第10話 惹かれた理由
あれから蘭姫、桐斗と少しだけ会話をした。
最初は萎縮していた桐斗も一つ問題が解決しスッキリしたのか表情に明るさが戻っていった。
桜河と桐斗が話している光景は友人同士そのもので自分に向けるものとはまた違った笑顔を見ることが出来て撫子は嬉しく感じた。
二人の会話に耳を傾けていると蘭姫が口を開く。
「撫子様は桜河様のどういったところに惹かれたの?」
「え?桜河様の……?」
まだ完全には心を開いていないのか若干の冷たさは感じたが出会った当初よりはきつくは感じなかった。
桜河と桐斗は興味のある話題が耳に届いたのか会話を止め一斉に視線を撫子に向けた。
「それ俺も興味あります!」
「おい、調子に乗るな」
先程とうってかわって前のめりに質問する桐斗に桜河は呆れているような怒っているような声色で素早く反応する。
桐斗は質問の答えが気になるのか桜河の声も耳には届いていないようだった。
「えっと……」
蘭姫の質問に撫子はすぐに答えられなかった。
もちろん好きなところは沢山あるがそれを人前で、しかも当の本人の前で言うのは恥ずかしさや照れで言葉に出来なかった。
しかしじっとこちらを見つめてくる三人の期待交じりの視線に負け撫子はゆっくりと口を開いた。
「出会った当初、私は誰かに愛される資格などないと思っていました。ですが桜河様はどんな時も寄り添ってくれて私を光ある場所に導いてくれました。優しくて温かい方だと……。自然と惹かれて……」
もう三人の視線に耐えきれず少しずつ声が小さくなり話が途切れた。
自分でも頬に集まる熱は分かる。
(わ、私きっと今顔が真っ赤だ……)
もうそれ以上話すことなく口を閉ざしてしまった。
真っ赤になった頬を両の掌で隠しているとふと体が逞しい腕に包まれる。
気づいたときにはすでに撫子は桜河に抱きしめられていた。
その腕にはしっかりと力が込められている。
まるでもう離さないというように。
僅かな隙間から慌てて桜河を見上げる。
顔上げたことでより距離が近くなり、もう少しで唇と唇が触れそうだ。
一瞬息をするのを忘れたが今の状況を思い出す。
抱きしめられているのを蘭姫と桐斗に見られているのだ。
必死に恥ずかしさを堪えながら、なお離さない桜河に訴える。
「お、桜河様……!恥ずかしいので離して下さい……!」
優しく胸を叩いてその意思を伝えるが撫子を包む腕の強さは変わらない。
「駄目だ。あんな可愛らしいことを話してくれる花嫁を見て触れたくなるのは当然だろう」
「で、でも……」
二人きりのときはまだしも今は客人の前。
桜河のさらりとした髪が頬をくすぐり思わず思考が止まりそうになる。
ふと腕の中から蘭姫と桐斗の視線に気づく。
蘭姫はため息交じりの呆れたような表情、桐斗は優しい眼差しでこちらを見ていた。
どこかで離してもらわないとおそらく桜河が満足するまでこのままだ。
どうすれば良いのか考えあぐねていると……。
「お兄様、そろそろお時間では?」
「!そうだな」
蘭姫の言葉の意図に気づき同意するように頷く桐斗。
助け船を出してくれたのだと撫子はすぐに分かった。
「では俺達は天界へ帰るよ」
桐斗と蘭姫が立ち上がろうとしたとき桜河が腕の力を緩める。
その瞬間を見逃さず撫子はサッと腕の中から抜け出した。
まだ抱きしめていたいと不満そうな顔はしていたがまずは客人の見送りが優先だと一旦諦めて立ち上がった。
玄関に着くと使用人が戸を開ける。
桐斗と蘭姫は外に出る前に一度振り返った。
「二人が幸せそうで安心したよ。撫子様、これからも桜河を宜しくお願いします」
軽く頭を下げながらふんわりとした穏やかな笑顔を撫子に向けた。
「まだ未熟ですが……。でも少しでもお力になれるように頑張ります」
「撫子様はすでに力になっています!我々の!」
「我々?」
どういう意味だろうと撫子が首をかしげると桐斗はそうだと言わんばかりに何度も頷く。
「桜河は撫子様と出会う以前は怖くてほとんどの人は近寄りがたい雰囲気だったんですがそれが水鏡の儀から一変!柔らかくなられたって皆喜んでいますよ!」
「そうだったのですね」
知らず知らずのうちに誰かの役に立てていたと分かり嬉しくなった。
「桐斗はまた余計なことを……」
謝罪する前とはまるで別人のような調子の良い友人に呆れてもう言葉も出ない桜河。
「そんなことないですよ」
優しい声色に桜河は視線を移すと撫子がニコニコとしながら微笑んでいた。
「桜河様のことが知れて嬉しいです」
「撫子……」
桜河の機嫌もあっという間に直り見つめ合う形となる。
自然と生まれていた甘いムードを蘭姫のコホンとした咳払いで通常の空間に戻される。
「続きは私達が帰ってからになさってくれる?」
「あ……!」
つい二人だけの空間になってしまい慌てて蘭姫と桐斗に向き直る。
「ははっ。何だか二人に癒されたよ。ありがとう」
「お邪魔致しました」
お辞儀をし挨拶を交わして出て行く蘭姫と桐斗を見送る。
無事に対面が終わり安堵する撫子。
(蘭姫様も思っていたより優しい方だったし桐斗様も面白い方だったな……)
ぼんやりとしながらそんなことを考えていると突如浮遊感を感じる。
「きゃ……!」
思わず目を閉じる撫子。
動きが止まり再びゆっくりと目を開けると桜河の顔が間近にあった。
桜河が撫子を抱きかかえていたのだ。
しかもそのまま廊下をスタスタと歩き始める。
「お、桜河様……!?」
突然の行動に頭が混乱し名前を呼ぶがその足は止まらない。
「危ないからしっかり掴まっていなさい」
確かにこの状況だと無理矢理降りるのはかなり危険だと判断しとりあえず桜河の首に腕を回した。
「あの、どちらへ?」
間近にある美しく整った顔を見ながら問いかける。
「俺の部屋に。先程の続きだ」
「ええ……!?」
耳元で囁く息の音を含んだ艶めかしい声に心臓が高鳴る。
蘭姫のように止めてくれる人はおらず屋敷の使用人達も微笑ましそうに見ているだけ。
こうなった桜河の意思は固い。
共に過ごした短い間で学んだことだ。
撫子は諦めてそれ以上何も言わず身を委ねるのだった。
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