高揚に冷水

 ――――キーンコーンカーンコーン


 晶の所作にもはや混濁しきった意識の中、辛うじて教室のスピーカーからチャイムが聴こえてきた。


「……あ、じかんが」


 その音を聞いた晶は桃のように甘い香りを残して、名残惜しそうに俺から離れる。

 そして何事もなかったかのように無表情に戻り、困惑しっぱなしの俺をよそに教室の戸の方に向かっていった。


「……また、あとでね?」


 去り際に振り返ってそう言った彼女の顔は無感情だったけれど、その声音は未だに甘く。


「あ、あぁ…………」


 そんな彼女に俺はろくに反応も出来ないまま、背中を見送ることしかできなくて。



「ほんとに、何なんだ……」


 

 未だに高揚する心を抑えるので精一杯だった。



■■■■■■■■■■





 先生が、校舎の説明をしている。

 教室棟、実習棟、その他。


 聞かなくても知ってるから、聞いてるふりだけをしておく。


 そんなことよりも……ナツくんのことを考えていたい。


 ナツくん、驚いてた。

 ボクが突然現れて、可愛い顔してた。


 ボクとくっついて、照れてた。

 ナツくんの鼓動がまだボクの胸に残ってて、とっても心地良い。

 あのまま、抱きしめてくたら良かったのに。

 ぎゅうっ、て。ボクのおっぱい、いっぱい味わってほしかった。触ってくれても良かった。

 ぐりぐりって、ボクのおしりに、腰を押し付けてほしかった。

 そうしてくれたら、ボク……嬉しすぎて、動けなくなって。

 ナツくんが離してくれるまで、ずっと一緒にいられたのに……



 それと……ボクの告白に、とっても嬉しそうにしてくれてた……よね?


 ボクも……とっても嬉しかった。

 二週間も会えてなかったから、箍が外れちゃってボクの欲望こころを教えちゃったけど……いずれは言うつもりだったし、いいよね。


 ナツくんのことを考えていると、なんだか隣から話しかけられていた。

 無視しようかと思ったけど、ナツくんだったらそんなこと、しないだろうし……当たり障りのないように返しておこう。



 ……ナツくん、なんで同じクラスになれなかったんだろう。


 本当は今もそばにいたいのに。




 ……早く、学校終わってほしいな。




 ボクの心が、ナツくんへの好きで溢れて破裂してしまう前に――




■■■■■■■■■■



「はい、それじゃあ今日はこれで終わりです! みんな気をつけて帰ってね〜」


 学校生活の諸々の注意事項を伝えたあと、教卓の上から首だけ見える生首スタイルでそう締めくくった我らの担任、加留美鈴かるみすず先生。

 随分と背の低い彼女が教室から出て数秒が経って、教室内を喧騒が満たした。


 話題は色々あるだろうが……大半は十中八九、俺と晶のことでも話してるんだろう。

 その証拠に興味なのか、羨望なのか、はたまた嫉妬なのか。判別しきれないが、そんな無遠慮な視線が俺を突き刺してる。


 ……まあこれは文句を言っても仕方ないか。

 唐突に他クラスの美少女が現れて、俺相手に目を引くことをやったんだ。誰だって話題にはしたくなるってものだろう。

 俺としてはまぁ……敵を作りたいわけでもないし、みんなの俺への印象が悪くなってなければいいなぁ、なんて願うことしかできない。


 それよりも……晶の言い放ったあの言葉。


『ボクを……キミのモノに、して?』


 晶は……一体何を考えてあんなことを……


「ねぇ!」

「うぉっ!? びっくりしたぁ……」


 突然背中をつつかれて、情けない叫びが喉から出る。

 振り向くと、そこには目をらんらんと輝かせながら興味津々といった表情を浮かべる池野。

 

「あの子さ…………みんなのオ◯ぺットにされそうだと思わない?」

「お前最低だよ」


 ついでに最悪だよ。

 お陰で浮かれ気分が消え去ったわ。


「そんな笑顔で変なこと言うなよ……」


 にへへ、と変な笑い声を出した池野はしかし、とたんに真剣な面持ちになる。


「でもでも! あんなに可愛くてちっちゃくて、それでもあんなに凶悪な身体付きなんだから、他の男の子が放っておかないと思うよ?」

「いや、何の話だよ」

「すぐに大人気になって、告白とかされちゃうかもしれないよ? 相沢くんは、それでいいの?」


 告白される……ね。


「……いいもなにも、俺が口出しすることじゃないだろ。そういうの決めるのは晶自身なんだから」

「あ、嘘。めちゃくちゃ嫌そうな顔してるよ」

「そりゃ……仕方ないだろ」


 可能性の話かもしれないけど、好きな人が誰かと付き合う可能性があるなんて想像したらなんか……もやもやしてくるんだから。


 ……いや、ちょっとキモいかな……?


「いいじゃん、両思いってことだよね? 告白しちゃおうよ、ナツくん?」

「次そう呼んだらぶん殴るぞ」

「あー、パワハラだよナツくん!」

「黙れよセクハラ女がよ」


 俺の付いたため息に、ほんの少しだけ申し訳無さそうな顔をする池野。

 なんだろ。もしかしてちょっと嫌われたとでも思ったんだろうか。

 別にそんなつもりはないしそう思ってるかもわからないけど、少しだけ申し訳なくなるな。


「それにしても、大胆だねぇあの子。もちろん知り合いだよね?」

「まぁ、うん。幼馴染」

「へぇ〜……相沢君、相当好かれてるみたいだね? みんなの前で、あんなに熱ぅ〜く告白されちゃうなんてさ?」

「……いや、まぁ、うん。そう……そうだよな?」


 まって、ヤバい、顔がにやける。

 そうだよな? あれって、もう誰が聞いても告白だったよな?


「しかも『キミのモノに、して?』なんて、女の子にすごいこと言わせちゃってさぁ?」

「……それは」


 池野のモノマネを見て、俺の心は再びざわつく。


 モノ……物、所有物。


 そうして欲しいと、昔に一度だけ、晶に言われたことがある。

 いつだったっけな……あれは……






「ナツくん」

「うぉっ!」


 声を掛けられて、先程と同じく捻りのない叫びが喉をつく。

 俺の目の前には、いつの間にか晶がいて……その横に…………なんか、知らないイケメン男がいますね、ええ。



 ……え、なんで?

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