いちごちゃんの天稟(てんぴん)
ヤマモトキョウタ
1
"全然違う"
僕がそう思えば、いちごちゃんが紙をくしゃくしゃにして放り投げる。
"違う"
そう思えば、いちごちゃんはまたくしゃくしゃにして投げる。
"ちょっと違う"
いちごちゃんは消しゴムを握ってゴシゴシ消し始める。
"悪くはないけど、イメージとは違う"
いちごちゃんはまた消しゴムを持ってゴシゴシする。
"イメージと違う"
もっと細い消しゴムでゴシゴシ。
"そう!いいんじゃない!"
出来上がった絵を見て、僕がそう思う。いちごちゃんは頬を高揚させて、笑っている。笑っている。
あの、ボロボロの汚いローテーブルの前で。いちごちゃんが座布団の上に座ってあぐらを描いている。いちごちゃんはとても猫背で、原稿を両手で抱き抱えるようにして絵を描く。恐ろしく静かだ。ペンの走る音だけが聞こえる。僕はその隣に座って、いちごちゃんの引く線の未来を見守っている。そうやって僕らは、やってきた。いくつもの夜を、そうやって一緒に。
それでも。
僕にだって、どうしようもできないことがある。
ただ、いちごちゃんを、守りたかったんだ。
____________
5.5畳のワンルーム。都内、家賃四万円。奥に置かれた、インクだらけのローテーブル。ぺちゃんこに潰れた座布団。照明は、机の上を照らす分だけ。
いちごちゃん。皮肉だね。君はあの家を出た後も、そっくりな部屋に住んでいる。
両方の壁には、積み重なったいくつもの、いくつものスケッチブック。小さなタワーをつくって隙間がないほど並べられている。それらは何冊かにまとめられ、紐でくくられていて。ページが捲られることは、もう、ないのかな。
いちごちゃん。もう、無理?どうしてやめちゃったの。
いちごちゃん。
いちごちゃんがノートに「死にたい」と書いた。
いちごちゃんと過ごしたこの24年もの間で。僕は初めて、扉の近くに来ていた。いちごちゃんの扉はずっしりと閉じられて、たくさんの草木が巻きついている。僕は、必死で草木を引きちぎった。何度も、何度も引きちぎって、最後は体当たりまでしてやっと扉を開けて。
いちごちゃんの外に出たんだ。
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