第5話 勇者と王様の入れ替わり


 王は長い廊下を歩く。

 豪華な装飾に彩られた訳では無いが、ぽつぽつと高そうな壺が置いてあったり花瓶や燭台が等間隔で置かれていたりと、貧相とは程遠い道を右に曲がる。

 

 「寝室はこの先でごさいます」

 「すまんな。記憶が曖昧なばかりに。その……」

 「声を失う前は、“爺や” と呼んでくださいました」

 「そうだったそうだった、ような……。爺や、お前はー……頼もしいのを覚えてるぞ! うん」

 「それはなによりでございます」

 

 疲れている王様を寝室まで案内するのは、燕尾えんび服と銀のモノクルと白手袋と口髭がよく似合う白髪の執事。ふたりきりでの案内が任せられるほど信用の厚い人物なのが分かる。

 食事か風呂か必要なものを訊ねてくるので、今日は風呂だけにしておくと王様は伝えた。

 

 「それでは、大浴場の準備が整い次第お呼び致します」

 

 最後に会釈をして、爺やは寝室兼書斎の扉をガチャンと閉めた。

 

 「……。」

 

 通された部屋を見渡す王様。

 キングサイズの天蓋付きベッドが大きな書斎の端に置かれている意外とシンプルでハデ過ぎない造りのワンルーム。特に興味惹かれる物もなく、王様はベッドにダイブした。

 ふわっふわのバインバインなベッドに弾んで浮いてゆっくり沈む。おもむろに寝返りを打つと、右手で目を覆う。

 

 「ふふふ……くくくくっ。ははははははははははははははは」

 

 手足を放り投げて高笑いする。

 今まで最も奇妙な行動の連続。

 

 「……はぁ。オークニ様」

 「はーいー」

 

 天井からヌルッとヒトの頭が出てくる。そのまま落ちて来て、ベッドの王様と重なった。

 黒色の瞳をした少女だった。膝下まである青みがかったピンク髪。一枚の布をダボっと羽織るように着た、顔は痩せ型のお腹まわりだらしない系少女。どうも幽霊ではなさそうだ。

 

 「オレ……上手く笑えてたか?」

 「うん。上機嫌ってな感じで、外までね〜」

 「やっべ、聞こえてたか!」

 

 慌てて上体を起こした王様はドアの方を振り向く。そこで衝撃的な光景を目の当たりにする──。

 

 「爺や……?」

 

 なんと爺やが机の前に立っていたのだ。

 

 「……いつからそこに?」

 「書斎の整理をしてから行こうと、最初からにてございます」

 

 空いた口が塞がらない王様。目が合って固まる少女。

 

 「失礼なことをお伺いしますが、いま大國さ──」

 「ぁああ! ほら、な! 分かるだろ爺や。察してくれよーー」

 

 王様は少女を引き寄せ、頬同士をくっ付けながら親密さをアピールする。しかし何か訳ありなのは明白で──。

 

 「なるほど。ではやはり……大國の主様なのですね」

 「んだよ! てかなんで知ってんのよ。この国の人間はだれも存在を知らないって聞いたのに」

 

 王様が目を細めて聞く。爺やは毅然とした態度を崩さず応える。

 

 「昔、世界を旅して回ったことがあるものでして、存在は存じております。どのような形であれ国の象徴たる人物にお目にかかれて光栄でございます」

 「あっ、いえいえこちらこそー」

 

 人見知りすぎるが故に、立場は上でも少女は「あっ」とか付けて言っちゃう。

 王様はオークニ様との密会は他言無用にと爺やに命令した。それと書斎の整理も自分でやると伝えた。爺やはそれを二つ返事で了承し、今度こそ部屋を後にした。

 

 「ふへー、引きこもりに初対面の相手はキツイって。一時はどうなるかと思ったけど、これで──どひゃいっ!」

 

 ドアが閉まる音をしっかりと確認し、そっと胸を撫で下ろす少女に向かって王様は無言で襲い掛かった。

 

 「た、タタタミくん!? そんないきなり……!」

 「……オークニ様。じっとしてくれ」

 

 発育途中の細い腕に突き飛ばされ、ベッドに倒される少女。優しく覆い被さる王様に押し切られる形となり、互いの鼓動を感じるほど密着する。

 

 「タ、タミくん……まだ国産みは、早いよぉ……」

 

 抵抗するたび肌と肌が擦れ合う。胸の高鳴りは収まらず、太ももを伝う汗がどちらから流れたものかも分からない。少女が覚悟を決めて目を強く閉じると、王様の熱が首すじへと近づく。そして、優しく撫でるような声でささやかれた。

 

 「──オークニ様、透視は使えるか」

 「ん……」

 「オークニ様……オークニ様ってば」

 

 キス待ち少女はほっぺをつままれる。

 

 「いはい(痛い)」

 「出た瞬間から足音がしない。外みれねーか」

 

 少女は早とちりしていた事実を知り、すこし哀しそうに息を漏らすと、ピンク色の頭をすぐに切りかえた。

 

 「ホントだ。壁に張り付いて、……張り付いてこっちの話聞いてるよー……」

 

 途中から声のボリュームを絞った。

 

 「ちょっと誘ってみるか」

 

 王様は突飛な案を打ち出す。

 

 

 ☆

 

 

 廊下側から壁に張り付く爺やは涼しげな顔でその会話を盗聴する。誰から言われた訳でもなく、彼の直感がそうさせた。リスクを犯してでも聴く必要があるのだと。

 

 「いやぁ、上手くいったねータミくん! まさか勇者と王様の中身がキレイに入れ替わっちゃうんなんてねー」

 「だよなー! オレが魔王を倒したのはホントだとしても、ツノは入れ替わるために用意したニセモノだってこと、誰にもバレずに済んだんだからなー」

 

 あまりにも重要そうな会話が唐突に始まり、爺やはモノクルを光らせる。

 

 「武力で大臣たちもあっという間に制圧出来ちゃうんじゃなーい?」

 「かもな〜。魔王に比べたらちょろいもんよー」

 「タミくんは王族の血も引いてるし、ちょろいちょろい」

 「え、なにそれ。知らないんだけど、マジなのそれ?」

 

 想像以上の収穫に満足するかのように爺やが平然と扉をノックした。

 

 「失礼致します。準備が整いました」

 

 

 ☆

 

 

 「メイドのペリドです。お背中流します」

 「いらん。今日はひとりで入る」

 

 と言いつつも、脱ぎづらい衣服やコルセットは外してもらい、さっと大浴場に入る王様。広さ百坪ほどの半分が石で囲われた浴槽が中央に現れる。本来はテンションが上がる光景なのだが、今はこれからのことで頭がいっぱいだ。

 特に爺や。あえて情報をさらけ出すことによって敵か味方か判別する作戦は果たして上手くいくだろうか。

 

 「エサは撒いた。無防備なオレひとりを狙うか、仲間の元へ向かうのか。どちらにせよオークニ様に監視頼んでるから安全だな」

 

 能天気にタオル一枚肩に掛け、温泉の水面に写るファナード百世の身体をまじまじと確認する。この身体には慣れていないので。

 

 「しっかし百世は、顔も身体もホント女の子みたいな……女の子、みたいな……」

 

 あるハズのものが無くて、ないはずのものが写っている。これはきっと揺れる水面のせいだと自分に言い聞かせ、おもむろに胸を触って確かめる。

 

 「あ、ああ、あぁああ……!」

 

 一方オークニ様は、千里眼で爺やを尾行中あることを思い出した。

 

 「そういえばタミくん、王様になることすんなり受け入れてたけど、もしかしてあのコト知らなかったり……する?」

 

 その悪い予感は的中する──。

 自分の胸の柔らかさに冷や汗の止まらない王様は、恐る恐る下半身に手を伸ばし……そして無に触れた。“珍” が “無” になっている。

 

 「なんじゃこりゃあああぁぁああああああああああぁぁぁ」

 

 『声無き王』トレジャーランド・ユーシャリア・ファナード百世。

 その正体は、十二才の小さな女の子だったのだ。

 

 この入れ替わりが、後に世界を大混乱に陥れることになろうとは、この時のギントはまだ思いもよらなかった。

 

 

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