きみは何色?

熊木翔子

第1話 青色兎と水玉熊

 青色兎は憂うつでした。

 兎は森の中で暮らしていましたが、誰ひとり友達がいませんでした。兎の鮮やかな青い毛の色は、ほかの誰とも違っていたので、みんな気味悪がって近づきもしません。遠くからチラチラとこちらを見ては笑い、そのくせ声をかけると逃げていくのです。

 兎にとって安心できる場所は、巣穴の中だけです。巣穴の中の暗がりは温かく、兎を見て笑う者はいないし、兎も自分の色を見なくて済むので、気が楽でした。


 そんなある日のこと、兎が食べ物を探すため、森の中を歩いていると、一匹の熊に出会いました。

 恐る恐る近づいて見ると、熊はとっても大きくて、それにピンク色に白の水玉模様で、ふわふわの毛並みをしています。こんな姿の熊は見たことがありません。

「兎さん、こんにちは!」

 熊は兎に気がつくと元気良く挨拶しました。そして、兎のことをしげしげと眺め言いました。

「君の色、とっても綺麗な青色だね!君が隣にいてくれたら、雨の日も晴れた青空の下にいるみたいな気持ちになれそう。よかったらぼくと友達になってくれる?」

「僕の毛の色が綺麗だって…?そんなのウソだよ!」

 兎は驚いて言いました。

 今まで生きてきて、そんな風に言われたことは一度もなかったので、からかわれたのだと思ったのです。

 熊は目を丸くして、兎に訊ねました。

「ウソなんかつかないよ、どうしてそう思ったの?」

 兎は熊に今までのことを伝えました。

 自分の毛の色が変わっていること、そのせいで誰にも相手にされずひとりぼっちなこと…話しているうちに、ますます悲しくなってきて、兎の目からはぽろぽろと涙がこぼれました。

 熊は黙って聞いていましたが、兎が話し終えると、ゆっくりと口を開きました。

「あのね兎さん、実は僕、少し前までは黒い熊だったんだよ。」


***


 少し前のことです。

 熊がまだ黒い熊だった頃、巣穴の近くにある川が大雨で氾濫して、橋が流されてしまうことがありました。

 森のみんなが困っているのを見た熊は、大きな木を引っこ抜いて向こう側へ渡し、即席で代わりの橋を作りました。

 ものすごい力で木を引き抜き、倒した反動で、大きな音と振動が辺りに響き渡りました。

 真っ黒で大きな熊が暴れていると思ったのか、小さな動物達はみんな逃げてしまいました。それを見た熊は、しょんぼりと肩を落としました。

 普段は怖がられているけれど、みんなの役に立てれば仲良くなれるかもしれない…熊はそう思ったのですが、なかなかうまくはいかないものです。


 その後、熊が川べりをとぼとぼ歩いていると、遠くから誰かの声がします。声のする方向へ行ってみると、足を挫いたのか、助けを求める旅姿の人間が地面に蹲っていました。

 旅人は、最初大きな熊を見ると警戒していましたが、熊は気さくに声をかけました。

「ねえ君、大丈夫?僕に何かできることはあるかな?」

旅人は少しためらいましたが、逃げることもできないので、決心して素直に熊へ事情を告げました。

「薬草を摘んでいたら、誤って崖から落ちてしまって…。足が痛くて動けないんだ。」

「それは大変だったね。僕に任せて!」

 そう言って熊は、旅人を優しく背中に背負い、森の南にある彼の家まで運んであげました。

 旅人は大変感謝して言いました。

「熊くん、本当にありがとう。お礼にここにある薬をどれでもあげよう。」

 そう言って、熊の目の前に色とりどりの飴玉や小瓶、小さく紙を折り畳んだ包みなどを広げました。助けた旅人は、実は薬屋だったのです。

 薬屋がひとつひとつ薬の説明をすると、熊は興味深そうに見ていましたが、やがて薄い半透明の紙に包まれた金色の飴玉を手に取って言いました。

「僕、これが良いな。」

熊が選んだのは『なりたい色になれる薬』でした。


 熊は帰る道すがら、早速もらった薬を舐めながら帰りました。その薬は、爽やかですっきりした甘さのある美味しい飴玉でした。

 飴を口の中でカロコロと転がしていると、気分も軽くなって行きました。楽しくて可愛い色になれたらいいな、そう思いながら飴を舐めていると、みるみる熊の体の色が変わってゆきます。

 熊は急いで川べりまで走り、川面に映った自分の姿を見ました。そして、ピンクに白の水玉模様で、ふわふわの毛並みになった自分を見て、踊りだしたくなるほど嬉しくなりました。

 相変わらず熊は大きな熊だったので、小動物たちは恐れて近づいてはきませんでした。けれども、熊は前向きです。

『こんなに素敵な色になったんだから、きっと世界のどこかには、素敵だと思ってくれる誰かがいるはず!』

 こうして、熊は意気揚々と旅に出ることにしました。


***


 兎は目に涙を溜めて熊の話を聞いていました。

「ぼくは本当に君の色素敵だと思うけど、君が自分で自分の色を好きじゃないなら楽しくないよね。だから、ぼくと一緒にあの薬屋さんに会いに行こう。君もきっとなりたい色になれるよ!」

 兎は熊の言葉を聞いて、じっと目を瞑り考えました。

 巣穴の暗がりは温かく優しいけれど、自分の色も形もわからなくなってしまうのです。誰にも知られず暗闇に溶けて消えてしまいそうで、本当はいつも少し不安でした。

「…本当に、ぼくも変われるかな?」

「もちろん!」

 熊はにっこり笑いました。

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