前略、会社で喧嘩しました。あとで顛末書書きます

「五味先輩、大野先輩からは特に問題行動を起こしてはいないと聞いていましたが、やはりそんなことはなかったみたいですね。藍原さんが男性を苦手だということを知っていたのに、セクハラをしていたそうじゃないですか」


「おいおい、急に入ってきて何言ってるんだ。ちょっとした冗談だよ冗談」


「あなたにとっては軽い冗談のつもりでも、客観的に見れば完全にアウトです。この業界でいうと、ライン越えです」


「悪かった悪かった。次からは気をつけるって」


へらへらと笑いながら五味先輩が形だけの謝罪をする。


頭を下げているが、雰囲気が怒りに染まっているな。


「ああ、お気になさらず。あなたに次はありません」


「…は?」


「未だ気づいてないみたいですけど、あなたのヘラヘラした藍原さんとの会話は、ヴィッターのスペースで配信されてました。もうすでに拡散されて炎上してるでしょうね」


「は!?」


やっと自分の置かれた状態に気づいた先輩が顔を青くする。


「それに、数日前に藍原さんのチャットに送られてきたセクハラの場面もしっかり俺が持っています。それに、証拠としては弱いかもしれませんが、大学時代に先輩に強姦をされ、口封じに金を渡された女性とも話をすることができました」


この数日で固められた証拠は少ないが、他にも心当たりのある被害者は何人もいる。


「本当に終わりですよ。社会的に」


五味先輩の顔が蒼白から烈火の如く赤く染まる。


「お前…! お前はいつも俺の邪魔をするなぁ! そんなに俺が嫌いか!?」


拳を会議室の机に叩きつけて、憎悪と憤怒の混ざった視線で俺を睨みつけているようだ。五味先輩が更にまくしたてる。


「お前はいつもそうだ! 大学では俺の完璧な計画を邪魔し続け、結局目当ての女を抱けなかった! なあ、楽しかったか!? ふざけた迷彩服で廃ビルに突撃してったよな!? 本当だったら俺が華麗に救出してそのままゴールまで一直線だったのによ! それだけに飽き足らずまた邪魔をしに来やがった!」


「それ俺に察知されてる時点でもう不完全な計画ですよね? ていうか、一人の女性を手に入れるのに大掛かりなことする必要ありましたか? 普通にアピールすればよかったじゃないですか」


「お前が! 俺がアピールしようとしてもいつも邪魔してくるんだよ! 俺が声をかけようと思ったらいつも女と話してるし、遊びに誘おうと思ったらすでにお前が先役してたりな!」


「は? 大学時代に俺は一回も女性と遊びに行ったりしたことありませんよ?」


初耳の情報に俺は思わず聞き返す。


「嘘をつくな! 何人もの女性がお前の名前を出してんだよ!」


とは言われても、俺は女性が苦手なので今よりそれが酷かった大学時代は一回も女性と遊んだことはないのだが…


「……あぁ、多分五味先輩と遊びたくないから俺を隠れ蓑に使ったんじゃないですかね。よくわからないですけど」


「俺にとっちゃ死活問題だったんだよ!」


「脳味噌下半身が。マジで下心しか無いんですね」


無意識に藍原さんの前に立ち、重心を落とす。


「へっ、まあいいや、どうせこの件も親父が一言言えばお前とその女の自作自演ってことで終わる。前の女だってもっと金を積めば黙る。ただ…3年分ほど邪魔されたんだ。殴られても文句言えねぇよな?」


そう言って五味先輩が腰を落とし、ボクシングのファイティングポーズを取る。


「ではこちらからも。藍原さんウチのタレントに危害を加えたんだ。蹴られても文句言えないよな?」


「…灯織、さん? 大丈夫なの?」


「藍原さんは下がっててください。危ないので」


「人を殴るのをこんなに楽しみに思ったことはねぇよ。なあ漣」


「俺も一発くらいはアンタを蹴り飛ばしたいと思ってた」


「死ね!」


駆け引きも何もなく五味先輩が詰め寄り右ストレートを打ってくる。そのまま体制を崩すことなく、ジャブ、ボディ、フックを交えながらコンビネーションパンチを放ってくる。


大学を卒業してからボクシングを続けていたのかわからないが、相当なキレだ。格闘センスは抜群のままらしい。


ただ――ボクサーは大学時代に何度も相手にした。


「オラオラぁ! 威勢良いこと言ってた割に、手も出ないってか!?」


どうやら俺の動体視力も健在のようだ。五味先輩の拳がよく見える。


まあ、海外に出張に行ったときにも色々あったしな。


おっと、そんな事を考えていたら目の前に渾身のストレートが――


「――当たらなーい」


スウェイで躱し、距離を取る。


「ハハッ!」


それを見た五味先輩は気味悪い笑みを浮かべ、いきなり藍原さんに殴りかかろうとした。


――始めからこれが狙いだったのか?


藍原さんが怯えから強い恐怖に染まっていく。


「おい」


気づいたら俺は藍原さんに伸ばされた五味の腕を掴んでいた。そのまま膝蹴りで腕を破壊した。


ゴキッ


「…は?」


人体の可動域を逸脱した向きに腕がだらんと垂れた。


「ぎゃあああああああああああああああ!!! 腕が! がああああ! 腕がぁ!」


なにか叫んでいるが、耳障りなだけの雑音だ。


五味の胴体を蹴り飛ばすと、サッカーボールのように吹っ飛んでいく。そのまま椅子に激突して派手な音を鳴らした。


「藍原さん。怪我はない?」


「う、うん。だいじょうぶ…」


「よかった…」


思わず藍原さんの頭を撫でる。本当に良かった。何事もなくて…


「あ…」


「もう大丈夫。君を傷つけるような人はいないし、いたとしても俺が守るから」


「―――」


「っ…おい…待てよ…何勝手に…勝った気になってんだ…?」


五味先輩が倒れた椅子で体を支えながら立ち上がる。


「…まだ立つのか。一応全力で蹴ったんだが」


「おぉ…未だ一発も、殴ってないだろうが…」


「もう話さないでくれ五味さん。気分が悪い」


この男は俺が守ると約束した人に危害を加えた。加えようとした。そんなやつに、言葉を発する権利は無い。


フラフラと立ち上がろうとした五味に近づき、その側頭部にハイキックを――


「漣! 止まれ!」


「…大野先輩。…それに、鞍馬さんまで」


蹴りが直撃する直前で声のした方を振り返ると、会議室の扉から大野先輩と鞍馬さんが飛び込んできていた。


「漣、もういい。それ以上やるとソイツが死んじまうぞ」


大野先輩が努めて冷静な声で俺を止める。


「――…ふう、はい。そうですね。すみません五味先輩…」


そう言って足を下ろし五味先輩の方を見ると、


「…き、気絶してる…」


目の前には白目をむいて失神する五味先輩の姿が。


「……ッス―――――」


俺は大きく息を吸い込んで覚悟を決める。


「これ、謹慎ですかねやっぱり」


「う、う〜ん、一応葵を守るためにやったって言う理由はあるし…」


「とりあえず、顛末書と反省文書きますね…」


怒りに流されてとんでもないことをしてしまった……こりゃ首がトぶかも…


ちらりと藍原さんの顔を見ると、ぼんやりとこっちに視線を向けているような気がした。


まあ、守れたし、別にいっか。クビになるくらい。

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