文章はクリスマスツリーではない

 日本語の文法では、修飾語が被修飾語の前に置かれる。

 「大きい船に乗った」こんな感じだ。


 しかし、これはちょっとした問題を引き起こす。


 「大きい白い船」「1910年製の大きい白い船」さらには――


 「ドイツの海軍工廠で戦艦として作られたが、いまでは輸送船となった1910年製の大きい白い船に乗った」ここまで長くなると、主題が果てなく遠くなる。


 後の部分で修飾する英語と違い、先頭に修飾語が来る日本語は、飾り立てると頭でっかちになって、主題が見えなくなる。


 これが何を意味するのか? 読み手は結論・述語を読むまで、何の役にも立たない情報の洪水に、延々つきあわされるということだ。

 読み手にとっては、かなりのストレスだ。


 最初の数話で読者が逃げていくのは、作品の雰囲気が合わない、ジャンルが違う、そういうことに加えて、こういった説明の不味さにもある。

 往々にして書き手が意気込みすぎると、こういう文章になる。


 さて、例によって拙作から長文を引用して、更にそれを悪くしてみた。


~~~~~~

❌ハインリヒが案内した保管庫の扉には、これまた店のトレードマークの鷲が刻印されていて、ブランドの主張が徹底してるなと僕は感心してしまった。保管庫の中には大量の在庫が保管されていて、棚には銃器や刃物がずらりと並び、ロッカーにはヘルメット、防弾ベストに弾帯が掛けられていた。そして、比類なき力を秘めた重火器の類は壁に飾られているのだが、それが僕にはさながら聖遺物のごとき神々しさを放っているように見られた。嗚呼、武器庫とは何という素晴らしい響きだろう、しかも必要なものだけとはいえ、驚きの100%オフだ。


「自由に見て回っても良いんですか?」

~~~~~~


 この文はかなり錯綜している。さながら修飾語のクリスマスツリーだ。

 必死に飾り立てているが、結論としての文章の主幹、つまりモミの木がない。


 「自由に見て回っても良いんですか?」という主人公の発言を迎える感情表現やや動機の描写がないのに気付いただろうか。

 「100%オフ」と言う言葉に、「取り放題」を示すサブテクストがあるにはあるが、そうだとしても、これは校正するべきだろう。


 やるべきことは長い修飾を止めて、短文にすることだ。

 一体分解して組み立て直し、大枠の「何が言いたいのか」を最初に提示して、そこから細部の説明に取り掛かるのが良い。


 修正するとこうなる。


~~~~~~

✅ハインリヒは、工房の奥にある武器保管庫へ僕たちを案内した。

 扉には店のトレードマークの鷲のマークがデカデカと刻印されていて、ブランドの主張が徹底してるなと僕は感心してしまった。

✅そして、重厚な音を立てて扉が開かれるのだが、その光景に僕は圧倒された。

 棚に銃器がずらりと並び、ロッカーにはヘルメットや防弾ベストが掛けられていた。そして比類なき力を秘めた重火器、ロケットランチャーの類は壁に飾られている。何の変哲もない金属の筒だが、それが僕には聖遺物のような神々しさを放っているように見えた。✅この聖域に弾む心を押さえつけ、僕はハインリヒに訪ねる。


 「自由に見て回っても良いんですか?」

~~~~~~


 まだ複雑すぎるが、最初よりは良くなった。


 基本の考えとしては、あれもこれも一つの文に盛り込もうとしないことだ。

 一つの文に独立させる意識を持とう。


 そして、もう一つ注意点がある。


① 修飾語は長い順に置く。

② 修飾語は、なるべく被修飾語の近くに置く。


 このニ点だ

 ①については説明したので、②の説明をしよう。


 ・例

❌強力な弾薬を使用できるが、グレネードランチャーのせいでひどく不格好になってしまった銃。


 すんなりと入ってくるが、意味がわかりにくい文章だ。

 その原因は「強力な弾薬」だ。この修飾はどこにかかっているのだろう?

 銃か? それともグレネードランチャーか?


 文脈から判断するに、きっと「銃」なのだろう。

 銃が不格好なのはグレネードランチャーのせいだから「グレネードランチャー」と「不格好」が対応しているとみるのが妥当に思える。


 どうやらこの文章は、「強力な弾薬」と「銃」が離れていることにより、意味が伝わりづらくなっているようだ。


 ①と②、それぞれの要素を用いて修正しよう。


✅グレネードランチャーのせいでひどく不格好になってしまったが、強力な弾薬を使用できる銃。


 うん、明らかに良くなった。


 さらにもう一つ言うと、用言を修飾する副詞にもこれは言える。

 副詞とは何か? 小学校の国語のおさらいをしよう。


 副詞とは以下の文章の鉤括弧で括ったものを指す。


・「ゆっくり」歩く

・「とても」大きい

・「きっと」犬だ

 

・例

❌じっと兵士は茂みの中に潜んで、敵の様子を見ていた。


 じっとは副詞で、その意味は体や視線を動かさないさまを表す。

 例えば……「じっと手を見る」、「じっと我慢する」だ。


 先の例文は、文法的には間違いではない。

 しかし、次のように修正したほうがずっと読みやすいはずだ。


✅兵士は茂みの中にじっと潜んで、敵の様子を見ていた。


 次に、このような場合はどうだろうか?


❌相棒は不安げに敵を監視する兵士を見ている。


 よくありそうな文章だが、この文章の問題点に気づくだろうか。

 そう、「不安げ」は一体どこにかかっているのか、という点だ。

  この文章からはそれが全く読み取れない。


 兵士が不安げに監視しているのか?

 相棒が監視する兵士を不安げに見ているのか?

 それがこの文章からは読み取れないのだ。


 この曖昧さをなくすには、①と②の要素を用いて、以下のように修正する。


✅敵を監視する兵士を、相棒は不安げに見ている。


✅不安げに敵を監視する兵士を、相棒は見ている。


 修飾語の語順の重要性が腑に落ちてきたと思う。


 クリスマスツリーのようにゴチャゴチャ文章を飾り立てる意味はない。

 文章の主幹をはっきりさせることのほうが、ずっと大事だ。


 まとめだ。


① 修飾語は長い順に置く。

② 修飾語は、なるべく被修飾語の近くに置く。

 


 次は何かと問題になる「、」の打ち方について述べよう。

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