拝啓、公式スタッフになりました。


あの事件は身内で片付けられることになった。性格はアレでも仕事は真面目だし能力は文句なし、なにより火ノ川先輩が追求する意思がないのでこれ以上大事にすることはなかった。


あの人は現在山場を迎えている3Dライブの作業に配属されたらしい。すれ違ったときには背中から疲れ切ったオーラが漏れ出ていた。


今度コーヒーでも差し入れるべきだろうか、いや、俺が顔を出すとストレス感じそうだしやめておこう。


というわけで一応一件落着となった俺は、今日もいつも通りマネージャー業に勤しんでいた。


「あと1週間で4月か」


2月にこの会社に転職し、鞍馬さんのマネージャーとして大野先輩とともに仕事を行い、藍原さんに付き纏う問題を解決し、炎上し、海原さんが口を滑らせ、炎上し、火ノ川先輩のトラブルを解決し、正式にスタッフ就任のエクシズを投稿して、炎上、そのあと俺のガワを作ってくれたホロエコ1期生の桐藤カノンさんが俺のことを話し無事炎上した。


正直桐藤さんの件に関してはもう少し期間を開けてから話すと思ってたんだけど……まさか速攻でやるとは思わないじゃん…


「ふむ、約2ヶ月で4回の炎上、燃え過ぎでは?」


いや、分かってはいた。女性グループの中で一人だけ男が出てくるとかクレイジー。


発狂している人もいるのではないだろうか。


あぁ、私のストレスキャパシティが満たされていく〜。


「……なんで両手を掲げて天を仰いでるの?」


清々しい気持ちで\(^o^)/オワタしていたら、背後から声を掛けられる。


「ああ、藍原さん。こんにちは」


「こんにちは灯織マネージャー。お仕事大変?」


「まあ普通ですね。定時で帰れますし」


「そう……ちょっと闇が深そうだから配信の時に聞くことにするね。はい、差し入れ」


「すぐに配信のネタにしようとする所、強かですね。ほとぼりが冷めるまでソロ配信が続くと思いますけど」


「ん? 聞いてないの?」


「はい?」


「灯織マネージャーの初配信はぬくさんと窓ちゃんのいっしょに出演するんだよ」


「…はい?」


私は今猛烈に困惑しています。そうすればいいでしょうか、目の前に地獄の業火が見えるのですが。


「因みにモデレーターは5人体制らしいよ」


「完全に大荒れすることが目に見えてるじゃないですか…」


「どんなミスでも私たちがカバーするから安心して」


「そういう問題じゃないんだよなぁ……」


配信は今週の土曜日、断頭台に登るような思いだ。


「もうカノン先輩といろいろ詰めてるんでしょ?」


「はい。もう動かせるガワが届いたんです。配信環境とかも火ノ川先輩にご指導いただきまして、なにもない家にクソデカいモニターが3枚ほど設置されたときには驚きました」


「……窓ちゃん、マネージャーの家に行ったの?」


若干藍原さんの機嫌が悪くなった。もしかして俺が先輩になにかするとでも考えているのだろうか。


「心配しなくても、電話から口頭で機器の接続の説明とかをされただけです」


「そ、そうなんだ、よかった」


「あとは軽く家で動作確認とかして遊ぼうかと」


「そっか…あ、そういえば」


藍原さんが思い出したように口を開く。


「マネージャー、配信時の名前はもう決めてる?」


「……ええ、一応は」


「何? これからそれで呼ぶから」


桐藤さんと会ったときにもう名前は決めてある。


俺の貧弱な想像力だと、自分の名前から連想するくらいしか思い浮かばなかったが。


小波さざなみあかりです」



======================================



そうして時は過ぎ、


「……はい、えー、配信はじまりましたね。皆さん開始前から熱烈なラブコールありがとうございます。熱すぎてもう俺の体は黒焦げです」


俺が向き合っているPCでは、黒髪の男性キャラが俺の表情をトレースしているみたいだ。


[メッセージが削除されました]

[メッセージが削除されました]

[メッセージが削除されました]

[イケボじゃないか。やるやん]

[初配信開始前から炎上して延焼してるしてるVなんて聞いたこと無いぞ]


ほとんど削除コメントで埋め尽くされているが、寛容な人たちが優しいコメントを送ってくれている。嬉しい。


その人達でも俺の声を気に入ってくれてるみたいだ。


「とりあえず簡単な自己紹介から、させていただきますね。名前は小波灯です。『小さい波』で『さざなみ』、『あかり』は火偏に丁重の丁のほうの『灯』です」


[丁寧な自己紹介ありがとう。そしてさようなら]

[ナレーターニキですか!?]

[惚れた]

[相も変わらず桐藤はいい仕事をする]


「あ、はい、ナレーターニキとか呼ばれてたんだ、ナレーションしたのは俺ですね。惚れたっていうのは……一歩外に出れば淹れよりいい男なんていくらでもいますよ。桐藤さん絵上手いですよね。こんなに立派なガワを描いてもらって…」


「ん? 時間が巻いてるから進行? あ、はい。こんな俺のためになんと2人もゲストが来てくれています。まずはホロエコの最古参、温水暖美さんです」


「はい、新しい後輩の面倒を見ます。最近寝不足気味の温水です」


「寝不足なんですか?」


「ええ、どこかの誰かさんが燃えてるお陰で厚くて寝られないんですよ!」


「ひどい人もいたものですね」


「オメーだ!」


[オメーだ!]

[オメーだ!]

[オメーだ!]


温水さんは配信時になると当たりの強いツッコミに回るんだよな。日々のストレスを発散してる感じがある。


「そして、二人目のスタッフにして頼れる俺の先輩、窓辺光璃先輩です」


「私にもついに後輩ができました! ホロエコの公式スタッフ、窓辺光璃です!」


「窓辺先輩には機材の接続なんかを説明してもらったので本当に助かりました。お礼に10回ほど先輩と呼ばせてもらいます」


[お礼くっそ雑]

[ほんとに感謝してるんかお前]

[窓ちゃんがそれだけで満足するはず無いだろ!!]

[高級菓子店のモンブランを買ってこい]


「ほんとですか!?」


「いきまーす、先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩」


「はいはいは〜い。どうかしましたか?」


「すっげー幸せそうですね。呼ばれただけでそんなに嬉しそうにする人始めてみました」


「先輩、あぁ、なんて甘美な響きなんでしょうか。これからも頼れる先輩として頑張っていきますよー!」


[チョロ]

[チョロい]

[チョロい]

[チョロ]


「温水さん、先輩がチョロくて心配なんですけど」


「これからは後輩のあなたがフォローしてあげてくださいね」


「え?」


「あと配信とスケジュールと公式企画のネタとツイートの方もお願いします」


「この会社、ホワイトでクリーンな職場って聞いてたんですけど!? 見てください、これがホロエコの実態ですよみなさん」


[お、辞めるのか? 良いぞ]

[引退RTA開始か?]

[メッセージが削除されました]


「いや、前職よりも断然ホワイトなんで辞める気無いんですけどね。完全週休2日制最高!」


[週休二日制は罠]

[完全週休の前に超ちっさく不って書いてあったワイの会社無事社畜化]

[自然と闇を出さないで……]


「知ってますか? 人って極限状態だと壁に話しかけるんですよ」


「待って! 後輩からそんな事実知りたくなかった!」


「カニカマをチーズって言って鼻から食べてる人もいました」


「どんな集団ですかその会社!?」


うん。我ながら場の流れを掴んでいるんではないだろうか。温水さんも窓辺先輩もこの会話を楽しんでくれている。


[ただのイケメンだと思ったら安定のホロエコだったwww]

[お前のブラック企業ネタ尽きるまでは見といてやるわ]

[おい騙されるな! 男は狼だ!]

[メッセージが削除されました]


うんうん、コメントも4割は懐柔できた。


多分3割はアンチ層が生まれるだろう。あと3割、どう懐柔すべきか。


「新しい後輩は優秀なだけだと思ってたのに……恨みますよ社長…!」


「小波さんのブラック企業ネタはまた後日ということで、次は私達の出す質問に答えてもらいます!」


「この質問は既に用意していたものに加え、コメントからも質問を選んでいきます」


[前職なにー?]

[好きなゲームは?]

[推しだれ?]


「ではまず最初ですね。年齢と趣味は?」


「年齢は24歳、趣味は…前職のせいで出来なかったので趣味探し中です。大学ではサバゲーとか好きでしたね。サークルにも入ってました」


「大学のサバゲーサークルってどんな事するんですか?」


「皆でモデルガン買いに行ったりとか、車でフィールドに向かったりとかですかね。限定モデルとかの情報が入ったら前日からおもちゃ屋に貼り付いたりしました」


「なんというか……オタ活ですね」


「まあミリオタの集まりみたいなものでしたし」


[従兄弟の兄ちゃんが持ってた!]

[学校に一人はいるよな]

[何かカッコつけてるやつ多くね?]

[なぜかフィクションのFPSゲームでめっちゃ口挟んできて以来苦手]


「一部の害悪ミリオタはそんな感じかも。俺が居たサークルでも同級生で謎にカッコつけて他の人の銃貶す人いたし」


[うわ、最悪じゃん]

[よく続けられたね]

[メッセージが削除されました]


「まあ、その人はサークルの活動がきつすぎてやめちゃったんですが…さて、次の質問は?」


「次はですね、前職についてですね。コメント欄でも興味のある方がちらほらいるみたいです」


「前職は貿易会社ですね。知っての通りブラック企業でしたけど、同僚にいい人が多かったので楽しかったですよ」


「じゃあなんで転職したんですか?」


「解雇されました。リストラです」


[何があった]

[何をやらかした]

[メッセージが削除されました]


「クソ社長がですね、不正してたんですよ、それで社長変わったら翌日リストラです。許さん、許さんぞ」


[許さんぞところてん◯すけ]

[しゃちょープレミったね]

[メッセージが削除されました]


「この箱の公式スタッフは新しくなる毎に闇が深くなる仕様でもあるんですかね?」


「だとしたら灯さんの次のスタッフは相当やばいですよ!?」


「ヤバさ加減では負けませんよ? デビュー前から炎上してるスタッフなんて俺くらいのものでしょうしね!」


「そこ、胸張って言うところじゃないですからね?」


[こいつ炎上を味方につけてやがる!]

[全く効いてないじゃん]

[アンチくん顔真っ赤やろなぁ]



======================================



以下、配信終了後のホロエコタレントの反応と公式スタッフのグルチャのやり取りである、


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

橙瞳琥珀@ホロエコ2期生@納豆美味しい

小波君デビューおめでとう! 絡む機会があったらよろしくね!


天色空音@ホロエコ2期生

デビューおめでとう。初配信であれは上出来


海原すい@ホロエコ1期生@間違えて木綿豆腐買っちゃった

灯くん。いい名前ですね! これからもよろしくです!(`・ω・´)ゞ


桐藤カノン@ホロエコ1期生@新人の絵書いたぜ!

イケメンは画面越しでもイケメンだよね。やっぱり言動とか物腰の柔らかさとかが違う。こんな子の絵をかけて私は幸せです


遠山コダマ@ホロエコ1期生@素うどんおいひい

ふぉおおおおおおおおおおお!!! ついに男が! 男が来たぞ! 今夜は祭りだ! 配信します!!!!



《公式スタッフグルチャ》


光璃『お疲れ様です灯さん。初配信どうでしたか?』


灯『めっちゃ緊張しましたけど、それ以上にリスナーのみなさんが思ったよりも受け入れててくれていたので安心しました』


暖美『オペレーターの方も途中から交代でコメントの管理をするくらいまでアンチコメの数は減ったそうです』


灯『…良かった、って言うべきですか? 配信のたびにそうして負担をかけるのは心苦しいですけど』


光璃『それはもう諦めるしか無いですよ。どんなに頑張っても受け入れてくれない人はいますし』


灯『そうですね……あ、今ヴィッターのアカウント確認してるんですけど』


光璃『え、大丈夫ですか?』


灯『ええ、フォロワーが5万人行ってるのが見間違いなんじゃないかって思うくらいですね』


暖美『おお、すごいですね。何割かアンチが含まれてるっていうのが手放しで喜べないところですけど』


灯『開設したマシュマロにもどんどん投げられてきてますね』


光璃『灯さん…』


灯『正直小学生並みの語彙力しかなくて笑っちゃいました』


暖美『この子炎上に対する耐性をもう獲得してる…?』


灯『ネタは鮮度が命って言うんで明日はキャンプファイヤーしに行ってきます』


光璃『もはや一周回って面白がり始めてませんか?』


灯『まあ冗談はさておき、今日は配信をお手伝いいただき、本当にありがとうございました』


暖美『そういえば窓ちゃん、途中から灯織さんの呼び方が名前呼びになってましたね。何か心境の変化が?』


光璃『ええっ!? そ、そんな事無いです! 後輩を名前で呼ぶのは普通のことなのではないでしょうか!?』


灯『先輩後輩といえど俺と火ノ川先輩の年齢って同じなんですよね。窓ちゃんって読んだほうが良いですか?』


光璃『灯さんまで乗らないでください! 収拾がつかなくなります!』


灯『あーでも「窓ちゃん」は色んな人が呼んでるから……光璃先輩とかで呼んだほうが良いですかね』


暖美『流石にそれはだめですよ。ネットの人たちは敏感ですし、異性が名前呼びをするのはたとえ後ろに「先輩」を付けてもいらぬ炎上を招くだけです』


灯『そうですね。炎上には慣れましたけどしないほうが良いですもんね』


暖美『ネットで炎上商法とか叩かれると事務所のイメージも下がってしまいますから。公式スタッフもタレントと同義ですから』


灯『はい。調子乗ってすみません』


暖美『ところで、急にレスが途絶えましたけど大丈夫? 窓ちゃん』


光璃『あの、灯さん』


灯『はい』


光璃『か、考えたんですけど』


灯『はい』


光璃『わ、私は別に名前で読んでもらっても全然構いませんよ?』


灯『まあ、炎上したいわけではないので基本窓辺先輩と呼ばせてもらいますね』


光璃『あ……はい、そうですか』


灯『まあせっかくなので会社では光先輩とでも呼ばせてもらいます』


光璃『はい! そうですか!』


暖美『窓ちゃんニッコニコですねぇ…』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



こうして、俺の公式スタッフとしての仕事が始まった。多くの人とのつながりをも留め、貿易会社に入社。入社1年目で解雇されて、大学の頃にハマったVTuberの事務所に、今度はタレントとリスナーの繋がりをサポートするために入社した。


そしたら急にぶっつけ本番でナレーションの仕事をすることになり、トントン拍子で公式スタッフになってしまった。


人生、何が起こるかわからないものだ。あの時ハロワで出会ったおじいさんには感謝してもしきれない。


ただ、こうして多くのタレントと頻繁に関わることになると、すぐにボロが出てしまうだろう。彼女たちを傷つけないように、一層機微に敏感になっておかないと。


あと、女性が苦手っていうのも直して行かないとな。藍原さんや鞍馬さんは苦手なタイプではないけれど、苦手なタイプはとことん苦手だからなぁ。


そんなこんなでまだまだ大変な仕事が続いていくと思うが、この仕事を精一杯楽しんで過ごしていきたいと思った。




ちなみに翌日、炎上をネタにするようにキャンプファイヤーを焚く配信をヴィッターのスペースで行った所、何人かのアンチから『参りました』という趣旨の降伏マシュマロが来た。ふん、軟弱者め。



======================================



ウェルカム・トゥ・ジュウマンジー!(クソネタ)

           (10万字)


なんとかカクヨムコンの期限に間に合って良かったです。


この作品も第1章本編としてはここで完結、もしかしたら番外編を出すかもですが。


カクヨムコンのお陰でこの小説も色んな人に読んでもらうことができ、カクヨムコン内の恋愛(ライトノベル)部門では約1500作品中43位という結果を残すことが出来ました。


本当に感謝しています。


もちろんこれで終わりではなく、他の小説の更新もやっていくため少しお休みと言った感じになります。


これからもよろしくお願いしますm(_ _)m

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