前略、俺の先輩はあなたよりも相応しいです

「社長、洗い出し終わりました」


「ああ、ありがとう」


社長室にて俺たち5人は変態男と同じ部屋の女性社員のリストが映されたパソコンの画面を囲んでいた。


「灯織さん。もう一度聞くんですが、あなたにぶつかった女性の特徴はなにかないですか?」


氷見さんが俺にそう聞いてくる


「顔立ちとか、もしかしたら眼鏡を掛けていた、とか」


「…すみません。顔は覚えてません…ただ、眼鏡は掛けてなかったと思います。ぶつかった時に眼鏡の感触はありませんでしたし……あ、もしかしたら軽く香水をつけていたかもしれないです、若干柑橘系の匂いがしました」


「ふむ、メガネをかけている人は排除しても良さそうですね」


元々女性社員の人数が少ないので、その情報だけでも3人ほどに絞ることが出来た。


「この3人の内の誰かってことになりますね」


「窓ちゃん、この中で怪しい人っている?」


「う、うーん、そう言われましても……あ、この人、私が入社した時に同じ部屋で働いていた先輩です」


そう言って火ノ川先輩は一人の女性社員を指差す。


「私は知らない人だな…窓ちゃんの先輩?」


砂原さんが顎に指を当てながらそう聞いた。


「はい、どんな仕事もきっちりと完璧に終わらせる人で、顔立ちも女優さんみたいじゃないですか。社内でも人気でした」


「へー、そうなんですね」


「でもこの人じゃないと思いますよ? 仲は良かったと思いますし」


「いやいや、実はこういう人が裏で陰湿な嫌がらせをしたりしてるんだよ」


「んー…そうなんですか? 灯織さん」


「そこで俺に振りますか? ……まあ、誰だってそういう感情を持っていると思いますから、完全に白とは言えないと思いますけど」


「そう、ですよね」


「まあとりあえず更に絞り込みましょう……昨日外回りとかで会社にいなかった人とか」


「あ、それならこの人が昨日は休んでますね」


一人消える。


「……二人だったら、一人ずつ呼び出しても良いかもしれないね」


社長が自分の席からそう口を挟んだ。


「それならもう呼んじゃおうよ。灯織くんなら嘘付いてるかどうか分かるんでしょ?」


「手っ取り早いしそれが良いかもしれませんね」



======================================



「し、失礼します…」


とりあえず火ノ川先輩の先輩じゃない方の女性社員を部屋に呼び出す。


自分が何故呼ばれたのかわかっていないようで、明らかに萎縮していた。


まあ急に社長室に呼び出されたら誰だって緊張するよな。


「急に呼び立ててすまないね。少し聞きたいことがあって」


「は、はい」


社長がアイスブレイクがてら女性社員に最近の会社の様子など、幾つかの質問を投げかける。


そして、本題に入った。


「君は、昨日の昼休みにどこで何をしていたかな?」


「は、はい? ええと、同僚といっしょにお昼ごはんを食べて、いました…」


「…そうか」


社長の側に立っていた俺は軽く頷く。この人は嘘をついてはいない。


「なるほど、ちなみにオススメの昼ごはんは何だい?」


「え? えっと、私はよくナポリタンを食べますね。美味しいですよ」


「そうか、ありがとう。もう戻っていいよ。急に呼び出してすまなかったね」


「い、いえ、では、失礼します」


そう言って女性社員が部屋から出ていく。


「……」


「……」


気まずい……


とても可能性が高いと言うだけだが、仕事の先輩が自分の下着を盗み、他人に渡していたという事実は、受け入れがたいものだろう。


しかも、自分は仲が良かったと思っているのだ。


気まずいったらありゃしない。


「…火ノ川先輩、もしかしたら彼女じゃないかもしれませんし、そう悲観的にならないほうが…」


「…はい、そうですね。きっと大丈夫です」


「……呼びますか」


「はい」


氷見さんがメールでその先輩を呼び出す。


数分とかからず、その女性が部屋に入ってきた。


「失礼します……あら、火ノ川さん。お久しぶり」


「お、お久しぶりです、先輩!」


彼女は火ノ川先輩がいることに気がつくと、落ち着いた声で挨拶を交わす。


……胡散臭い。


思い出したくもないが、高校時代に良く俺をいじめていたいいとこのお嬢様を思い出す。


あの子もこの女のように外面を厚くして胡散臭い笑顔を振りまいていたっけ――


「…灯織くん、顔色悪いよ。一回落ち着いて」


「っ…砂原さん、すみません」


俺の様子に気づいたらしい砂原さんが怪しまれないように小声でそう声をかけてきてくれた。


安心させるためか、背中をさすってくれる。


「……砂原さん、それ、吐かせるときの動きです…ちょっとやめていただけると……」


「あっ、ごめん…」


砂原さんの手が離れる。気遣いはありがたいけど吐いちゃうかもしれないからね。


「それで、なにか御用ですか? 今少し忙しくて」


「ああ、すまない。前置きは置いておいて、早速本題に入ろうか」


社長が机に肘を着いて、切り込む。


「昨日、火ノ川くんの下着が盗まれ、他の人の手に渡るという事件が発生した。それについて、なにか心当たりはあるかい?」


「ああ、それ私です」


「…ん?」


「だから、私がやりました。ロッカーのブラ盗んで、あの子にコーヒーをぶっかけて、どんな反応するか気になって覗いてました。まあその時にヘマしたんですが」


飄々と、まるで今日食べた朝ごはんの内容を話すように、彼女は罪を認めた。


「…」


本当か? という社長からの視線が俺に向けられる。


嘘をついているような反応はない。俺は首肯する。


「そうか……その様子を見るに反省していないみたいだけど、なんでそんな事を?」


「気に入らなかったんですよね、私より後にここ会社に来て、私よりも劣ってるのに私を差し置いて公式スタッフになって、チヤホヤされて」


「っ…!」


火ノ川先輩が怯える。今まで見たことのない彼女の一面を見て困惑しているのかもしれない。


ただ、俺はこの反応に強烈な既視感を覚えている。


奇しくも先程思ったように、高校時代にいたお嬢様にそっくりだ。


社会的に見て非難されるべき行動を、まるで普通のことだと言わんばかりにとる。


自分のやることに責任を感じない。自分が正しいと心底考えているタイプ。


「あなたのことも嫌いなんですよ、池谷社長。私よりも劣ったアイツを選んだ人の見る目の無さ、よく今まで社長を務めてきたと感心してます」


「……私だって一人でやってきたわけじゃないさ。多くの人に支えられてこの椅子に座っていられる」


「そうですか」


興味なさげに彼女はそう返す。


「ちなみになんだが……最近火ノ川くんの周りに置きているトラブルも、全部君が?」


「? はい、そうですよ。プリンターの紙を詰まらせたり、淹れてきたコーヒーに塩を混ぜたり。大っぴらに出来ないから苦労しましたよ〜」


この言葉にも嘘はない。


「…昨日の、火ノ川先輩の筆箱をゴミ箱に捨てたり、ドアの沓摺くつずりの部分を意図的に反らせて転ばせようとしたのも、あなたの仕業ですか?」


俺は思わず口を挟んだ。


「ん? ああ、あんた、あれか、昨日気持ち悪いくらいにアイツにくっついてたやつ。やめてよね、イタズラ全部不発になっちゃったじゃん」


「その前の、不良品のボルトを機材の中に混入させて危うく大怪我しかけたのも?」


「あ、あれ上手く壊れたんだ。運試しみたいな感じでやってたんだけど」


「……あなたのそれはイタズラのレベルを超えてます。立派な社内いじめですし、ボルトに至っては暴行未遂ですよ」


俺が若干きつめの口調でいうと、おちゃらけたように彼女は両手を広げた。


「証拠は?」


「…」


「たまたま不良品が混入してて、それがたまたま使われて、それがたまたまアイツの真上で破断しただけでしょ? あまりにも偶発性に頼り切った手段。もし訴えても裁かれないよ?」


なんの悪びれもなく、そう言い切った。


「それに、下着ドロの件でも訴える気なんて無いでしょ? こうしてわざわざ呼び出して確認しに来てるわけだし、精々減給処分とか自宅謹慎とかそのくらいでしょ」


舐め腐ってんなぁ……


今すぐぶん殴りたくなってしまったが、落ち着こう。たしかに証拠はないのだ。


録音でもしてない限り、先程の自白以外に証拠になるものは今のところ無い。


「うん、まあ今は事実確認ということでね。聞いただけなんだ」


「へえ〜、じゃあもう帰ってもいいですか?」


「……ああ、後々処分は下すよ」


社長としても何も言えず、静かにそう言った。


「じゃあ、失礼しまーす」


そう言って、帰ろうと振り返ると、彼女の前に火ノ川先輩が立っていた。


「どうして、ですか」


いつもとは違う、暗い口調で俯いた先輩がそう問うた。


「…どうしてって?」


端的な疑問に、彼女も要領を得ずに聞き返す。


「どうして、私のことが嫌いになったんですか? 私は、あなたと仲良く付き合えていると思ってました」


「…さっき言ったけど、あんたが公式スタッフに選ばれたから。それまでは普通によくミスをする可愛い後輩だと思ってた」


「じゃあ、私が公式スタッフになっていなかったら、先輩は私を嫌わずにいましたか?」


「多分そうだろうね。でも別の人が公式スタッフになったら、今度はその人を嫌っていただろうね」


「……なら、よかったです」


顔を上げた先輩は、笑っていた。


「…は?」


「たしかに、私は先輩に嫌われてて、それがわかったときはとても悲しかった。でも、私がスタッフにならなかったら先輩はまた別の人を嫌っていたんですよね? だったら私が嫌われてていいです」


嘘ではない。心からの本音だ。


「……あんた、からかってるの? 自分が嫌われてるのがいいって、ドM?」


「あはは、M、と言われればそうかも知れませんね。自分を追い込むのは好きなので。でも、単純に考えて、ポンコツの私と仲良くするよりも、先輩が他の人と仲良くしたほうが、先輩にとっていい影響になると思いました」


「……」


「私は別に今回の件で訴えようと思ってはいません。それは先程下着を持っていた男性社員の方にも伝えました。これからも私を嫌うのも、ご自由に」


……いや、若干怒ってるかこれ? いつもと違って少し高圧的な口調だ。


「……あんたのそういうところが、嫌いなのよ」


対面にいる彼女が口を開く。怒りを抑えているのか、語尾が震えていた。


「いつも、いつもそう、あんたは他人に気に入られるのが得意。あんたの愛嬌だけは、私よりも優れてる。ちょっと空回りするところもあるけど、それも含めて社員全員から好かれてた…!」


彼女が怒りを隠すことなくヒステリックに叫ぶ。


「こっちはね! 空手は黒帯で! 難関国立大学を卒業して! 医者の彼氏もいる! 仕事だってミスやらかすあんたよりも優秀! 全部において! 私のほうがあんたより優れてた! でもね!! ある日それを突然否定されて! ぽっと出の女のほうが優秀だと言われる! それがどれほど屈辱的か分かる!?」


「さあ? 私にはわかりません。自分にできることを、精一杯やっているだけなので」


対照的に冷静に先輩がそう言った。


「――っ、このっ!」


パチンっ! と、女が先輩に平手打ちを叩きつけた。


結構な力で叩いたようで、先輩の頬に赤い跡が残った。


「その良い子ちゃんぶってるところも気に入らない! どうせ心のなかでは私のことを罵ってるんでしょ?」


「いえ、先輩をそんなふうに思ったことは一度もないですよ」


「嘘つき…!」


そう言ってもう一度彼女が張り手を見舞おうとしたところで、俺が割って入った。


「そこまでです。これ以上はやめてください」


「は? 何止めてんのよ」


「これ以上先輩に危害を加えるようなら、黙って見ているわけにはいきません」


「アンタに止められるとでも? 聞いてなかった? 一応私は空手黒帯なのだけど?」


「小耳に挟んだんですが、武術において黒帯以上の有段者などが自分の身を守るために相手に技をかけた場合、それは正当防衛に成りにくいらしいですね」


「何が言いたいの…!」


「過去の栄光に縋ってる型落ちを相手にするには、怪我をさせないように手を抜かなきゃなってことです……あと、見てる限り、あなたよりも先輩のほうが、タレントとしては相応しく思いましたよ?」


「っ…! どいつもこいつも…! バカにしてぇーー!!」


彼女が放った正拳突きを受け止め、横に投げ飛ばす。


「きゃっ!」


「…火ノ川先輩。あの人の機嫌を収めるためとはいえ、自分の体を傷つけるようなことはやめてください」


ああ、頬が赤く腫れ上がっちゃってるよ…


大丈夫かな。治るよな? 跡が残ったりしたら俺はもう――


「だ、大丈夫ですっ! な、なので、その手を離してくれるとありがたいんですが!」


顔を赤くした先輩にそう言われた。反射的に頬に添えた手を弱く掴んでいる。


「ああ、すみません……氷見さん、火ノ川先輩の頬を、冷やしてあげてください」


「う、うん。窓ちゃん、こっち来て」


俺はまだ床に倒れ込んだままの女に近づく。


自分が投げられたことが信じられないのだろうか。


なんだから、油断はするなよ。


「で、俺は火ノ川先輩ほど優しくない。このまま殴っても良いんだけど?」


「くっ、あ、アンタ、私に手を出してただで済むと…もがっ!?」


うるさいので口を手で掴んで塞ぐ。


「あーえっと、なんだっけ、あなたの彼氏さん、お医者さんなんだっけ?」


「…ッ! …っ!」


「やっぱ塞がないほうが良かったかな…何科の先生かだけ教えて?」


そう言って手を離す。


「せ、整形外科、よ…! それが!?」


「そうか――」


好都合だ。


「なら、この後彼氏に泣きついて顔を整えてもらうといい。ああ、安心して、頬骨が多分砕けるかもしれないけど、まあ治ると思うし」


そう言って左手に握りこぶしを作って振り上げる。


「ヒッ――ちょ、ちょっと、あんた、女性に本気で殴ろうっての? しかも女優レベルのこの私の顔を!?」


「ん? 女優レベルの顔?」


俺はまじまじと女の頭部を見る。


「――ゴメン、分かんないや」


左手を振るう。


「イヤァァァァ!!!!」


その拳が着弾する前に、ビタ止め。


「……殴るわけ無いだろ、過剰防衛で即お縄だよ」


「……」


ブクブクと泡を吹く彼女を背に、俺は立ち上がる。


「……社長、どうしましょう」


「……君って結構後先考えずに動くこと多いよね……いや、見ててスッキリしたんだけど」


「とりあえず、彼女は…?」


「まあ、解雇、かなぁ……自分でも言ってたけど、実力はあるから惜しいね」


「それでしたら」


氷嚢を先輩に当てたまま、氷見さんの眼鏡がキラリと光った。


「ちょうど今、3Dライブの企画が進行中です。毎日が山場みたいな状況なので、そこに放り込んでは?」


「ううん、しかしね、結構前から企画してきたものだろう? 急に新メンバーが入ることで不和が生じたりは…」


「そこは、彼女の能力の見せ場でしょう。あっちも手が少し足りてないようなので携わらせてみては?」


「……要検討、かな。色々事情を聞いてみるよ」

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