第21話 ご挨拶
「クロ、隣の古民家に人が越してくるみたい」
地獄のような蟻退治から数日後の週末。俺は学校の帰りに、家の近くで停まっていたトラックに遭遇していた。
なんだろうと自転車をとめて眺めていると、一人の女性が降りて、挨拶されたのだ。そのまま少しだけ雑談したところ、俺の家の隣の古民家──廃屋寸前の空き家に引っ越す予定なのだという。しかも複数人でシェアして暮らす予定らしい。
「なんか、今流行りの、山奥シェアハウスなんだってさ」
「そうですか。それでその女性は他には何か言っていましたか?」
クロが尋ねてくる。
──あれ、女性だって俺、言ったっけ?
俺は少しだけ不思議に思いながら続ける。
「本格的な引っ越し自体は、少し先らしいよ。まずは隣の家の修繕とかからするみたい。ああ、工事で迷惑をかけるかもって、菓子折りっぽいの、もらっちゃった」
俺は鞄から取り出してクロに見せる。実は隣といっても数百メートルは離れているのだ。工事でうるさいということもそんなに無いだろう。
「良かったですね。画像診断するとその包装紙は首都の方の有名な高級羊羹屋の品のようです」
「羊羹かー。それじゃあ、お茶の用意でもするかな。というかそんな高いものもらっちゃって良かったんだろうか」
言われてみれば、ずっしりとした重み。包装紙のセンスもよく見えてくる。
「気になるのでしたら、何かお返しをするのは。ベランダで育てている家庭菜園などはいかがでしょうか」
「あれ、小ネギとかオオバだけど。さすがに羊羹のお返しにはおかしいでしょ」
「ちょうど、小ネギを切らしているかもしれませんよ」
クロの指摘はあながち否定できない。
何せ一番近いスーパーでも自転車で二時間。車でも、それなりにかかるはずだ。たぶん。
ちょっと薬味を切らしたから気軽に買い物に行く、とはならないぐらいの距離はある。
とはいえ、そんなことになっている事などめったに無いだろう。俺がうんうん悩んでいると、クロが呆れたように提案してくる。
「そんなに悩まれるのでしたら、お昼時ですし簡単に食べられるものを差し入れてみては? 今この家にある食料で、おすすめは素麺ですね」
食料ストックまで完全に把握しているクロの提案。
悩みつつも、他には何も思い付かなかった俺はクロに言われるがままに素麺を茹でる。小ネギとオオバを添えるのも、忘れない。
最後に水筒にめん汁を詰めると、隣へと向かったのだった。
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