おまけ。 思い出はオシャレから


 ある日の昼下がり。

 

 「ん〜陛下ってばやっぱり」

 「「「超絶カワイイ〜」」」

 

 フリルの付いた女の子らしいピンクの衣装に身を包むギントの前に、若いメイドたちがたくさん集まってキュンキュンしている。

 

 「これなんかどう?」

 「こっちも似合いそ〜」

 

 ここは衣装室。シックな男装用タキシードから女性用のネグリジェまでなんでも揃う陛下専用の試着部屋。王立図書館の本棚のようにズラリと並ぶその衣装をメイドたちがせっせと王様に合わせる。

 王様は言われるがままにそれを着せられる『お人形さん扱い』を受けて、戸惑いを隠せない。

 

 「陛下、何か思い出して頂けましたか?」

 「……あのね、何を思い出せと」

 

 ファナード百世と入れ替わったばかりのギントは、それよりも過去ことを当然知らない。入れ替わったことを悟られないように『記憶があいまいだ』と誤魔化して過ごしてみたものの、それが裏目に出てしまった。メイドたちが思い出すきっかけにと衣装合戦を始めたのだ。

 最初は陛下のためを思い試着を重ねていたメイドたちも、次第に陛下の無限の可能性に導かれるが如く自らの欲望を恍惚とした表情でぶつけ合う一種のケモノと化していた。

 

 「へ、陛下。ふふ……。でしたらこちらなんていかがでしょう? 最近のトレンドなど取り入れてみては。きっと思い出せますから」

 「だから何を思い出せと!」

 

 エントリーナンバー3。

 

 ゴスロリ白ウサギ。

 白を基調としたゴスロリ衣装に黒いウサ耳が特徴のメルヘンスタイル。アクセントは青髪を邪魔しない黒いリボンと、迷ったあげく手の甲に巻かれた眼帯。月から舞い降りたウサギの使者を思わせるオレンジのアイシャドウがより幻想的に見せてくれるコーデ。

 

 「……うう、これが流行りだと?」

 

 エントリーナンバー5。

 

 だぼだぼパーカー。

 ベージュのオーバーサイズ(猫耳付き)パーカーに黒のスキニーパンツ。尻尾付きの黒いポーチを肩にかけた春のお出かけコーデ。どちからというとコッチの方が流行を感じるが、特にそうではないらしい。

 

 「お、オレがこんなカッコしていいのかな?」

 

 エントリーナンバー9。

 

 カジュアルご内密お嬢様。

 チェックのロングフレアスカートの上から白のセーターをイン。黒のブーツに黒のベレー帽、ふちの丸いサングラスでお忍び感を演出。身分を隠して街にくり出したい時にぴったりのコーデ。サングラスをちょっと鼻先にズラせば色気もぐっと増し増し。

 

 「なんか、申し訳ない気分になってくるな……」

 

 エントリーナンバー16。

 

 ドラキュラ。

 持ち前のギザ歯を活かしたファッション。黒マント、赤シャツ、黒スーツに革手袋。高貴さと狂気さを合わせ持つ真夜中のコーデ。血を吸う前にメイドが卒倒するほどの可愛さが魅力的。

 

 「貴様の血は何味だぁー!」

 

 エントリーナンバー28。

 

 妹メイド。

 ついに王様は私物化された。小さくて可愛いメイドとしてお姉様たちの後を追いかけるおてんば小動物となった。転んでも、間違っても平気。だってお姉様たちがいるんだもん。──そんな妄想を繰り広げるメイドはヨダレを垂らしながらギントにスカートの端をツマませお辞儀を強要させる。

 

 「おはようございますお姉様」

 

 エントリーナンバー29。

 

 真夏の少女。~三つ編みダブルを添えて~

 白のロングワンピース一点でせめる少女らしさを活かしたシンプルイズベストなコーデ。小麦色に焼けた手足は少女の夏が冒険に満ち溢れたものだったのだと想起させる。お好みでカンカン帽もどうぞ。

 

 「下がスースーしてやっぱ変だな。このくらいの着やすさでもっといいのない?」

 

 エントリーナンバー33。

 

 南国のファイヤーダンサー。

 褐色肌を活かした炎のパフォーマーファッション。その肌を強調したのは花柄のフレアビキニと同じ柄の黄色のパレオスカート。足を長く見せる厚底の白いハイヒールと手首や頭に乗せた草冠やお団子ヘアーが南国の美少女感を演出。部屋を暗くし、両端に火のついた棒をぶんぶん振り回せばハイパフォーマンスの完成。口に含んだ油で火を吹けばメイドたちから歓声が上がるダイナミックコーデ。

 

 「わぁー! お見事です!」

 

 エントリーナンバー39。

 

 「いやいや、おかしいだろ流石に……」

 「そう恥ずかしがらずに。ステキですよ陛下」

 

 純白の花嫁。

 ウエディングロードに伸びる大きなドレスは一切淀みのない結婚式スタイル。露わになった肩から胸元にかけて輝くのは最高クラスのダイヤモンドネックレス。手に持つ花束は──、照れるような目線は──、誰に向けられたものなのか。ずいぶん先のことを考えてメイドたちが鼻水垂らしながら泣き出す、旅立ちのコーデ。

 

 「どうみてもこれは未来の話だろうが! ……うぅ、その気になってた自分をなぐりてぇ」

 

 メイドたちの視線に耐え切れなかったギントが膝を折って丸まり、涙ぐむ。

 

 「大丈夫ですよ陛下。陛下はここにいる誰よりも将来性ありますから」

 「ゆっくりでいいんです。ステキな殿方を探しましょ」

 「そっちで悩んでねーわ!」

 「あーその涙目な感じでキス顔ちょうだい。ひとつどうだい」

 「あ?」

 

 不機嫌な感じでギントが顔を上げると、天井の四隅に張り付くクモのようなオークニ様と目が合った。

 

 「きゃーゴキブリ!」

 

 メイドの一人が気づいて叫ぶ。しばらく沈黙が続いたあと、その大型のゴキブリはガサガサと窓から出て行った。

 

 「次見かけたら、駆除よろしく」

 

 怒るとかでもなく、王様は静かにそう告げた。

 今日選んだ服を着る日がいつか来るのだろうか。そんなことを考えながら、王様ギントは忙しない毎日をまた今日も始めるのだった。

 

 

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