06 魔獣との戦い②

「ゼノ!」


「——っ!」


 すかさず、横に身を投げる。獣が木に食らいつく。

 そのすぐ直後、怒り狂ったような咆哮ほうこうが聞こえたかと思うと、あたりの木が一斉に倒れた。砂煙すなけむりが舞う。その曇った視界には、いくつもの触手が伸びた獣の影が、ゆらゆらとゆれていた。


「ぼさっとするな!」


 エドルがその影を斬った。影は倒れる。


「悪い」


「はぁ……言っておくがお前をかばう余裕はない。自力でなんとかしてほしい」


 そういうとエドルは木々の隙間をにらみつけた。


「わかるか? 新手の魔獣がお出ましだ」


「あぁ。二匹……いや三匹か? 足音が重なって聞こえる」


「……いちおう確認するが、お前の使える魔法は風の属性であっているな?」


「え? あぁそうだな」


「なら、俺の動きに合わせて魔法を付与してほしい」


「付与?」


「こちらの動きを早めたり、獣のからだに剣が深く届くよう剣へ風をまとわせたり——魔導師がよくやる強化魔法だ」


(強化型の魔法……)


 魔法を使う騎士や魔導師には攻撃を専門とする者と、前線部隊へ様々な魔法を付与する者がいる。アウルの腕輪はどちらかといえば、前者のほうだった。


「ごめん、それ無理。この腕輪、自分の周りにしか風を起こせないんだ」


「む……そうか。では、獣に魔法をあてることはどうだ。可能か?」


「まぁ……それくらいは大丈夫かな」


「それでいい」


 その声を皮切りに、飛び出してきた獣たちへエドルが斬りかかる。

 ゼノは服から羽ペンを取り出す。王佐がくれた魔導品だ。ペンを槍杖そうじょうへと変化させる。


『▲■▼▲■▼!』


 獣がく。びりびりと肌にしびれる声。

 その声に反応するようにまた新たな獣が増える。その数六匹。


(仲間を呼んだのか……!)


 姿形はすべて同じもの。

 大小あれども、どうやらここはあの異形のイノノシの住処らしい。

 槍の切っ先で魔獣を斬る。傷が浅い。毛が硬いのか、刃がすぐに弾かれた。


「なら!」


 アウルの腕輪をかざす。風が周囲に吹き荒れる。

 それを槍でぎ払い、風刃を魔獣へぶつける。


『ギャアアアアアア』


 悲鳴とともに絶命したしかばねを飛び越え、真上から、後ろの魔獣へ槍刃そうじんを突き立てる。


「ゼノ! そっちへ行った」

「了解!」


 エドルの声をきき、振り返れば大きな口を開け、魔獣が突進してきた。


「ぐっ」


 槍で受け止めるも、鋭い牙がギリギリと柄に噛みついている。


(意外とすごいな、この槍)


 通常よりも細く、軽い槍。杖といっても語弊はないこの魔導品は思ったよりも頑丈らしい。これだけ、がりがりと噛まれているわりに傷がつかない。

 むしろ、獣の歯が欠けている。

 獣はこれではらちがあかないと判断したのか、その背からゆらゆらと触手を伸ばした。


(——ちっ)


 あれに捕まると厄介だ。だけど、このまま手をはなせば、あの刃の餌食となる。

 判断が遅れる。そのすきに触手が足にのびてきた。


 とっさに足を半歩引く。そこでエドルの声が聞こえた。


「そのまま、抑えておけ!」


 直後、ドバっと墨のように黒い血が槍の間から噴出し、びちゃっと黒い液体が手と頬を濡らした。ドブのような匂いに吐き気がする。


「気持ちわるぅ……」


「まだいるぞ!」


 エドルが草かげから飛び出してきた敵に斬りかかる。

 だが、獣も負けじと触手を伸ばし、エドルの脚に絡みつく。


「エドル!」


 触手を槍先で斬る。

 その場に落ちたエドルの前に立ち、周囲に風を起こす。

 分厚い風壁にこばまれ、残り二匹の獣はその場で足踏みをしている。


「すまない」


「さっきの礼。それより早く」


「わかっている」


 互いに背を合わせ、合わせたように風から一斉に出る。


「これで最後!」


 残った力をこめて獣へ、槍を突き刺す。ちょうどエドルも獣を仕留めたらしい。

 鈍い咆哮ほうこうがふたつあがり、この場にいた魔獣たちはすべて倒れた。


「……は……終わった……のか?」


 息があがり、ゼノはその場に崩れた。

 額の血をぬぐう。木にうちつけられた時の身体の痛みが少し残っている。


「立てるか?」


 エドルがこちらに手を差し出す。そのようすは、多少息はあがっているがまだ余裕がうかがえる。


「あぁ……お前、よく平気だな」


「いいや。これはおそらく、骨の数本は折っているな」


「え、大丈夫なのか?」


「問題ない」


(いや、問題あるだろ)


 どう考えても、自分よりも大きな怪我をしているらしいエドルのほうが元気そうにみえる。折れた箇所にもよるが、急いで帰ったほうがいいだろう。


(ん……あれ?)


 腕輪の石の光が淡くなっている。

 いつもならば、もっと光輝いていたはずなのに。なんでだ? と気を取られていたら、いつのまにかエドルが結界水晶を拾っていたらしい。


「いそぎこれを台座に戻し、王都へ戻るぞ」


「あぁ。でもどうする? その……こいつらは」


 辺りには多くの死体。このまま放置しておけば新たな獣の餌になりかねない。が。


「ひとまず置いていく。ここに埋めてやってもいいが、家族の元に返すべきだろう」


「そうだな」


 もたもたしていて新手がきたら元もこうもない。

 結界水晶の置かれていた台座まで歩く。


 場所はすぐ近くにあった。エドルが台座に水晶をおくと、水晶は光を放ち、いままで自分たちがいた場所と、いまいる地点の間に薄い膜がはられた。


「これでこの先の魔獣たちはこちらに出られまい」


「じゃあ帰るか」


「あぁ」


 森をぬけるために、もときた道を歩きだす。

 そこでふいに、心臓がどくんと跳ねた。


(……?)


 音が聞こえる。木々がざわめく音。スピルたちが一斉に飛び立っている。

 肌が粟立つような風が通り抜け、頭の中で警告の鐘がなる。


「——待て」


「……?」


 立ち止まる。エドルは不思議そうにこちらをみている。直後、思わず耳を塞ぎたくなるほどの咆哮が聞こえた。


『▲■▼▲■▼——▲■▼!』


「なんだ⁉」


「——っ⁉」


 エドルとゼノは同時に振り返る。だが、それは無理だった。

 地面が大きく裂け、足場が崩れた。


「な——っ」


 落ちる。ばっくりと開いた、地の底へ。そう思ったとき、腕を掴まれた。


ほうけるなと言ったはずだ……!」


 エドルが手を掴んで、ゼノを引き上げた。


「ごめん!」


 ひとまず、地が割れていない箇所に移動する。


 そこで、やっとソレが見えた。


 真っ白な、城よりも大きい巨大な何か。はるか先の、魔獣たちがいた場所よりも奥地にて、佇む生き物。


「あれは、なんだ——」


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