まさかお仲間でしたか!

 


 ジルベルト様の第一印象は、なんといっても美しい。その一言に尽きました。


 外見も非常に優れた方だとは聞いていましたが、ここまでとは。 

 性別を超えたその絵画のような美しさに、つい男性への恐怖も忘れて目を吸い寄せられます。




「はじめまして。ミュリル・タッカードと申します。本日は宰相様にお会いでき、嬉しく存じます」


 それでもなんとか型通りの挨拶をし、わずかに目を上げれば。


 ジルベルト様はほんの一瞬だけ視線をこちらに向け、すぐに目を伏せてしまわれました。

 おかげでさほど緊張や恐怖を感じることもなく済んだのは幸いでしたが。


 なんとなく興味にかられてそっとジルベルト様を観察してみれば、氷の宰相という二つ名のイメージに反して柔らかく穏やかな印象で。


 冬の凍てついた湖のようと称されることもあるようですが、むしろ冬の湖というよりは、新緑が映り込んだ青緑色の穏やかな湖面を思わせます。


「実はな、私はそなたとこの宰相との縁談を提案したいのだ」


 陛下の様子が、どこか楽しげに見えるのは気のせいでしょうか。


「この男は評判通り実に切れ者で優秀なのだが、ちょっと困った事情を抱えていてな。条件の合う相手と結婚することで、その困りごとを回避できるのだ。その相手に、そなたが適任と思ってな」


 男性と至近距離で向き合うことも会話することもできない私が、一体どんな条件に当てはまったというのでしょう。実に謎です。


 表情を取りつくろうのも忘れ、陛下を見やれば。


「まぁそんな顔をするな。くくっ。今から事情を説明する。おい、ジルベルト。これはお前に降りかかった火の粉だ。お前の口から説明しろ」

「……わかりました」


 おかしげに口元をゆがめる陛下をじろり、とジルベルト様が冷ややかに一瞥しました。


 陛下にあんな視線を向けられるなんて、やはり氷の宰相という呼び名はあながち間違いではないのかもしれません。


 そして、ジルベルト宰相の口元から小さな嘆息が聞こえ。


 世にも奇妙な縁談話ははじまったのでした。






 

「……えっ? 女性恐怖症、ですか? 宰相様が?」


 陛下の御前だということも忘れ、思わず大きな声を上げてしまいました。


「まさか宰相様が……女性恐怖症……? つまり女性が怖くて、接触できないとかそういう……?」


 信じられない気持ちで、そう念押しすれば。

 宰相様は、こくりと深くうなずきました。


「はい。老人子ども以外の女性と接触すれば、直ちに吐き気や発疹、最悪の場合はその場で失神します。幼少の頃に色々とありまして、それが原因で……」


 それは確かに陛下のおっしゃる通り、わけありです。

 国の要職である宰相であるジルベルト様が、まさか女性恐怖症だったなんて。


「で……でもお仕事の際はどうなさっているのですか……? お立場上、外交などで女性と会話を交わすことなど多々あるのでは?」


 驚きのあまり、つい食い気味に問いかければ。


「私の場合は恐怖というよりも嫌悪感からくる症状ですので、ある程度の耐性はあるのです。もちろん、常識的な距離感であれば……ですが。ですので、通常の職務はなんとかこなせております」


 なるほど。

 では、相手との身体接触やそれが懸念される距離感で接しない限りは、恐怖症は発動しないということなのですね。


 であれば確かに、通常の社交やお仕事にはそこまで差し支えないのかもしれません。


 それに比べて私は、会話が可能な距離に近づかれることさえ身体も心も拒否してしまうのですから重症といえるでしょう。

 やはりこれは、トラウマの原因が恐怖に根ざしているせいなのかもしれません。


「それは……でもきっとさぞ大変な思いをなさってお仕事をなさってきたのでしょうね。お察しいたします」


 それでもきっといつ起こるか分からない接触に怯えながら日々のお仕事に励まれるのは、さぞ大変なことでしょう。

 心からそう言えば。


 一瞬ジルベルト様の視線が、こちらに注がれた気がしました。とはいっても、瞬き一回分程度のほんの一瞬ですが。


「いえ……あなたの幼少期の恐怖を考えれば大したことは……。ですので私は結婚など考えたこともなく、一生独身を貫くつもりでいたのです。幸い家督を継ぐものは他にもおりますから。……これまでは」 

「これまでは……?」


 私の問いかけに、ジルベルト様は一瞬黙り込み。

 そして。


「事情が変わったのです。そのために、なんとしてでも結婚という既成事実を作る必要にかられまして……」

「結婚の……既成事実、ですか?」


 ジルベルト様の顔色が、みるみる蒼白に変わり、血の気が引いていきます。

 一体何事かと驚き見つめる私たちの前で。


「そ、それは……。うっ……うぷっ」


 口元を手の平で覆い、ジルベルト様が今にも倒れそうな様子でよろめき。


「……おい! ジルベルト。吐くなら向こうへいけ。頼むから、ここで吐かんでくれ」


 ぎょっとした表情の陛下にそう突っ込まれ、ジルベルト様は口元を抑えたまま庭園の奥へと走っていかれたのでした。

 そして、あっけにとられた私たちが待つことしばし。


「大変に失礼を……。うぷっ……」

「あの……、大丈夫ではなさそうなのですが……。もう少し休まれては……?」

 

 庭園の奥で何をなさってきたのかは、まぁ察します。


 先ほどよりは幾分かましな顔色になったとはいえ、ジルベルト様の様子があまりにもつらそうで思わずそう声をかければ。


「いえ、大丈夫です……。大変お見苦しいところをお見せしました。……実は、あなたにどうしても契約結婚をお願いしたい理由があるのです。のっぴきならない理由が」

「のっぴきならない、理由……ですか」


 一体どんな理由なのかと、わずかな好奇心にかられます。


「ですがこれは、大きな声では言えない話でして……。外交上の問題もあり、これからお話することは一切他言無用でお願いしたいのです」


 ジルベルト様の蒼白な顔とその重々しい口調に、私もお父様もぎゅっと拳を握りしめたのでした。




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