第3話 出会い
白浜総合高等学校は、原則、全員部活動及び同好会に加入しなければならないという暗黙のルールがある。
運動部は、バスケットボール部、サッカー部、野球部。
文化系の部活は、囲碁部、将棋部、チェス部等があり、ボードゲーム部にまとめんかい!と関西弁で突っ込みそうになったのは、俺だけだろうか。
そういや、ツッコミとツッパリはどこか似ている気がする。脳裏に金髪パーマネントとツンツンの髪型が頭を過った。
話を戻すが、兎に角、部活に加入しなければならないのだ。
どの部活に入るか悩ましいところであるが、入りたい部活がある。
文芸部だ。
もちろん、運動は苦手ではないが、バスケットボールくらいしかまともに出来ない。なら、バスケ部に入ればいいじゃない、と安直にそう思うところだろうが、あいにくこの白浜総合高等学校の運動部は、基本的に練習時間が社畜のサラリーマンの残業くらいあり、いわゆるガチ勢というやつで、ついていけそうにないから論外と早々に決めてしまった。
運動はガチ勢にはついていけないものの、俺、畝間苗太は客観的に観ればそこそこの容姿をしてるし、勉強も平均九十点くらいは取るくらいには優秀である。
まぁ、アニメ鑑賞が趣味で、典型的な童顔ナードともいえる。
取り敢えず、文芸部に入るために入部届けを、担任の長谷川菜月先生に出しに行くためにプリントを片手に席を立つ。
この白浜総合高等学校は、校舎が「土」の型をしていて、上の左右対称にちょこっと調理実習室や理科室を付け足して上げると俯瞰図が完成する。
そして、この高校は建設してから十年と出来てから新しい。俺たちよりもヤングで、ピッチピチという訳だ。
実際には、ワックスがかけられているリノリウムの床はピッチピチとは程遠く、すべすべと言った方が適切であろう。
白と灰色を基調とした廊下を歩いていく。窓ガラスから見える桜の木は、既に花が散っており、泰然と立っている。
職員室まで歩きながら窓を見ていると、タンポポの綿毛が空中を闊歩していた。ふと、思う。
タンポポは、ダンデライオンとも言われる通り、百獣の王のように気高く咲いていたのだろうか。
タンポポは、アスファルトの上でも負けず、大輪の花を咲かせるという。気高く咲き誇り、人々に癒しと憩いを与え、綿毛となり次の世代へと命を繋いでいくタンポポ。
何となく人の営みにも似通うような、そんな共通項が見出だせる。
色々と考えながら歩いていると、あっという間に目的の職員室まで辿り着く。
コンコンと、二回ノック。
暫くして部屋の中から「はーい。どうぞ」と返事が返ってくる。
「失礼します」と中に入ると、
芳醇なブラックコーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。
職員室は、静けさに満ちていて、時折、紙の擦れる音や、パソコンのキーボードの音がカタカタと聞こえてくる。
長谷川菜月先生は、何処に居るだろうとキョロキョロしていると、奥の方から「おー。畝間か。どうした?何か用か?」と声が此方まで届いてきた。
「お忙しいところ申し訳ないです。入部届けを持ってきたのですが…」
パソコンを打つ手を止め、此方を向く妙齢の女性。髪は、後ろで一つに纏められており、ややつり目な端正な顔立ちからか、凛々しさを感じさせる。
「なるほど、期日ギリギリだが、提出してくれてありがとう。ふむふむ。畝間は、文芸部か。てっきり、運動部に入るものだと思っていたのだが」
目を見開き、意外そうな顔をする長谷川先生。
「バスケなら、中学までやってたんですが、この学校はレベルが高くてどうしても…」
「そうか。確かにこの白浜高校は、運動部はどれもレベルが高いな。うむ、分かった。入部届けは受理したぞ。それと、今日から部活動はスタートするが、見ていくか?」
小首を傾げ問いかける。ポニーテールが追随して揺れ動く。
「はい。見ていくことにします。それじゃあ、失礼します」
慇懃に頭を下げ、踵を返す。カツカツと歩いていく音と、再び鳴り出したパソコンの音が二重奏のように聞こえる。
二階の職員室を後にすると、一階の端の方にある文芸部の部室まで徒歩で向かっていく。
職員室から文芸部の部室は、想像していたよりも近く、数分程で辿り着いた。
文芸部、と書かれたプレートを見てから、数回ノックをする。
すると、中から「どうぞ」と聞き覚えのある声が聞こえてくる。
扉を開けると、一瞬、畝間苗太の世界は静止した。
停止していた時を時間に換算すれば、数秒程度であるが、体感的にはそれ以上に感じた。
あの彼女が居たのだ。入学式で異彩を放っていた彼女が。
呆然と立ち尽くしていた俺を見かねたのか、彼女、峠崎こみちは「早く中に入って座ったらどうかしら?」と催促してくる。
言葉が思うように出てこない、硬直した状態から解放され、近くの椅子に座る。
「は、はじめまして。畝間苗太です。よろしく」
「はじめまして。峠崎こみちです。よろしく」
これが、一歩踏み出すことの出来ない少年と、少女の出会いであった。
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