第13話 悪夢

 辛くて悲しい日々だった。

 両親が亡くなり一人残され孤独だった撫子は当初、養子にしてくれた叔母達に感謝していた。

 何故両親は自分を置いて天国へ逝ってしまったのかと泣き続けていたが叔母である玲子が我が家が引き取ると手を上げたときは純粋に嬉しかった。

 一人ではない。

 新しい家族ができる。

 両親が亡くなった悲しみの傷は消えないけどもしかしたらこれから埋まるかもしれない。

 でもー。

 そんな淡い期待をしてしまった自分を恨んだ。

 それは撫子が鈴代家に迎え入れられてすぐのこと。

 「ない、ない……!」

 頼まれていた家事を済ませる為、撫子は自室を離れていた。

 そのときは養子にしてくれたのだから、これくらい行うのは当然だと思っていた。

 自室も叔母達とは違って置いてある物は古びていたが我が儘は言わず用意してくれるだけありがたかった。

 家事を済ませ自室に戻ると引き出しに大切にしまっていた父と母の形見である小物や着物、帯などが無くなっていた。

 両親が恋しくなったときはそれらに触れていたのだが今朝までは確かにあった形見は全て無い。

 (玲子さん達なら何か知っているかな……)

 いてもたってもいられず撫子は叔母達の元へ向かった。

 「形見?そんなの知らないわよ!」

 ギロリと睨まれ思わず半歩下がってしまう。

 『玲子さんが盗んだのですか?』とは言っていない。

 ただ両親の形見が見当たらない、知りませんかと聞いただけ。

 しかしそれが叔母達の癪に障ったようだ。

 撫子の言葉がまるで『貴女が盗ったのでしょう?』と言っているみたいに聞こえたらしい。

 「私達を犯人扱い?いい加減にして!」

 玲子と同様、義姉の真紀も蔑んだ目で見ている。

 「違っ……」

 「親も親なら子も子ね。あの女にそっくりで気色が悪いわ」

 「貴女の母親はお母様から婚約者を奪ったのよ。そっちが泥棒じゃない」

 そのとき初めて分かった。

 亡くなった両親は叔母達に嫌われていたのだと。

 両親が亡くなる前、何故か親戚の話を二人はしようとはしなかった。

 今思えば以前に住んでいた場所も鈴代家の場所から遠く離れていた。

 「あの女は私と柊さんの婚儀の前日に駆け落ちをしたのよ……!」

 撫子は驚愕の事実に言葉を失った。

 まさか両親が駆け落ちをしていたなんて夢にも思わず、呆然としてしまう。

 両親はとても穏やかな人だった。

 亡くなるまで撫子をめいいっぱい愛していた。

 幼いながらも仲の良い両親に憧れていたし三人で過ごす時間が大好きだった。

 『撫子は将来、どんな人と結婚するのかな?』

 『優しい子だからきっと旦那様も素敵だろうね』

 愛しい我が子の頭を撫でながら微笑む姿はまさに理想といえる幸せな家庭図だった。

 撫子は両親の気持ちと玲子の気持ち、どちらとも分かった。

 本当に愛する人と結婚したい。

 それは撫子の母、杏子と玲子に共通していえることだ。

 自分がお互いの立場だったらどうするか。

 愛する気持ちに正直になって手をとり逃げる?

 婚約者を奪われて悲しみに暮れ、恨み続ける?

 きっと母も姉の婚約者を奪ってしまうのは辛かっただろう。

 優しい母のことだ。

 まだ恋もしたことがない撫子でもそれだけは分かる。

 なんて言ったら良いのか分からない。

 両親の代わりに『ごめんなさい』と謝る?

 でも玲子にとってそれだけで許されることではない。

 俯いている間も頭上から罵声を浴びさせられる。

 『あの女が産むのはやっぱり醜い子ね』

 『早くいなくなればいいのに』

 その日から撫子は酷く虐げられていった。

 罵声は当然のごとく水をかけられ、叩かれ、蔵にも閉じ込められた。

 「嫌……!」「痛い……」「ここから出して……!」

 頭の中で辛い記憶が一気に押し寄せ必死に暗闇でもがく。

 怖いのに光さえない。

 「誰か助けて……」

 だんだんともがくのも疲れて静かに泣きながらその場にうずくまった。


 桜河はうなされている撫子の手をずっと握っていた。

 高熱で倒れた撫子は現在自室のベッドで寝ている。

 あれから医者に来てもらい診察をしてもらったところ、おそらく疲労からくる風邪だろうと診断された。

 処方された薬を受け取り医者が帰ったあと撫子は酷くうなされていた。

 聞こえてくるのは『嫌だ』『痛い』『ここから出して』などの悲しく寂しい言葉。

 その言葉を聞いて桜河は鈴代家の人間に虐げられている悪夢を見ているのだろうとすぐに察知した。

 頬を濡らす撫子の涙をそっと拭いながら悪夢から覚めるよう祈り続けたのだった。

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