第93話 黒文字と羊羹
「よくぞ戻られたの、オボロ殿」
「バーミリオン殿。またお邪魔する」
「いつでも歓迎だぞえ。して、そちらのお嬢さんは?」
「御主人殿の不出来な眷属──」
「違います。クロです」
「ああ。お名前はかねがね聞いておるぞ。こんなに可愛らしいお嬢さんだったのかえ」
そういってしゃがみこんで、にこやかに微笑むばっちゃん。しかしその笑みの奥の瞳は真剣だ。
その隣の目黒はプルプルと震えが止まらない様子。下手に、色々と見えてしまうからだろう。ばっちゃんはそこは見えても顔に出さない点はさすがの年の功だなと、私は感心する。
止まらないクロとオボロさんのいさかいに匙を投げ気味に、私は再びお茶に誘ってみたのだ。それを意外とすんなりと二人とも受けてくれて今にいたる。
「目黒、服の調達ありがとうね」
「お手間をかけました」
私が告げると、クロも、ちゃんと目黒にお礼を言っている。幼女の見た目が悪いのだろう。小さい子が一生懸命大人の真似をしてお礼をしている微笑ましい絵面に見えて仕方ない。
私は怒濤の展開に混乱しすぎて思考停止しているにも関わらず、思わずほっこりしてしまう。
「え、あっ、えっ。大丈夫ですぅ」
目黒が挙動不審だ。返答もおかしい。
──微笑ましい絵面の裏に存在するクロの実力が見えてしまって、ほっこり出来ないのだろうな。もう、色々と諦めるしかないのに……
そんなことを考えながら私たちは居間へ移動しテーブルにつく。なぜか私の左右を挟むように座るオボロさんとクロ。少しでも離れたいらしい。
対面にばっちゃんが座ると目黒が台所で抹茶をたててくれる。茶器やらなんやらを私とオボロさんが不在の間に揃えたようだ。かなり本格的になっている。
それを待つ間に、加藤先輩がお茶菓子を出してくれる。
ちゃっかり自分の分を確保して、さらに離れた台所でこっそり座るのが私のところからは、ばっちり見える。
──加藤先輩、逃げたな。覚えてなさい。
「さて、いただくとするかの」
ばっちゃんの掛け声でみな、和菓子に手をつけ始める。ただ、クロだけが和菓子を食べるための楊枝を手に取り、じっと観察している。
「使い方は大丈夫かの?」
「検索しました。本物の黒文字、初めて見ました」
「そうかえ」
「名前が似ているから興味をひかれたのか? 単なる言葉遊びに興じる──」
私はそっとオボロさんの袖をつかんで軽く引きながら名前を呼ぶ。これまでならすぐさま言い返していたクロがなんだかちょっと様子が違ったのだ。とっさに手が伸びてしまってから、私もオボロさんにだいぶ慣れてきたなと少し可笑しくなる。
「オボロさん」
「──すまぬ」
すぐに謝ってくるオボロ。その間、やはりクロは何も言い返さない。ただ、すぐに皆と同じように和菓子の羊羹を黒文字で切って口に運ぶ。
「……これが、ユウト様が好きな羊羹の味──甘いです」
そう呟くクロ。
──あ、確かに引っ越しの挨拶でユウト君のところに持って行ったのと同じところの羊羹だ。
黒文字に指した羊羹をぼーと眺めるクロ。いつもと様子の違うクロに、オボロが少しばつの悪そうな表情を浮かべている。
「粗茶ですが」
そこにナイスタイミングで目黒が、たてた抹茶を運んできた。
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