ゆうか゜とう

maria159357

第1話 灯籠






ゆうか゜とう

灯籠



       登場人物






         一人静 ひとりしずか


         イベリス










































 光には2つある。ものを照らすあざやかな光と、おおい隠すぎらぎらした光。


          ジェームズ・サーバー






































 第一文銭【灯籠】




























 亡くなると、川を通るらしい。


 その川を通って向こう岸へ行ってしまうと、二度と元の世界へは戻って来られないと、誰が言っていたのかは知らないが。


 しかしその川へ向かう手前に、もう1つの川があるという。


 そこへ向かうのは亡くなった人ではなく、生死を彷徨っている人たち。


 そこいるのは、ただ1つの花。








 「カイト!カイト!!」


 「先生!どうかカイトを助けてください!」


 真夜中の病棟内で、慌ただしく動きまわる影があった。


 産まれた時は、とても元気そうだった。


 しかし、1歳になる前に、突然としてその小さな身体に不調が起こる。


 急に痛い痛いと泣きだすと、肌のあちこちに痣が現れ、鼻血も出てきて、しまいには身体中に出来た癌のようなものが転移していると言われた。


 2歳になって少し経った頃入院が決まり、色々な検査を行ってみたものの、原因不明としか言われなかった。


 ついにカイトは7歳になってしまったが、それでも未だ、謎の病に病名はつかなかった。


 心臓にも脳にも何か悪い物があるらしいが、詳しいことはよく分からないまま、カイトは身体を動かせない状態が続いている。


 医師が言うには、この状態でここまで生きていられるのが不思議なほどの酷さのようだが、死ぬに死にきれない方が辛いだろう。


 「カイト・・・!!」


 いつ死んでもおかしくないということで、母親は常に病院に泊まれるようにしていたのだが、そんな中、カイトの身体には急変があった。


 心臓マッサージをしながら、緊急手術が行われることとなった。








 「?」


 カイトは、石がごろごろと転がっているような河原に立っていた。


 ここは何処だろうと思っていると、近くで男の子が沢山の石を積み上げているのを見つけ、近づいて行く。


 すると、そこへ黒い影がやってきて、男の子が積みあげていた石を、足で蹴飛ばして崩してしまう。


 黒い影は笑い声を出しながら消えてしまうが、男の子は再び石を積み上げ始める。


 カイトは男の子に近づいて行くと、何をしているのか聞いてみる。


 「どうして石を積んでるの?」


 カイトは、なぜ自分が言葉をちゃんと話せるのかなど、わからない。


 ただ、口を開いて声を出したら出て来た。


 「ねえ、どうして?」


 だが、男の子は何も答えない。


 しばらくすると、そこへまた黒い影がやってきて、また積みあげた石を崩すと消えて、男の子はまた積みあげる。


 その繰り返しを見ていると、ギィ、という小さな音が聞こえてきたため、そちらに目を向ける。


 河原につけられた小船は、まるで緑の蛇と紫の蛇がからまったような感じで、その回りには植物の蔓が巻かれ、様々な種類の花が咲いていた。


 オールと思われるそれは白く綺麗な色をしており、花弁が翼のように重なっている。


 そしてカイトを見ている1人の・・・男か女かは分からないが、その人物は黒の服の上に赤くて長いローブを頭から足先まで覆いかぶさっている。


 顔の鼻から上の部分は、真っ白で何も描かれていない仮面のようなもので隠されているため、目は全く視えていない。


 そして首元には、色んな花をチェーン代わりに、真ん中には生々しい所々欠けた髑髏が飾ってある。


 「どうぞ、この朝凪にお乗りください」


 そう言われ、カイトは乗った。


 船に乗ったカイトだが、船を漕いでいるその人物は特に愛想が良いわけでもなく、何か話してくれるわけでもない。


 なんだか不思議な気持ちのまま船に揺られていたカイトは、まるで川の中で育ったように水面に顔を出している何かの実を見つけた。


 真っ赤で小さなその実に、カイトの胃は涎を垂らす。


 「あれ、食べても良い?」


 船を漕ぐ人物に尋ねてみると、カイトの方を見ること無く答えた。


 「食べてはなりません。ここでは、何も口にしないよう、お願いいたします。そうでないと、戻れなくなってしまいますので」


 「?戻るって?」


 それについては答えてくれなかったため、カイトは大人しくしていた。


 子どもとしては好奇心から聞きたいところではったのだが、子供ながらに、これ以上聞いてはいけないような気がしたのだ。


 カイトの乗っている小船の内装としては、土と雑草という、外にいるような感覚になるものだ。


 だからと言って嫌な感じではなく、カイトは好きだ。


 「あれ何?」


 特に船の上ですることもないカイトが指指したのは、遠く遠くの方に見える、真っ赤になった水平線。


 まるで燃えているような、何かが揺れ動いているような、そんな赤だ。


 船を漕ぐ人物も、カイトが指を指した方向に顔を向けると、少し間を開けてから言う。


 「・・・あれは曼珠紗華です」


 「まんじゅう?」


 「お花です」


 「ふーん。燃えてるみたい!!」


 「そうですね。まるで対岸の火事です」


 「たいがん・・・?」


 またしても、沈黙が続く。


 一向に楽しい会話にならないため、カイトは暇でしょうがなく、船の縁に顔を近づけて川を眺めてみる。


 小船が流れている川には、蓮が浮かぶ。


 川の下を覗いてみると、そこには雲が浮かんでいるように見えたが、急に怖い顔が見えたため、カイトは身体を後ろにのけぞらせる。


 もう一度顔を覗かせてみると、そこにはもう、怖い顔はなかった。


 何処に向かっているのかも分からないでいると、急に、また少し離れたところが雨になっているのが見えた。


 こちらは全く降っていないというのに、激しく雨が降っているのが分かる。


 「あっちは雨が降ってるね」


 「・・・そうですね。誰かが向こう岸に着いてしまったのでしょう」


 「向こうのお花のところ行けるの?」


 「行けないことはありませんが、この船ではいけません。というか、行くわけにはいきません」


 「ねえ・・・」


 カイトが何か話そうとしたところで、急に小船が揺れた。


 なんだろうと思っていると、空からも川の中からも、気味の悪い姿形をした者たちから、人間にも見える者たちが突如現れる。


 「そのガキをこっちによこせ!!」


 「ガキを連れて行くぞ!!!」


 全員が、カイトを狙ってきた。


 カイトは身体をこわばらせて動けないでいると、小船を動かしていたその人が、オールを持ちあげてブンッ、と振りまわした。


 「わっ!!」


 すさまじい威力の風が吹くと、カイトを襲ってきた奴らの大半は何処かへ飛ばされてしまった。


 残った男たちはというと、小船が急にうねうねと動き出し、緑のそれは皆石に姿を変えてしまい、紫のそれは毒で相手の身体を蝕んでいた。


 「くっそ!!燃やせ!!」


 すると、今度は小船ごと燃やしてしまおうと、火を向けて来た。


 このままでは燃えてしまうと思っていたカイトだが、その心配はなかった。


 オールも小船も燃えることはなく、外に巻きついている花の中には食中植物もあるらしく、火ごと丸呑みしていた。


 「どうなってんだ!!普通の渡し船じゃねえぞ!!!」


 カイトはぽかんとしていると、再びオールで小船を漕ぎだした男が言う。


 「ご安心ください。この小船は特注品。決して沈まず流されません。このオールも船も決して燃えず折れることもありません」


 「とくちゅ・・・?」


 「要するに、とてつもなく強固な船ということです。ちなみに、船と言っても2匹の蛇から出来ておりまして、巨大化することも、獲物を丸呑みすることもございます」


 「さっすがだな。月下美人のオールだから燃えると思ったんだけどなぁ!!」


 ざば、と音を出しながら、川から出てきて全身濡れていると思われる1人の男が、その小船の縁に腕を乗せていた。


 カイトは思わずその男から離れる。


 「渡し守の一人静ってのはお前か。最近じゃあ、モーター付きとか大型船の渡し船が多いってのに、随分古風な船だとは思ってたが、こんな仕掛けがあるとはな」


 「どちらさまでしょう」


 「今際のイベリス、って言やぁ分かるか?」


 それは、左目の下に変な模様がついている男だった。








 「最近ようやく中級から上級になってな。早くあんたらカロンたちの役職が欲しくてよ。こうして点数稼ぎしてるってわけさ」


 「死神の差し金ということでしょうか」


 「そういうこった。だからそのガキよこしな。あの世に連れて行ってやるよ」


 「お断りいたします」


 ふと、一人静が持っているオールの先に、蝶が止まった。


 白い羽に黒い模様がある、お世辞にも綺麗とは思えない色合いの蝶だが、なぜだか目が離せない。


 その蝶を見ると、イベリスは唇を尖らせ、川の中へと戻って行った。


 この蝶が何だと言うのか、それはカイトには分からないし、きっとこの一人静も答えてはくれないだろうと聞かなかった。


 それよりも気になることは、先程の男が言っていたことだ。


 「あの世って、何?僕、死んじゃうの?」


 詳しいことは知らないが、あの世に逝くともう二度と両親には会えないらしい。


 そこがどんなところか誰も知らないけど、そこへ行った人はみんな帰ってこないそうで、それならばもしかしたら良いところなのかもしれない。


 それでも、両親のもとへ帰りたい。


 「まだ間に合います。ここは、生死の狭間をうろついていると来てしまう世界ですが、私はそんな方々をもとの世界に戻すための存在でございます」


 「戻れる?」


 「はい。あなたが生きて戻りたいと願えば、必ず戻れるでしょう」


 「・・・・・・」


 小船が静かに動き出すと、オールに止まっていた蝶はどこかへと飛んで行った。


 それから少しすると、男の子が石を積み上げていた河原とは別の場所に着いた。


 カイトが小船から下りると、そこに雨が降る。


 川の上で見た、何処かで降っていた雨とは違い、激しいのに暗くなく怖くない、そんな雨だ。


 「あ、雨だ」


 「この雨は、遣らずの雨、と言います」


 「やら?」


 「通常のこの雨が降るのと、私の船に乗っていた方のもとに降る雨とでは、意味が異なります。この雨は、あなたが無事に戻れたということを意味します」


 「?僕、帰れるの?パパとママのところに、帰れる?」


 「あとは、真っ直ぐに歩いて行ってください。決して振り返らずに」


 その言葉に、カイトは頷いて走って行った。


 何処に続いている道かは分からないが、とにかく走った。


 振り返ることなんて忘れていたし、あの一人静が嘘を吐いているかもしれないというのに、なぜだか、不安はなかった。


 幻聴かもしれないが、時折、囁くように聞こえてくる自分を呼ぶ声は、懐かしい感じもする母親のものだろう。








 「カイト?カイト!」


 耳元で大きな声が聞こえてきて、それが両親のものだと気付くのに、時間はかからなかった。


 目を開けると、泣きじゃくっている両親と、その後ろにいる白衣をきた先生たちがいた。


 「ママ・・・?パ、パ?」


 「カイト!良かった!!」


 「奇跡としか言えませんよ。原因不明だった身体の病原菌が全て消えているんですから」


 「ありがとうございます!!カイト!良かったわね!!!」


 難しいことはよく分からなかったが、カイトの身体にあった悪い物は全て、なぜか消えていたらしい。


 その後数日様子を見ていたが、カイトの回復は明らかなもので、長い入院生活を終えることが出来た。


 「ママ!僕ね、船に乗ったんだよ!その船がね、蛇で出てきてたの!」


 「あらそう。楽しい夢を見てたのね」


 「違うよ!夢じゃないよ!」


 「ふふ、カイト、何食べたい?好きなものなんでも作ってあげる」


 「わーい!!僕、ハンバーグ食べたい!!」


 夢だったのか現実だったのか、それはカイトにも分からない。


 確かなことは、今こうして、生きて両親と共にいられるということ。








 この世とあの世の境にある川、それを三途の川と言う人もいる。


 しかし、そこにある川はそれだけではない。


 彼のように、船に乗せた魂をこの世へ戻そうとする川がある。


 そこの川は激流であるにも関わらず、オールの思うままに進めるという。


 ひっそりとそこにいる彼のことを、こう呼ぶのだ。


 「一人静」と。



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