咥え、旦那旦那と龍海のことを呼びながら歩くぐらいだから、自分の正体は知られたくないのだろう。
「瑠堂様、どちらへ?」
「あ?暑いからちょっと外行く。あーあ。なんでこんなに暑いかね」
折角綺麗に身に纏っている着物を、バサバサと動かして風を送り込んでいる。
それを見て、龍海は小さくため息を吐く。
「あ!鳥がフンしやがった!!」
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