東京が小さくて何が悪い? ~そう思うのは、俺だけじゃなくて、魔王様だって思うはず~
錦織一也
第1話 奥多摩の魔王様
この度、新しく東京都の知事に就いた、歴代最年少の男、
『僕の師匠を、お迎えしてくれないだろうか?』
俺は、秘書なので、知事の命令には従順する。知事に言われたとおりに、俺は車で、知事が教えてくれた住所に向かった。
師匠と言う人物は、蒲池知事が、都知事を目指すきっかけを作った人物らしい。きっと大物政治家、もしくはその息子。自室でふんぞり返っている大学教授だろうと思い、住所の場所に向かったら、奥多摩にある、小さな古民家だった。
「貴方が、蒲池さんの秘書さんですか?」
人の気配を感じなかったが、俺はゆっくりと玄関の扉を開け、大きな声であいさつすると、家の奥から、黒髪でボブカットの少女が歩いて来た。
「上がってください。客人ぐらい、私がもてなしますよ」
俺は言われるがまま、少女の後ろを歩き、何もない客間に案内された。
「……えっと、君は師匠の娘さんかな? 俺――私は蒲池知事の知人を迎えに行くように言われた――」
「いいえ。私が、蒲池さんの師匠の、佐藤花子って言います」
都知事は、少女を師匠と呼ぶぐらい、落ちぶれているのだろうか。
「先程、蒲池さんから連絡はありました。秘書の
知事の師匠、佐藤さんは湯吞を俺の目の前に置いて、そう言った。
「どうぞ。飲んでください。先ほどドリップしたばかりのコーヒーです」
「は、はあ……ありがたく頂きます……」
湯呑みにコーヒーが入っていると、味が変わってしまう気がする。一口飲んで、俺は佐藤さんの話を聞くこと――
「どうしましたか?」
「……いや。……個性的なコーヒーだと思いまして」
これはめんつゆだ。本当に、このようなドジを踏む少女が、知事の師匠なのだろうか。
「コピ・ルアクと言う豆です。客人なので、最高のおもてなしをしないといけませんからね」
めんつゆだと言う事実を言ったら、佐藤さんは恥をかく。知事の師匠を怒らせるわけにはいかないので、俺は我慢して飲むことにした。
「どうして、佐藤さんは知事に師匠と呼ばれて……?」
「蒲池さんの公約、思い出してください」
都知事選で、蒲池候補が言っていたこと。それは、東京大改革。東京を更に大きくさせ、過疎化が進む地方を活性化させ、東京から日本を立て直すと言う物だった。
「蒲池さんは、この東京を大きくしようとしています。なので、私は蒲池さんにアドバイスをする事になっているのです」
「佐藤さんのような少女がですか? 数十年しか生きていない少女に、どうやって知事にアドバイスを――」
「私、異世界の魔王で、勇者に倒させるまで、5000年生きていました」
急に、ぶっ飛んだことを言って来たので、俺はめんつゆを噴き出した。
「……マジですか?」
「マジですよ。ほら、この体なので、大分魔力は弱まってしまいましたが、この地球の重力を圧縮させて、攻撃する事も出来ます」
佐藤さんの手の平には、黒い物体が現れていた。これはマジのようだ。
「まあ、転生に失敗して、私はこのような姿になってしまいましたが、記憶は残っています。憎き勇者の顔とか、部下だった魔族の顔も鮮明にです」
「そんな能力があるなら、異世界に転移とか、出来るんじゃないのでしょうか?」
「無理です。先ほども言いましたが、転生に失敗して、魔力が弱体化しましたし、それ以上に、この華奢な体では、転移する際に体が持ちません」
前世がどんな感じの魔王だったのかは知らないが、いきなりこんな少女が、魔王と言っても、例え配下の魔族でも、誰も信用しないだろう。
「そう言う事で、私の経歴を知った蒲池さんは、私を師匠と呼ぶことになりました。魔王だった私なら、東京を大きく出来ると、ずっと抱いていた夢を実現できると、確信したそうです」
「あの、差し支えなければ、佐藤さんはどうやって東京を大きくするつもりなのでしょうか?」
魔王の時の記憶を持つ佐藤さんは、どんな事を知事にアドバイスするのだろうか。知事が独裁者のような、自衛隊や国民を使って、戦争を仕掛けるとか言い出したら、ここで俺が止めないといけない。
「まずは、隣りの千葉県と一体化します」
「千葉……? どうして都政に、千葉が関わってくるのでしょうか?」
「言ったじゃないですか。東京を大きくすると」
俺は、てっきり東京を更に発展させると捉えていた。
「……もしかして、東京を大きくするって、物理的な意味だったのですか?」
「言い方が悪かったかもしれませんね。蒲池さんは、東京の面積を拡げるつもりです。だから蒲池さんは、魔王だったなら、そう言った知識もあるだろうと睨んで、私を師匠と呼ぶわけです」
佐藤さんは、そう言って湯飲みを啜った。
「おっと。急に警戒しないでください。出したコーヒーに毒を入れるなど、姑息なことをしていませんし、蒲池さんを洗脳して、武力行使させるつもりはありません」
前世は魔王だったからか、佐藤さんは俺の目つきが変わった事、一気に呼吸と心音が早くなったこと、手刀をしようと、わずかに体を動かしたことも、お見通しのようだ。
「武力行使で面積を広げる、そんな時代遅れな事はしません。自然や町、人を犠牲にして手に入れた土地など、誰も得しません。私は、互いに有益になるような条件を提案します」
「……信じていいのですか?」
「はい。魔王は嘘をつきません。嘘つくなんて、それこそ自分が不利な状況を作るだけで、自分の身を
佐藤さんは、俺の方に体を向けて、目をまっすぐ見て、そう言った。
「ま、詳しい話は、蒲池さんと一緒に話しましょう。青柳さん、時間は大丈夫ですか?」
「……あ、ヤバいですね」
すっかり話し込んでしまっていたが、俺は佐藤さんを迎えに来た。17時までに都庁に連れてきて欲しいと言われていたのだが、今時間を確認してみると、時間は16時半。奥多摩から新宿まで車で戻ろうとしても、2時間近くはかかる。
「ワープなんて出来ませんよ。魔力足りませんし、そもそも何も耐性が無い人間がやったら、体が木端微塵になります」
「……秘書解雇確定です」
せっかく都知事の秘書になったと言うのに、礼儀作法をしっかりこなすのは当たり前、そしてマナー違反の、時間厳守の仕事で遅刻なんてしたら、俺は即解雇。知事の重要な客人を遅刻させてしまったら、俺は客人の顔に泥を塗るという事で、佐藤さんにも失礼だ。
「ま、それは生身の人間だけでやったらの話ですが。青柳さんは、どうやってここまで来ましたか?」
想定外な事が起きたと言って、俺は知事に連絡しようとしたら、佐藤さんにそう聞かれた。
「車ですが……」
「なら、青柳さんも協力して欲しいです。握手しましょう」
佐藤さんに握手を求められたので、俺は素直に手を差し出した。
「青柳さんが、私に魔力を提供して頂けるなら、私は乗って来た車ごと、都庁にワープすることが出来ます。車体が防具の役割をして、少し肌が焦げるぐらいで済みます。ですが、魔力が低下した人間は、一定時間一つの単語しか話せなくなってしまいます。どんな単語になるかは分かりません。周りから危ない奴として見られるデメリットがありますが、無事に私を連れてきたという事で、蒲池さんから褒められると言うメリットもあります。さあ、青柳さんはどっちを取りますか?」
佐藤さんに、選択肢を迫られても、俺は即答だった。
「秘書を解雇される方が、リスクが大きい。変な事言いまくって、周りから白い目で見られる方が、100倍マシです」
「賢明な判断だと言いましょう」
そして俺は、佐藤さんと握手した途端、途端に体が軽く感じた。
「はい。貴重な魔力を提供して頂き、感謝します。どうですか? 体に異常はありませんか?」
佐藤さんは、無事にワープできる魔力を手に入れたようだ。
「……スリジャヤワルダナプラコッテ」
そして魔力を吸われた後遺症として、俺はスリランカの首都、『スリジャヤワルダナプラコッテ』しか話せなくなった。
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