第151話 群からの離脱
「──ユシくん、不思議な子だったな」
イサイサは、つまみ食いをされて少し軽くなった角煮の入った容器を手に、呟く。
名前を持つ存在はとても特別だ。なぜなら、彼らはみな、コボルド達の中でも特に創造主たる偉大なるお方に認知された存在なのだから。
集積所の手前まで来たところで、じゃあねと手を振り別れた、そんなネームドの小さなコボルド。
彼はまるで集積所の他のコボルドとは遭遇したくないかのように、容器を返してくると二言三言告げて、ふっと姿がかき消えるように行ってしまった。それを見た時は、とてもびっくりした。
彼もまた、とても特別なのだと再認識してしまうほどに。いやもしかしたら、他のネームドの方たち以上に。
「名前、もらっちゃった。イサイサか──正式なものでなくても、名前があるって嬉しい……」
そう呟きながら、自分のステータスを確認するイサイサ。
「──うそ……名前がちゃんとイサイサになっている。それに特殊固体っ!?」
自分のステータスを見て、驚きのあまり固まるイサイサ。この瞬間まで、彼女は自分に名前が本当につけられたことを認識していなかったのだ。
「私たちに名前をつけられるのは偉大なるお方だけなのに。──え。まさか、そんなっ。ユシくんて、もしかして……」
その場でペタンと膝をつくイサイサ。考えられる可能性はただ一つだ。そんなことが起きうるなんて、イサイサは聞いたことも無かったが、偉大なるお方であれば造作もないことなのだろう。
そのままユシが去っていった方に向かって、思わず深々と頭を垂れてしまう。
「……あのお方は、私の外を見たいという願いも、ご承諾をしてくださった。──去り際に、外にいくなら祝福されし七武器を2、3本持っていって案内の人を探したら、というお言葉も頂いた……」
イサイサは少し前に別れる間際に言われたユシの言葉を思い出す。
その場では生まれたばかりの幼い子の、単なる冗談だと軽く流していたのだが、今ではそれが啓示のようにすら感じられる。
「いえ、これが。これこそが、啓示。偉大なるお方から賜りし、御言葉」
開いたままのステータス画面に記された自身のユニークスキルの文字を見つめ、膝をついたまま何かを確信したように呟くイサイサ。
「この
固い決意の表情を浮かべて立ち上がるイサイサ。その一歩が今まさに踏み出される。
とりあえずは角煮を詰めた容器を集積所に届けてしまおうと、イサイサは歩きだしたのだった。
◆◇
「S群1313番、現時点を持ちまして群からの離脱を申請いたします」
「ほう。理由を述べよ」
集積所にいる上位群のコボルドに向かって、角煮を渡しながら告げるイサイサ。
目の前にいるのは、雄の、立派な尻尾をしたダークコボルドだ。食料輸送の責任者を勤めるのだから、A群のコボルドの可能性すらある。
ダークコボルド内では最上位の存在。少し前のイサイサであれば、尻尾を丸めてその言葉を諾と聞くだけだった相手。
その相手に、決意を胸に秘めたイサイサは、全く臆することなく言葉を返す。
「偉大なるお方より名前と成就させるべき御言葉を賜りました」
「なんだと! それはめでたい。賜りし名は明かせるか?」
「イサイサ」
「あいわかった。イサイサよ。群からの離脱を私、A23からも寿がせてくれ。貴殿の進む道に、幸あらんことを。何か必要なものはあるか」
「七武器を。二つ。そのように御言葉を賜りました」
「なんとなんと。それは誠に重畳。我らが父ですら一つしか手にしなかったものを二つとは。残された同腹たちは、さぞ盛り上がるぞ。誰かっ!」
大きく声をあげると、多のダークコボルドたちが寄ってくる。そのダークコボルドたちに向かって叫ぶように告げるA23。
「祭壇の間へ、我らが妹をエスコートする。彼女こそは偉大なるお方よりイサイサと名を賜りしものなり! 今より七武器を二つ、引き抜くぞっ!」
A23の宣言に、まるで遠吠えのような歓声をあげて祝福するイサイサの兄姉たちにつれられ、祭壇の間へと進んでいく。
その途切れることのない歓声はハラドバスチャンに響き渡り、次々と残されたダークコボルドたちが集まってくる。
まるでパレードのようになった一群。その先頭には、この騒動の主役たるイサイサがいた。
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