第7話 唯一無二の花嫁
撫子が桜河への気持ちに気づいてから一夜が明けた。
執務を執り行う為で天界へ赴いている桜河は今夜帰宅する。
今朝も一人で朝食を済ませると百合乃が書物を抱え広間に入ってきた。
「撫子様、こちらが頼まれていた書物になります」
「え!?もう?あ、ありがとうございます、百合乃さん」
撫子が書物を受け取り表紙に視線を移す。
そこには『天界の歴史』や『神々の力』と書かれている。
持つ手に重厚感が伝わり貴重な書物なのだとすぐに分かる。
撫子は昨夜、百合乃に天界のことについて知りたいと相談したところ天界の歴史などが分かる書物を用意すると言ってくれた。
まさか翌朝には用意されているとは思わずその早さに驚く。
さすが龍神に仕える使用人は違うと改めて凄さを感じる。
「何か分からないところがあればお呼び下さい」
「はい。ありがとうございます」
書物をしっかり抱え、撫子は自室へ向かった。
朝から始めた勉強は気づけば夕方まで続いていた。
机には用意してくれた書物の他にノートがあり、ぎっしりと文字が書いてある。
勉強をしているとやはり分からない部分がでてきて何度か百合乃を呼び教えてもらった。
撫子が呼ぶと光の速さで駆けつけてくれた。
よほど撫子に頼られて嬉しかったのだろう。
毎回頬を紅潮させ優しく丁寧に教えてくれた。
そのおかげで夕方になった頃には天界の基礎的な部分はほとんど理解出来た。
「一日勉強をなされてお疲れになったでしょう。そろそろ夕食になさいませんか?」
百合乃の言葉に体に疲労感が溜まっていることに気づく。
勉強に夢中になっていたせいか言われるまで分からなかった。
一旦休憩にしようと撫子は頷き、書物とノートを閉じた。
夕食を食べお風呂を澄ませた後、再び自室で勉強を再開した。
書物のページをめくると龍神について記載されているのが目に入る。
ふと桜河のことが頭に浮かぶ。
きっともうすぐ帰ってくるだろう。
帰ってきたらいの一番に自分の想いを伝えるのだと思うと緊張する。
(自分から好きって言うの初めてだしドキドキするな……)
胸が高まるのを感じながら撫子は再びペンを持つ手を動かした。
「今帰った」
桜河が帰宅し玄関に入ると使用人達が出迎える。
「お帰りなさいませ」
桜河はすぐに自分の愛しい花嫁の姿を探すが見当たらない。
いつもなら使用人達と待っていて出迎えてくれるのだが今日のようにいないのは初めてで僅かに気持ちが焦る。
羽織を百合乃に渡しながら廊下を歩く。
「撫子は?」
「撫子様は自室にいらっしゃいます。先程お呼びしたのですが机に伏して眠っていらっしゃるようで……」
ベッドで寝ているならまだしも机で伏したままだと風邪をひいてしまうだろうと思い話を聞きながら撫子の部屋に行く。
襖の隙間から僅かに部屋の電気の明かりが漏れており廊下から優しく声をかける。
「撫子?」
しかし返事は返ってこない。
そっと襖を開けると百合乃の言うとおり机に伏して寝ている撫子が目に入る。
撫子にはブランケットが掛かっておりおそらく百合乃が呼びに行った際掛けてくれたのだろう。
撫子に近づくとすやすやと寝息を立てながら寝ている。
部屋に入ってきても気づかないほど熟睡しているのだと分かった。
ふと机に開いた状態のままの書物とノートが目に入る。
そこには天界の歴史や神々の力について書かれており桜河はすぐに撫子が勉強していたのだと分かった。
撫子が自分達のことを知ろうとしてくれているのだと桜河は嬉しくなった。
真面目で愛らしい撫子の寝顔をずっと見ていたかったがこのままでは風邪をひいてしまう。
そっと抱きかかえベッドに運ぼうと肩に触れると瞼がピクッと動く。
徐々に瞼が開き目の前に居る桜我に気づくと飛び起きる。
「りゅ、龍神様!?私寝てしまって……!いつお帰りに?お迎え出来ず申し訳ありません!」
珍しく口早になり深々と頭を下げる撫子を落ち着かせようと肩に優しく触れた。
「今帰ったところだ。気にすることはないよ。勉強をしていたのか?」
そっと机に置いてある書物などに視線を向けると撫子はこくりと頷く。
「天界や神様のことを知りたくて百合乃さんにお願いして用意していただいたんです」
「そうか。勉強熱心で偉いな」
優しく頭を撫でると若干眠気も残っているのか気持ちよさそうに目を細めていた。
そんな愛らしい撫子を見て桜河は襲いたくなる衝動を必死に抑える。
「しかしここで寝てしまうと風邪をひく。ベッドで寝なさい」
そっと手を引きベッドまで連れて行こうとすると撫子の足が止まっている。
「撫子?」
撫子は少し俯いていた顔をパッと上げ真っ直ぐに桜河を見つめる。
頬を赤く染め瞳を潤ませている撫子に桜河は釘付けになる。
「私、ずっと考えていたんです。平凡な私が龍神様の花嫁になって良いのかと。もっと相応しい方がいるはずなのに……」
撫子の脳裏には蘭姫が浮かんでいた。
桜河はすぐにそんなことないと否定しようするがその前に撫子が口を開いた。
「でも私お、桜河様が好きなんです……!」
顔を赤くさせながら一生懸命自分の想いを伝える撫子に目を見開く桜河。
しかもいつもの呼び方ではなく、初めて名前を呼んでくれた。
撫子は桜河が帰ってくるまでの間、勇気を出して龍神様ではなく名前で呼びたいと考えていた。
そうすれば少しでも近づけるような気がしたから。
その嬉しさに撫子をぎゅっと抱き締める。
いつもは恥ずかしさで戸惑っている撫子もそっと桜河の背中に手を添える。
「私、桜河様に相応しい花嫁になれるようにこれからもっと努力します。だから……隣にいて宜しいですか?」
桜河の腕の中からそっと顔を上げる。
本当はこんな愛らしい花嫁を他の誰にも見せたくないと独占欲が湧き出るが今はそれを抑える。
「撫子は撫子らしくいてくれればそれで良い。撫子の存在が俺に力をくれるんだ。俺の唯一無二の花嫁……」
コツンと額と額を合わせる。
お互いの瞳にはしっかりと大切な人が映っている。
「私もっと桜河様のこと知りたいです」
「勿論だ。教えるよ、撫子だけに」
そっと桜河の顔が近づき撫子は瞳を閉じる。
静かな夜の中、二人は唇を重ね合うのだった。
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