第二幻【うまずたゆまず】


~朦朧御伽草子~髑髏

第二幻【うまずたゆまず】



 第二幻【うまずたゆまず】




























 「助けてあげるよ」


 そう、優しく言葉をかけてくれる人がいるだけで、世界はどれだけ明るくなるというのだろうか。


 優しい言葉に加えて、優しい笑みを見せられてしまったら、その言葉に縋りつくしか道なんて分からない。


 自分のことを何があっても信じてくれて、いつでも話を聞いてくれて、褒めてくれて、認めてくれて、そういう人が近くにいるだけで、きっと世界は大きく変わる。


 「可哀そうに。でも、君はとても頑張っていると思うよ。そんなに自分を責めたらだめだ。そうだ、気持ち良い空気でも吸いにいこう」


 気分転換にどこかの屋上に行って、そこの空気を思い切り吸い込む。


 それだけで、心の中でもやもやしていたものが全て吹き飛んで行くような気もする。


 そう、全てが・・・・・・。








 渠莱と名乗る男は、1人でカフェにいた。


 椅子に座って足を組み、紅茶が入ったカップに手をやり、口へと運んで行く。


 外側に向かってはねている茶髪に、金色の目、口元の左側にはホクロがついている。


 首元には丸い鏡のペンダントをかけ、水色のシャツを腕まくりし、長めのベルトにデニムのジーパンはふくらはぎあたりまで折られている。


 青のスニーカーを履いた渠莱のもとへ、一通のメールが入る。


 長い指を滑らせてその内容を確認すると、渠莱は、ただでさえ普段からにこやかなその笑みがさらに深みを増す。


 紅茶を飲み干した渠莱は、約束の場所へと急ぐわけでもなく向かう。


 渠莱が到着する頃には、とっくに着いていたであろう相手が渠莱に気付き、手を振りながら近づいてくる。


 「渠莱遅ぇよ!何してたんだよ!」


 「ああ、悪い」


 友人、というよりも、ネットで知り合った男性と何度か会う様になり、今日も会う約束をしていたのだ。


 渠莱という奴は本当に良い奴で、いつでもどこにでも会いに来てくれる。


 仕事や友人、彼女の愚痴をずっと言い続けていても文句のひとつも言わないし、アドバイスをくれることもある。


 適当に聞き流せばいいものを、しっかりと聞いてくれているから嬉しくなる。


 ストレス発散ということもあり、話をしたあとは食事をして、それからカラオケに行って沢山歌った。


 「ありがとな!またな!」


 「ああ、また」


 とても楽しい時間を過ごした。


 こういうのを、充実している、というのだろうと実感するほど、渠莱と一緒にいるのはとても心地良いものだ。


 来週も連絡を取ってみよう。


 これでこの一週間はまた乗りきれる気がする。


 男は心を弾ませながら、歩いていた。


 信号が赤になったから足を止めて、青になるのを待ちながらスマホを眺める。


 そして信号が青になったのを確認して歩き出したのだが、信号無視をしてきた車によって、身体が大きく空を舞う。


 「違う!こいつが急に出てきたんだ!」


 「私も見ました!この人、いきなり道路に飛び出したんです!!」


 「自殺だったんじゃないのか?」


 「なーんか暗い顔してたもんな」


 警察がやってきて現場検証をしている近くで、通りかかった渠莱が横目でそれを見ていた。


 だからといって、誰かに何かあったのかと聞くこともなく、珍しがって写真を撮るわけでもなく、ただ、通り過ぎた。


 指ですいすいと画面をいじり、鼻歌を口ずさみながら、渠莱はいつものように笑う。


 「お、また来てる」


 渠莱に会いたいという人は、大勢いる。


 それほどまでに、渠莱という男の魅力にとりつかれてしまっている者たちが、大勢いるということだ。








 渠莱は取り壊し途中の家に呼ばれていた。


 「やっと来たのかよ。早く早く」


 奥の部屋に行ってみると、そこには数名の男女が入り乱れていた。


 そして、その中の大半が既に何も身に纏っていない格好で、布団やベッドがない場所で身体を横にしている。


 まるで動物のように交尾をしているその光景を、渠莱は滑稽だとさえ感じる。


 何が楽しいのかはさっぱりわからないが、渠莱が来たことでその場はさらに盛り上がり、渠莱のことを呼ぶ女性はもちろん、男性もいたのだが、渠莱は少し離れたところでゆったりすることにした。


 少々耳障りなその奇声を聞き流しながら、渠莱は居眠りを始めようと目を閉じたのだが、それを邪魔するかのようにして、生まれたままの姿の女性が、渠莱にもたれかかってくる。


 「渠莱くんも一緒に遊ぼうよー」


 「あーずるいー、私も混ぜてー」


 「渠莱は俺が狙ってたんだよ」


 そんな、どうでもいい会話を繰り広げている男女に対し、渠莱はまず、1人の女性の腕を掴んで階段をあがっていく。


 「渠莱くん、次私だからねー」


 階段を上がっていくと、渠莱は適当に開けた部屋に入り、そこに女性を押し倒す。


 女性は顔をとろけさせながら渠莱を見てきて、さらには渠莱の腰にしがみつき、何かを訴えるようにして上目遣いをしてくる。


 渠莱はその女性の頭に手をおき、優しく微笑む。








 「ねえ、2人戻ってこないじゃん。私、邪魔しに行っちゃおうかな」


 「あっちはあっちで盛り上がってんだろ。渠莱が戻ってくるまで俺とシテようよ。起き上がれなくなるくらいヤろう」


 「えー、渠莱くんがいいなー」


 女性がそう文句を言っていると、渠莱が上の階から呼んでいるのが聞こえてきたため、顔をほころばせて飛んで行く。


 「もー、2人だけで楽しんで・・・」


 2階に行った女性たちがまったく戻って来ず、さらには女性の乱れる声も聞こえてこなかったため、様子を見に行くことにした。


 すると、そこには女性2人が横たわっており、渠莱は部屋の隅で顔に手を当てていた。


 何があったのかと聞いてみると、もう1人の女性がこの部屋に来ると、渠莱たちの様子を見て強引に参加してきて、それを最初の女性が快く思わず、女性同士で争い始めてしまったという。


 ついには互いの首を絞めはじめ、息絶えてしまったようだ。


 「止めようとしたんだけど、もう、どうにもできなくて・・・」


 その後のことは、誰にもわからない。


 ただ、その建物からは、裸の男女の遺体が出て来たようだが、互いに互いを殺したらしく、相手の首に手をかけた状態で見つかったという。


 そんな中、その事件現場を通りかかることもなかった渠莱は、口笛を吹きながら、とあるニュースを眺めていた。


 『痴漢で逮捕された男、無実を訴える』


 『情報漏洩発覚。容疑者の女は冤罪だと主張』


 口元に手を持って行き、口元を隠すようにして笑っているのだろうが、目元が大きく歪んでいるため、とてもにこやかでいることは容易に想像がつく。


 渠莱はしばらくその笑みを続けていたが、そのうち落ち着きを取り戻したのか、徐々にいつもの平坦な微笑みへと戻る。


 待ち合わせをしている場所へと向かうと、そこにはすでに待ち人がいて、渠莱はその微笑みを向けながら近づいて行く。


 悩みを簡単に聞くと、渠莱は諭すわけでもなく、叱るでもなく、寛大に許すわけでもなく、ただただ、その人物が最も欲しがっている言葉を並べる。


 渠莱が帰ったあとにその人物も帰ると、真っ直ぐに家に向かって行く。


 そしてキッチンに立つと、包丁を手に持ち、自分の手首にあてがう。


 翌日、新聞の端の方に小さく載っているその記事を眺めて、渠莱はまたその口元のホクロを妖艶に歪める。


 次の約束にむかうため、近道を通ろうと人がほとんどいない公園を抜ける。


 「何か用ですか?」


 目の前に男が立ちはだかったため、渠莱はいつもの笑みを見せながら話しかけてみる。


 大抵の人は、この渠莱の微笑みを見るだけで警戒心を解くというのに、今目の前にいる男は、それでもまだ渠莱のテリトリーに入ろうとしない。


 一瞬だけ目を細めた渠莱だが、それを覚られないようにこう言う。


 「名乗っていただけますか」


 すると、男はこう答える。


 「雅楽」


 「雅楽さん?すみませんが、そういった名の名前の知り合いはいないと思うのですが」


 「お前は知らなくても、俺は知ってる。お前を封印しに来た」


 「・・・・・・」


 雅楽と名乗った男がそう言うと、渠莱は少しだけ黙ったあと、声に出して盛大に笑いだした。


 「そうかそうか。お前もか」


 「お前も?」


 “も”という部分が引っ掛かった雅楽に対し、渠莱はニッと口角をあげる。


 「お前みたいな奴、何人も見て来たよ。ついこの前も、除霊師だっていう奴がさ。でも結局、俺には敵わなかった。で、死んだ。お前もそうなるよ。死にたくなかったら、大人しく見逃して」


 ぴくりとも動かない雅楽を見て、死にたくない方を選んだのだと思った渠莱は、雅楽の横を通り過ぎて行こうとした。


 「・・・死にたくない、ってことじゃないみたいだな」


 「死にたくないなんて顔をした覚えはない」


 「わかりにくいんだよ、お前」


 渠莱が通り過ぎるところで、雅楽が足を引っ掛けて足を止めたのだ。


 前髪をかきあげながら雅楽と向かいあった渠莱は、これでもかというほどに満面の笑みを浮かべると、こう言った。


 「てめぇで舌噛んでさっさと死ね」


 それだけを言って立ち去ろうとした渠莱だったが、ふと、今度は自ら足を止める。


 そして振り向くと、そこには、眼前すれすれに迫っていた細い糸があり、渠莱は身体をのけ反らせなんとか避ける。


 「なんで効かねえんだ?」


 「効いた。舌を噛みそうになったから、別の刺激で意識を取り戻した」


 何を馬鹿なことを、と思った渠莱だが、確かに雅楽の手には、火傷のような痕が見える。


 雅楽が糸を出して渠莱を攻撃しようとすると、渠莱はぼそっと何かを呟く。


 すると、雅楽の攻撃は渠莱を避けるようにして動き、それは何度やっても同じことだった。


 「無駄無駄。なんどやっても同じだって」


 それでもまた、雅楽は糸を出す。








 「あ?」


 雅楽が狙ったのは、渠莱自身ではなく、渠莱がつけている鏡のペンダントだった。


 そんなに大事なものだったのかはわからないが、渠莱はそれが取れてしまったことで、表情を変える。


 地面に落ちたペンダントを拾おうと身を屈めると、すかさず雅楽が鏡を粉々に壊してしまった。


 プツッ、と何かが切れてしまったかのように、渠莱は続けざまに叫ぶ。


 「死ねよ!!さっさと自分の首にその糸巻いて、首切って死んじまえよ!!1秒でも早く俺の前から消えろ!!!」


 すると、雅楽の糸は雅楽に向かったのだが、またしてもその糸が燃えたため、雅楽は自分の首を切らずに済んだ。


 「てめぇ、なんなんだ?なんで死なねえ?」


 「言霊。用心して耳栓でも持ってくればよかった。でも会話が困難になるな」


 「安心しろ、今のままでも十分困難なんだよ。意思疎通出来てねぇから」


 んで、と付け加えると、渠莱は「銃」と言って、渠莱の身体から銃が生えてきた。


 それは具現化された本物の銃で、渠莱はそれを扱ったことがあるのかはわからないが、手慣れた様子で雅楽に向けてくる。


 「何が何でも殺してやる」








 渠莱がつけていた鏡は、相手の言葉を反射するものだった。


 相手が攻撃的なことを言うと、それが跳ね返って相手自身に戻っていく、というものなのだが、除霊師が死んだのはそれのせいだった。


 その鏡と、渠莱の口から発せられる言葉があれば、なんでも自在に出来ると思っていた。


 「言葉で死なねえなら、こういうことも出来るんだ!!なんなら、核兵器でも作ってやろうか!?」


 「お前はどうやって身を守る心算なんだ」


 「シェルター出しゃいいだけだろ!!」


 言葉と銃を上手く使い分け、渠莱は雅楽を追い詰めていく。


 そのうち、銃だけでなく、ボーガンや硫酸などという危険な物を言葉から生みだすと、それを雅楽に向けて放ってくる。


 雅楽は物理的な攻撃は簡単に避けられるため、それを避けることは雅楽の運動能力からすれば容易いことなのだが、避けた先には渠莱の言葉が待っている。


 攻撃を避けた雅楽に対し、物理的攻撃が当たるように足元を滑らせたり転ばせたりすることから始まり、雅楽自身の腕を折り曲げようとしたり攻撃に自ら飛び込むようにしたりと、少しでも気を抜けば、それこそ即あの世逝きになってしまいそうなことばかりだ。


 ついに雅楽は、常に自らの身体の周りに炎を纏わせ続けることになった。


 「そんなもん、いつまで続くと思ってんだ?除霊師もお前も、勝手に死ぬんだよ。その未来に変わりはない」


 渠莱がそう言ってすぐだ。


 雅楽がまた糸を出してきたため、一辺倒だな、と思いながらも、渠莱は言葉でそれを制しようとした。


 「そんな糸、俺には当たらない」


 渠莱の言葉通り、雅楽が放った糸は、渠莱には当たることなく、綺麗に肌を滑るように弾かれてしまった。


 それでも、雅楽は糸を出し続け、渠莱の視界には糸ばかりが映し出される。


 それらの糸もどかしつつ、雅楽に向かわせようと口を開いたその時、渠莱は声が出せなくなってしまった。


 雅楽によって、喉を突かれてしまったのだ。


 あまりの衝撃に喉が痛む、というよりも焼けたような感覚に陥り、渠莱は自分の喉を手で押さえながら口を動かしていた。


 喉が一時的にでも圧迫されたからなのか、声を出すことがなかなか出来ず、雅楽を睨みつけてみると、雅楽は渠莱のすぐ隣に立っていて、自分は痛くも痒くも無いような顔で平然としていた。


 それは勿論、雅楽自身は痛くも痒くもないのだろうが、自分でやっておきながら、相手が痛がっているのを見て一言も無しだ。


 自分のことを見下ろしている雅楽に対して睨みを続けている渠莱だったが、やはりどうしても声を出すことは出来ないでいた。


 渠莱の目を見て、自分に何を言いたいのかが分かったのか、雅楽は一度瞬きをすると、手から糸を出しながら言った。


 「安心しろ。その五月蠅い嘘吐きな口はこれから切り裂いてやろうと思っていた」


 渠莱の目が本当にそんなことを言っていたのかは不明だが、少なくとも、雅楽はそう感じとったらしい。


 何か言い返そうとした渠莱だったが、その前に雅楽によって顎から下を糸で切り取られてしまった。


 ぽたぽたと、それ以上に零れおちる赤い液体を、掬いきることは出来ないと分かっていても、手で受け止めてしまう。


 震える手で自分の顔を押さえている渠莱の姿に、雅楽は同情するわけでもなく、ましてや心配などすることもなく、自分の身体の中に糸を回収すると、今度は身体から呪符を出した。


 そして膝を曲げて渠莱と目線を合わせると、


その呪符を見せながら話す。


 「これはそんじょそこらのお札とは違う。今までお前達が相手にしてきた、どんなに偉い坊さんも持っていないような、特別なものだ。俺が相手にするのは、簡単に除霊が出来る善良な悪霊ではなく、お前等みたいな性根の腐った悪霊以下の妖霊だからだ。とはいえ、姿形はしっかりしているし、人間離れした能力を持っているから、同情したり隙を見せれば反撃されることなんて当然として頭の隅には入っている。だから正直、お前にやられたという除霊師とやらも、本物かどうか疑わしいもんだ」


 これまではそんなに話さなかった雅楽は、ぺらぺらと話し出した。


 しかし、表情は一切変えないままだ。


 言葉ひとつひとつに感情がまったく入っていないため、雅楽の思考が本当に言葉通りのものなのかさえ分からなくなるほど、雅楽の言葉や声には生気も覇気も無かった。


 「人間の心の隙間に入り込んで、お前に殺された奴らが何人いる?」


 「・・・・・・っ」


 答えることなど出来ないと分かっているはずなのに、雅楽は渠莱に問いかけて来た。


 渠莱が話せないことを思いだしたのは数十秒経ってからで、雅楽はそれを思いだしたときも、「ああそうか」と軽く流れるように言っただけだった。


 「お前の言霊によって犠牲になったのは、ああ、自殺者も含むけど、お前のせいで死んだんだからお前が殺したようなもんだ。で、自殺した奴とか事故で死んだ奴、病気になったり冤罪になって捕まった奴・・・諸々含めるとざっと50名以上か。面倒臭くて全部調べたわけじゃないけど、下手したら三ケタ行ってるかもしれないな」


 ふうー、ふうー、と、鼻息を荒げている渠莱の様子を見ると、さすがに三ケタは行っていないのかもしれないが、ここでも雅楽は異なる解釈をする。


 「四ケタだったか。それはすごい犠牲者だ。やはりお前はここで二度と世に出られないように閉じ込めておく必要がありそうだ」


 渠莱は、違う、と訴えたくて鼻息を荒くしているのだが、それが一向に雅楽には通じないらしい。


 雅楽は勝手に「そうかそうか」と自分1人で納得してしまっているようで、渠莱の気持ちなどまったくもって考慮していないし、考慮する心算もない。


 スッと立ち上がると、雅楽は持っている呪符を渠莱の額に向かって投げつけた。


 すると、呪符は大きくなっていき、渠莱の顔を埋め込んでいったかと思うと、身体にも巻きついていって締めつけていく。


 呪符の一部が少し離れて行ったかと思うと、それは渠莱が首からかけていた鏡のペンダントの周りをぐるりと一周したあと、舌のようなものをだして飲み込んだ。


 再び大元の呪符と合流すると、その頃にはすでに渠莱の身体はほぼほぼ消えかかっており、呪符に全て飲み込まれると、最初の呪符へと姿を変えて、雅楽の身体に戻る。


 自分の身体に戻ってきた呪符を、襟元を捲ってちらっと見た雅楽は、やはり眉ひとつ動かすこと無く身なりを整える。








 渠莱がいなくなったからと言って、自殺者が減ったわけでも、事故が無くなったわけでも、ましてや、他人に縋る者がいなくなったわけでもない。


 「学生たちを助けてくれる仏様がいてね」


 「私も助けてほしいー」


 雅楽はただ、そんな言葉を軽く口から発することのできる神経は一体どこからくるのだろうかと、思っているような、思っていないような、そんな感じだ。


 なぜなら、すぐに人様に助けを求めようとする者に限って、物事の真実や本質を見抜くことが出来ず、同じことを繰り返すのだから。


 人間を誑かすもののけがいるのと同時に、もののけを誑かす人間がいる。


 「双方、俺に迷惑をかけないように生きるという選択肢はないものか」


 雅楽が思っているのは、それだけ。


 かと言って、ため息さえ出ることはない。


 「同じことを繰り返すのは、俺でも飽きる」








 「きゃー!!!」


 「どうしたの!?ねえ!!」


 「うわーん!!ままー!!ぱぱー!!」


 人が沢山行きかう場所で、そこにいる人達が次々にバタバタと倒れて行った。


 心配する者、救急車を呼ぶ者、泣きじゃくる者、他人事だとカメラを向ける者、周りの人が足を止めているからとりあえず自分も足を止めている者・・・。


 人が倒れていく中、少し高い場所から頬杖をつきながらそれを眺めている者もいる。


 瞬き1つすることなく、そこに立っている。


 「・・・・・・」








 その男は、酷く冷めた目をしていた。




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