前略、名探偵に看破されました(慶光院照視点)

この話では名字とそれに関する職業の話題が出てきますが、実際の人物や団体とは全く関係がございません。そのあたり強調しておきますね。一応。

ただ、名字というものはとても面白いので興味がある方は調べてみてください。



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「…ええ、おっしゃるとおり。俺には人の表情がわかりません」


僕がここまでに至った経緯を話すと、彼はあっさりと仮説を認めた。


「やはり、そうか。すまないな、その、デリケートなことを聞いて」


人の表情がわからないとなると、コミュニケーションを取る際に支障が出てしまうだろう。


「いつかは気づかれると思っていましたし、この不自由にももう慣れました」


しかし彼はなんでもないように笑う。


「それに悪いことだけじゃなかったんです」


「ほう?」


「目が見えない人は視覚の穴を埋めるために他の感覚が鋭くなっていくっていうじゃないですか。俺も人の表情がわからないハンデを埋めるために相手の声のトーンや立ち振る舞いを集中して読み取るようにしていって、顔がわからなくても相手の感情がある程度わかるようになりました」


「…それは興味深い」


僕は肘をついて彼の目を見据える。


「ということは日常生活も特に不自由なく送れているのかい?」


「そうですね。後ろから声をかけられたときは、振り返ってその人の気配というか、雰囲気を感じないと誰かわかりませんが、そのくらいです」


「Vのアバターやイラストの顔は認識できるのかい?」


「それも無理でしたね。多分『人間の顔』がわからなくなってる感じなんです」


犬や猫の顔は分かりますからね、と彼はコーヒーを飲む。


これは興味深い。彼が認識できないのは人間の顔のみ。であるなら人形のロボットの顔はわかるのだろうか?スター○ウォーズのC3P○の顔とか。


他にも検証してみたいことが頭をよぎるが、それよりもまず、なぜ彼がこうなってしまったのか。ういによれば女性恐怖症とともに残ってしまった厄介な症状ということだが…


「その、話したくなければ話さなくて良い。なぜ君がこんな事になっているのかを教えてくれないか」


私がその質問をすると、彼のコーヒーカップを持つ手がピタリと止まった。


「…少し暗い話になりますが。それでもよろしければ」


「ああ、無理のない範囲で語ってくれ」


カップをソーサーに戻しながら、彼は淡々と身に起こった事実を話し始めた。


「俺がこうなったのは高校2年生のときです。俺はクラス単位でのいじめにあっていました」


「クラス単位…?それはまた、規模が大きいな」


「きっかけは本当に些細なことだったんですよ。たしか、地方議員さんの娘さんがたまたま同級生で、その子がとても優秀でテストで毎回全教科1位を取っていたんです」


「それは素晴らしいことだ」


「それで、ウチは俺が生まれる前に父が他界しまして」


「ふむ」


「母も俺を生んだあとに亡くなってしまったので叔母の家で育てられました」


「え?」


「叔母は従妹と俺を女手一つで育ててくれて、収入が少ないにも関わらず試験で良い点を取ればお小遣いをくれたんですよ」


ちょっと待て、今いじめレベルで重たい事実が聞こえた気がしたんだが…


「えっと、ちょっと待ってくれ、ご両親は?」


「え?だから、亡くなってます」


「そ、そんなに軽い口調で言うことなのかい?」


「後から聞いた話ですからね。俺としては特に気にしてません」


絶句した。当の本人は気にもしていないように話を続ける。


「で、その時は従妹の誕生日が近かったので、なんとかしてプレゼント用のお金をもらいたかったんですよ」


「あ、ああ。それで?優秀そうな君のことだから試験も上位に食い込んだんじゃないか?」


「全教科で1位取りました」


「……そ、それはまた…すごいな」


僕も得意科目であれば学生時代に一ケタの順位を取ったことがあるが、全教科で1位を取るなんて…


「無事に世界一かわいい従妹へのプレゼントは買えたんですが。まあ、その秀才の娘さんが怒り心頭でして」


「…なるほど。分かった。もう言わなくて良い。そこからはなんとなく想像がつくし、聞いても君に不快な思いをさせるだけだろうからね」


「ご参考になれば幸いです」


「…それで、心に深い傷を負った君は大学生になってウチのコダマに出会い、そこからVにハマりだしたんだったかな?」


「そうですね」


「君はさっき、Vのアバターの顔もわからないと言っていたけれど、Vの一番の魅力の一つであるビジュアルがわからないのに、どこに惹かれたんだい?」


僕が気になったことを聞くと、自分でもよくわからないというように少し悩んだ末に口を開いた。


「遠山さんの雰囲気、ですかね。Vに惹かれたっていうよりも、遠山さんに惹かれたからVにもハマっていった感じだと思います」


「ふうん…」


彼は人の第一印象の大勢を占める顔の造形というものがない状態で人と接するから、より人の内面や雰囲気を感じ取ることができるのかも知れない。


「私も一度顔が見えない状態での人間観察をやってみても良いかもしれないな」


「強面の人が優しかったり、逆に気弱そうな人が頑固だったり。言語の壁がある海外では重宝しましたよ」


先程の暗い話から打って変わって、在りし日の思い出を回想する彼の表情は楽しそうだ。


「あー…でも少し相手の顔を見たいと最近思いますね」


「へえ、なんでだい?」


「『VTuberは自分の顔に自身がない人がなる』って界隈で言われることあるじゃないですか。それがどうなのかっていうのは正直気になりますね」


「確かにそういった俗説は耳にするけど……僕の主観的な意見だが、ウチのタレントは全員美人だぞ」


「へ〜、そうなんですか」


「そもそも声と骨格には深い関係があるからね。割合的には声と顔面偏差値が比例することはないこともあるかも知れない」


私は持論を述べた後、頼んだカフェオレに口をつける。


「じゃあ慶光院さんも美人なんですかね?」


「ん…いや、どうだろう。学生時代に告白なぞされたこともないからな」


「慶光院さんは綺麗系っていうよりも可愛い系ですかね」


「ん゙ッ…!ゲホッ、何言い出すんだ、君はっ」


急な発言の衝撃でコーヒーが気管支に入り、反射で咳き込む。


「あなたが言った顔が見えない状態での人間観察ですよ。とは言っても、なんとなくそう思っただけですが」


「僕はこれでも今年で22だ」


「そうやって意地を張るところとかがますます可愛いところですね」


「んなっ」


この男……自分が何言っているのか分かっているのか?!


「君…公衆の場でそんな歯の浮くようなセリフを言えるな…僕を褒め殺す気か?」


「あ、照れてますね?雰囲気でわかるくらいに取り乱してます。そう言うところも――」


「ヤ・メ・ロ!」



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「はあ…散々な目に遭った」


「流石に耐性なさすぎだと思いますけどね」


あの後、めちゃくちゃ褒め殺された。くっ、名探偵である僕にこんな辱めを受けさせるなんて…


「今日話したことは、砂原さんたちにも共有しておいてください。機会があれば配信にも乗せてもらって結構です」


「分かったよ。それはそれとして、今日褒め殺された借りは必ず返すからな」


「ほう?へなちょこ探偵が。まずは褒められることになれることから始めたらどうですか?」


「なんだとこの生意気助手。僕は学生時代にあまり褒められたことがないんだ。仕方ないだろう」


「そうなんですか?性格はともかく、結構優秀そうですけど」


「おい性格はともかくってどういうことだ。……コホン。まぁ、親と進路で揉めたりしてね」


「えぇ…それはないですよ慶光院さん。家にお金がないのに私立高校に行こうとしたなんて…」


「ち・が・う!」


コイツ僕が先輩だってこと忘れてるんじゃないか?いちいちからかわないと気がすまないのか。


「僕の名字、珍しいだろ」


「俺の『灯織』も珍しいと思いますが。まあそうですね」


「『氷に織る』なら聞いたことあるけど。それで、僕の家は代々神宮の宮司をしているんだ」


「ああ、それでですか」


「結構揉めたんだよ。こっちの大学に出てから連絡は取ってない」


「大変ですね」


さて、そろそろ宴もたけなわ。解散と行こうかな。


「改めて、今日は一日密着取材をさせてくれてありがとう。それと話を聞かせてくれて」


「いえいえ。こちらこそコーヒー奢ってくれてありがとうございます」


「それじゃあ私は帰るよ。君は?」


「俺は近くのスーパーで特売があるのでそこを漁ってから帰ります」


「なに?それは見逃せないな。僕もお供しよう」


僕は席を立ち上がり、彼より先に外に出た。


「では、主婦の戦場に向かおうじゃないか。助手くん?」


「その設定まだ続いてたんですね……まあ、名探偵の分析による最高効率の周回を期待しますよ」



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この話を執筆している時にこの作品の総閲覧数が100万を突破していたことに気づきました。


始めた時はここまで皆さんに読んでもらえると思っていませんでした。この小説をフォローして読んでくれている方も、今日始めて読んでくれた方も、この作品に目を通してくれたすべての人に感謝します。


現在カクヨムコン10に向けて新作を書き貯めですが、余裕があれば100万PV記念のSSを、サポーター限定と無料公開で1本ずつ書いてもいいかなと思ってます。


これからも応援よろしくお願いしますm(_ _)m

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