第73話 side 緑川 6
クロが初めて黒1産以外の魔素結晶体を自身へと融合させ、その事によって黄金の懐中時計の針がひっそりと針を一つ、進めた時より少し遡る。
【side 緑川】
「課長! それは本気ですか!?」
「代理人からの指示だ。この件に関しては干渉不要、とのことだ」
「だって! かなりの遠出ですよ。出先で何かが起きたら……」
「落ち着け緑川。その点についても代理人は提示してきたことがある」
私は思わず電話越しに課長へとかみついてしまうも、そこで黙る。
「クロ自身が当日は上空から見守るそうだ。その動画をダンジョン公社にのみ共有すると言ってきた」
「いつもの有料限定配信ではない、のですね」
「そうだ。これも代理人たるクロからのダンジョン公社へのいわゆる信用の一つの現れだと、私は考えている」
「はあ、我々は遠くから見守るのみ、ということですね」
「そうだ」
「了解しました」
私は電話を切ると思わずため息をもらした。
◇◆
「しかしユウトも大変だよな。夕方からデートなのに朝からカマキリ型のモンスターの大量発生の対処なんて」
「──加藤先輩はまたユウト君が何かお裾分けに来たときの事を心配した方が良いですよ」
「いや、俺が受けとる前提で話すのは、やめよう」
例の遠出の日の朝。
急遽配信されているライブ動画。いつものように会員限定のチャンネルではユウトが大量のモンスターを相手にして、ばっさばっさと処分していた。
「目黒、解析は?」
「まだです」
私から逃げるように目黒の方へと向かう加藤。
ライブ動画のなかではユウトが新聞紙ソードを忙しげに振るっていた。
見る限りでは余裕がありそうだが、カマキリ型のモンスターもその鎌で新聞紙ソードをいなそうとしており、さらには時たま成功する個体までいた。
「だめです。測定不能です。名前すら見えませんです」
「おいおい、やめてくれよ。それってアトミックビー以上って可能性があるってことだろ?」
「可能性としては認識阻害系の特性がある可能性もありますです」
「……クロが」
「何か言ったか?」
「なんでもないわ」
私は思い過ごしだろうと口を閉じる。
「お、終わったようだ。頼む、お裾分けは間に合ってるからな」
祈るように動画に手を合わせる加藤。どうやらその祈りは無事に届いたようだ。
◆◇
「クロさんからの動画、来ましたです!」
その日の夕刻。目黒の声にばっと仮眠から起きると、そのままモニターを凝視する。
「これは……」「また、なかなか」
映像はユウト君と早川さんを直上から写したもののようだ。
「本当に見守るのみって感じだなこりゃ」
「まあ、仕方ないわ。それに人のデートを覗き見るしてるだけで十分、悪趣味。これぐらいで無音の方が──」
「音声はありますです」
最後に、目黒の補足。それとともにユウト君と早川さんの会話が流れ出す。
「音質からみて、指向性マイクで録っている訳では無さそうです。振動解析系? でもなんの振動を?」
目黒がモニターの前で盛んに首をかしげている。どうやら未知の技術で会話を拾っている可能性があるようだ。そちらは目黒に任せて、私と加藤は二人の会話の内容に集中する。
「うーむ。なんというか……青春だな。かゆくなりそうだ」
「黙ってください、加藤先輩」
「おう」
ユウト君がパクックマの仮面を買ったところで悶えている加藤を放っている間に、集音方法を解析し続けていた目黒がガタッと立ち上がる。
「先輩方、スタンピード警報です! しかも同時に。──四十、以上!」
次の瞬間だった。警報音が鳴り響く。当然、動画の先でも。
「クロさんからDM。内容読み上げますです。干渉は不要、以上です」
「本部に緊急通知して。最優先で割り込んで確認を!」
「本部よりも通達、来ましたです。対策分室は方針を継続、以上です。どうやらクロさんのDMは本部にも送られたみたいです」
「くっ。俺たちは手をこまねいて見ているだけか。目黒」
「情報収集、開始していますです──データ回しますです」
みるみる目黒の顔色が悪くなっていく。それはそのまま、いま私たちの国が置かれた状況の悪さを物語っているかのようだった。
ものすごい勢いでキーボードを打鍵していた目黒の手がついに止まっている。
パソコンのモニターを呆けたように見つめる私たち。
目黒の手は、最近身に付け始めたポシェットをいつの間にかぎゅっと握っていた。
そこに入っているのは例のユウトからの手紙としおり。
たぶん目黒のその行動は半ば無意識なのだろう。ただ、私にはなんとなくその気持ちがわかった。
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