ウィザーズ・オリジン

脇腹を押さえながら暗い通路を歩く漆黒の鎧を身にまとい腰に黒い剣を差した男、レオ・モーデル。彼は魔法少女セルリアンと対峙し、敗走する事となったフォールエンス三番目の強さを誇る剣士である。


「グッ、あのような卑劣な手を使う者に敗走する事となるとは……」


ミシミシと音を立てて拳を握りしめる彼は、卑怯な方法でレオを追い詰めたセルリアンと叫ばれていたウィザーズとは違う少女への怒りが芽生えていた。


「セルリアン、この借りは必ずッ……」


「どうしたレオ、そのように感情を表に出すとは」


そう彼へと話しかけてきたのは白衣の老人ディストラ・レイベーダー。フォールエンスの創設者である彼に話しかけられたレオは即座に地に膝を付けて頭を垂れる。


「申し訳ありません、傷を負いやむ得ず撤退して参りました」


「ほぅ……」


ディストラはなにも答えずじっとレオを見下ろす、沈黙に耐えられずレオは慌てて口を開く。


「そ、そして敵のウィザーズ以外の存在が我々の邪魔をしていることが分かりました」


「ほぅ?ウィザーズではない存在だと?」


「はッ!ウィザーズからはセルリアンと呼ばれておりました、奴は大剣と短剣を武器としていました。戦ったところ、ウィザーズ達の使う魔法は確認できませんでした。」


「セルリアン?確かこの星の言葉で空を意味する言葉だったか……ウィザーズではないがお前がそこまでやられるとは、脅威となる存在らしいな」


「ハッ」


「計画を進めるためには奴らが邪魔だ。そのセルリアンとやらもな。次こそ、良い報告を待っておるぞ?レオよ」


そう言うとディストラはゆっくりと研究室へと向かっていく、そんな老人に対してレオは頭を下げることしか出来なかった。
























ウィザーズとレオの戦いから一週間が過ぎたある日、ウィザーズのメンバー達はウィザーズ・ステラこと佐久魔 琥陽サクマ コハルの家へと遊びに向かっていた。


「そう言えば、コハルさんのお宅にお邪魔するのって初めてですわね……」


「そう言えば、確かにそうだね?」


コハルの家へとウィザーズメンバーが誰も遊びに来たことがない事に気が付いたユリエに同意するのは両腕を頭に回して歩くマナミ。


「いつもヒヨリさんのお家にお邪魔してばっかりでしたから」


「アハハ、お父さんもお母さんもみんなのこと歓迎してるし気にしないで」


申し訳なさそうに話すコユキに気にしないでと笑うヒヨリ。


レオとの戦いでそれぞれが自身の弱さを自覚し、挫けそうな彼女達であったがコハルの思いや言葉に励まされウィザーズとしての活動を続けていた。


「それにしても、コハルさんの言葉は凄く心に響きましたわね」


「だねー、なんか初心に返った感じ?」


そう話す彼女らが思い浮かべていたのはあの漆黒の鎧を纏った騎士、レオとの戦闘の翌日の出来事であった。


レオとの戦闘で大きくダメージを受けた彼女らは、精霊王姫フェインから話があると呼び出されていた。ウィザーズのメンバーだけではなく、彼女らと契約した妖精達五人も集められていた。


『皆さん、私から提案があります』


ゆっくりと深呼吸したフェインはゆっくりとそく口を開いた。ヒヨリ達や妖精達も彼女の次の言葉を待ち、沈黙が続く。


『皆さん、ウィザーズを辞めませんか?』


それはフェイン達妖精や精霊との契約を解消しないかという物だった。その言葉に呆然とするヒヨリ達をよそに妖精達は驚愕の表情を浮かべた。


『姫様、貴方は御自分が何を言っているのか、わかっているのですか!?』


『ディー姉の言う通りだ姫様!なんで急にそんな事を』


彼女の言葉に動揺しフェインへと詰め寄るのは、いつもの余裕がない水色の髪を持ちロングヘアーの女性の姿を持った妖精、水を司る妖精ウィンディーネ。驚愕した様子で話す赤髪をポニーテールにした少女の姿を持つ妖精、炎を司る妖精サラマンドーラであった。


『私は、確かにアトラマジーナを救う為にこの地球にウィザーズを探しに来ました。』


『なら何故───』


『ですが!!ウィザーズであるヒヨリさん達を私達の都合で戦いに巻き込んで、傷付いていく姿を見るのが苦しいのです!彼女達は、まだ幼い少女なのです。本来なら親元で守られるべきの……皆さんも分かっているでしょう!?』


『それは……』


それが意味するのは彼女達がウィザーズから普通の少女へと戻ると言う事であり、フェインはフォールエンスからの侵略を黙認し、投降するという事だった。


目を僅かに潤ませながらも、そう訴えるフェインの思いは妖精達も感じていた事だった。この星ではまだ成人していない彼女達をこの戦いに巻き込むことの罪悪感、そして妖精達だけでは何も出来ない無力感。


『私が投降して、フォールエンスのリーダーと交渉すれば、きっと───』


争いを好まない彼女は戦いで傷付く彼女達をこれ以上傷付けたくない、無関係であったヒヨリ達を巻き込ませるぐらいならフォールエンスに投降した方が良いのではないか。


そんな胸の内を話すフェインにヒヨリと契約している妖精達は当然驚き反対の声を上げようとした。普段ならばお人好しであるヒヨリが、彼女の発言を事を許さない。だが、彼女はレオとの戦いで受けた時の光景が浮かび、震えて声を上げることは出来なかった。


『姫様、もし投降しても、きっと交渉は無理だと思うよ。アトラマジーナや地球の侵略は続く』


『私もフィーと同じで投降したらダメだと思う、もし姫様が投降したら活動が更に激しくなって地球や外の星、別の次元も侵略されちゃう』


亜麻色のショートヘアーをもつ少女の姿を持った妖精、風を司る妖精シルフィー。そして銀髪青目の女の子の姿を持った妖精、氷を司る妖精ジャックフロストは自身の考えを述べる。


もし、フェインが投降しても悪い方向に事態が動くのではないかと言う考察にその場に沈黙が訪れる。フェインのウィザーズを辞めないか、その言葉にその場にいたの少女は悩んでしまった。


もう戦わず、傷付くような事のない平和に暮らしていた日々を思い出してしまった。


両親の手伝いとして年末や新年に浅桜神社の巫女をして地域の人達と交流するヒヨリ。


好成績のテストを大好きな祖父に見せ、凄いと頭を撫で誉められるユリエ。


暖かい日差しの射す広場や公園で日光浴を楽しむのんびりした日々を過ごすマナミ。


沢山のアニメグッズや小説を読み、アニメを見て心を踊らせる日常を楽しむコユキ。


最近の彼女達がウィザーズとして活動する上で薄れていた、彼女達にとって普通の日常を、戦いのない平和な生活を思い出してしまった。


「お爺様………」


『ユリエさん………』


「普通の女の子の生活………」


『ヒヨリ……』


「………暖かい場所での日光浴」


『マナ?』


「見れてないアニメや読めてない小説や漫画……」


『コユキ?』


四人の少女の呟きにそれぞれの少女と契約していた妖精達が申し訳なさそうな表情を浮かべる、彼女達は伝説の戦士ウィザーズである前に、一人の少女だ。


彼女達が戦いを拒んだら、そんな想像をしたドーラやウィンディーネは自分の住む国が侵略されることへの危機感と、巻き込んでしまっていると言う罪悪感に、もし彼女達が戦うことを拒むのなら止められないと諦め始めていた。


そんな時だった。


「フェイちゃん私、ウィザーズは辞めないよ」


そんな声にその場にいた全員の視線が一人の少女、彼女達よりも一歳年下であるコハルが決意の籠った瞳でフェインを捉えていた。


先の戦いで、一番心にキズをおっているのではないかと思われていた彼女が断固たる意志と思われる強い口調でそう断言したことに、その場にいた全員が驚いていた。


「私ね、夢があるんだ。それは、みんなを笑顔にするアイドルになること」


そう話す彼女の話を妖精達とウィザーズのメンバーは黙って耳を傾ける。


「私は、ミューちゃんに選ばれてウィザーズになった。まだ戦いに馴れてなくて、弱い私だけどウィザーズになる時に誓ったんだ。フォールエンスのせいで苦しむフェイさんやフェイさんの国の妖精さん達を助けたい、笑顔にしたいって!」


話すコハルの瞳と言葉には覚悟が込められ、本気の言葉であると十分理解できる。 


あれほどまでに傷付いてた彼女が、ここまで成長して覚悟を決める姿なんて誰が想像できただろうか?


「地球の人も、アトラマジーナの人達も!みんなを笑顔にしたい!それが私がウィザーズになった理由だから。だから私、絶対に辞めないよ!」


『コハルさん………』


「それに、ミューちゃんと離れるなんてしたくないからね!ミューちゃんと一緒なら最強のアイドルになれるんでしょ?」


『もう!コハルちゃんはどこまでミューちゃんを惚れさせたら気が済むのー?!』


コハルへと詰め寄って頬へと猫のようにすり寄るミューズへと「ミューちゃんくすぐったーい!」と話しながら指で頭を撫でる。


一方で彼女達は先程のコハルの言葉に思い出していた、それぞれがウィザーズになり戦うと決めた自分の原点の記憶を。


浅桜 陽愛アサクラ ヒヨリ、フェインを助けた日、彼女から話を聞いた彼女はフォールエンスからの侵略に苦しむ彼女やアトラマジーナの妖精を助けたい、その思いからウィザーズ・スカーレットとなった。


輿水 有理絵コシミズ ユリエ、フォールエンスと戦うヒヨリに助けられた事をきっかけに、ウィンディーネと契約した。ヒヨリをたった一人で戦わせるのは危ない、それにフォールエンスから地球を守るなら少しでも何か助力をしたい。そう思った事から彼女はウィザーズ・ロゼとなった。


早崎 麻菜美ハヤサキ マナミ、彼女はこそこそと放課後に話すヒヨリやユリエを追いかけ、ウィザーズという存在を知った。アトラマジーナの現状や地球の危機を知り彼女は地球や妖精を守りたい、助けたいと言う正義感からウィザーズ・エアリアルとなった。


兎本 小雪ウモト コユキ、彼女はウィザーズに助けられた事をきっかけに彼女達への憧れを持つようになった。非日常、自分もいつか彼女らのようなそんな思いとジャックフロストと契約した事から、自分でもウィザーズの助けになれるならと決意してウィザーズ・スノゥとなった。


「私も、辞めない」


最初に口を開いたのは、ヒヨリだった。


『なんで、辞めたらもう傷付く事も怖い思いもしなくて済むんですよ?!』


ヒヨリの言葉に困惑した様子で叫ぶフェインにヒヨリはゆっくりと口を開いた。


「だってそうしたら、きっとフェインちゃん達が傷付いて、怖い思いをするでしょ?」


困惑したフェインの瞳をヒヨリの優しい瞳が真っ直ぐ見つめ本心からの言葉を、偽らずに伝える。


「私はそんなの嫌。痛くて怖いならやらなくて良いって理由にしたくない。私はフェインちゃんとドーラちゃんが探してたウィザーズ、伝説の戦士みたいに強くなくて、頼りにはならないかもしれない。でも私、フェイちゃんとアトラマジーナのみんなを助けるって決めたから!」


力強く頷きながら笑顔を浮かべるヒヨリの姿が、フェイやヒヨリには強く頼もしいと感じられた。勿論、他の妖精達や少女達にも。


『良くいったぜヒヨリ~!』


「わわっ!?ドーラちゃん!せめて一言言ってから頭に乗ってよぉ」


ヒヨリの頭へと飛び乗ったドーラに注意しつつ頭を撫でられるヒヨリ。


「全く、ヒヨリは無茶ばかりするですから。私が隣で支えないといけませんわね、そう言う訳で私も続けますわ。サポートしてくださいまし、ディー姉さん?」 


『ユリエ……ありがとうございます』


仕方ないといった様子でヒヨリを見て笑ったユリエの両手で作った足場に降り立ったウィンディーネは頭を下げる。


「ヒヨリを一人で戦わせておいて私だけのんびり寝てるってのも嫌ですし。私も続けるからね、フェイ。マナ、これからもよろしくね」


『マナ、感謝。一緒にまたひなたぼっこ、したい』


「お、いいね。今度はどこ行こうかなぁ」


いつもの様子で話すマナミの右肩に着地して座ったシルフィどこか楽しそうに足をプラプラとしながらマナミを見つめる。


『コユキはどうするの?』


「うぇ、と。私も、続けますよ?アニメや漫画は後からでも楽しめますし?それにもし地球が侵略されたらアニメや漫画どころじゃなくなっちゃいますから」


『コユキ、ありがとう。一緒に頑張ろ?』


「はい、ジャックちゃん!ぁぁジャックちゃん可愛い尊いシヌゥ………」


コユキの指を小さな両手で握り、上目遣いで笑うジャックの尊さにコユキは胸を貫かれ天井を見上げる。


『皆さん……』


その場の少女達のウィザーズを続けたい、その思いにフェインは赤と黄色のオッドアイから瞳から涙をボロボロと流し始める。


「フェインちゃん、最後まで……フォールエンスから地球やアトラマジーナを助けるまで、ウィザーズを続けさせてくれないかな?」


『みなさん、ありがとうございますッ!』


ヒヨリの言葉にはフェインは泣きながら頭を下げる、こうして彼女達はウィザーズとして活動していくことになった。



















「それにしても、あのときのヒヨリさんは凄くカッコ良かったですね、まるでアニメや漫画の主人公みたいでしたよ!」


「ふぇえッ!?」


「確かに、私ならあんなセリフ普通なら出てこないなぁ~?」


コユキの言葉に赤くなる顔を両手で隠したヒヨリに対してニヤニヤと笑いながらそう振り返って話すマナミ。


「ちょ、二人とも止めてよ私なんて全然カッコ良くなんて……ユリエちゃんもそう思うでしょ?」


「ふふ、カッコ良かったと思いますよ?ヒヨリ」


「ユリエちゃんまで!?」


ユリエにまでもカッコいいと言われ、驚きの声をあげるヒヨリは恥ずかしさを隠そうと周りより少し早歩きでみんなの前に出る。


「おやおや?そんなに急がなくてもいいじゃないかヒヨリ、コハルの家はもうすぐそこなんだし?」


「うぅ、マナミちゃん絶対に私の反応見て楽しんでるぅ……」


「そりゃあ恥ずかしそうな顔するヒヨリにはこう……もっと弄ってあげたくなるものがあるからにゃあ♪」


赤くなるヒヨリを見て片手で笑う口を隠して話すユリエを見て更に顔を赤くして俯くヒヨリ、そんなヒヨリ達を見ている二人はと言うと……。


「リアルな百合の花が咲いてるぅ!ありがたやぁ!」


「マナミさん、ヒヨリさんをイジるのはそこまでにしなさいな。そろそろコハルさんのお宅の前ですよ」


両手を合わせて拝むコユキと、微笑ましいものを見る目で二人を見つめるユリエがいた。


そんな調子で歩いているとやがて、佐久魔と言う表札が立て掛けられた家が見えた。コハルから聞いていた住所と恐らく同じだと思ったヒヨリは家の玄関のインターホンを押した。


ピンポーン!と言う音から数秒後、家の玄関から物音が聞こえガチャンと扉が開いた。そこには黒髪ロングヘアーの自分達よりは年上であろう少女がいた。


コハルのお父さんかお母さんが出てくると思っていた三人の少女達は驚いた様子を見せ、一人は固まる。


「えっと、コハルのお友達?」


「えぇ、そうです。本日はコハルさんにお呼ばれしまして」


「そう、いらっしゃい」


優しそうな笑顔を浮かべて家の中に入るよう促すコハルのお姉さんに三人はお邪魔しますと軽く頭を下げる。だが、一人だけヒヨリのみがコハルの姉を見つめたままぼんやりとしていた。


「ヒヨリ?」


「ヒヨリさん?」


マナミとユリエが心配しヒヨリへと話しかけたとき、ヒヨリはコハルの姉を見つめたままゆっくりと口を開いた。


「セルリアン、さん?」


ヒヨリのその言葉が、静かな玄関に響いた。



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