04 森の中で
「やばい、迷った」
現在、訓練の最中。ゼノは森の中をさまよっていた。けっこう広い森で、同じような木々ばかりだ。正直どこを歩いているのかよくわからない。
(つーか、他のふたり、どこいった?)
ふたりと言うのはさきほど、剣がどうとか、からかってきた馬鹿ふたりだ。
今日の訓練はそいつらと組まされている。
(別に一緒に行動したくないし、構わないけど……地図、あいつらが持ってるんだよな)
今回の目的である祭壇は森の奥にある。
そこへは地図を頼りにいくはずだったのに、ふたりがどこかへ行ってしまったせいでゼノは迷っていた。
(はぁ……あとで教官に怒られそう……)
騎士学校の教官は、誰かと組んで任務をこなすのも騎士の仕事だという。
だから日頃から、協調性が取れていない、などといつも怒られる。
(オレが悪いんじゃなくて、やつらが勝手な行動するのに)
今日の訓練の内容を思い出す。
〝今日は実地訓練を行う。三人一組になって森の奥へ進み、祭壇にある木札を取って帰ってくるように。なお、当然だが森の中には獣がいる。最近増えだしたウッドウルフだ。こちらは王宮より駆除の指示が出ているので、なるべく多く狩ってきてほしい。みな、戦いでは連携力が大切だ。今回の試験ではそれも見るので肝に銘じておくように〞
森についてすぐの教官の言葉だった。なお、最後の言葉は確実にこっちを見て言っていた気がする。
「でもたしかに。なんか、ガサガサきこえる」
耳を澄ますと獣の咆哮だろうか。なにかの声が聞こえてくる。おそらく他のチームがウッドウルフを倒したのだろう。
「あーどうしよ……」
考える。
行動その一→引き返して、ふたりを探す。
行動その二→このまま先に進み、木札を取る。そして教官に怒られる。
「うーん……どっちも面倒だな」
悩む。目線を下に向ける。赤い実が視界に入る。
「お、ベリー!」
草の脇に赤い実を見つけた。
(採っていくか。シオンのやつに頼まれたし)
木苺いくつか採り、持っていた布袋に入れる。ついでにひとつ口へと放り込む。
「ぐ……すっぱ。よくこんな酸っぱいもん食えるよな王妃様も。しかもそのまま食うとかほんと変わってる」
通常ベリーは砂糖で煮詰めてジャムにする。酸っぱいからだ。
まれに、そのままケーキのうえに乗っているものも見かけるが、ユーハルドでは人気がない。蜂蜜やシロップ漬けになったものが多い。みんな甘いものが好きなのだ。
「こんなんでいいか」
結構量はとれたと思うので、ひとまず『その二』の案で行こうと思う。
「それにしても、ウッドウルフ大発生ってわりにさっきから見ないな」
先に行ったチームが倒してしまったのだろうか。先ほどから獣の声は聞こえるわりに姿は見えない。
(まぁ楽でいいけど)
ひとまず森の祭壇を目指して歩き出す。
「それで、どう行けば祭壇につくのかが問題だよな……」
地図が無いので、適当に歩く。目的地へつける自信がなくなった。
「……つかれてきた。いっそ諦めて引き返そうかな——ってぶわっ」
歩いていたらいきなり顔に
「な、なんだよ。危ないな」
手で追い払う。だけど、それはしつこく自分へまとわりついてきた。
「——ちっ、こうなったら!」
走る。全力で。木の根っこに足をとられそうになりながらも走る。そして、後ろを振り返る。血の気が引いた。
(ついてきてるよ……!)
奴は追いかけてきた。そのうえ仲間まで増やしているときた。そう。さきほどは一匹だったというのに、いまは数十匹はいる。怖い。いや、恐怖を通り越して不気味だ。
「気持ち悪ぅ!」
もし追いつかれて囲まれたら……。考えるだけでゾッとする。
血でも吸われるんじゃないか? いや吸わないだろうけども、などと嫌な想像が頭をよぎった。
「もういやだ……」
走る、走る。走る。ひたすら後ろから追いかけてくるものから逃げるべく走る。
「ぎゃっ!」
なにかに足をとられて転んだ。
「……ん? 木の根?」
起き上がり、うえを見ると大きな樹木が立っていた。さらに木のすぐ前には祭壇らしきものがある。
「あれ? もしかしてここか?」
立ち上がって祭壇まで歩いてみれば、いくつかの木札が置いてあった。
「ここだ! やった……いやでも」
後ろをみる。正確には周りを。だけど奴らはどこにもいなかった。
(まいたか……?)
さきほどまで自分を追いかけていた
「よかった。なんであいつら、あんなにしつこかったんだ?」
いつもはそこまでしつこくはない。菓子を食べてくるとやたら周りを飛んでくるくらいだ。まぁそれも嫌な話だけども。つい文句を言いながらも祭壇の木札を一枚取る。それはなにか文字が刻まれた
「武のまじない……かな」
ものとしてはよく見かけるものだ。雑貨店などに置いてあり、買うと結構高い。
前に店で見かけたとき、効果があるのかとアウルに聞いたところ「無い!」と元気に言われてしまった。
「あ、そうだ。菓子」
ポケットから先ほどの布袋を取り出す。中には採ったベリーの他に数枚のビスケットが入っている。それを祭壇へ置く。
この国——いや、このエール大陸では、森に神秘が宿ると信じられている。
だからこうして菓子を供えて、森に住まうらしい妖精的なものに敬意を示すのだ。
そうでないとあとで不吉なことが起こるのだとか。
たとえをあげるとすれば、財布の中身が石ころに変わっていたり、靴の中に毛虫が入っていたり、微妙に嫌な目に合うらしい。ゼノ自身は妖精の類は信じていないけれど、いまさっき嫌な目にあったので、いちおう
(三回……手を打つ?)
ビスケット一枚を置き、手を三回、パンパンパンと鳴らす。
「将来出世して金と権力を手にいれて、楽な人生が歩めますように」
おのれの願望を口にして祈る。
ちらっと目の前の大きな樹木を見る。とくに変わりはなかった。
「うーん……なんか恥ずかしい」
はたから見たら結構おかしな光景だ。なにせ樹に向かってぶつぶつと言いながら手を合わせているのだから。誰かが見たら頭がアレなのかと思われてしまう。
「神に祈るってのも変な話だよな」
ユーハルドには神へ祈る習慣はない。というよりも神というものが存在しない。いや、少し違う。自然そのものが神様という認識なのだ。たしかに特定の神を信じる、熱心なフィーティア信者もいるが、それは他国に多い。
だからこうして菓子を備えることはあっても、願うことはない。これはシオンから聞いた話。アイツの母——第二王妃様の故郷サクラナでは、ユーハルドと似たような自然信仰があって、そちらでは樹霊へ祈りを捧げると願いが叶うのだそうだ。
(まぁ、シオン曰く)
〝もちろん叶いませんよ。気休めです。当たり前じゃないですか〟と言っていた。
「よし、帰ろう」
あとはこのまま帰るだけだ。
ゼノが祭壇を背に歩き出したそのとき、
「ぎゃあああああああああああ」
「——⁉」
誰かの叫び声と同時に、耳をつんざくような深い
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