第2話002「田中正夫の生涯②」



 それは最初は小さな異変・・・・・だった。



 体に少しだるさを感じるようになったのが始まりだった。


 だが、この頃は特に気にすることなく仕事を続けていた。⋯⋯がその異変は次第に大きくなっていき、半年後には下半身に激しい痛みが走ってまともに歩くことさえ困難になっていた。


 健康保険証はあるので、病院に行ったがお医者さんからは「原因不明」と言われ、「とりあえず、様子を見てください」と言って鎮静剤を渡され帰らされた。


 それから3ヶ月経った私の体はこの時点で体全体に激痛が走り、まともに起き上がることさえ困難になっていた。⋯⋯その日はちょうど私の74回目の誕生日だった。


 それからさらに痛みが強くなってきたので、私は再度病院に行って検査してもらったが医者からはまた「原因がわからない」と言われ、今回はいつもより強めの鎮痛剤を渡された。


 その後、痛みが強くなることはあっても引くことはなく、さらに渡された鎮痛剤も効かなくなってきたのでまた病院に行ったが診断結果は相変わらずの「原因不明」で、以前よりさらに強めの鎮痛剤を渡されるということをその後何度も繰り返すこととなる。


 そんなことを繰り返すうちに、私は「これ以上病院に行っても、たぶん⋯⋯⋯⋯無駄だな」と悟り、病院に行くことをやめた。というのも、この頃から何となくだが「死が近い」ことを私は感じるようになっていた。


 それからさらに体が言うことを聞かなくなった私は、事情を説明し10年続けた生きがいのようなシルバーワークの仕事を辞めた。


 大好きな職場だったが⋯⋯⋯⋯いや、大好きな職場だったからこそ、これ以上仕事を休んで周りに迷惑をかけるのが耐えきれなかった。


 その後、体全体に針を刺すような強く鋭い痛みにさいなまれるようになり、気づけば、私は朝から晩まで布団から出ることのない『寝たきり状態』となった。⋯⋯それが75歳、現在である。



 私はもうじき死ぬ。



 根拠はないが命が終わることだけははっきりとわかる。



「ああ⋯⋯私の⋯⋯命はもう⋯⋯」



 体の激痛にひたすら耐え忍ぶ日々の毎日——そんなとき、ふと何気に⋯⋯本当に何気に⋯⋯首を横に倒した私の目に、いつの日だったか『粗大ゴミの日』に見つけて持ってきた小さな本棚と、そこに巻数順に並んであった『ライトノベル』が目に入った。


 私は年甲斐もなく⋯⋯本当に年甲斐もなくだが⋯⋯この『ライトノベル』という本を読むのが好きだった。


 きっかけは10年前——あの命の恩人の彼から『ライトノベル』の話を聞かされたからだ。


 私は元々映画が好きで、特にエルフやドワーフ、ドラゴンといった空想上の生き物が住む世界を題材にした『ファンタジー映画』が大好きだったのだが、彼の紹介した『ライトノベル』というものがそんなファンタジーな内容の話だったのですぐに興味を持った。


 興味を持った私に、彼は親切にも「オススメ作品を貸しますからぜひ一度読んでみてくださいっ!!」と5〜6冊も貸してくれた。「さすがにこんなには悪いよ⋯⋯」と一度断ったのだが、彼曰く「大丈夫です! これも布教活動の一環なんでっ!!」と言って、是非にと貸してくれた。


 そして、私は彼の布教活動のおかげで、めでたくライトノベルの『沼』にハマり、この歳になってもずっと読んでいた。まー体調を崩してからは本を手にすることは少なくなっていたが⋯⋯。


 そんな、本棚にあるライトノベルは私の大好きな作品でそろそろ完結を迎えようとしていた。⋯⋯などと、感慨に耽った時、


「⋯⋯そ、そうだ。明日はこのタイトルの⋯⋯最新刊の発売日。しかも⋯⋯物語の最終回となる⋯⋯最後の新⋯⋯刊⋯⋯じゃないか!」


 ずっと追いかけてきた大好きな作品の最後の新刊が明日発売される。


 そのことを思い出した私はこの時、「何とか明日、最新刊を買いに行きたい!」と強く願うようになった。


 ここ最近の私は「今、死んでも悔いはない」などという気持ちばかりで生きる希望などなかったのだが、ここにきて、まさかの「ライトノベルの最新刊が読みたい!」という欲望の火が灯った自分に、


「ははは⋯⋯『欲望』って悪いイメージしかなかったが⋯⋯『人が何が何でも生きようとする力』という意味では大きな役割を持っているのかもしれないな⋯⋯」


 と、自虐めいた悟りを開いて妙に可笑しかった。


 私は、ここ最近なかった『情熱』のようなものを感じつつ、さらに「この体でどうやったら街の本屋に買いに行けるか」という可能性を探った。ちなみに、この最終回が収録されている最新刊は『異世界転生もの』というジャンルで、ライトノベルの中でも人気の高いジャンルの1つだ。



「い、異世界転生ものは⋯⋯わたし⋯⋯の大好物⋯⋯だからな。何としてでも⋯⋯絶対に⋯⋯買いに⋯⋯行⋯⋯く⋯⋯」



⋯⋯⋯⋯



⋯⋯⋯⋯



 それが——私の『前世・・』での最後の言葉だった。



 こうして、75年生きた私⋯⋯⋯⋯田中正夫の人生は静かに幕を閉じた。

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