騎士VS魔法少女


学校が休みの祝日、私は台所を借りて料理していた。以前にコハルにおやつを作ると約束していたけど、中々作る暇が中々作れずにいた。


そうしてようやく迎えた現在学校が休みである土曜日、私はコハルにあげるためのおやつを作っていた。作っているのは簡単なホットケーキだ。ホットケーキミックス以外に牛乳と卵ぐらいしか使わずに作れる。


なので適当に買ったフルーツを切って乗せてから冷やしておいたスプレー缶のような見た目のホイップクリームスプレーを乗せる。取り敢えず、これで完成だ。


前はこうして調理する時間なんて中々取れなかった。と言うのも、前の世界ではほとんどの魔法少女は朝から晩まで時間を訓練や政府からの護衛依頼、ビーストとの戦闘や壊された町の瓦礫撤去作業に駆り出される。故に魔法少女は趣味に使える時間は僅かであり、食事は非戦闘員の魔法少女達が寮全員分のご飯を作っていた。


私が最後に台所に立ったのは、魔法少女の先輩と共にちょっとしたお料理教室に参加したくらいだったかな。


取り敢えずラップをしてから冷蔵庫に入れて冷やす、後はコハルが帰ってくるのを待つだけだ。


使った調理器具を洗って元の場所に戻す、さてこれからどうしよう。これから正直暇だ、課題は既に終わらせているしお母さんは外にお出かけしていて手伝いもない。お父さんは相変わらず引き込もって執筆作業をしている。


コハルは先程急いで出掛けていったから家に居るのはお父さんと私だけだ、いや正確には……。


『ハギュハギュもぎゅもぎゅう……もぎゅ?ごっくん。ご主人様、どうした?』


私の横で余った生地で作った彼女サイズのミニホットケーキ(余った果物付き)を黙々と……いや効果音を付けるならハグハグと食べている自称記憶を司る妖精メリアと、だが。


何故彼女がこうして私の作ったミニホットケーキを黙々と食べているか、と言うと妖精である彼女は食事を基本的に取らない。そんな説明を受けながらホットケーキを作っていると、メリアは地球の食べ物に興味を示したのだ。


なので、試しに余った生地と果物で作ったミニパンケーキを焼いて食べるよう勧めたところ、恐る恐るといった様子で口にすると、何も話さず黙々とパンケーキを食べ始めたのである。


さすがに妖精用の箸なんて持っていないしフォークもないので、素手で食べて貰っているのだが。


あれから、メリアは地球での魔力の反応はウィザーズと私から出ていた事に気付いた。直ぐにでも彼女がスカイレイスへと戻ると考えていた私だが、メリアはその期待を裏切り地球に残ることを選んだ。


与えられた使命である地球での魔力の反応に関しては、光で出来た文字のような線を空中に描くと、メリアが空中に投影させていた魔法陣へと吸い込まれていった。どうやら、地球で言う電子メールや手紙のような物を送ったらしい。


メリア曰く、自分が仕えるべき主を見付けたのだから帰るつもりは無いらしい。


『地球の食べ物、非常に美味…』


「そう、それなら良かった」


そう声を漏らしながら、椅子に座りメリアが食べる様子を眺める。


それにしてもコハルはどうしたのだろうか、出掛ける際、必死な表情を浮かべて走っていったけど。友達と遊ぶ約束を忘れていた?だが、それくらいであんな必死な表情を浮かべるだろうか?


それにしても、コハルのあの表情を私は知っている気がする。


確か、あの表情は──。


自分の記憶を探る、あの表情を見たのはいつだ?少なくとも日常ではない、そうだ。あの表情は軍に所属する魔法少女が、自分の出身もしくは知り合いや友人、親や親戚のいる場所にビーストや敵の魔法少女が現れたときに浮かべていた……から来る表情だ。


だとしても、何でコハルがそんな表情を浮かべる?


その時だった、お父さんの部屋の方から何かが落ちたような物音が聞こえた。即座に一階のお父さんのいる部屋に向かい、扉を開ける。


「お父さん!大きな物音がしたけど大丈夫!?」


部屋に入ると地面に落ちた金属で出来た金色の盾、おそらくお父さんが小説関連で貰った賞だろうか?を拾い上げる優しそうなメガネをかけた男性、私のお父さんがいた。


「あぁ、ソラ!すまないなぁ、大きな音を立ててしまって」


そう片手で頭を書きながら申し訳なさそうに笑うお父さんに、取り敢えずお父さんの身に怪我らしき物は見られなかったので大丈夫だろうか?あの盾が落ちたときに足をぶつけたりしてないだろうか?


「それよりお父さんは大丈夫なの?」


「急に棚から賞状の盾が落ちてきただけだから、大丈夫だよ」


「良かった……それじゃあ私は行くね」


「あぁ、ありがとうソラ」


お父さんの部屋の外に出て元いたキッチンへと向かう。何だろう、嫌な予感がする。そう思いながらテーブルの上を見ればきれいにホットケーキのなくなった皿の横でメリアが何処か申し訳なさそうにしていた。


『ご主人様、メリア謝ることある』


「藪から棒にどうしたの」


『少し前から町の方で魔力の反応あった、ホットケーキ食べてて気付けなかった。ごめんなさい』


「ッ!?急いで行かないと!」


私は急いでお父さんの部屋の前に向かい用事を思い出して出掛けると伝えると「わかった、いってらっしゃーい!」と言う返事が聞こえたので玄関に向かい靴を履き替えて外に飛び出す。


周りに人がいない事を確認して即座に服の中にしまっていたカタリストを取り出し、エスペランサーを模した飾りを握りしめる。


「オラシオンッ!瞬速、身体強化!!」


自分が来ていた服から、漆黒のドレスの上から青いロングコートを羽織った姿へと変わる。フードを被り、身体強化と瞬速を唱える。


魔力が身体中に行き渡っていくのを感じ、即座に地面を蹴り家の屋根に飛び乗る。私の左斜め後ろにメリアがその背中の翼を広げ光の羽を出して私のすぐ後ろに滞空していた。


『ご主人様、このまままっすぐ行けば魔力のある反応がある』


「分かったわ、メリア」


そう言葉を返して屋根を伝って町へ全速力で駆け出した。























建物が崩れて、瓦礫が散乱する場所で私以外のみんなが、地面に倒れて苦しそうな顔をしている。みんな、あの人の攻撃を受けてウィザーズの変身が解けていつもの姿になってしまった。


ウィザーズ・スカーレット、浅桜 陽愛アサクラ ヒヨリは手にしたマジーナステッキを構えたまま、目の前に佇む人物を睨み付ける。


「……弱いな」


そこに佇んでいたのは流れるような銀髪の漆黒の鎧と剣を持った人物だった。彼は手にもった黒い剣を払うように振るうと、背筋が冷たくなるような眼で私たちを見詰める。


ステッキを持つ手が、いや手だけじゃなく体も震える。ガチガチと口から震えて歯がぶつかる音が聞こえる。


それでも彼女が立って彼と対峙できているのは、仲間であるウィザーズを守りたい。今戦えるのは私しかいないと言う純粋な思いによってであった。


「みんなは、私が守らなきゃ……ッ!」


意を決して彼女は握りしめているマジーナステッキに炎を司る妖精サラマンドーラのクラフトストーン、クラフトフレイムをセットする。


「ウィッチクラフトッ!フレイムシュ───」


「遅い」


彼女が技を放つより速く、男が近付き剣を振るう。男の放った剣による袈裟懸けを、ウィザーズ・スカーレットは、受けてしまった。


ザシュッ!と言う音と共に、周りに倒れ付しながらも立ち上がろうとしていたウィザーズへと変身する少女達が驚き焦った表情を浮かべていく。


ウィザーズ・スカーレット浅桜 陽愛アサクラ ヒヨリは、苦悶の表情を浮かべるわけでもなく痛みに叫ぶ訳でもなく、ただ呆然とした表情でゆっくりと地面に膝を付く。


「ヒヨリッ!」


「ヒヨリさんッ」


ウィザーズ・ロゼ、輿水 有理絵コシミズ ユリエは涙を流しながら手を握りしめる。ウィザーズ・エアリアル、早崎 麻菜美ハヤサキ マナミはいつものふざけた様子からは考えられないほど必死の形相でヒヨリへと手を伸ばし彼女の名を呼ぶ。


膝を着きながら横へと倒れていくウィザーズ・スカーレット、その体を構成していた魔力が粒子となり消えていき、普通の少女である浅桜 陽愛の姿へと戻っていく。


「ヒヨリさん!」


そんな姿をウィザーズ・スノウ、兎本 小雪ウモト コユキは涙を流して見詰め、ウィザーズ・ステラ、佐久魔 琥陽サクマ コハルは初めて間近で感じた明確な死に恐怖して涙を流していた。


男は冷めた眼で倒れ伏した少女を一瞥すると、落胆した様子で口を開いた。


「弱いな、なぜこのようなら奴らに敗北したのかがわからん」


正面から弱いとそう断言され、少女達はみな悔しいと思う気持ちがあった。だが、それが事実であることは明らかであり少女達は俯くしか出来なかった。


『おいスカーレット!、スカーレット!!起きろ!ヒヨリ!!』


彼女と契約している炎を司る妖精、サラマンドーラの声が必死にヒヨリへと呼び掛けるが、目蓋を閉じ倒れ伏す少女がそれを聞き目覚めることはない。


この戦いは、明確な死を感じさせられコハルだけではなく周りの少女達も地面に倒れ伏すヒヨリを見て涙を流し体を震わせていた。


「これ以上、我がフォールエンスの邪魔にならぬようここで引導を渡してくれよう」


そう言いながら男は手にもった剣を振り上げた、その時だった。男が突如として焦った様子で振り上げた剣を無理やり持ち変えると、背後へと構えた。


次の瞬間、金属同士のぶつかる音がその場に響き渡る。


「グッ!?」


その音と共に現れたのは黒いドレスを纏い青いロングコートを羽織りフードを被った少女が、男の持つ漆黒の剣へと青い大剣を叩き付け、鍔迫り合いをしていた。


「背後から不意打ち、それも首を狙うとはなッ!」


そう言いながら男は剣を振り払う、払われた剣の重さを利用したサマーソルトで距離を取るセルリアン。一方で男はバックステップを踏み、お互いに剣を構えた。


突如として現れたときに彼女を知っていたのは、この場では倒れている彼女を含めると三人。ロゼとエアリアルは突如として現れた彼女に驚きの声を漏らし、ステラとスノウは身構える。


「セルリアン……」


「セルリアンって、確かユリエさんやマナミさんが話してた?」


フェイン曰く、ウィザーズとは違う魔力を使う謎の少女。そんな彼女の姿にコハルとコユキは驚きの声を漏らした。






















エスペランサーの刃先を後方に向けて剣を握りしめる。チラリと周囲を見渡す、男から少し離れた場所にいる4人と男と私の中間に倒れている一人の少女。


先程、駆けつけた際に見た男と私の中間に倒れている一人の少女がウィザーズから普通の少女の姿へと変わっていく姿から予想するに、この場にいる少女達が恐らくはウィザーズという事だろう。


取り敢えず、私とあの男の間に倒れている彼女がいる限りこの場での戦闘は難しい。移動の際に躓いたり、攻撃の際に当たる可能性もある。


私は地面にエスペランサーの刃先を付けて引きずりながら男へと走る。私が斬りかかると考えたのか、剣を構えた男へと引きずっていた剣を振り上げる。


剣を振り上げた際に石や土で出来た煙幕が出来上がり、一瞬ではあるが男から私への視線を遮る。


「貴様ッ!?」


前の世界での対人、対ビースト戦に置いてでも助けられてきた戦場を利用する戦い方。戦場において卑怯という言葉はない、勝てば生き残り負ければ死ぬ。戦いの場はそんな単純な世界だ。


騎士のような一対一の戦い、正々堂々とした剣道の試合のようなルールなんてない。騙し討ちなんて当たり前、最後の最後まで全力で戦わなければ生き残れない。


一瞬ではあるが出来た煙幕による隙は、私が彼女を少女達の近くに運ぶには充分な時間だ。


「瞬速」


自身を加速させ近くに倒れていた茶髪で桜の髪止めを前髪に着けている少女を抱えて、駆け出す。そして瞬速が解けた頃には少女を抱えた私は少女達の前に立っていた。


急いではいるが、彼女を傷付けないようにゆっくりと下ろして地面に寝かせる。寝かせていると、少女の体が少し動くとゆっくりと目蓋を開ける。彼女の瞳に私の姿が映り込む。


「あれ?わた、し……」


「ヒヨリ!!」


「ヒヨリさん!良かった……」


近くにいたロングヘアの少女と黒髪ショートヘアーの少女が私が寝かした少女に駆け寄る。そして更に駆け寄ってくる一人を見た瞬間、私は自分の眼を疑った。


ハーフアップヘアの少女と、見覚えのあるツインテールの少女……自身の妹である佐久魔 琥陽サクマ コハルが、その場にいた。


コハルが、ウィザーズだった。


その事実に体が、思考が止まる。


なんで。そんな疑問と戸惑いが私の行動を止める。でもいつまでも止まっている訳には行かない。ここは戦場、少しの判断ミスが死に繋がる。考えるのは後にしろ、今はただ目の前の敵を殺すことに集中しろ。


男は手にもった黒い剣で土煙を払う、私は男のいる場所へと駆け出し軽く跳躍しながらエスペランサーを振り下ろす。体重と速度から重い一撃になることは間違いない、受け止めたらさすがに手が痺れるだろう。もしそうなら即座に短剣リュミエールで首を跳ねるか胸を突き刺せば私の勝ちだ。


男はそれをバックステップして避け横薙ぎにその剣を振るう。振り下ろされるエスペランサーを無理やり止めてそのまま横に振るう事で相手の剣を弾く。


やはり、そう簡単に行かないか。


ちょっと打ち合っただけで分かる、この男は強い。剣の技術が、私より遥かに上なんだ。私は先輩の魔法少女や軍の人から様々な剣での戦い方を教えられ自分の戦闘スタイルに取り入れて行った、つまりは我流。


だけど、この男には私のような我流ではなく剣を振るう速さと剣を扱う技術がある。しっかりとした剣術の流派がありそこで教えられたのだろうか、彼は剣を構えるとき必ず同じ構えをとっている。


剣術で敵わないのなら、私に出来る事は。チャンスは1度、彼が隙を晒した瞬間だ。


そう考え、私は身体強化を解きエスペランサーを握る手の力を少し緩めた。


















変身する力が無く目の前に広がる光景を見ている少女達の瞳には、青いロングコートを羽織り黒いドレスを纏ったセルリアンの振るう青い大剣を手にもった黒い剣で弾く銀髪で黒い鎧を纏った男が映っていた。


「すごい……アイツと完全に渡り合ってる」


「えぇ、凄い剣技ですわ……」


まるでいつ呼吸をしているのか分からない程に続く彼と彼女の剣のぶつかり合いにウィザーズへと変身する少女達は感嘆の息を漏らす。


そんな中でヒヨリはセルリアンと自分の力の差を改めて眼の当たりにしていた。もし自分がこのままドーラと共に修行したとして、彼女の様になれるだろうか?そんな不安を心に抱く。


自分達が手も足も出なかった相手に、スピードもパワーも、テクニックも互角。


「……え?」


段々と、セルリアンが剣を振るうスピードが遅くなっていた。


決して見間違いじゃない、見れば男は余裕の表情で剣を振るっているのに対して、セルリアンは段々と剣を振るう速さが遅くなりセルリアンは苦しそうな声を漏らしていた。


あのセルリアンさんが、押されている?


その疑問と眼にした光景にヒヨリは驚愕すると共に、あの男への恐れを覚えた。あのセルリアンさんより遥かに強いなんて、どうすれば……。


「不味いですわ!セルリアンさんが押されています!?」


「頑張って下さい!セルリアンさん!!」


今の彼女達に出来ることはない、せめてもの思いで応援の声をあげる彼女達の願いを、期待を裏切るように男が剣を振るうとセルリアンの持っていた大剣が弾き飛ばされる。


吹き飛ばされた大剣が地面に落ちて金属音を立てる中、セルリアンはゆっくりと地面に両膝を付き俯く。


そしてそんなセルリアンの肩へと剣を向け、男が笑みを浮かべる。


「嘘……セルリアンさんが」


「負け、た?」


そんな光景に少女達の表情を暗く、驚愕した様子を見せていた。


















目の前で膝を付いた私に剣を向ける男はため息を付くとゆっくり口を開いた。


「期待はずれだな……あの少女達とは違い、お前は俺を楽しませてくれると思っていたのだが」


私は肩で息をしながら、男の話す言葉に耳を傾ける。何も打つ手が無く、ただ恐怖と自信を失った様子の私を見て男は更に話を続ける。


「私を失望させた、その罪。その身をかけて償って貰おうか」


チラリと私へと向けられている剣を見る、真っ黒な剣だ。エスペランサーよりも短い片手剣位の大きさの真っ黒な剣だ。


「セルリアンさんッ!!」


遠くから、驚く声が聞こえた。恐らくウィザーズ達の声だろう。そう考えた時だった、男は黒い剣をゆっくりと上へと振り上げた。


それを確認した私はニヤリと口を三日月のような形状にして笑った。


やっと隙を見せてくれた。


ずっとこの瞬間を待っていた、私を殺せるのだと油断して近付き話すなどのあり得ない隙はあったが、この瞬間の為に耐えた。


身体強化で体を強化して左手の中に生成した青い刀身に金色に発光する刃を持つ短剣、リュミエールを握りしめて勢い良く目の前に突き出す。


「グッ!?」


男は驚きの表情を浮かべ慌てて避けようと横へ飛ぶが、私の付き出したリュミエールが僅かに彼の脇腹に掠めた。


エスペランサー希望の──」


右手に呼び寄せたエスペランサーを横薙ぎに振るうが、バックステップで避けられる。私はリュミエールを消して片手で持っていたエスペランサーの柄を持ち横回転しながら、跳躍して男の元へと向かう。


空気熱によって発火し炎を纏ったエスペランサーの刀身を男へと振るい叩き付ける。


ルビアッ!」


先程の回転により先程より更に速い速度での斬撃に、男の反応は間に合わず黒い鎧に右上へと斜めに線が走る。


男の表情に、若干の焦りが見えた。


当然だ、私は相手にさせたのだから。


男より事で、男が剣を振るう速さに私が。自分よりも剣の腕が弱いと錯覚させ、剣のぶつけ合いや鍔迫り合いを多く行い続けることでと認識させる。


後はいかにも体力を消耗していると行った様子で荒く呼吸して、剣を持つ手の力を緩めわざと剣を弾き飛ばさせる。後は隙を見て短期決戦で決着をつけるだけ。


私はエスペランサーの側面で殴り付けようと更に瞬速で男へと接近する、男は防御しようと剣を横に構えたのを確認する。エスペランサーを下から斜め上へと振り上げ、男の剣を弾く。


「なッ!?」


剣を弾かれすぐには剣を振るえない、そう考えた私は即座にエスペランサーを消して男の身に付けている鎧の胸部へと回し蹴りを叩き込む。


「ガハッ!」


男の胸部に叩き込まれた回し蹴りは、鎧の内部の彼の肉を抉り空気を吐き出させる。


何も私はエスペランサー、剣だけの戦いしか出来ないわけじゃない。ビーストだけではなく敵魔法少女を、人間を相手にしていた。故にこうした格闘で相手をする事もあったのだ。


後ろへ飛びエスペランサーを呼び出し握り締めて、一気に踏み込み相手の懐に飛び込みエスペランサーを袈裟懸けに振り下ろす。男は即座に剣を構えてエスペランサーの一撃を受け止める。


「グッ!?貴様、先程から卑怯な手を!」


怒ったのか、鋭い眼光でこちらを睨み付けてくる男に睨み返しながらエスペランサーを握り締め口を開いた。


「悪いけど、私は貴方と決闘をしてるんじゃないッ!」


「ハァッ!」


男が持っていた剣で私のエスペランサーを押し返す、私は即座に横へとステップを踏んで距離を取りエスペランサーの刃先を向ける。


「グッ……仕切り直すか」


男がそう呟いた瞬間、突如として男の姿が消えた。即座に周囲を警戒するがいつまで立っても攻撃がこない、恐らく先程の言葉から撤退したようだ。


私は此方を見つめるウィザーズの視線を無視してエスペランサーを消してその場から駆け出した。後ろから何か聞こえた気がしたが、気にせず私は人気の無さそうな場所まで走り、建物の影に入る。


「ふぅ」


周りに人の目がないことを確認して一息つく。


もし、またあの男と戦うことになったとしたら、恐らく騙し討ちは通じないだろう。かといって私の剣術で押し切る事は難しそうだ。


「どうすれば……」


『ご主人様……』


私の左肩の近くを滞空するメリアが私を心配するような表情を浮かべる。


ウィザーズの一人にコハルがいた、これはとても重要だ。これからは彼女達が戦わなくて済むよう更に私が頑張らなければならない。


チラリと見たウィザーズ達が浮かべていた表情は見覚えがある。前の世界で初めて実戦に向かった魔法少女達が浮かべていた物だ。


自分よりも強く恐ろしい物を見た時の恐怖、相手と戦い戦えると思っていた自信の喪失。


彼女達は戦いを退いた方が良いと思っていた、彼女達からは戦いに関する覚悟を、あまり感じられなかった。


それに相手を殺すと言うことは、逆に自分が殺されるかもしれないと言うことだ。


彼女らは自分が戦場に立つと言う自覚が足りない、それに相手を殺すと言う覚悟と罪悪感はまだ小学生の彼女らに背負わせるのは早すぎる。


戦うのは、私だけでいい。


私は覚悟もあれば自覚もしている、それなりに人も化け物も殺してきた。


そう考えていた時だった、その時だった。


「いや!止めて下さい!」


先程入ってきた方の道路の方から悲鳴が聞こえて急いでそちらに向かうと、マスクをしてジャージを着た少女が、黒い車に連れ込まれていた。


警察?いや間に合わない、取り敢えず追いかけないと。


そう思った私は考えるのを止めて、近くの屋根に上る。そして屋根を伝って車の後を追いかけるのだった。



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