第156話 不意打ちの謝罪のもたらしたもの

 かの作家さんが大学を卒業する前年の夏。

 最後の授業料免除申請絡みで、自由の森に。

 あの日は、何か行事をしていたっけな。

 でも、以前のような盆踊りとかではない。


 理想に酔っていた彼が、呼び止めた。

 踵を返すほどでもなかったから応じた。

 彼は、今はどうも素面の模様です。

 酒ではなく、自身の理想に、ですよ。


 沈痛な、申し訳なさそうな顔で、

 彼は、元入所児童の青年に詫びた。

 私たち職員の対応が悪かった。

 どうか許してもらいたいと、ね。


 彼は、それまでの対応の悪さ、特にかの元入所児童氏に対する対応のひどさをひたすらに詫びた。

 そして、さらに言う。あの時はどうのこうの、実は職員会議で大変な問題が発覚して紛糾した、と。

 問題となったときの担当者、短大を出てすぐの保母の名前も聞いてきた。本来ならそんなことは、ね、

 記録を見ればわかるでしょうと言うところだが、指摘してほしいというから、相手はあえてしてきたの。

 彼女はとっくに自由の森を去って、どこかの保育園に勤めているという。その方が彼女にとってもいいよ。

 かの青年が中3の時の担任だった先生のこと。その教師のひどさが度々、自由の森にこだましていたらしい。

 わかった口をきいていた彼の弁がことごとく否定され、対手への言動を悔いざるを得ぬ余地に追込まれていた。

 だから、彼は謝った。ひたすら、申し訳なさそうに、かつての対応を謝罪しまくるしかなかった。辛かろうがね。

 若い経験不足な保母に丸投げした当時の男性職員の対応も、テメエや上司の対応も含め、彼は罪を認め、背負った。


 その日、対手の青年は、黙って彼の言うことを聞いたのね。

 不意打ちで謝罪とは何事だ。まったく社会性のない場所だな。

 そう言いたくもなったが、その日は黙って聞いてやったそうな。


 その翌日の日曜の夜。ニチアサじゃないよ(ここポイント)。

 彼は、自宅にあったエビスビールの大瓶を4本とも飲んだ。

 どんなつまみを食べたかなども、覚えていないらしいね。

 だけど問題は、そんなことじゃない。ビールの味なの。

 美味かったわけもなく、かと言って不味いわけでも。

 彼に言わせれば、美味い不味いを言えるうちが華。

 その日のビールは、味がしなかったとのことだ。

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