校正とは自作に対する批評である

 さて、校正とは何であろうか?


 校正とは文字の間違いや言い回しを治すだけではない。

 場面を削除したり、逆に追加したりもする。


 こういった動きが何故起きるかというと、自身で作品を評価し、もっとよく出来ると判断したから、その価値観に応じて修正を加えているわけである。

 無意識のうちに評価・批評をし、文章をふさわしい形に変更しているわけだ。


 無論、評価は人それぞれ、主観であり、価値は相対的なものだ。

 自身の感情を取り出して、それについて議論することは出来ない。

 できないのであれば、評価・批評は意味がないのか?


 確かに感情やコミュニケーションについてはそのようなことが言える。

 これは既に他者論を語ったレヴィナス、デューイのプラグマティズム、サルトル、レヴィ・ストロースと続き、デリダの脱構築につながって議論されている。


 あらゆる批評が客観的だとは言うつもりはない。

 むしろ、主観のほうが大事とさえ、私は思っている。

 

 客観的な批評が成り立つパターンが存在するということだ。

 それはつまり、説明可能、正当な理由に基づいた批評だ。


 「作品Aは、これこれの理由Bのために、Cと言う価値を持つ。」


 こういった論理的な命題を証明する形式をもち、かつ理由付けが正当で、誤謬でない場合は、作品の価値に対して客観的に正しい評価がなされている。


 明らかに面白くない作品を、描写の一つ一つ、※サブテクストですらない、ただの文字列を深読みして褒めるようなものは、不適切な批評と言って良い。

 それはこじつけに過ぎない。


※登場人物あるいは作者の意図がほのめかされる、言外表現のこと。


 とはいえ、自由な鑑賞を妨げる気は毛頭ない。


 校正で問題となるのは、どの部分を修正するのか?

 自作をどう見るか? この文章が目的とするのは、これだからだ。


 客観的な批評をしなければならない。

 厄介なことに「ある性質を持っているから、この作品は良い」というのは誤りが多く含まれる。評価することはとても難しいのだ。


 1800年代バウムガルテンの美を学問化しようとした試みは美学を創始するにとどまった。カントは自身の講義で、バウムガルテンの『形而上学』を教科書として使っていたが、彼は美学は快不快の感情に基づくとした。

 万言を費やしたが「好悪判断でしかない」としか言えなかったのだ。


 初期分析美学においてモンロー・ピアズリーはもう一歩踏み込んだが、それにいたっても1962年の、『批評的理由の一般性について』で、あくまでも「一般的には良いと言われる」という立場を押し出すにとどまった。


 では自作を批評するにあたって、自分自身に対してどう答えれば良いのか?


 ここではノエル・キャロルの主張を借りようと思う。


 批評の対象とは

 もう一度繰り返そう。批評すべきは、その「作品」ではない。


 批評の対象とは、作品を通して作者が成し遂げようとしたことだ。

 作品を通して、読み手が受ける体験、受容した感情といった価値ではない。

 「面白い」かどうかは、校正・評価の対象にしてはいけないのだ。


 『客観的な理由づけされた評価』とは、何か?

 『作者の客観的な目的』と、それが『達成』されているのか?

 ノエル・キャロルはそれを評価すべしとした。


 少し難解になるが、以下のような構造だ。


「作品Aは、作者の目的『B』を手段『C』によって達成している」


なので、「作品『A』は価値付けられる理由『D』を持つ」、ゆえに「作品『A』は理由『D』を持つ故に価値『E』をもつ」とつながる。


 さて、ここで何やら重要そうなのは『目的B』だ。

 ではこの目的とは一体何者だろう?


 この目的の概念は、平たく言えば「何がしたいのか」という事だ。

 キャラクターもそうだが、作品自体も文章・言葉を通して、何らかの目的を成し遂げたいはずだ。作品の目的とは、つまり作者の目的だ。


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 補遺

目的が作品の価値を保証するというのなら、時代や地域。文化的に重要だとされる作者とは別の目的があって然るべきだ。「小説家になろう」「カクヨム」それぞれの場で、作者の意図とは別に目的が存在し、達成することもあるだろう。こういった場の目的についても、達成したかどうかを語ることが出来るはずだ。

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 作品・作者の目的があると言っても、実際それを理解していない、目的が何なのかはっきりしていない。そういうこともあるだろう。


 しかし、我々は日常的な会話でそれをしている。

 他者の考えとは、自身の思考の投影・推測でしかない。逆もしかりだ。

 それでも問題なく世の中は動いている。


 自分を取り巻く場の道筋、雰囲気に基づいたカテゴリーに応じた会話。

 小説もカテゴリーに応じたキャラクターと世界のはずだ。


 例えばギャグなら、読み手を笑わせるのが作者の目的だ。

 ざまぁならば悪役がひどい目にあって、読み手が痛快な気分になれば良い。


 その小説の客観的なカテゴリーは、タイトルを始めとして、作者がつけたタグや、本文の構造やストーリーの文脈、キャラクター造形や展開といった、作者が仕込んだ細かい意図によって知ることが出来る。


 作品のカテゴリーに関しては、手がかりが数多くある。

 もっともわかりやすいのがタイトルで、カクヨムならばキャッチコピーだ。


「作品Aは構造Bをもち、文脈Cをもち、意図Dを指向している」


 これはどういうことかというと、物語の体系や、Wの構成、12ビート等のこともいっている。そしてカテゴリーは、これらからなる文脈で表されるものだ。


 校正が目的とするのは、それがカテゴリーに沿っているか?

 実はそれだけの話なのだ。


 そんなものを基準に校正して、名作と言えるのか?

 そういう疑問はもっともだ。そう思いたい気持ちはわかる。


 しかし待って欲しい。我々は芸術家のようだが、芸術家ではない。


 拾い上げやコンテストに自分の書いた文筆を叩きつける創作者は、言ってしまえば、文章を差し出してお金をもらう、ある種の契約関係を出版社を通して、読み手と結びたいと考えているはずだ。


 もっと言えば、我々は文章を使った職人だ。


 「食べたい人に、食べたいものを、食べさせろ」


 これがアーティストではない、職人のすべきことではないか?


 さて、客観的なもろもろの要因を踏まえれば、作品の目的がわかる。

 これが言いたいことだ。


 おい待ってくれ。なぜ、自分の作品の目的を、自分で客観的に考えなければならないんだ? そう思った人もいるだろう。

 

 それは自作と作者が指向したカテゴリーのズレを発見するためだ。だから自分の小説を自分の主観ではなく、客観的に評価しないといけないのだ。


 肝心の客観的な批評だが、これに関してはそう難しいことではない。

 手順はある。


 まず先の主張にさかのぼった形になるが、次のようになる。


① 作品の構造、文脈から意図を読み取る。(金の羊毛か?英雄の旅路か?)

② 作品のカテゴリー・ジャンルを特定する。

③ カテゴリーから、作者の目的を特定する。(喜怒哀楽は?)

④ 作者の目的を踏まえ、その手段と達成度を測る。

⑤ 達成された内容に従って、価値を定める。


 これは小説だけではなく、ゲームでも用いる事ができる。

 例えば……Fallout4は、不幸にも3の印象が良くも悪くも強かった。

 そこでジャンルの取り違えが起き、最初の評価はとても悪いものだった。

 しかし今となってはその評価はナリを潜めている。受容されたからだ。


 Fallout4はそのストーリー自体は非常に高いクオリティにある。シンスの存在や、主人公の立ち位置、NPCのサブプロットだって、悪いものは無かった。そもそもの話、激しい論争を巻き起こすだけの深みがFallout4のストーリーには存在する。


 さて、評価の手順を紹介しておいて何だが、実際この通りにやる必要はない。


 ①の、自分の意図を読み取るというのも、作者自身が自分の意図を理解していないと出来ない。これは意外と難しい。自分自身、何を書いているのか理解してないというのはよく起こり得る。そうなれば、②のカテゴリーの分類ができないことになるが、小説にはタグやジャンルがある。これを手がかりにすれば良い。

 作品につけたタグを分析する②から始めて、①に戻るのだって問題ない。


 特に気にかけたいのは、タグ、キャッチコピー、次いでタイトルだ。

 これらは非常に重要な情報だ。

 なぜなら、カクヨムの読者は、この順番で作品の情報に触れていくからだ。

 本文の前に、そういった分類の研究から始めたほうが良いくらいだ。①と②を相互に調整するだけでも、校正の目的は、その大部分が果たせる。


 これ以上細かい部分を語ろうとすると、大学レベルの分析美学となってしまうので、一旦ここで区切ろうと思う。



 まとめだ。


 校正とは、自作に対する批評である。

 校正の目的は、『読み手に欲しい物を与える』事を目的とする調整作業。


 このセンテンスの内容は以上だ。次は実際に何をどう修正するのか?

 いくつかに分けて校正を語っていく。


 順序としては、日本語の作文の仕方から語り、構成へ。

 そして最後にもっとも重要だが、受け入れがたく危険なモノについて語る。

 それはつまり、我々が持て余しがちな「感情」についてだ。


 この文章を最後まで呼んだ方には、どうか最後まで追いかけて欲しい。

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