第19話 お話し合い

(side緑川)


「始めてもよろしいでしょうか、『ハードラック』の緑川さん?」


 圧倒的な暴力の光景を背負って、黒髪猫耳の少女が口火を切る。


「失礼いたしました。もちろんです」


 いくつもの死地を切り抜けてきた経験のある緑川は、表面上は冷静にそれに応対する。

 しかしその内面は決して穏やかではなかった。人生で最も緊張しているといっても過言ではない。


 ──これまでのDMのやり取りのなかで、私は一切名乗ってはいない。それなのに名前どころか、ユニークスキルまで。それに、いまの音声。背後の戦闘音が一切ノイズとして含まれていなかった。ということは、映像か音声に、リアルタイムで手を加えている可能性がある。あの戦っているパクックマの人と、黒髪猫耳の少女。そして最低あと一人は、先方に人がいる、ということだ。


 緑川はそこでちらりと加藤を見る。素早く頷き返してくる加藤。


 ──加藤先輩も、同じ可能性に気づいている。あとは解析班にお任せでいいだろう。


 緑川はそこまで考えて目の前の少女の映像に意識を集中する。


「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「クロとお呼び下さい」

「クロさん、ですね。この度は我がダンジョン公社にお話を頂き、ありがとうございます」

「それで、こちらの要望はどうなりました?」


 ──そう、簡単に雑談にのっては来ないか。出来れば少しでも話して情報がほしいところ。でも先方の不興を買うほどのリスクを負う必要は今のところない。


「クロさんから頂きましたご要望につきましては、全てこちらでご対応させていただきます」

「了解です。そちらの希望は霊草の安定供給で間違いないですか」

「はい、間違いございません」


 ──まだ、だ。


 スキル『不運ハードラック』が、緑川にささやく。


「それではこちらの希望であるこのダンジョンの特区認定と、友好的な隣人としてダンジョン公社の出向事務所を特区のとなりに。そうであるかぎりは、良き隣人へのお裾分けとして、霊草の供給ができるでしょう」

「かしこまりました。我々も良き隣人となれることを望んでおります。ところで、そちらのダンジョンの呼称なのですが」


 緑川は言葉を切る。


 ──ここだ。


「これまで前例のないダンジョンとなります。そのため、黒1ダンジョンとなります」

「……その呼称は受け入れましょう」


 ──よしっ


「つきましては──」


 さらにたたみかけようとする緑川。

 それはしかし、クロに遮られる。


「ここ黒1ダンジョンの特異性は一見して明らかだと思います。現在、適切に管理されている黒1ダンジョンですが、無用の外圧でその最適な管理が阻害されるとどうなるか。わかりますね」


 そういって、猫耳少女の示す背後。


 ちょうど同じタイミングで加藤がフリップで緑川にメッセージを見せる。そこには「画像の加工は個人情報保護のもののみ。音声が合成」と書かれていた。


 ──つまり、今見ている映像は実在のものだということだ。


 画面の向こう、当初あれほどうごめいていたジェノサイドアントが、ほぼほぼ叩き潰されていた。

 その大地を埋め尽くす死骸の中央に立つ、パクックマのアイコンで顔を隠された人物。その人物からは、闘気と言われれば納得してしまいそうな圧倒的な威圧感が放たれている。


──クロは、こう言いたいのだろう。ジェノサイドアントの大量発生を抑えているクロたちが居なくなるだけで、この国は簡単に滅びるんだぞ、と。


 思わずゴクリと唾を飲み込む緑川。

 声が震える。


「も、もちろん、理解しております」

「結構です。それでは」


 ちょうど最後のジェノサイドアントが叩き潰されているところで、ズームムが終了する。


 それとともに、多大な重圧を一身に受けていた緑川は崩れ落ちる。

 本日二度目となる医務室に、お世話になるのだった。


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