しろつめくさのあたしたち

@Gentou_black

しろつめくさのあたしたち

 ゆうちゃんときたら大したもんだ。ゆうちゃんとは、あたしの双子の妹である。とってもかわいくて美人で気配り上手で誰からも愛される、あたしの自慢の妹。とっても美人な、あたしの妬ましい妹。

 だってゆうちゃんは昔から、あたしの欲しいものを持っている。奪っていく。両親からの愛情、欲しかったお菓子、ぱっちりおめめに長い睫毛、おさがりではない新品のお洋服、ショートケーキに乗っている苺、あたしの好きな人。全部ゆうちゃんが持って行ってしまうの。あたしではなくゆうちゃんが持っているほうが、みんな幸せだから。


 そんなあたしを愛してくれる人なんて、あたし自身を含めていないと思うのだが、ところがどっこい、一人だけいるのである。それがゆうちゃんなのだ。


 あたしはゆうちゃんが大好きで羨ましくて愛していて妬ましくて時に殺したくすらなってしまうのに、ゆうちゃんはあたしのことをただただ愛している。羨ましさと妬ましさは正直解らないけれど、少なくともゆうちゃんはあたしを殺したいなんて思ったことはない。これはあたしの自惚れではなく、本当に。どうしようもない事実としてそこにある。誰からも愛されるゆうちゃんは、誰からも愛されないあたしを、唯一愛している。趣味が悪いのがゆうちゃんの唯一の欠点かもしれない。だからあたしはゆうちゃんのことを、心の中でも殺しきれないでいる、嫌いになりきれないでいる。


「みいちゃんは、かわいそうだねえ」


 そう言ってゆうちゃんは、あたしのことを馬鹿にしながら、あたしのことを慈しむ。ゆうちゃんときたら大したもんだ。相反する二つのことを、同時にやってのけるだなんて。あたしが可哀想なのは事実なのでどうしようもない。原因はゆうちゃんにあるのだけれど、でもゆうちゃんは悪くはなくて、あたしとゆうちゃん以外の人たちが悪くて。ゆうちゃんが日向にいる人だとしたら、あたしはゆうちゃんからできた日陰にいる人。それが当たり前だと思っていた。あたしはずっとゆうちゃんの日陰にいるの、ゆうちゃんが作った日陰で生きていくの。


 シロツメクサってわかる? 白くて時々ピンクが薄らついているやつもある、まんまるでかわいい、クローバーのお花。江戸時代にオランダからガラスのものが輸入される時に緩衝材として詰められたから、シロツメクサ。失礼しちゃうわよね、あんなにかわいいのに。かわいいお花なのに緩衝材として台無しにするだなんて。それでもガラスの方がみんな大切だから、その選択もやむを得ないのだわ。

 そういうことなの。あたしがシロツメクサ、ゆうちゃんはガラス。ゆうちゃんは硝子細工の壊れそうできらきらしている、かわいいかわいい女の子。あたしはそれを守るしか役目がない、哀れなシロツメクサ。引っこ抜いても引っこ抜いてもそこら辺に生えている、代わりなんてたくさんある、シロツメクサ。壊れてしまったらおしまいではないの、壊れるためのものなの。


 いつかあたしも、あたしをガラスとして見てくれるような人に出会いたいと思う。いつかあたしも、実るような恋をしてみたいと思う。でもあたしが恋した人は、いつだってゆうちゃんに恋をしている。それも仕方のないことなのだ。だってゆうちゃんは、かわいくて美人で気配り上手で誰からも愛される子だから。


 だから、今回のこの恋のような淡い感情もそんな風に終わってしまうのだろうな、とぼんやり思っていた。

 あたしはまた、身の程知らずな恋をした。してしまった。お相手は違う大学の同じサークルの男性だ。あたしは、というかゆうちゃんとあたしは、演劇のサークルに所属している、所謂インカレサークルというやつ。あたしは裏方でゆうちゃんは役者だ。ゆうちゃんは看板役者だ。

 今月に入ってから初めて開催された飲み会で、あたしはその人と出会った。最近入った人らしい。あまり目立つ方ではない人だった。比較的端の方で、ゆっくりとお酒を飲んでいる。少し長めの前髪を斜めに流すようにセットしていて、あまり笑顔を浮かべないがそれ故に時折浮かべる笑みがより魅力的に見える。そんな人だった。名前は神谷さんと言った。

 神谷さんは役者らしいので、裏方のあたしとはあまり交流がないだろうな、と少し残念に思った。そして同じく役者のゆうちゃんとはたくさんお話をするのだろうなと思って、少し悲しく思った。何が悲しいのかまではあたしにはわからなかった。きっとゆうちゃんと違うことが悲しいのだと思う。


 あたしが一度お手洗いに出て戻ってくると、あたしが居た場所には他の誰かが座っていた。ゆうちゃんの隣だからだったと思う。ゆうちゃんの隣はみんな座りたいから。いつものことだ。あたしは飲んでいたお酒のグラスを持って端の方に移動した。神谷さんの隣だった。あたしは少し嬉しくなってしまった。あたしはゆっくり腰掛けながら、何を言うべきか何かを言うべきか悩んでいた。気の利いたことの一つも言えやしない。そうこうしていたら彼の方から話しかけてきた。

「こんにちは」

「あっえっと、はい。その、こ、こんにちは。か、神谷さん」

「君はええと、みいさん、だったかな。ゆうさんの双子の」

「ええ、そう。あ、ええと、ゆうちゃんと、お話ししたかったですよね。ごめん、なさい」

 あたしはお話をするのがあまり上手ではない、いつもどもってしまう。人の目を見て話せない、ただじっと見つめられるだけの、それだけのことが、ただただ怖いから。相手の話した内容を一生懸命理解しようと、考えて込んで黙ってしまう時間が多くなってしまう。

 たいていの人はあたしがどもると、面倒くさそうにもう良いと言わんばかりにお話を切り上げてしまうのだ。気持ちはわかる。あたしだって、あたしとお話したくない。きっとゆうちゃんの方が良い。誰だってゆうちゃんの方が良い。ゆうちゃんは、あたしにだけ時々意地悪だけれど、基本的にはお話している相手を常に笑顔にすることができる。あたしもゆうちゃんとお話するのは好きだ。時々意地悪なことを言われるけれど、でも好きだ。好きだからこそ、羨ましくて妬ましくなってしまう。あたしはゆうちゃんの双子なのに。どうしてこんなにも違うのだろうと、どうしてこんなにも不公平なのだろうと。あたしは常々思ってしまう。

「ごめん、なさい。あの、あのあたしと、あたしなんかとお話、していても、楽しくない、です、よね」

 溢れ出てしまった言葉が、どうにも止まらない。いつもに増してあたしはネガティブモードのようだ。どうしてだろう。ゆうちゃんと自分を比べてネガティブモードに入ってしまうことは珍しくはないが、どうにもいつも以上だ。神谷さんがいるからだろうか。やっぱり、あたしは不釣り合いな恋をしてしまっているのだ。

「あたしなんかと、お話するよりも、ゆうちゃんと、その、お話したいですよね。ごめんなさい。ごめん、なさい」

「どうしてそこでゆうさんのお名前が出てくるんですか」

 神谷さんはそう言ってあたしの話を遮った。手元のお酒が入ったガラスに視線を向けて俯いていたあたしは、弾かれるようにして神谷さんに視線をやった。神谷さんはあたしを見ていた、あたしを見つめていた。その瞳があまりにも澄んでいてきれいなものだったから、気が付けばあたしはいつもなら隠すことが出来ている本音が止まらなかった。

「だって、だってあたしたち、双子なのに、双子なのに」

「双子ですね。それがどうかしました?」

 あたしの必死の言葉を、神谷さんは神谷さんは心底不思議そうに言った。

「ゆうさんと貴方は、違う人間でしょう。双子で違う人間でしょう」

 あたしがその言葉を、どんな気持ちで聞いていたことでしょう。

「僕は貴方と話しているのです。どうか、みいさんのペースで話して」

 初めてかけられました。そんな言葉。母からも、父からも、ゆうちゃんからも言われたことがありませんでした。

「できることなら、貴方の顔を見て話がしたい。貴方の話が聞きたいのです」

 ゆうちゃん以外の存在が、あたしを愛するわけがないのだ。この人は何を考えているのだろう。この人は何を言っているのだろう。この人は何を企んでいるのだろう。最初はそう思っていた。

「僕は役者です、アマチュアですが、役者です。人に想いを伝えるものです」


「ですから、貴方が僕の気持ちを信じてくれるまで、受け止めてくれるまで、僕は何度でも伝えます。伝え続けます」

 その何気の無い言葉にあたしがどれほど救われたのか、貴方はきっとわからないのでしょう。


 数ヶ月後、あたしはゆうちゃんと二人で暮らしている部屋を出て行くことにした。ゆうちゃんには何も言わず、最低限の荷物だけを準備して。どうせあたしの大切な荷物なんて、その程度しかないのだから。

 ゆうちゃんになんて言おう、なんて考えながら置手紙の内容を考えていると、友達と遊びに行っていたはずのゆうちゃんが帰ってきた。私の横に置いてあるキャリーケースを訝しげな眼で見てくる。だからあたしは答えた。

「神谷さんとね、お付き合いすることになったの。だから神谷さんと暮らすわ」

 あたしがそう言えば、ゆうちゃんは目を見開いた。ビー玉のような目が零れ落ちてしまいそうなほどに。そして少ししてからわなわなと震える身体で、ヒステリックにあたしに向かって叫んだ。その声ときたらまるで、硝子細工にヒビが入ったようだった。

「みいちゃんはかわいそうだねえ。可哀想だねえ。可愛そうだねえ」

 ゆうちゃんときたら大したもんだ。そうやってあたしを、いつの間にか檻の中に閉じ込めていたのだから。


 ゆうちゃん。あたし、日向に行きたい。そうでなくても、あたしは貴方の日陰から出ていきたい。あたし、どうやら貴方の日陰でなくても生きていけるみたいなの。あたしも初めて知ったのだけれど、あたしたち、二人で一つというわけではないみたいなの。

 ねえ、今まであげたものを返してとまでは言わないから。全部ゆうちゃんにあげるから。だからお願い。これからはあたしから奪わないで。あたし、あたしいきたい。いきていきたいの。一人で。貴方の傍で、貴方の影でない場所で。

「みいちゃんはそんなこと言わないッ!」

 言うよ。だってあたし、貴方のお人形さんじゃないもの。あたし、貴方でもないもの。あたしはあたしなの、他の誰でもない、あたし。


 シロツメクサってわかる? クローバーのお花。花冠とかに良く使うやつ。素朴だけど可愛らしくて良いよね。でもあれってさ、どっちが主役かわからなくならない? 三葉のクローバーとか四葉のクローバーとか探すけれど、そういう時はお花には目もくれないじゃない。一般的なお花って葉っぱや茎よりもお花の方が主役だろうに、シロツメクサに関してはお花の方が主役なのか葉っぱが主役なのかよくわからないじゃない。

 あたしたち、シロツメクサだったんだわ。あたしもゆうちゃんもシロツメクサだったのよ。どっちがお花でどっちが葉っぱなのか、それは知らないことだけれども。

 ゆうちゃんはあたしの意志が変わらないということを悟ると、泣きながら、懇願するように、まるで神さまにでも縋るかのように、あたしの下半身に纏わりつきながら、その綺麗なお顔をぐっちゃぐちゃのどっろどろにしながら、嗚咽交じりに言葉を紡ぐ。

「みいちゃん、ねえみいちゃん。お願いよ、私を捨てないで」

「不思議なことを言うのねゆうちゃん。あたし、貴方を捨てたことも、捨てるようなつもりもないわ」

 本当不思議、心底不思議。捨てるつもりなんて一切ないわ。どうしてゆうちゃんがそう言うのか、あたしには全くもって理解ができない。ただ、本来あるべき姿になるだけなのに。あたしの不平等を正すだけなのに。それを嫌がるだなんて、まるでゆうちゃんがあたしのことを愛していないみたい。そんなことがないのに。だってゆうちゃんは誰よりもあたしを愛している。あたしはそれを知っている。


 ねえ、ゆうちゃん。あたしたち、全く違うと思っていたけれど。そんなことはなかったのね。ゆうちゃんときたら大したもんだ。そんな簡単なことにすら、気が付かせなかったのだから。あたしたち、間違いなく双子だわ。ゆうちゃんはこんなにもあたしにそっくりで、あたしはこんなにもゆうちゃんにそっくりなのだから。ゆうちゃんときたら大したもんだ。ゆうちゃんときたら大したもんだ。ゆうちゃんときたら大したもんだ。

「ゆうちゃんはかわいそうだねえ。可哀想だねえ。可愛そうだねえ」

 ゆうちゃんときたら大したもんだ。みいちゃんときたら大したもんだ。あたしたちときたら大したもんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

しろつめくさのあたしたち @Gentou_black

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ