ラグナロク

maria159357

第1話四神と罪人







登場人物


                            ぬらりひょん


                            天狗てんぐ


                            オロチ


                            座敷ざしきわらし


                            帝斗ていと


                            煙桜 えんおう


                            琉峯 りゅうほう


                            麗翔 れいしょう


                            鳳如 ほうにょ


                           
















われわれは現在だけを耐え忍べばよい。過去にも未来にも苦しむ必要はない。


過去はもう存在しないし、未来はまだ存在していないのだから。   アラン






































 第一昇  【 四神と罪人 】


























 「清蘭様、御機嫌いかがかな?」


 「これ鳳如、清蘭様はお疲れじゃ。用ならワシが聞くとしよう」


 「えー。座敷わらしに言うのかよ。・・・・・・まあいいか」


 「主、夜中に枕元に立ってやろうか」


 「悪かった悪かった。ここ最近、また奴らが現れ始めてな。まあ、こっちは人数もいるし大丈夫だとは思うんだけどな。いざとなったら助けるようにって、あいつにも言ってあるから」


 「もしや、それはぬらりひょんのことか」


 「そうだ」


 「奴はワシと遊んでくれぬ故、あまり好まぬ」


 「そういう問題じゃないでしょーが。とにかく、嵐がきそうだから、注意するように伝えておいてくれ」


 「心得た」


 男は、黄色の髪の毛を緩やかに動かし、にこりと笑った。


 男は四人のいる場所へと向かう。


 まずはじめに言っておくと、男は一応責任ある立ち位置だ。


 首が少し隠れ、両腕が肩から見える。


 それも程良くついた筋肉で、手首には黄色いリストバンドがついている。


 黒を基調とした服には、大きな蓮が描かれており、周りには黄色の模様もついている。


 腰の部分が紐で縛られており、黒いズボンの上には、ふくらはぎからブーツを履いている。


 「おまたせおまたせ」


 「鳳如待たせ過ぎ」


 男は、鳳如と言うらしい。


 そして、鳳如に呼ばれて集まったのは、男が三人に、女が一人。


 ここは東西南北を守る四神が集まる場所。


 鳳如はその中央を司っているのだ。


 「最近、また鬼門を狙った奴らが様子を見に来てる。清蘭様を守ることを最優先に、今後も警戒を続けてくれ。何か連絡や質問はあるか?琉峯から」


 琉峯は東を司っている、東の元帥だ。


 一八〇近くも背はあり、ドラゴンを移動手段としている。


 青い髪は無造作に流れ、口の左下にはホクロがついている。


 黒が基調の服は前ファスナー付きで、いつも上を少しだけ開けていて、その部分は赤く、膝ほどまでの丈。


 右胸あたりに蓮が描かれていて、その回りを青い模様が舞う。


 腰で帯と紐によって縛り、下には青のズボンを履いている。


 ちなみに、目も青い。


 「特には」


 琉峯は剣術が得意で、武術もまあ出来る。


 青龍元帥琉峯の部下は三人おり、バロン、羽う見み、生しょう幻げんの男たちだ。


 基本として、各方角は、各元帥の部下三人によって守られている。


 「じゃあ麗翔は?」


 麗翔は唯一の女で、赤と橙の交じった髪と目をしており、前髪は顔の両側に持って行っていて肩あたりまである。


 背は一五四で、移動手段は不死鳥。


 黒が基調の服はスカートになっており、太ももからロングブーツを履いている。


 その上に羽織っている服も黒く、左したに蓮があり、赤の模様がついている。


 武術も剣術も苦手だが、弓は得意だ。


 南と司る彼女の部下は皆女性で、亜衣奈あいな、妲だ翔と、夢む希のの三人だ。


 「べっつにー。早く終われば良いと思ってる」


 「じゃあ煙桜は?」


 ここにいる五人の中で、最年長だと思われる男。


 なぜかって、顎鬚がそう見せるからだ。


 銀の短髪に銀の目をし、左頬にはなんかで斬ったような痕が一つだけついている。


 琉峯と同じくらいの背で、移動手段は虎。


 ファスナー付きの服は紺基調で、通常の上着ほどの大きさ。


 右側に大きな蓮が描かれていて、銀の模様が単調にある。


 腰に帯と紐がついていて、紺のズボンを履いている。


 武術が得意で、大鎌を使う。


 西を司る白虎の煙桜の部下は、都と空あ、宙奎うけい、蘭らん蝶ちょうの男三人だ。


 「俺も得には」


 「じゃあ、最後に帝斗」


 帝斗は北を司っている元帥。


 一八〇以上の背に、移動手段は亀。


 真っ黒な髪は長く、後ろで一つに縛っているが、太ももあたりまである。


 頭には青一色のターバンが巻かれている。


 目が茶色で、青を基調とした服は右が半そで、左が長袖という不思議な形をしている。


 右側に蓮が描かれ、黒の模様がついている。


 その上着は、腰の帯と紐より少し下までの長さがあり、その下には紺のズボンを履いている。


 膝下から穿いたブ―ツは茶色く、何よりも武術が得意だ。


 ヌンチャクやトンファーも好きなようだ。


 頬杖をついて足を組み、ニコニコと鳳如の話を聞いてはいるが、決して真面目に聞いているわけではない。


 そんな帝斗の部下は、翠すい央おう、白びゃく葉ようの男二人と、愛樹まじゅの女一人だ。


 「俺の耳に入ってきた話だと、あの大罪人たちが関わってるとかって話だけど、その辺どうなの?」


 頬杖をつきながら、帝斗は口角をあげて目を細め笑う。


 「何よそれ、私初耳だけど」


 そんな帝斗の言葉に、いち早く顔をしかめたのは、麗翔だ。


 帝都の顔を見た後、鳳如を見て睨む。


 すると、今度は煙桜と琉峯が反応する。


 「俺もだ」


 「俺も・・・」


 ニコニコと笑う帝斗、一番こいつが厄介だと思いながらも、鳳如も笑顔を崩さない。


 「ああ、それね。確かに、大罪人たちが機会をうかがってるらしい。まあ、部下達には結界を張り続けるように、よーく言っておけよ」


 四人は立ち上がると、それぞれの持ち場に戻った。


 帰り際、帝斗が鳳如を見てまたいやらしく笑う。


 「俺に隠しごとしようなんて、性質が悪いね」


 「状況を把握したいだけだ」


 「ものは言い様だね」








 「うずうずしてきた」


 「デルタ、もう少し慎重になってくれる?幾ら私たちでも、そう簡単には結界から中には入れないんだからね」


 「わかってるよ、エレナ心配し過ぎ」


 「デルタが分かってないからよ」


 二人の男女が、宙に浮く門の近くにいた。


 男は額を見せて首が隠れるほどの長さの髪は少しはねている。


 目は猫のようで耳は尖り、小さな牙が生えている。


 ブイネックの黒い服は肩から素肌を出し、左手にはリストバンドをつけている。


 何やら楽しく目を細めて笑っているが、一方で女性は呆れたようにため息を吐く。


 左分けの前髪はさらっとしていて、風に靡けば美しく輝く。


 胸の大きく開けたドレスは、色っぽい右足太ももが見えている。


 ウエスト部分には何かベルトのようなものが巻いてある。


 口元左にあるホクロは、また女性の艶やかさを際立たせる。


 「ちょっと、まさか・・・」


 「なに、挨拶代わりだよ」


 ニカッと笑うと、デルタはエレナの言う事も聞かず、炎を出しながら飛び立ってしまった。


 「・・・まったく」








 「?琉峯様、何かが近づいてきます」


 「何か分かるか?」


 「今のところ何とも」


 生幻が何かの存在に気付き、琉峯に連絡をした。


 琉峯はすぐに全元帥たちに伝達する。


 元帥たちは中央にいる鳳如の元へと再び集まった。


 「何事なの?」


 「これだよ」


 そういって全員の前に映し出された映像には、結界を破ろうとしている男女の姿があった。


 「お、綺麗な姉ちゃんじゃん」


 「帝斗、ふざけてる場合じゃないぞ」


 「にしたって、たった二人で結界壊しにきたわけ?」


 様子を見ていた元帥たちだが、ふと、二人がこちらを見たことに気付いた。


 「ありゃあ、大罪人か」


 様子を窺っていると、その二人は結界に触れていた。


 だが、当然それよりも内側には入ることが出来ず、何やら話しているようだ。


 すると、男が急に炎を出して結界を攻撃してきた。


 そんなもので破れる代物ではなく、男は首を傾げて女に何か言っていた。


 「やっぱ鬼門じゃないと無理かねー?」


 「そもそも私たち二人で結界を破れたとしても、その後はどうするのよ」


 「確かに」


 しばらくすると、二人は大人しく帰っていった。


 「エレナ、俺もうちょっと頑張りたかった」


 「あそこは破りにくいわ。別の個所から攻めないと。それに、私達だけでどうするのよ。結界を破れたとして、倒しちゃったらみんな怒るわ」


 「ああ、そっか。それは嫌だな」


 二人が立ち去って行ったあと、鳳如はそこにいる元帥たちに告げた。


 「さて、お前たちにはこれから沢山働いてもらわなきゃいけなくなった」


 「偉そうに言うな」


 「煙桜、俺は偉いんだ。多分」


 鳳如が何かの操作をすると、元帥たちの前にはまた別の映像が流れた。


 そこには七人の顔と名前が載っていた。


 「まさかこいつらが来るとは思ってなかったが、清蘭様を狙っているなら、生かしておくわけにはいかない」


 先程いた二人は、男が暴食のデルタ、女は色欲のエレナ。


 そしてあと五人。


 か弱そうな顔をして左腕には服の上からバンダナを巻いている男は嫉妬のネイド。


 おでこを出した短い髪、胸に十字架の刺青をした短パンの女は強欲のグリム。


 背の低いクールな印象で髪はツインテール。


 鎖のついたワンピースを着ていて、羽根のついた靴を履いた女というよりも少女は墳怒のゴア。


 一見チャラそうで、両耳にピアスをつけ、無造作な髪型に長袖長ズボンの男は傲墳のワ―グラ。


 そして最後の一人は、後ろでひとつに縛った髪は腰あたりまでありそうだ。


 そしてジャージのような服には、何枚もの札がはってある。


 その男は、怠惰のジョーカス。


 「ちなみに言っておくと、お前等の前の代の元帥たちのほとんどは、このジョーカスにやられた」


 「そうなの?弱そうだけど」


 「麗翔、見た目じゃないよ。まあ、札が無いにしろあるにしろ、こいつは要注意人物だ」


 いつにもなく真剣な表情の鳳如に、みなは少なからず唾を飲み込む。


 再びこうして結界を張ることが出来たのは、大罪人たちがいなくなった時期があったからだ。


 そうでもしないと、彼らを止めることは易々とはいかない。


 「まあ、なんでもいいさね」


 そう言ったのは、帝斗だった。


 「俺たちの前の元帥がやられたとしても、同じようにやられるわけねーじゃん?俺達が、さ」


 ニヤリと帝斗が笑えば、琉峯と麗翔はため息を吐く。


 煙桜はまるで聞いていなかったかのようにしらーっとしている。


 「何かあったらすぐに報せろ」








 「全員で行く必要あるのか?」


 あーあーと大きな欠伸をしながら、ワ―グラがデルタに問いかけた。


 デルタは楽しそうに飛び跳ね回る。


 「天下の大罪人がよー、なーんか癪なんだけど」


 「仕方ない。あいつ、馬鹿だから」


 「うん。いつもお前はデルタに厳しいな、ゴア」


 すでにデルタとエレナによって終結されていた大罪人たちは、少しでも結界が破り易い鬼門に向かって飛んでいた。


 「あ!鬼門はっけーん!!!!」


 勢いよくデルタが突っ込んで行った。


 顔面から行ったデルタは、痛そうな顔もせずに笑っていた。


 すると結界に少し罅が入った。


 「「!!」」


 鬼門である方角を守る、亜衣奈と生幻がすぐさま異変をキャッチした。


 「麗翔様!」


 「琉峯様!」


 琉峯と麗翔は二人で鬼門へと向かうと、そこにはついさっき見た男女の姿があった。


 当然、それだけではなかったのだが。


 「さっすが早いね」


 「あれは誰?鬼門の番人?」


 「五月蠅い。黙ってろ」


 一番小さなゴアが業火を出しながら二人の元へ飛んできた。


 だが、それを邪魔しようとデルタも出てきて、グリムがその隙に攻撃にきた。


 「おいグリム!邪魔すんなよ!」


 「早い者勝ちじゃない?襲い奴が悪いのよ」


 「てめ!ふざけんなよ!」


 「さあさあ、沢山吸い込んでー」


 空から舞ってくるのは、粉のようなもの。


 だが吸ってはいけないと本能的に感じ、琉峯と麗翔は口元を覆った。


 「こんなもの!」


 突如キレた麗翔が、札を出して炎を纏い、空気中に舞っている粉を燃やした。


 「ちょろいわ」


 すると、麗翔の背後からネイドが攻撃をしてきた。


 琉峯が札を出せば、そこから植物のツルが太いものから細いものまで出てきた。


 ネイド放ったものは針で、それを太いツルが制止する。


 すぐさまエレナが琉峯に向かってその綺麗な足で蹴りを入れてきた。


 手で足を払い、エレナの開いたお腹に蹴りを入れようとしたとき、エレナの姿がいきなり消えた。


 「・・・暴食のデルタ」


 「エレナは弱っちいから、俺が相手してやるよ」


 「どっちでもいい。倒すから」


 「あれ?俺達折角来たのに、無視?」


 そこには、応援で帝斗と煙桜が来ていた。


 するとゴアとネイドが帝斗に向かって行き、エレナは煙桜に対峙する。


 「あ、ずりー。俺その子がいいんだけど」


 「知るか」


 煙桜が大鎌を出すと、エレナが小さく笑った。


 「?」


 「・・・ねえ、私達のことを知っているなら、足りないでしょ?」


 確かに、そこには全員が揃っているわけではなかった。


 「いいのかしら?大事な清蘭様を手薄にしてしまって」


 「・・・・・・ああ。あそこには、最後の砦が数人、いてな」








 「ああ、ここかな?」


 その頃、ワ―グラは一人、清蘭のもとに来ていた。


 意外にも、誰も護衛などはおらず、すんなりとここまで来ることが出来た。


 というのも、結界が邪魔なだけで、入ってしまえばあとは四神たちを相手にするだけなのだから、その四神さえ足止め出来ればなんてことない。


 結界は数百年前よりも格段に強くなっていた。


 だが、鬼門はまた別の話。


 少しでも隙間が生まれれば、そこから入る込むことなんて造作も無い。


 「ようやくご対面ですね、清蘭様?」


 異次元にでも入る込めそうなドアに触れ、ゆっくりと開けて行く。


 ぎい、と重たい音を出して開いたドアの向こう側には、髪の長い女性の姿があった。


 「あんたさえ消えれば、結界は弱まり、四神の力も弱まる」


 ゆっくり、近づく。


 「俺達のために、死んでくれ」


 「それは出来ません。私はここでやらねばならないことがあるのです」


 「知ったこっちゃないね。俺達は俺達のやるべきことがあるんだ。そりゃ多少は申し訳ないと思うけどさ。それでもあんたは邪魔な存在なんだよ」


 一歩一歩と確実に近づいて行く。


 「悪いが、今日が命日だ」


 清蘭にあと少しで触れる、というとき、清蘭の影から一人の少女が現れた。


 「!」


 少女はおかっぱ頭で、じーっとワ―グラのことを見ていたかと思うと、急に顔をわなわなさせる。


 泣く、そう思ったときにはすでに遅く、少女はワンワン泣き出してしまった。


 ただ泣いているのなら良かったのだが、少女の鳴き声はとてつもなく強いものだった。


 頭痛に始まり、吐き気、眩暈をもよおす超音波のようだ。


 「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!清蘭さまーーーーーーーーーーー!!!!!!!」


 「っ!るせ・・・!」


 急いで口でも塞ごうとしたワ―グラだったが、なぜか近づくことも出来ない。


 ワ―グラはそこに立っていることもままならず、膝をついてしまう。


 脳なのか神経なのか、とにかくまともな思考さえ遮られてしまいそうだ。


 「このガキ!」


 そう言って、なんとか少女を掴もうとしたワ―グラだったが、その前に少女を抱きかかえた姿があった。


 「!お前は・・・」


 「泣きやめ。相変わらずの破壊力じゃのう」


 「だって・・・だって・・・!!」


 そこにいた男はとても背が高く、額には菱形のマークがついていた。


 そして長く綺麗な髪は金に輝く。


 着物に見えるが、とても豪快に着こなしており、下駄を穿き、背中には大きな扇子をさしている。


 「天狗!どうしてお前がここにいる!?」


 「座敷わらしの鳴き声は、遠くにいてもよく聞こえるからじゃ」


 「そうじゃねえよ!なんで鬼のお前が、こいつらの味方してんだって聞いてんだよ!!!」


 まだ嗚咽が止まってはいないが、少女、座敷わらしは天狗にしがみ付きながら泣くのを我慢しているようだ。


 自分の右手に座敷わらしを乗せ、平然としている天狗。


 座敷わらしが泣きやんだのを確認すると、清蘭の方に渡した。


 「清蘭様・・・ぐすっ」


 「私は大丈夫です」


 今まで自分に背を向けたままだった清蘭が、僅かに顔を横に動かした。


 その時にちらりと見えた清蘭は、とても美しい女性だった。


 だがすぐにまた背を向けられてしまった。


 なんとか泣きやんだ座敷わらしを見て、天狗は安堵の表情を浮かべる。


 「ワシはな、独りでのんびりと空を眺めていたいんじゃ」


 そう言って、背中の扇子をびゅうっと一振りすれば、風が巻き起こり、それはワ―グラの身体を切り裂いていく。


 台風でもなく嵐でもなく、刃のように鋭い風を避けることも出来ない。


 また、その風力によって身体が後ろに移動してしまう。


 「くそっ!」


 ワ―グラは外で四神たちと戦っている仲間に声をかける。


 「おい!ひとまず退散だ!」


 「えー?なんでー?俺まだ戦ってもないんだけど」


 先程までいただろうか。


 一人眠そうな目をしている男がワ―グラに怪訝そうな顔を浮かべる。


 のうのうと欠伸をしている男に、ワ―グラが更に声を荒げた。


 「ジョーカス!お前到着が遅いんだよ!それに、天狗がいる!ひとまず退け!」


 「天狗が?」


 その単語に、みなは一斉にワ―グラをみる。


 それは、敵味方に関係なく、思わず見てしまった。


 「チッ」


 誰の舌打ちかは分からないが、大罪人たちは渋々ワ―グラの言うとおり引くことにした。


 大罪人たちが急いで立ち去って行った後、元帥たちも皆清蘭の元へと向かう。


 特に天狗に会いたいわけではなく、伝説とまで言われている天狗に会えるなんて、こんなチャンス滅多にないだろうと思ったからだ。


 清蘭のところにはすでにいないようで、鳳如の部屋にいた。


 まるでトーテムポールのように並んだ元帥たちは、部屋を覗く。


 そこにいる明らかに空気の違う姿に、ごくりと唾を飲み込む。


 「まあまあ、酒でも飲んで行けよ」


 すでに酔っているかのように、鳳如は天狗に酒を勧めた。


 まだ開いていない酒瓶を何本も並べ、鳳如はそのうち一本を直に口をつけて飲む。


 「いらん」


 「つれねーな。こうして上等な酒用意したってのに」


 鳳如の部屋にある一番高い棚の上に天狗は座っていた。


 足を組んで着物によって隠れた腕は見えないが、きっと顔同様に色白なのだろう。


 自分に酒を勧めてくる鳳如を見て目を細めると、綺麗な声が響く。


 「主も仕事なら戦いくらいせい」


 「いざって時はやるさ」


 くくっ、と喉を鳴らして笑う鳳如は、反省していないように見える。


 ドアの隙間から顔だけを出して覗いていた四人の元帥たち。


 きっと後ろ姿は滑稽だろう。


 「天狗だ天狗」


 「鼻長くねぇな」


 「ちょっとイケメン」


 「お前等邪魔だ。見えねえだろ」


 とまあ、ドアから四人が覗き見をしているが、気付いていても天狗は怒ることはしない。


 しばらく鳳如の話を聞いたあと、天狗は扇子を振って風と共に消えてしまった。


 「以前のような末路を辿らないように気をつけるのじゃぞ」


 そう言い残して去って行った天狗を、鳳如は何も言わずに見送るのだ。


 その後一人手酌をしていた鳳如。


 元帥たちは鳳如には無関心なのか、天狗がいなくなると途端に持ち場に戻った。








 「また近頃、鬼どもが騒ぐな」


 男が、見下ろしていた。


 「あやつらのせいじゃろうな。鬼門さえ、いや、四神と清蘭さえいなくなれば、鬼達は好き勝手暴れられるからのう」


 天狗はしゃり、と真っ赤な林檎を齧る。


 「それにしても、座敷わらしの鳴き声は、相も変わらず耳障りだ」


 「ワシらも鬼故、いた仕方あるまい。だが、大事な先代の孫じゃ」


 天狗の傍らで腕を組んでいる男は、天狗同様着物を着ている。


 だが、色合いはシンプルなもので、白を基調としているようだ。


 黒のサラッとした髪だが、後頭部より下あたりは白くなっている。


 その男は腰にひょうたん酒を常備しており、御猪口に注ぐこともなく、そのまま豪快に飲んでいる。


 「鬼のワシらが鬼門を守るとは、おかしな話じゃ」


 天狗は二個目の林檎を口にする。


 「おい天狗」


 「なんじゃ」


 「ワシの隣で林檎ばっかり喰うな」


 「なら、ワシの隣で酒ばかり飲まんでほしいもんじゃ」








 「鬼門の方角は今後も特に注意すること。生幻はもちろんだが、バロンも羽見も、警戒を怠らないように」


 「わかりました」


 「琉峯様」


 「なんだ」


 「お腹が空きました」


 「勝手に食べろ」


 琉峯はまだ若いためか、部下との年齢もさほど変わらないように見える。


 だが、四神の元帥のみならず、鳳如たちに関しても言えることだが、見た目と実際の年齢は異なる。


 天狗はああ見えてもゆうに三千は越えている。


 「俺は少し寝る。何かあったらすぐに起こしてくれ」


 「はい」


 一見すると無愛想だが、本人いわく人見知りだとか。


 煙桜に会ったときは怖いと言っていたし、麗翔に会ったときは熱そうとか。


 ニコニコとした帝斗にさえも、奴は何か企んでいると思っていたらしい。


 鳳如に関しては、関わるべからず、のようだ。


 なんにせよ、琉峯はそんな変わったところを持っている。


 冗談なんか言わないように見えて、急にふとした瞬間言う時もある。


 ぼーっとしているように見えても、仕事となるとシャキシャキ動く。


 布団が大好きで、冬場なんか、自分の体温のみで温めた布団の温もりがお気に入り。


 まあ、とにかく部下に慕われている。




 麗翔はと言えば、彼女も若くして元帥となった。


 しかも女性はなかなか元帥になれないため、余程気が強いか、脅したか・・・。


 後者の可能性は低いだろう。


 何せ、男所帯において泣きごと一つ、女であることを言い訳にしたことがない。


 「麗翔様、あとは私達が」


 「ムカつくわ。絶対にボコボコにしてやる」


 「麗翔様、顔が鬼です」


 鬼門を生幻と見張っている亜衣奈は、見た目はおっとりしていそうなのだが、口を開けば毒しか吐かない。


 妲翔は美人なのだが、扱いにくい。


 人付き合いは決して下手ではないが、男を見下す傾向が強い。


 夢希は一番大人しい性格をしており、女性陣からも可愛がられている。


 「今度来たらただじゃおかないわ」


 「麗翔様、少しお休みください」


 麗翔自身、負けず嫌いで引くことを知らず、風邪をひいても熱があっても病気になっても怪我をしても、倒れない。


 丈夫な身体の持ち主ということが言いたいわけではないが、倒れない。


 だからこそ頼もしいのだろう。




 「てわけだ。あとは任せるぞ」


 「はい」


 「煙桜様」


 「なんだよ」


 「煙草の臭いがします」


 「そりゃ煙草吸ったからな」


 煙桜は、見た目では一番年上だ。


 本来、四神と鳳如の間に上下関係はない。


 だが、一応鳳如が基幹部となって、四神をまとめる立場を取っている。


 煙桜がその役になっても良いのだが、煙桜は断った。


 理由としては、元帥だけでも面倒臭いのに、どうしてそこまでしなくちゃいけないんだ、ということらしい。


 戦っている時の姿は、まるで別人のように鋭い目つきになるのに。


 都空は死神とも呼ばれ、煙桜のことをなぜか“大師匠”と呼ぶ。


 宙奎も蘭蝶もマイペースで、勤勉。


 だが、三人とも怒らせると手をつけられないほど怖くなる。


 まあ、怒ったところなど、見たことはないが。




 「俺もうダメ。寝る」


 「帝斗様、邪魔なので別の部屋で寝てください」


 「うわひっで。俺元帥だよ?知ってた?俺はつい最近まで知らなかったよ」


 最後の一人、帝斗は信頼、されている、と思われる。


 ニコニコと常に笑みを絶やさないでいる帝斗は、戦っている最中も途絶えることはない。


 だが一方で、怒っているときも不機嫌なときも表情に出ないという欠点がある。


 冗談で怒ったり拗ねたりすることはあっても、その口角を下げるところは、今のところ誰も見たことがない。


 白葉は真面目すぎてよくからかわれ、翠央は普段はおちゃらけているが、真剣な顔もよくする。


 唯一の女の愛樹はほぼ喋らない。


 たまに麗翔の部下たちと一緒にいるようなのだが、全く想像が出来ない。


 「それにしても、大罪人が来るとなると、俺も引き締めていかねえとな」


 「引き締まる時があるんですか?」


 「え!?初耳です」


 「お前ら、俺の部下だよな?確か部下だよな?」


 「はい、多分部下だと思います」


 「あれ?そんな感じなの?確実に部下だと思ってたのは俺だけ?」


 そんなやりとりを何回か繰り返していた。


 こんな帝斗だからこそ、ついてくる部分もあるのだろう。


 普段は亀の上に乗って、空を仰ぎながらのんびり過ごしているような男だが、なぜか人脈はあり、信頼も厚い。








 「清蘭様、御怪我ありませんで何よりです」


 「鳳如、貴様がのんびりとしておるから、ワシが泣く羽目になったんじゃぞ。反省せい」


 「そう言うなって。ああでもしないと天狗と会って話も出来やしないんだから、しょうがないだろ?」


 「だからといって、清蘭様に危害が及ぶことはならぬぞ」


 「わかってますよ」


 座敷わらしの言葉にも、鳳如は軽く流すだけ。


 清蘭にぴったりと寄り添う座敷わらしは、鳳如に向かって睨みをきかせる。


 そこまで怖くはないのだが。


 彼女なりに、きっと精一杯の怖い顔をしているのだろう。


 もう一度言う。怖くはないのだが。


 「天狗に申し訳ないぞ。あ奴は人混みが嫌いなのじゃ」


 「それを言ったらここにほとんどの奴らはそうだろ?」


 「減らず口を」


 「御互いに」


 座敷わらしは、優しい清蘭が大好きだ。


 片時も離れないようにとぎゅっと服を握りしめている。


 そんな様子を見て、鳳如はやれやれといった具合に顔を横に振る。


 「そんなに清蘭様にくっつくと、そのうち嫌われるよ」


 「そんなことにはならぬ!のう?」


 鳳如には強がって言ったが、心配になって清蘭の方を見上げると、にっこりと微笑みが返ってくる。


 「まあ、そのうち俺の本気を見せてやるよ」


 「ふん。期待せず待っていよう」


 鳳如は清蘭の部屋から出ると、煙草を吸おうとポケットを漁ったが、そこには空になった箱しかなかった。


 ぐしゃ、と潰すと煙桜のもとに向かうのだった。


 「まったく。参ったもんだ」


 煙桜のところに行くまでの廊下から、桜が咲いているのが見えた。


 「ほー、綺麗なもんだ」


 「そういう情緒があるのか」


 ふと、気付けば桜の木に、煙桜が座って煙草を吸っていた。


 窓の無いそこから、鳳如もひょいっと枝に乗ると、煙桜から煙草を貰う。


 「あまり吸うと身体によくないぞ」


 「それ、俺よりも吸う奴が言うことか?」


 鳳如は、あまり吸わない方だと思う。


 たまに吸いたくなったときだけ、という感じなのだが、最近は自分でも吸う回数が増えたと、鳳如は思っていた。


 「俺だって出来ることなら吸いたかねぇよ」


 とはいいつつも、煙草を吸うと、美味しいと感じてしまっている。


 これはもう依存症なのだろうが。


 「そういや、あいつとは最近飲んでるのか?」


 「いや。きっとどっか旅にでも行って、美味い酒を探してるんだろ」


 「羨ましいな、あいつ。暇そうで」


 鳳如の言葉に、煙桜は肩を揺らしてククク、と笑った。


 「けどやっぱ、煙草吸うと、体力もなくなってくるよな。歳取ってるだけじゃなくて、プラスαで年々老いて行く感じがするよ」


 「歳をとるのは悪くない」


 「そうか?」


 二人分の煙が、空中を漂う。


 それは風に乗って流れ、琉峯のいる部屋の方へと向かって行く。


 きっと後で琉峯から、冷たい視線を向けられるのだろう。


 「ああ。歳を取るからこそ、見えるものってもんがある」


 「・・・年金問題?」


 「そういうことじゃない」


 「医療問題!」


 これだ!と言わんばかりに、煙桜を指さして答える鳳如に、煙桜は呆れる。


 「あ、そういえばさ」


 ふと、鳳如が息を吐きながら言う。


 「煙草変えた?」


 「ああ、いつも買ってたやつが売り切れててな。適当に選んだ」


 「俺こっちの方が好きだな」


 「俺には違いがわからん」


 煙桜は、煙草の味を楽しんでいるというよりも、もはや習慣となっているようだ。


 味も臭いも特に気にしていないが、口寂しいというのもあるのだろう。


 煙草を手放すことはない。


 「ぺろぺろキャンディーでも舐めれりゃいいじゃんか」


 「気付くと噛んでるんだ」


 「噛む癖直したら?飴は舐めるものであって、噛むものじゃないからね」


 「噛めと言わんばかりに硬いだろ。すぐ終わらんから、口ん中にずっとあると邪魔になるだろ」


 「ガムとか」


 「チョコと一緒に口に入れると溶けるだろ」


 「チョコと一緒に口にしなければ良いだけの話だよね?」


 「しないのか」


 「普通はね」


 天然なの?と鳳如に聞かれると、煙桜はなんだか考え込んでしまった。


 変なところで律儀で真面目なんだから、と鳳如は煙草を灰皿に捨てる。


 煙桜に声をかけて、今度は自分の仕事場にでも戻ろうかと思っていると、今度は琉峯に会った。


 「あれ、どうかした?」


 「・・・煙草の煙が来ました」


 「煙桜だよ」


 自分も一緒に吸っていた、とは言わない鳳如だが、煙草の臭いがしたのに、鳳如が我慢できるはずがないことを、琉峯が知っている。


 だが、琉峯は反論はしない。


 「そうですか」


 「そうそう。てか琉峯、なんか甘い匂いがするんだけど」


 「先程、麗翔たちからクッキーを貰いまして」


 「そんな女子力あったの?」


 「いえ、前に保存食として沢山買ったようなのですが、消費期限が迫ってきたからと、五箱もらいました」


 「ったく。女ってのは計画性がねぇのか」


 「それはまた違うかと」


 「何クッキーだ?」


 依然として、琉峯から漂う香ばしい香りに、鳳如はお腹を空かせる。


 「さあ?」


 「さあって、喰ったんだろ?」


 「いえ、俺は」


 「もったいねーなー」


 「しかし・・・」


 琉峯が何か言いかけたが、それを聞かずに鳳如はクッキーを貰いに走って行ってしまった。


 そんな鳳如の背中を眺めながら、琉峯はまあいいか、とまた歩き出す。


 「あのクッキーを食べた部下が全員、お腹壊したなんて」


 犠牲者、琉峯の部下三名と、鳳如。


 麗翔たちは、危ないからと自分たちでは口にしなかったようだ。


 煙桜たちは全てを帝斗たちに渡して、帝斗たちも危ない感じがするからと、鳳如の部屋におすそ分けとして置いたとか。


 「りゅ・・・琉峯め・・・」






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