第172話 焚き火と焼きいも

「これを、焼くんですっ」


 目黒さんが目を丸くしている。

 緑川さんの家に事情を伝えに行ったところ、どうやら加藤さんも緑川さんも不在で、目黒さんしかいなかった。


 なので、俺は庭を掃除して、処理しきれなかった刈り取った物を焚き火で焼こうと考えている旨を、目黒さんに伝えたのだ。


 驚いた様子の目黒さんだったが、準備するからちょっと待っててと言われ、一緒に庭に戻ってきたのだ。


 そして俺の家の庭に積まれた有象無象をみた目黒さんの第一声がそれだった。


 ──確かに焚き火にするには大量だよね。目黒さんが驚くのも……いや、待てよ。もしかして?


 そういえば目黒さんは虫食が好きだったんだと思い出す。

 刈り取った草木に混じって、庭にいた虫の死骸も山となったなかには確かに大量に含まれてはいた。


 ──人の食の好みはそれぞれ、だもんな。俺もあの角煮の味は忘れられないし……


「あー。もしかして目黒さん。あの山の中の、虫が気になります?」

「えっ! あ、その……」


 言葉を濁す目黒さん。何せ大量に積まれているのだ。ここから虫の死骸だけを掘り起こして確保するのも一苦労なのは一目瞭然。

 俺もできれば早川の来る日までに庭だけでなく家のなかも徹底的に掃除して起きたい。


 できればここであまり時間は取りたくはないのだが、食にかける人の思いの強さというものに、最近理解が深まった身だ。目黒さん虫を食べたいと言う望みを無下にするのも気が引けていた。


「おかえりなさい、ユウト。目黒さん、いらしていたのですか」


 そこにバケツと、なにかアルミホイルに包まれたものをたくさん持ったクロクロコがやってくる。


「ただいま。消火の準備ありがとう。クロ、それは?」

「ちょうどさつまいもが届いていたので、焼きいもにしようかと」


 最近は食材の管理もしてくれているクロがネットで注文していたものだろう。


「目黒さんも、焼きいもをお裾分けしますので、そんなに物欲しそうにあれを見るのはお止めください。ユウトは早川さんが来るまでに片付けを終えないといけなくて、忙しいのです」

「クロッ。それは失礼だって」


 俺はクロに注意する。

 有象無象の山に熱い視線を送っていた目黒さんは、はっと我に返ったようで、俺とクロを交互に見ると、頭を下げてくる。


「っ! ご、ごめんなさい。僕ったら……あの、ユウトくん。早川さんが来るから片付けをしてるのです?」

「……はい」


 俺も敢えて伝えていなかったので、思わず小声で答えてしまう。


「さあ、火を着けます。良いですか、ユウト」


 俺と目黒さんが互いに気まずい感じで話している間に、アルミに包まれたさつまいものセッティングし終えたクロが、マッチ片手に尋ねてくる。


「あ、うん。お願い」


 クロがとても器用にマッチを擦ると、焚き火を始める。うまく枯れ葉のところから火がつき、ぱちぱちとすぐに火が安定する。


 ただ、切ったばかりの生木もあるせいか、時々、変な色の煙が焚き火から上がっている。


「周りの燃えるものは全部刈り取ったからいいけど、けっこう煙がすごいね」

「虫除けに良いのでは?」

「そういうものなの?」


 俺とクロがそんなことを話していると、目黒さんから一度家に戻ると言われる。


「すいません、来ていただいて。あの、焼きいも。うまく焼けるかわからないんですけど出来たら持っていきますね」

「それは悪いですから、頃合いをみてまたお邪魔されて頂くです」


 俺にそう返事をすると、目黒さんはどこか慌てた様子で家に戻っていったのだった。


 ◆◇


 積まれていたものがほぼ灰となったあと、鉄のトングで取り出した焼きいものアルミを、俺は軍手をした手で剥く。

 さつまいもの皮は黒々と焦げてしまっているが、割るとなかは黄金色に輝き、美味しそうな焼きいもの香りが、辺りに漂う。

 俺が一口かじりつくと、ホロホロと口のなかで崩れる焼きいも。豊かな甘さが口一杯に広がる。


「クロ、美味しく出来てる」

「それは何よりです。そちらが目黒さんへのお裾分けの分です」


 ちょうどそこへ目黒さんが戻ってくる。


「ああ、ちょうど出来上がりましたよ、目黒さん」

「……ありがとうございますです。あと、ユウトくん……ちょっと」

「はい?」


 クロから少し離れたところへ呼ばれて、俺はそちらに移動する。


「ユウトくん、たぶん買いにくいでしょうから。これ」


 手のひらサイズの箱を、手渡される。


「えっと何ですかこれ…………っ!」


 箱の表に記載されたミリメートル表示。それで、俺はそれが何か、さとる

 知識としては知っているそれ。コンビニや薬局で売られているのは横目でみたことがあったが、実際に手にするのは初めてだった。

 思わず動揺してしまう。


「いいです? 相手のことを真剣に、そして大切に思っているのでしたら、使うべき時には、ちゃんと使うのです」

「……」


 俺がなんと答えて良いかわからず、口をパクパクしている間に、目黒さんはやりきった風の顔になると、そのままクロからお裾分けの焼きいもを持って帰っていってしまった。


「ユウト?」

「な、何でもないっ!」


 俺は手にしたそれをクロから隠すようにして思わずそう叫んでしまった。


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