想像世界で唯一現実の私は強すぎて本来出禁らしいんですけど!?

久佐馬野景

悪いゴブリンは即、懲罰だよ

 積み荷の中身は見るなという契約を結んで、荷馬車は王都へと向かっていた。


 御者の男のほかに、積み荷を担いで運ぶための人足がふたり。御者台で手綱を握る男をちらりと盗み見て、幌の中の男のひとりが小さく声を発した。


「女だった」


 もうひとりの男はしぃっと人足仲間を諫める。この男は積み荷の頭陀袋の中身を検めたのだ。依頼者は得体の知れない魔術師のような女で、契約を破ればどんな呪いが飛んでくるかもわからない。


「なに、わかりゃしねえよ。目隠しされて、おまけに耳までぐるぐる塞がれてた。おかげで顔は見えなかったが、胸をちょいとばかし触っても文句はねえだろ」


「馬鹿おめぇ、ただでさえきな臭ぇ仕事なんだ。余計な面倒事を起こすな」


「いいだろ。どうせ売っ払われた農家の娘かなんかだ。これからいくらでも男の相手をさせられるんだ。少しぐらいつまみ食いする分にゃいい社会勉強になるだろ」


 馬車を引いていた馬が嘶いて、御者が慌てて馬車を止める。おかげで幌の中の荷台は大きく揺れ、男たちは悪態を吐きながら御者に何事かと声をかける。


「どうもゴブリンが出たみたいで」


「ゴブリン? そんなもん豆でも撒いときゃ逃げてくだろ」


「馬鹿おめぇ、いつのころの話だ。今のゴブリンはずる賢いし女を見つけりゃ襲って犯すようなバケモンになっちまってるんだよ」


 言ってから、ふたりの男は積み荷の中身に思い至った。


「御者の旦那よ、どうにかゴブリンを避けて王都に行く方法はないか?」


「いや、どうも街道に陣取ってるようでね。討伐隊が出張ってくるのを待つしかないと思うよ。いったん町まで引き返すのが一番だろうね」


「そりゃ困る! 俺たちはこの積み荷を今日中に王都に運ぶように言われてるんだ。前金もスッちまったし、違約金でも払わされたら破産しちまう」


「そうは言ってもねぇ。馬が慌ててるってことは、もうかなり近くまで来てしまったことになる。俺も命は惜しいから、すぐにとって返すよ。降りるならお金はいらないから、すぐに決めてくれ」


「と言ってもなあ……」


 男たちはこそこそと話し合う。


 王都に持っていく積み荷は、若い女がひとりだということは確かめてある。


 ふたりがかりでも重労働になるが、担いで運べないことはない。


 町を出てからかなりの距離を馬車で進んできたから、王都までは割合すぐに着くのではないか。


 もともと王都に着いたら指定の場所まではふたりが担いで運ぶ手はずになっていた。少し距離が伸びただけだ。金と命は惜しい。


 希望的観測でまとまった意見で、男たちは積み荷を担いで馬車を降りた。


「じゃあ、気ぃつけてなアゲェェェ!?」


 御者の男が鞭を振るおうとしたところに、回転する刃物が飛んでくる。


 御者は悲鳴だか絶叫だかわからない声を上げて、自分の首に突き刺さった刃物をしきりにかきむしって、死んだ。


 気味の悪い声を上げながら、背の低い影がいくつか街道に姿を現す。


 緑色の肌。三日月に裂けたように吊り上がった口。ぎょろぎょろと動く目玉。襤褸のような布を身に着け、手にはおのおのが棍棒や斧といった武器を持っている。


 ゴブリンだった。


「逃げるぞ!」


 男が叫んで、相棒を置いて先に駆け出す。


 担ぎ手の片方を失った頭陀袋は地面に落下し、相棒のほうもたまらず手を離す。


「おい! 荷物は!」


「命あっての物種だろうが! 中身は女だ。時間稼ぎになってくれる」


 悪態を吐きながら何歩か遅れて逃げだす。


 その背中に、矢が突き立った。


「矢ー! パワー!」


 臓腑を突き破られながら、血反吐とともに言葉にならない声が上がった。


 さらに矢が次々に先に逃げた男を狙う。


 距離をとったことで何本かは外れるが、雨のように降り注ぐ矢がふくらはぎに突き刺さる。それだけでもう走ることはかなわず、地面に転がる。


「ぎょぎょぎょ!(fish fish fish!)」


 あとは囲んで殴る。



 ゴブリンたちは死体となった男たちから身ぐるみを剥ぎ終えると、地面に転がった頭陀袋に気づく。最初に袋を見つけた個体が紐を引きちぎり、中身を引っ張り出す。


 ゴブリンたちから歓声が上がった。人足の男が言っていた通り、中から出てきたのは若い女だった。手足が拘束具で縛られたうえに、目を布で覆われ、耳に詰め物をされており、ゴブリンたちがこれから行おうとする行為には至極都合がよい。


 ゴブリンたちにもう少し知恵があれば、あまりに厳重に目を覆う何重もの布と、耳まで塞いでいるということの異常性に気づいたのかもしれないが、今のゴブリンたちは棚ぼたで女を手に入れたことで欣喜雀躍。お祭り騒ぎであった。


 いわゆる、後の祭りである。


 最初に袋を見つけた個体が明らかに興奮しながら、女の拘束具を破壊する。半分袋のような形状の拘束具があったのでは、目的を果たせない。


 露わになった女の肌に、ゴブリンの指が触れる。


 瞬間、ゴブリンに電流が走ったかのような衝撃。


 とても処理できない量の情報の奔流と、そのフィードバックがゴブリンの全身を襲った。


「お、おお、犯すゥ! 女ァ! 犯すゥ! ゲヘヘヘヘ!」


 これがこの世界において、初めて人語を発したゴブリンの第一声であった。


 ゴブリンの肉体は奇妙な収縮を繰り返していた。むくむくと大きくなったかと思えばもとよりも小さなサイズに縮み、まるで安定しない。


 明らかに異様な光景に、仲間のゴブリンたちも慌て始める。


 だがとうの変異を起こしているゴブリンは気分がいいらしく、下卑た笑い声を上げながら女に襲いかかろうと覆い被さる。


 パン、パン、と乾いた音。


 空中に横並びに浮いた五丁のグロック17が、ゴブリンの頭部を狙って次々発砲される。


 空を見上げることもなく、集まっていたゴブリンたちは瞬く間に天に召されていく。


 唯一残ったのは、言葉を話すようになったゴブリン。


 敏捷な動きで射線を回避しながら駆け回り、仲間のゴブリンたちを殺した相手の姿を見つけるにまで至った。


 宙に浮かんだ拳銃の下に、その魔女はいた。


 全身を覆う純白のローブはあちこちに返り血が飛び、目深に被ったフードのせいで表情はわからない。


 だがゴブリンは鼻で、相手が女だと嗅ぎ分ける。それだけで十分だった。


「女! 犯すゥ!」


「――何を読んだんだか」


 魔女が鍵盤をなぞるように右手を宙で払う。すると空中に浮かんでいた拳銃たちは一瞬で部品ごとに分解され、崩れるように消えていく。


 攻撃をやめたことにゴブリンは困惑する。


 だが魔女の目的は最初から、ゴブリンを殺すことではない。


 彼女の足下には、目と耳を塞がれた女。


「女ァ!」


 ゴブリンが絶叫しながら猛然と突っ込んでくる。


 それより先に、魔女は女の耳を塞ぐ詰め物を取り出し、目を覆う布を魔術障壁ごと取っ払う。





 そこまで、読んだ。


 スマホかパソコンか紙の本か、とにかく文字情報として、そこまでの展開は私の頭の中で構築され、嗜好品として味わっていた。


 だけどおかしなことに私はずいぶんと長い間、視界を奪われ、耳にも詰め物をされて自分の血液が巡る音しか聞くことができずにいた。


 で、今。


 目の前に、狂ったゴブリンが迫っていた。


「はあああああ!?」


 私、五百井いさいサイはこうして異世界に登場した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る