第三幻【是生滅法】





~朦朧御伽草子~髑髏

第三幻【是生滅法】


 第三幻【是生滅法】




























 『先日起こりました、無差別テロと思われる事件に関して・・・』


 ここ最近、連日ニュースで取り沙汰されている事件を、またやっている。


 男はつまらなさそうに、いや、このニュースに飽きてしまったのか、それとももともと興味がないのか、チャンネルを変えても同じことをやっていると知っているからなのか、テレビを消した。


 真っ黒なさらっとした髪の隙間から覗く、額にあるホクロと金色の目。


 白い長めの裾と丈の服に、黒い帯のようなものがぐるぐるとランダムに巻きついており、黒いズボンに草履という格好をしている。


 何より奇妙に見えるのは、口元の両端に描かれている赤い縁、だろうか。


 まるで歌舞伎役者のようにも見えるその光景だが、男は決してそんな仕事をしているわけでもないし、そういったものに興味があるわけでもない。


 男は弩主呂というらしく、財布も何も持たずに街へとぶらぶら出かけると、事故を見かけたり、飛び降り自殺をする人がいたり、過呼吸になって倒れる者などがいた。


 近くを通りかかった人は、少なからず心配している素振りを多少、ほんの少しくらいは見せているものだが(これはこれで、自分を正当化するための行動かもしれないが)、弩主呂だけは、一瞥することも振り返ることもなく、ただ通り過ぎていく。


 弩主呂は足を止めることなく歩いて行くと、建て壊しとなったまま放置されているビルの中へと入る。


 外はまだぽかぽかする陽気だというのに、ビルの中はひんやりとした空気が流れている。


 弩主呂はそのまま奥の方へと向かい、そこにある階段を上っていくと、徐々に人の声が聞こえてきた。


 部屋の前まで来ると、弩主呂はノックすることなくその部屋へと入っていくのだが、当然、声の主たちは弩主呂を見るなり、眉間にシワを寄せる。


 怪しい取引現場、というわけではないのだが、若い男たちが数名、たむろしていた。


 弩主呂に気付いた男が近づいていくと、いきなり弩主呂の腹に向けて一発、拳を入れたように見える。


 その様子をただ見ていた他の若い男たちは、卑下たような笑い方をする。


 「おいおいお前なんだよ?ここは俺達の縄張りだぜ?」


 「歌舞伎役者みてぇな顔しやがって。なんだこいつ」


 「とりあえず縛っておけ」


 「おい、どうした?」


 弩主呂のことを殴りに行った男が動かなくなったため、他の男たちは笑みを浮かべたまま声をかけてみると、次の瞬間、男が急に倒れてしまった。


 「な、なんだ・・・!?」


 他の男たちがかけよってみると、男は顔面蒼白、白目をむき、血の気も無かった。


 まるで死人のようにも見えるそれに怯えたかと思えたが、男たちはすぐに弩主呂の方に目を向けると、ポケットから小さなナイフを取り出し、弩主呂に向ける。


 数人で弩主呂を囲みこむが、弩主呂は表情ひとつかえず、ただ真っ直ぐ前を見ている。


 その様子が余計に男たちを腹立たせてしまったらしく、男の1人が弩主呂に向かって行くと、弩主呂は口を少しだけ開く。


 「なんなんだよてめぇは・・・!!」


 男たちはバタバタと倒れて行き、そこにあった温もりは全て消え去る。


 弩主呂はビルから出ると、またどこかへと向かって歩き出した。


 道を歩いている間、弩主呂の身体からは黒い靄のようなものが出ているのだが、周りの人間には見えていないようだ。


 皆、普通に弩主呂の横を通り過ぎていく。


 弩主呂から出ている黒いものは、人々の中に入っていったかと思うと、いきなり近くの人に襲いかかる者が現れる。


 それはまるで連鎖するかのようにして、他の人まで誰かを襲いだし、まるで地獄絵図のような光景となっていた。


 悲鳴をあげる者、助けを求める者、一部の冷静な者だけが、警察や救急車を呼ぶといった行動を取っていたようだが、彼らが到着するころには一体何人の犠牲者が出るのだろうか、想像もつかない。


 それをスマホの動画で撮っているものもおり、生中継している者までいた。


 人々が喚き叫んでいる中、弩主呂は平然と人ごみをすり抜けていく。


 しばらくして警察などが到着すると、暴れていた人達は次々に逮捕されていき、倒れた人々は救急車で運ばれていく。


 そこへ、また珍妙な格好をした男が通りかかり、眠そうな目を何度か瞬きさせると、踵を返す。


 先日起こった、集団ヒステリーならぬ集団殺人衝動に関して、評論家たちの意見は様々だった。


 1人の行動を発端として、自分の中にあった殺人衝動を抑えきれなくなった者たちの事件だとした者や、集団で催眠状態にかかっていたのではないかという者、そもそも計画されたものだったのではないかという者など。


 今やネットで誰とでも繋がれる時代というだけあって、首謀者は誰なのか、個人個人の意志に伴う行動だったのか、それとも全く関係のないところでの事件だったのか、ニュースだけでなくネット上でも考察はされ続けていた。


 しかし、日が経つごとに徐々に事件への関心は薄まっていき、そのうち、世間の興味はアイドルの家賃滞納問題や、モンスターペアレントなどへと移っていった。


 「・・・・・・」


 電気屋の前にあるテレビの前に立ち、そこで流れているニュースを見ている男、雅楽。


 じーっとそのニュースを見ていたかと思うと、急に興味を失くしたようにテレビ画面から目を背け、歩き出した。


 一風変わった服装や見た目にも関わらず、男のことなど見えていないかのように、周りの者は普段通り通り過ぎる。


 ひょいっと裏路地に入った雅楽は、ぐっと足に力を入れると、そのままどこかのオフィスが入っているビルの屋上にまで飛んで行く。


 地上より幾分か冷たい風が吹く中、雅楽は髪や服を靡かせながら、顔を左右に動かして何かを探しているようだ。


 「おかしいな。この辺から感じたんだけど」


 ぼそっとそう呟くと、雅楽はビルとビルの間をどんどん移動していくが、なかなか見つけられない。


 ふう、と小さく息を吐くと、雅楽はビルから飛び降りて地上に足をつき、またふらふらと何処となく歩き続ける。








 それから数日後、弩主呂は公園に来ていた。


 子供連れや暇を持て余した老人、仕事をさぼっているように見える若者など、平日の昼間だというのに、なかなかの人数がいる。


 弩主呂は公園の隅にあるベンチに座っていると、そこへ男の子がやってきた。


 どうやら、遊んでいたボールが転がってしまったらしく、それを取りに弩主呂がいるベンチの方へ来たのだ。


 弩主呂は足元に転がってきたボールを拾う事もなく、ただ、自分に近づいてくる子供のことをじっと見ていた。


 男の子は弩主呂の足元に一直線にやってくると、手を伸ばしてボールを拾おうとした。


 弩主呂が口を薄く開けてすぐ立ち上がり去って行った後、男の子は少し動きを止め、動かなくなった自分の子供を見た母親が男の子に近づくと、男の子は急に心臓発作を起こしていた。


 パニックになった母親は、どうしてよいか分からずに男の子に声をかけ続けている。


 「すぐに救急車を呼べ」


 母親の背後から聞こえて来た、温かい、とは言いにくい声が聞こえてきて、後ろを向いた母親の目に映ったのは、紫の髪をした怪しい男だった。


 一瞬、男を見て思考が停止してしまった母親だったが、男に電話をするよう催促されたため、慌てて自分の鞄がある場所に向かうと、そこからスマホを取りだして119番へと連絡する。


 母親が電話をしながら男の子の方を見ると、すでに男はいなかった。


 「見つけた」


 弩主呂の前に、現れた雅楽。


 適当なビルの屋上にいた弩主呂は、突然、頭の上から下りて来た雅楽に対し、驚いた様子もなく、ただ顔を動かした。


 「思っていたより遅かったな」


 「・・・かくれんぼは得意じゃないんだ」


 揺れる髪は生まれつきの色なのか、右目だけはどうしても見えないほどに長い。


 「どうして俺を探していた」


 弩主呂の問いかけに対し、なぜそのような当たり前の質問をしてくるのかと思った雅楽であったが、それは言わなかった。


 人差し指で軽く頬をかいた雅楽は、こう言う。


 「人に無理矢理怨念を抱かせる。または怨念を吸い取って別の者に送り込む・・・だから?」


 「なんで疑問形なんだ」


 「お前ほど、怨念を抱いた奴を見たことがない。いや、怨念を巻きつかせている、といった方が良いのか」


 「・・・・・・」


 雅楽の言葉に、弩主呂は少しだけ顔を揺らがせる。


 雅楽が自分の身体から呪符を取りだすと、弩主呂が口を開けようとしているのが分かり、呪符ではなく、蜘蛛の糸で自分と弩主呂の間に壁を作る。


 じゅううう、とコンクリートの床が溶けるような音がして、雅楽の出した糸の壁を解くと、弩主呂の口から出て来たものの正体が見えてくる。


 弩主呂の口から出て来たのは、真っ黒い闇そのもので、そこからは所謂、魑魅魍魎と呼ばれる亡者の姿だった。


 「すごい数だな。それを身体に取りこんでいるのか」


 魑魅魍魎からは、人を融かすには簡単なほどの熱であったり、一瞬で死に陥れられるほどの冷であったり、はたまた、唆し誘惑する甘い幻想であったり、催眠や幻聴、幻覚。


 黒いものは弩主呂の身体から這い出てくると、雅楽のことを襲い始める。








 雅楽と魑魅魍魎たちが戦っている間に、この場所から遠ざかろうとした弩主呂だったが、それは出来なかった。


 時間がかかる、もとい、普通の人間であれば、戦うということすら無意味な行為であって、そもそも、姿を見る前に通常は意識を失うか、死んでしまうはずだ。


 弩主呂本人でさえ、どうやって魑魅魍魎と戦うのかなんて考えたこともなかったのだが、ものの数秒で、その魑魅魍魎たちは、一斉に動けなくなってしまっていた。


 雅楽の身体から出た蜘蛛の糸によって、動けないよう拘束されてしまっているのだ。


 捕まってしまった魑魅魍魎たちだが、雅楽にむけて何か攻撃をしようとしているのだが、自らの身体に絡まっている糸が、ぐいぐいと身体に食い込んできて、どうにも攻撃が出来ない。


 その糸は身体に喰い込んでくるだけではなく、魑魅魍魎たちの能力でも、燃やすことも凍らせることも、何も出来ないのだ。


 力自慢が引き千切ろうとしても、その糸は、細いのに決して千切れる気配がない。


 ぎゃあああああ、とまるで断末魔の叫びにも似た、それ以上の声とも言えないような声を聞いていた雅楽は、糸をくいっと引っ張る。


 すると、魑魅魍魎たちはくたっと何も言わなくなってしまった。


 それを見ていた弩主呂は、背けていた身体を雅楽の方に向ける。


 「その糸、どういう原理だ?」


 糸に興味を持ったのか、雅楽に淡々と尋ねてみたものの、雅楽は糸に興味がないらしく、答えが返ってくることはなかった。


 糸に絡まっていた魑魅魍魎たちが、雅楽の身体から出て来た呪符によって封印されてしまうのを、弩主呂は落ちついた様子で見ていた。


 数回瞬きをしたあと、弩主呂の身体に巻きついていた、正確に言えば弩主呂の着ていた服に巻きついていた黒い布のようなものが、意思を持ったように動き出す。


 雅楽はソレを避けようと後ろに動いたのだが、黒い布は、本来の形を無視するかのようにして、黒い靄がさらに伸びて雅楽に襲いかかる。


 黒い靄は雅楽の腕を掴んだかと思うと、雅楽はすぐさま足で地面を蹴り、弩主呂と距離を保ちながらも、糸を出して黒い布自体を拘束させる。


 一回転して着地すると、黒い靄は徐々に布の周りへと戻って行く。


 「(移動距離には限度あり、か)」


 先程黒い靄に触れられた部分をちらっと見てみると、そこの肌が少し変色していることに気付く。


 だからといって取り乱すこともなく、雅楽はどうやって弩主呂本体に近づこうかと考えていた。


 「!」


 拘束している黒い布とは別に、新たに黒い靄を纏った黒い布が出て来たかと思うと、雅楽の足元に巻きついてくる。


 それを解こうとしても、物体のない靄はどうすることも出来ず、また糸を出そうとしたのだが、その前に雅楽を包み込む。


 まるで繭のようにどんどん大きな球体となっていき、弩主呂はしばらく様子を窺う。


 ドクンドクンと、波打つように動く黒い靄を眺めていた弩主呂は、雅楽がどうなったかを確認しようとした。


 しかし、徐々に小さくなっていく黒い靄に気付き、また距離を取る。


 ある程度小さくなったかと思うと、今度は黒い靄が吹きだすようにして弩主呂の方へと戻ってきた。


 何事かと思っていると、黒い靄の中から見える雅楽の胸元あたりに呪符が幾つも貼られており、そこに黒い靄が吸い込まれている光景を目にする。


 「少し多いな」


 自分の胸元を触りながらそういう雅楽は、弩主呂にこう言う。


 「随分と、人の怨念を溜めこんだな」








 弩主呂が身体に纏わせていた黒い布には、怨念が込められている。


 いつからそんなことをしているとか、どうしてそんなことをしているとか、そういうことは今はいいとしよう。


 黒い靄の正体は、怨念そのものだ。


 「何人の僧侶を殺した?」


 「いちいち覚えていない。覚える必要もない」


 「僧侶という位の人間を殺すことで、怨念は脅威を増す。通常、僧侶には怨念などあってはならない感情だが、人間である以上、零にすることは出来ない。それをお前は身体に纏わせていたのか。だから、その強烈な怨念で、他の人間を憎悪に満ちさせることも出来たってことか」


 「人間の感情に興味はない。ただ、怨念というのは利用価値がある。それだけだ」


 身体に取りこめなかった分の残った怨念だけかと思いきや、弩主呂はさらなる怨念を呼び寄せ、雅楽に向ける。


 黒い布の行動範囲と、その布から出てくる黒い靄の移動距離を把握したうえで、雅楽はその身体能力を活かす。


 黒い布が雅楽の肉体に襲いかかってくると、それを避けるようにして、布を蹴飛ばして近くの建物に移動し、さらに靄が襲ってくると、蜘蛛の糸を出して靄ごと拘束する。


 しかし、形の無い怨念というもの自体を捕まえることは出来ず、黒い靄は糸をすり抜けて雅楽のもとへと向かってくる。


 ビルとビルの間の距離がどれだけあろうとも、雅楽は簡単に飛んで移動してみせる。


 「逃げてばかりだな。俺を捕まえにきたんだろう」


 「・・・血まみれのお経を身体に巻き付けて、臭いでばれなかったのか」


 「確かにこれは、殺した僧侶たちの血で汚れてしまった巻物だが、その臭いさえ掻き消すほどの怨念だった。つまり、奴らもただの欲に塗れた人間だったというわけだ」


 トン、と足を手すりにつけると、雅楽は糸を回収する。


 そこからもう一段階、屋上の地面に足をつけると、雅楽は弩主呂に対して感情を含まない声で述べる。


 「たかが鬼ごときが、人間をどうこういうなんて、随分と偉くなったもんだな」


 「・・・たかが鬼?」


 ぴく、と初めて反応を示した弩主呂に、雅楽はいつものように話す。


 「人間を愚かだ浅はかだ醜い虚しいどうしようもないとなんだかんだ言ったところで、結局はその人間の“怨念“という力を借りることでしかお前は俺と戦えないということだろう?それなのにそんなに偉そうにしていられるのはどういう精神の持ち主なのかと思っただけだ。要するに、お前自身の能力は魑魅魍魎を出すことだけで、怨念自体はお前の力ではない」


 「怨念を利用することも出来ない奴に言われたくない」


 「俺は怨念など利用する必要がないから利用していないだけだ。お前はこれまでに、何人もの人間に対し、怨念を利用し、殺人衝動を起こさせたり、発作を起こさせたりと、命を奪ってきた。だから俺はお前を封印する」


 「お前が人間どもの怨念に勝てるとは思えないがな。封印できるものならやってみろ」


 まるで雅楽を挑発するかのように言った弩主呂だったが、雅楽は大きな欠伸をしていた。


 特別眠いわけでは無いらしく、生欠伸のようだ。


 少しだけ目を細めた弩主呂の身体から、黒い布と同時に黒い靄が雅楽に襲いかかり、再び身体を囲んだ。


 くるくると囲んで行くと、雅楽にとりこまれる前に、雅楽の中にもあるはずの怨念を表に出すべく、黒い靄は雅楽の身体の中に入りこみ、そこにある黒いものを探し出す。


 「例えどんな奴でも、人間である以上、底に何かを持っているものだ」


 黒い布が、靄を伝ってくる雅楽の何かを吸い込んでいくと、布は何かを飲み込んでいるかのようにごくごくと音を出し、それはうねりだす。


 「そうだ。全て飲み込め。それが俺の力となる」


 ドクドクと、黒い布から弩主呂へと伝わってくる呼吸のようなものに、弩主呂は雅楽の中に眠る怨念を感じ取る。


 ・・・はずだった。


 「・・・!?」


 急に、黒い布が膨らんできたかと思うと、それは許容を超えてしまったようで、散り散りになってしまった。


 それだけではなく、布が消えてしまった衝撃で靄もなくなり、さらには、黒い布から自分の身体に怨念を蓄えていた弩主呂の身体にも、大きな衝撃があった。


 口から血が出て来ただけではなく、両腕が吹き飛び、身体の至る所から血が流れ出て来た。


 「まったくもって理解不能だ」


 黒い靄が見えなくなると、その中に覆われていた雅楽の姿がはっきりと見えてくる。


 するすると、雅楽の身体から呪符が出てくると、それは弩主呂の身体を取り囲み、抵抗しようと試みた弩主呂だったが、すでに時すでに遅し。


 魑魅魍魎も怨念も使えなくなってしまった弩主呂は、声を出そうとしたのだが、その前に口が利けなくなってしまった。


 「不条理に満ちた世界の中で、恨み辛みを抱え込むことは当然。人間のみならず、生きていれば感情に揺さぶられる事があるのもまた当然。だからといって、一方的で身勝手な憎悪に身を任せて人を傷つけるような行為は、どんな状況、どんな経緯があったとしても許されるべきものではない。そこに、立派ともいえる正当性を持った理由があったとしても、法律という堅苦しい規則がそこにはあり、越えてはならない壁がある。だが、この規則というものは時に残酷なもので、本当の悪人を野放しにしてしまうこともある。規則という名の真っ直ぐな一本の道の両脇は真っ暗闇で、そこに乗ってしまった人間はすぐに見つかってしまうが、隠れてコソコソしてる奴は見つからずにいられる。そんな世の中であれこれ考えて悩んで生きているのが億劫になって、人は自分以外の人間を陥れ、憐れみ、蔑み、馬鹿にし、嘲笑い、不幸にし責めることでしか自分を表現出来ないほどに脆弱になる。それは極めて嘆かわしいことだ。しかしながら、それが人間の本能というか本性というか本質だと言われてしまうと否定は出来ないわけで。お前が怨念だなんだと言っているものは、確かに人間の負の部分であって、それを力として扱えるのであれば、それほど永続的で強力な力は他にはないだろうと思う」


 一通り話し終えた雅楽がふと視点を弩主呂に合わせると、すでに呪符に封印された後だった。


 呪符が雅楽自身の身体に戻ってくると、雅楽は特に何も無かったかのようにして、その場から去って行く。








「大丈夫よ。私はあなたの味方だから」


そう言って、女性は優しく柔らかい手で、相手の手を握る。


じっと見つめるその瞳は、純粋というには少し歪んだものに感じるが、女性は微笑みながら囁く。


 「だから、死んで」




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