羞恥な彼女に見せられて。



「えっ? 笑うなって……」


「いいから笑うなよ。約束しろ」


「あ、うん……わ、分かったよ」


 水無月さんの命令口調の言葉に僕はただただ頷き返すしかなかった。というのも、彼女の視線が怖かったからであって、それ以上の理由は特にない。


 けど、一体どういうことなんだろう。水無月さんが笑うなって言うほどの理由って何があるのかな。絶対に僕のような前振りとは違うはずなんだよね。


「……じゃあ、ちょっとこっちに来い」


「へっ? いや、ちょっと来いと言われても……何で?」


「いいから来いっての! 早くしろ!」


「えぇ……」


 顔を少し赤らめながら僕を睨んでくる水無月さんに促されて、僕は席から立ち上がって彼女の元へ向かう。そうして彼女の隣まで移動したところで立ち止まった。


「……」


「……」


 そしてお互いに気まずい沈黙が続く中、先に口を開いたのは水無月さんの方であった。


「……いいか。1回しか見せないからな」


「は、はい」


 僕は緊張しながら頷くと、それを見た水無月さんもゆっくりと頷いた。どこか彼女らしからぬというか、水無月さんも緊張している様な感じがする。一体、何を見せてくれるというんだろう。


「……その、ほらよ」


 水無月さんはそう言うと、僕に向けて自分の描いていた自画像を見せつけてきた。そして僕はそれを見た瞬間、思わず言葉を失ってしまう。


「えっと、こ、これって……」


「……」


 水無月さんは何も言わずに顔を背けているけれど、その頬は少し赤くなっているように見える。いや、きっと気のせいではないだろう。


 これはおそらくだけど、彼女は恥ずかしがっているのだと思う。きっと、本当は見せたくはなかったけど、渋々といった感じで見せてくれたに違いない。


「も、もう見終わったな! なら、さっさとどっか行け!」


「あっ、ちょっ……」


 水無月さんはそう言い捨てると、僕を追い払うかのように手を振った。その表情はとても赤く、まるでトマトみたいだ。顔だけじゃなく、耳まで真っ赤だった。


 このまま残っていると、いずれ手が出てきそうな勢いなので、ここは大人しく退散する事にしよう。でないと、本当に殴られかねないしね。


 そうして僕は自分がいた席に戻ったけど、水無月さんの顔はまだ赤く染まったままだった。いずれ湯気でも出てきそうだな……と思ったけど、流石にそれは無いかな。


「……その、水無月さん」


「……んだよ」


「あ、いや、えと……なんて言ったらいいのかな。その……」


「……言いたい事があるならはっきり言えよ。男だろうが」


「ご、ごめん。けど、なんというか……凄いね」


「……何がだよ」


「さっき見せたもらった自画像の事なんだけど……とても上手いなって、思ってさ。僕の絵なんて比べ物にならないぐらい、凄く上手で」


 僕の拙い語彙力で、何とか思ったことを率直に伝えてみる。言葉通り、僕は本当にそう思ったのだ。水無月さんが描いた彼女の自画像は、素人目から見ても素晴らしいものであった。


 バランスが取れていて、深みがあって、それでいて細部に至るまで丁寧に描かれている。鏡に映った彼女の顔が、ほぼそのまま描かれていると言っても過言ではない。それぐらい、水無月さんの自画像の完成度は高かった。


「……うっせえよ、ばーか」


 そして僕の言葉を受けてか、そんな悪態を吐きながら水無月さんはそっぽを向いてしまった。相変わらず顔は真っ赤なままだったけど。


 それから少しの時間を空けて、何かを諦めたのか吹っ切れたのか、大きく息を吐き出すと水無月さんはこちらを向いてきた。


「こうなるから、早く仕上げたくなかったんだよ。他人に見られたくなくてよ。だから、わざと遅く仕上げていたってのに……」


「そ、そうだったの……?」


「それなのに、お前の絵の進みが遅くて全く終わらないから、こっちもペースを上げないといけなくなって……あぁ、もう! どうしてくれんだよ!」


「い、いや、僕にどうしてって言われても……」


 えっと、つまり……水無月さんは自分の絵が見られたくないから、課題の提出をわざと遅らせて、それで放課後になって1人で仕上げるつもりだったのかな。


 ただ、そこに同じく課題の提出が遅れていた僕がいて、更に遅らせようとやる気を出さないでいたら、僕の進捗があまりにも遅いので、仕方なく期限に間に合うようにペースを早めなくてはいけなくなった。


 ……そんな感じで合っているかな?  多分、間違っているところもあるかもしれないけど、それでも大体は合ってると思う。


「はぁ……ったく、調子狂うぜ。ホント」


 水無月さんはそう言いながら、ため息を零した。その表情は明らかに不機嫌そうではあるけれども、同時に満更でもないとも取れる表情をしている。


「でも、これだけ絵が上手ならさ。別に誰かに見られても恥ずかしくは無いと思うんだけど」


「あぁ?」


「どっちかと言えば、僕の絵の方が恥ずかしい仕上がりだし……僕が水無月さんみたいな絵を描けたなら、むしろ誇らしい感じに思うんじゃないかなって……」


「……違う。そういう事じゃねえんだよ」


 そう言いつつ、水無月さんは自分の頭を乱雑に掻いた。そんな彼女の表情はどこか不満気である。何か間違った事を言ってしまっただろうか。


「あたしが自分の絵を見られたくないのは……単純に、柄じゃないからだ」


「が、柄じゃない……?」


「そうだよ。あたしみたいながさつな女が、絵が上手だなんて似合わないだろうが」


「え、いや、そんな事ないと思うけど……」


「そんな事があるんだよ。だから、絵を描くのは嫌なんだ。どうせお前も、心の中では馬鹿にしているんだろ」


「い、いや、そんな事ないよ!」


 僕は慌てて首を横に振る。すると、水無月さんは鼻で笑いながら言葉を続けた。


「はっ、嘘付けよ。お前みたいな暴力女に、絵は相応しくないて思ってんだろ?」


「え。いや、全然思ってないよ。むしろ、尊敬してるくらいなんだけど」


「……へ?」


 僕がありのままな気持ちを伝えると、水無月さんは鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をしてみせた。予想外の反応だったのか、驚いているのが分かる。


「水無月さんは絵を見せる前に『笑うな』って言ったけど……全くそんな風には思わなかったよ。ただただ凄いって思っただけだし……」


「あ……え、は……?」


「あれだけ上手な水無月さんの絵を見て笑ったりしたら、それこそ失礼だと思うよ。だから、そんな風に思わないで欲しいんだけど」


「ほ、ホントに……そう思ってんのか?」


「う、うん。もちろんだよ」


 僕がそう言うと、水無月さんは一瞬呆けた表情を浮かべてからすぐに俯いた。その様子は何だか居心地が悪いといった様子だ。


 しかし、それも束の間の事で、彼女は突然勢い良く顔を上げると、そのまま捲し立てる様に喋り始めた。


「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ! そ、そんなんで、あたしは騙されねえからな!」


「え、ええっ!?」


 水無月さんの口から発せられたのは、そんな言葉であった。しかも、かなり語気が荒くなっている様に見える。


「こ、ここ、こっちの気も知らないで、か、勝手なこと言うんじゃねぇよ! ふざけんな!」


「あ、あの……水無月さん……?」


「てか、お前の絵は仕上がったんだろ! だ、だったら、さっさと提出しに行けよ! もうここには用は無いだろ!」


「いや、でも……」


「いいな! 分かったら早く行けっ!」


「は、はいっ!」


 水無月さんの怒涛の気迫に押されてしまい、僕はそれ以上反論する事が出来ずに言われるがままに席を立った。それから自分の荷物と仕上がった絵を手に持って、そのままの勢いで美術室を後にする。


 ……美術室から出る前に、後ろから「ふんっ」と小さく鼻を鳴らした音が聞こえたけど、僕は振り返ることは無かった。また何を言われるか分かったもんじゃないのと、これ以上怒られるのは嫌だったから。









 ――――――――――――――――――


【★あとがき★】


 ここまで読んで頂きありがとうございます。


 それと最近、あまり更新が出来ておらず申し訳ございませんでした。


 しばらくカクヨムコン用の長編小説に掛かりきりとなっていて、


 こちらの作品の更新が滞っておりました。続きを楽しみにしていた方々


 には大変申し訳なく思います。すみませんでした。


 一応、今後は週に1回、良くて2回ぐらいの更新頻度でやっていこうと


 考えています。まだしばらくカクヨムコンの作品で手一杯な状況ですが、


 それでも何とか頑張って更新を続けていきたいと思います。


 なにとぞ、今後もこの作品をよろしくお願いいたしますm(__)m


 ――――――――――――――――――




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