おまけ ①【誰か、捕まえてどこか遠くに連れて行ってください】







真夜中のサーカス団~不幸な貴方へ~

おまけ ① 【 誰か、捕まえてどこか遠くに連れて行ってください 】


 おまけ ① 【 誰か、捕まえてどこか遠くに連れて行ってください 】










































  アヌースはアイーダの弟である。


  その溺愛ぶりは、誰が見ても分かる通り、異常という異常さで、アヌースは姉のその常識外れの愛情の注ぎ方に、小さいころから耐えていた。


  今もこうして、部屋の中で腕を後ろに回したり足の下から通したりと、色々な格好でのジャグリングの練習に励んでいると、邪魔がきた。


  「アヌースーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」


  「出た」


  ゲッ、と声に出してみても、アイーダには全く通じない。


  「相変わらず素敵ね!!!一人黙々と特訓に励んでいるアヌースは、私の誇りだわ!さすが私の愛する人!!!!御褒美に、ちゅーしてあ・げ・る!」


  「いらん」


  グググ、と顔を思い切り近づけてくる姉の顔面を自らの手で覆い、なんとか阻止をする。


  それでもなお強引に顔を寄せようとするアイーダに、アヌースは軽く足を横から蹴飛ばした。


  女と男の力には差があるといっても、ここは許してほしいものだ。


  蹴られたことによってバランスを崩したアイーダは、バタンと大きな音を立てて顔から倒れた。


  その間に部屋から抜けだしたアヌースは、誰かの部屋へと避難を試みるが、生憎、女性四人・男性六人。


  女性の部屋に行くことは出来ないし、男性は六人といっても、うち一人は団長の部屋で、うち一人はピエロの部屋で、うち一人は自分だ。


  安全圏で言えばケントなのだが、ケントはきっとアイーダの気迫に押されて、アヌースが部屋に隠れていることを喋ってしまいそうだ。


  バウラは常にエリゼベスの手入れをしていて、アヌースが来てもアイーダが来ても気付かないだろう。


  最後にマトンだが、彼もアヌース同様にあまり話さず無口なほうだ。


  「この際、誰でもいいか」


  背後から迫りくる、なまはげ(アヌース個人の感想)に、とにかく逃げ場を確保しなければいけないと判断した。


  最初は、一応ケントの部屋に行ってみた。


  「ケント」


  「あれ、どうしたの。珍しいね」


  「アイーダに追われてんだ。かくまってくれ」


  「いいよ」


  部屋の隅のほうにある、謎の箱に身を顰めようと箱を開けた。


  「あ」


  そこには、ライオンにあげるのだろう、餌と思われる生肉が所せましと積まれていた。


  「そこは無理だと思うよ。臭いついちゃうから」


  しかし、ケントの部屋は意外と殺風景なため、他に隠れられるような場所は見つからなかった。


  諦めて、今度はバウラの部屋に向かった。


  「バウラ、ちょっと隠れさせてくれ」


  「こら、エリザベス、駄目だろ。前にも言っただろ?」


  「うわっ、なんだここ。その犬の洋服だらけじゃねーか」


  「そんな可愛い顔しても駄目だ」


  「うわっ、ここは犬の本だらけじゃねーか」


  「よーし。じゃあ、次の技は」


  「お前、一回くらい俺に気付こうとは思わないのか」


  諦めて、今度はマトンの部屋に向かった。


  「ちょっと厄介になるぜ」


  「・・・・・・」


  コクン、と頷くだけのマトンだが、アイーダも苦手であろうマトンの部屋ならいいだろうと、アヌースは部屋の隅の机の陰に隠れた。


  だが、数秒間だが、沈黙がとても重い。


  身を顰めるには最適なのだが、なんとなく重い。


  十分もしないうちにスッと立ち上がり、アヌースはマトンに礼を言って出て行った。


  「なんだろう。マトンは俺よりも人生を経験してるのか?あの落ち着きぶりはなんだ?」


  そうこうしているうちに、ついにはジョーカーかジャックの部屋に行かねばならなくなってしまった。


  ジョーカーの部屋の前に立ってノックをしようとしたとき、中から何やらぶつぶつと怪しげな声が聞こえてきた。


  ドアに耳を当ててそっと聞いてみると、「フンダラホンダラジャマルラシンムン・・・」などと、わけのわからない言葉を紡いでいた。


  そっとドアを開けて中を覗いてみると、まるで死神のような格好をしたジョーカーがいて、黒魔術と書かれた本を見ていたような、見ていなかったような。


  途中で逃げ出したアヌースは、最後の砦のジャックの部屋に向かった。


  「ジャック・・・・・・」


  「なんだ」


  「アイーダに追われてる」


  「いつものことだろ」


  「毎日毎日だと、さすがにしんどい」


  「だからって、俺の部屋に面倒事は持ちこむな。姉弟の問題なら、二人で解決しろ」


  バタン、と追い出されてしまったアヌースは、もう逃げ場を失くした。


  やはり、ここは空気が重くてもマトンがまともなんじゃなかろうかと、アヌースは自嘲しながらトボトボ歩いていた。


  もう一度、マトンの部屋のドアを叩こうとしたとき、ふと声をかけられた。


  「アヌースじゃない。何してるのよ」


  「あ、なんだ、エリアか」


  「なんだとは何よ。姉弟揃って性格に難ありね」


  朝からアイーダに練習の邪魔をされていること、小さい頃から我慢してること、なんでそこまで溺愛されているのかさえ理解出来ないこと。


  ある程度話したところで、エリアはアヌースに同情の眼差しを向ける。


  「とりあえず、少しの間だけ隠れられればいいんでしょ?なら、私の部屋に来てもいいわよ。今ルージュもいるけど」


  「いいのか?」


  「少なくとも、アイーダの思考回路じゃ、私達の部屋にまで探しには来ないでしょ」


  思いがけないエリアの言葉に、目を輝かせたアヌースは、お言葉に甘えることにした。


  女性の部屋に入ったのは初めてだが、思ったよりもメルヘンチックにはなっていなかったことに安心した。


  さすがというべきか、きちんと片づけられている部屋には、綺麗に並べれた本や服、化粧道具があった。


  部屋の真ん中にある小さいソファは二つしかなく、一つにはルージュが座っていた。


  「アイーダから逃げてるっていうから、連れてきたわ。しばらくここにいるけど、気にしなくていいわ」


  「・・・・・・」


  喧嘩ばかりしている二人だが、どんな話をするのだろうと、敷いてあるカーペットに胡坐をかいた。


  会話がされると思っていたが、エリアが一方的に話をしていて、ルージュはそれを黙って聞いているのがほとんどだということが分かった。


  だが、それも話の序盤までだった。


  「それは嫌」「無理」「馬鹿じゃないの」と反論というよりも、日頃の鬱憤を晴らしているのではと思うような言葉を並べ始めた。


  エリアの顔はピクピクと痙攣に似た怒りが見え、アヌースは危険地帯に来てしまったと後悔する。


  「あんた、良い度胸してるじゃない。じゃあ、あんたの意見を言ってみなさいよ」


  「エリアの思考回路は意味不明。物理的に考えて不可能」


  「なんですってーーーーー!?」


  急いで部屋から逃げ出したアヌースは、最後に良い隠れ場を思い出した。








  「ふー」


  自分を隠す絶好の場所は、一番先に隠れるのを恐れて思考から除外してしまう“自室”であった。


  未だに自分を探すアイーダの声が聞こえるが、なかなかアヌースの部屋の方向にまでは探しに来ない。


  「たまには一人で過ごさないとな」


  いつもアイーダが邪魔しに来ていたことで、数か月間読めなかった本を読み、のんびりとし、悠々自適な生活を、一日のうちの数時間だけ過ごすことが出来た。








  ―翌日


  「?ジャックの目の下にクマがある」


  毎日ちゃんとした睡眠を取ることが出来ているわけでは無いジャックだが、クマが出来るほどに寝ていないことは無かった。


  しかも、とびきりくっきりとしたクマが出来ている。


  目は据わり、すでにコーヒーを十杯は飲んでいた。


  「昨日、エリアとルージュが酷い喧嘩を始めたらしくて、その仲裁に入ったんだってさ。それが、さっきやっと収まったとこ」


  ケントに説明され、もしかして昨日の・・・・・・とは思ったものの、首を思い切り左右に振って、考えないことにした。


  静かにジャックに疲れが取れると信じているハチミツを手渡すと、そっと部屋を出て行った。


  「?なんだあいつは」







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