第4話 吸血鬼な俺と、縄で縛られているアイツ


 魔物がいるならそれを退治する人がいる。


 どんなファンタジー作品にも共通することで、それは俺らの住むこの世界でも同じ。


 筧リンとの出会いは中学一年生の頃、血に飢えて吸血鬼化した俺は、神社の娘で同じクラスのリンに助けてもらった。


 そのときから、俺はリンのことが苦手だ。


 俺の秘密を知って尚、優しいから。




「んで、これどういう状況すか」




 俺は、俺の目の前に広がっている理解不能な光景を見て先輩にそう聞いた。




「ん? どういう状況とは?」


「いや、だから、朝っぱらから部室に呼び出されて、この状況を理解出来ないんすよ」


「正也君とリン君はもっと仲良くするべきだと思ってな」


「仲良くする?」


「そう! 私と君みたいに。だからちょっと乱暴な手段かもしれないが、劇薬的な効果のあるシチュエーションを用意したっ」




 俺は自信満々にふんぞり返る先輩を見て、改めて『リンの置かれている状況』を見下ろす。




「何でその思考で、こいつを椅子に縛り付けることになるんですか!」


「んっ、んんんっ!」




 早朝七時。まだ涼しい空気が残っている文芸部室で、リンは椅子に縛り付けられて口をガムテープで塞


がれている。


 それに縛られ方も尋常ではない。しっかり編み込まれた頑丈な縄はリンの細い身体にギュギュッと食い込んで貧乳を強調させていると共に、スカートも巻き込んで縛られているため純白のパンツがリンの動きによって見え隠れしている。


 正直良い、と思ってしまった。


 しかし俺はリンの訴えかけるような涙目を見ると、唾を飲みこむのをグッと我慢した。




「これ、普通に犯罪ですけど」


「えっ! そ、そんなことはない。だって、映画やドラマだとこういうシチュエーションの女の子を助けると急速に仲良くなるぞっ」


「それは何かしらの理由で囚われの身になった女の子を助けるとそうなるのであって! 朝! 部室! あんたがやったんでしょこれ! ドキドキはするけどハラハラはせんわ!」


「だって、良かれと思って」


「ん、んん……」




 ヤバい。このままだと急速に仲良くなるどころか急速に冷たくなっていくぞ。




「ほらっ、じっとしてろ。今助けるから」


「んむっ、ぶはっ、はぁはぁ、死ぬかと思った」


「ほら、死ぬところを助けてやったぞ? 俺と仲良くするか?」




 しかしリンは頬を赤くさせて涙目で俺を睨み上げる。




「するわけないでしょ! この変態!」


「ほらこうなる」


「リン君! ごめんな。大丈夫だったか?」




 先輩はそう言ってリンを後ろから抱き締める。お巡りさん、こいつサイコパスです。




「せ、先輩っ、何で、こんなことを」


「君のことを考えて、良かれと思って、な? 許してくれるか?」


「先輩が、私のために……!」




 この二人は妙に顔が整っているため顔の部分だけ切り取れば悪い絵ではない。しかし首から下は縄に縛られた幼気な少女の肉体という悪い絵そのものである。




「じゃあ私はこれから生徒会の会議があるので」


「は? ちょ、ちょっと!」




 先輩はそう言うと嵐のように部室から去っていく。もう厄介事は持ち込まないでほしいものだが、何度でもやって来るのが嵐の悪いところだ。




「はあ……ほら、縄も解いてやるから」


「うん」




 二人だけの空間に耐えられなくなった俺はリンの腰に手を回す。




「あっ」




 途中、リンと目が合う。




「何だよ」


「別にっ」


「お前ほんとツンデレで可愛いよな」


「な、何言ってんの馬鹿! 早く解きなさいよ!」


「今やってるって」




 冗談もすぐ真に受けるこいつの純粋さだけは好きだ。いじり甲斐があるから。




「あんた、まだ文芸部にいるのね」


「お前だって生徒会じゃないのに生徒会の手伝いしてるだろ」


「そ、それとこれと何の関係がっ」


「俺には俺の勝手があって、お前にはお前の勝手がある。それで良いだろ」


「……丸め込まれた気分」


「丸め込んだんだよ」




 ガシガシと太ももを蹴られるのを無視して、さらに身体を密着させる。




「ちょ、ちょっと! 近すぎ!」


「仕方ないだろ。じっとしてろ……おわっ!」




 リンに腹を蹴られたそのとき、バランスを崩す。


 椅子が倒れる音。リンの悲鳴。椅子の座る部分が腹を圧迫する感覚。




「白」




 椅子に縛り付けられた少女がそのまま後ろに倒れるとどういう態勢になるのか。


 さらにその少女がスカートを履いていた場合どうなるのか。




「クマ」




 白、クマ。それが答えだ。




「いつまで見てんのよ!」


「がはっ」




 ちょうどオチがついたところで手際良く至って紳士に縄を解いた俺は、リンの衣擦れの音を背中で感じていた。




「見ないでよね」


「もう見たけどな」


「っ!」


「ごめんごめん、冗談」




 急速に仲良くなるためのシチュエーション。


 それは確かに効果があったのかもしれないが、これが果たして仲良くなったと言えるのかは微妙なところだ。




「昨日は言い過ぎた。ごめん」


「えっ」


「見んな!」


「ぐはっ」




 反射的に振り返ろうとすると背中を思い切り蹴られる。




「あ、あんたも言いなさいよっ」


「は? 何を」


「だって私のパッ……ンツ、見たんだから」


「交換条件にしては安いな」


「お金の方が良かった⁉」


「ごめんごめん、言うよ」




 俺の、リンに対する正直な思い。




「ありがとう。中一の頃、助けてくれて」


「別に、簡単なお祓いしただけ」


「助かったよ。おかげで俺は、まだ人間でいられる」




 もしあそこで俺が吸血鬼であることがバレていたらどうなるか。間違いなく俺は普通の人間ではいられない。挙句の果てには迫害され、かつて俺のご先祖様がそうしてきたように人里離れて生活することになっていただろう。




「高校の入学式のときも、ありがとう」


「なんかあんたって、高校入ってから素直になったよね」


「あー、まあ、おかげさまで」


「えっ?」


「いや、何でも。そろそろ良いか?」


「うん」




 振り返る。パッと見は普通の少女だ。


 しかし首筋にチラッと覗く数珠のようなものが印象を一変させる。こいつはその気になれば俺のような矮小な魔物など一発で祓えるのだ。




「なあ、リン」


「ん?」


「俺は、先輩が言っていたようにお前ともっと仲良くなりたい」


「はえっ⁉ そ、それは、私も、だけど」




 こいつと今よりもっと仲良くなった先にあるもの。


 俺はそれを考えると、唾を飲みこんだ。


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