前略、職場の空気が悪くなりました(泣)
葵とこはくが収録を終えた翌日、今日もブラック企業から開放され、自分の新たな夢を見つけ、推しの所属する事務所にて全力で働く男が意気揚々と出勤してきた。
「おはようございます…あれ?」
場の空気を読むのに慣れている漣がまず初めに気づいたのは、一斉に自分に向けて視線と思しきものが向けられたことだった。
(…? 顔に何か付いてるかな…あっ、今日顔洗ったときの洗顔料まだ付いてる!?)
ペタペタと慌てて自分の顔を触るが、特に洗顔料は付着していない。
(なんだろう……なんかやらかしたか?)
昨日以前の業務を思い返してみるが、やはり思い当たる節はない。
(大野先輩に聞くか)
とりあえず確認は後にして今日やる分のタスクを確認する。
(えーっと、9時から鞍馬さんの朝活配信…これは絶対見ないとな…おっ、今日は午前は特に差し迫った用事はないのか、じゃあ藍原さんの配信の切り抜きでも見ようかな。午後は2時から鞍馬さんの案件の打ち合わせを案件先の方とやるのか……この会社は前職でも取引したことがあるな)
「おーっす、おつかれ〜」
今日の業務を確認し終わると、ちょうど大野が出勤してきた。
「あ、先輩、ちょっと――」
「ちょっといいですか大野さん。少しお話が」
漣が声をかけようとすると、その前にメガネを掛けた統括マネージャーが大野を呼び立てた。
「はいはい。なんですかね?」
大野は一度漣の方を見たが、悪い、と手で謝って統括マネと話を始めた。
大野が統括マネの話に耳を傾けるが、段々と顔をしかめ始める。
「……わっかり、ました。確認してみます」
「よろしくお願いします」
話を終えて、漣の下にやってくる。
「先輩、何かありましたか?」
「ちょっとな…漣、少し外で話すぞ」
「? はい」
突然外に行くと言われ、困惑しながらも漣は大野の後を追って外に出た。
「それで、なんのお話でした?」
「お前についてだ。昨日から"灯織漣は大学時代に暴力行為を行ったことがある”……そういう噂が出回っているらしい」
「…ゑ?」
突然の流布行為に漣は目を丸くする。
「突然ですね。しかもかなり犯人が絞れるような噂」
「そうだな。お前の過去を知ってる人物…つまり俺か五味のどちらかってことになるな」
「一応聞きますけど、大野さんじゃないですよね?」
「まさか。俺ならもっと上手い噂を流すさ」
「五味先輩ですか……また」
「そうだな。また、だな」
二人は呆れたように息を吐く。
「とりあえず、漣はやってないってことであとは無視でいいよな?」
「そうですね。無駄に大事にしても他の方の迷惑になると思いますし」
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「というわけで社内で流れている噂は気にしないでいただけると幸いです」
「わかりました。他の社員さんにも通達しておきます」
統括マネに漣が事情を説明し、ひとまず噂は鳴りを潜める。
しかし人というのは一度疑ってしまうとなかなか元には戻らないもので。
社内では漣に対して冷たい対応を取る人が増えた。
「これ、書類です」
「あ、ありがとうございます」
「いえ、では」
「…」
数日後、漣は打ち合わせ用の資料を素っ気なく書類を渡された。
「やっぱりすぐには消えないよな」
本人も彼らの心情はわかっているつもりなので、特に指摘することはしない。
「さて、鞍馬さんと藍原さんの打ち合わせに行かないとな…」
漣が今日使う書類を整理し、会議室に向かう。
すると、ちょうど会議室に通じる廊下の曲がり角から葵と五味の話し声が漏れ聞こえてきた。
「――でも、灯織さんは否定していたけど」
「そりゃ否定するよ。アイツにとって不都合だからね。とにかく、アイツに近づいたらダメだ。何をされるかわかったもんじゃない」
どうやら五味が葵に噂について注意を促しているようだ。
「上も何をやっているんだか…普通、暴力行為があったかなんて調べればすぐに出てくるだろうに」
やれやれと大げさに肩をすくめながら漣を非難していた。
「こんにちは五味先輩、藍原さん」
話を聞いていた漣はこのタイミングで顔を出す。
「…こんにちは」
「お。噂をすれば……」
「…何かありましたか?」
薄く笑みを浮かべ、先程の会話の内容をお首にも出さずに挨拶をする。
「いやあ、誰だか知らないがお前も大変だよな。入社早々にこんな噂が流れるなんてよ」
「いやーそうですね。どこの誰だか知らないですけど、本当迷惑ですよ」
「……あの噂は、本当?」
葵が漣にストレートな質問をぶつける。
「さあ? いじめとかって加害者は忘れるけど被害者は覚えているって言いますし、俺の知らないところで誰かを傷つけてしまったのかもしれません」
「たしかに、お前ならしそうだもんな」
煽るためか五味が横から口を挟むんでくるが、漣は気にせずに先程配られた資料を葵に渡す。
「こちら、さっき配られた打ち合わせ用の資料です。先に渡しておきますね」
「ありがとう」
「へっ」
葵は感謝の言葉を口にしながら、五味は半ば奪うように資料を受け取る。
「じゃあ、行きましょうか。鞍馬さんも待ってるでしょうし」
そう言って会議室に漣が入る。二人も後に続いた。
「おう。おつかれー」
「あ、きたー」
会議室にはすでに大野とこはくがスタンバっており、いつでも打ち合わせを始められるようになっていた。
「さて、じゃあ早速始めましょうか。今回は橙瞳さんと天色さんの商品コラボに関する打ち合わせです。先方からやってきた商品のコンセプト案を本人たちに見てもらって希望をまとめていきます」
「おー」
「わーい!」
「早く定時で帰るぞ〜」
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