第77話 オボロ
side クロ
「──うん。久しぶり──ああ、うん。もちろん行くよ──うんうん」
緑川とのやり取りを終え、さっさと緑川を追っ払ったクロは、ユウトの部屋へ向かっていた。
──ユウト様の会話を確認しました。
そっとドアの隙間から室内を覗き込むクロ。
そのホログラムの猫耳は誰も見ていないのに、ピコピコと動いている。まるで聞き耳をたて。
ているかのようだ。
──電話口からの音声を解析。早川と同定。性懲りもなくユウト様をお誘いしている様子。ユウト様の行動スケジュールに『葬儀』と『告別式』の予定を仮登録、完了。……ユウト様の心拍と脳波に異常を検知。
クロが覗く先で、会話を終えたスマホを持つ手をだらんと下げたユウトが、反対の手をパクックマのお面へと伸ばしている。
──ユウト様の持たれたあのお面はただのプラスチックの塊のままであることを確認。ユウト様によるアーティファクト化はされていません。
クロのホログラムによる表情が不安そうに歪む。それはこれまでのクロではあり得なかった変化だった。相手に伝えるために意図して見せるのではない。ただクロ自身の感情の発露としての表情。かつてのクロであればノイズとして排除していたであろう変化が、いまはありありと発現していた。
──ユウト様の心拍と脳波の異常、更に増大。自己判断にて、介入を開始します
クロが部屋へと飛び込む。
「ユウト様──」
パクックマの仮面を装着した存在から溢れだす魔素。その圧倒的な力の前に、存在進化を繰り返してきたクロはなすすべもなく立ち止まり、そのまま床へと降り立つ。
クロのまとうホログラムもそれにあわせて膝を屈してしまう。
「クロ、か」
クロの方を振り向いたパクックマの仮面の人物。その声はユウトのものだが、どこか違っていた。
「ユウト様、では、ございませんのですか?」
「我はオボロ。この身に蓄積されし大量の魔素によって産み出された意識の上澄み。あぶくのようなもの」
「オボロ様。ユウト様は?」
「この身のご主人殿は、御眠りだ。心を休めておられる。我はご主人殿の憂いを払いにいく所存なり。余計な手出しは無用」
膝を屈したままのクロ。これまでのクロであればそのまま受け入れていたであろう。しかしクロは僅かながらに抗いを示す。
「憂い、とは何ですか?」
「身近な者の哀しみなり」
「それはスタンピードを鎮圧されるということですか?」
「しかり」
「ユウト様のお体を使われるのでしたら座視はできません。人には社会があり、ユウト様は平穏な生活を送っていただかなければ」
「不要。そなたの干渉もご主人殿の憂いのうち幾ばくかを占めている。我に排斥される前に身の程をわきまえるがよかろう」
オボロからクロへと向けられていた威圧が強くなる。
「……かしこまりました」
膝を屈していたクロのホログラムがその猫耳をペタンと倒し、平伏の姿勢をとる。
オボロは興味をなくしたとばかりに視線を外すと、台所からベランダへと出る。
「エクストラスキル『
そして空中に足をかけると新聞紙ソードを手にし、パクックマの仮面を被った存在は空へと駆けていってしまった。
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