第31話 剣帝ディハルトの矜持 1
「アリエッタ。クリプタ平原に向かわなくていいのか?」
久しぶりに家でのんびりしていた私にリトラちゃんが心配して声をかけてくる。
読んでいた本を閉じてから、思いっきり背伸びをした。リトラちゃんが言ってるのはデルマンを通して私が国に叩きつけた挑戦状のことだ。
あれからアザトゥスがやってきて、私の伝言をデルマンが伝えてくれたみたい。当然、怒り心頭だったけど工場の生産効率が上がっているから大事にはならずに済んだと聞いて少し面白い。
という事の顛末を、疲弊して真っ白に燃え尽きかけたデルマンが教えてくれた。
よっぽど怖かったのか、声がかすれてしばらく仕事ができそうにないかもしれない。
「大丈夫だよ。クリプタ平原でオウが上空から見張っていてくれる。来たら私があそこに転移すればいいだけだよ」
「あやつら、アリエッタがクリプタ平原に住んでいると思っているのか?」
「さぁ?」
「いい加減なものだな」
仰る通りだけど、私が律儀に待ってやる必要なんてない。日時も指定してないし、そもそも私の挑戦状を真に受けない可能性だってある。
だからオウに見張ってもらって、いざという時に私が動いたほうが効率がいい。
普通に考えたらバカバカしいと切り捨てると思う。クリプタ平原なんか行かずに真っ直ぐこっちに向かってくるかもしれないい。
ただ相手が私を過小評価していなければ、クリプタ平原に行く可能性は十分ある。
もし次に差し向けてくるとしたら大勢だろうし、大人数で町に踏み込むわけにもいかないと思う。
町を取り囲んで包囲してきたり、その他の奇襲についても計算に入れている。
ラキやセイがいる私にそれを成功させるなら、クリプタ平原みたいな戦いやすいところで数の暴力で攻めたほうがまだ可能性がある。
術戦課の人達が立て続けに奇襲に失敗しているから、学習していてほしいところ。
「あ! 来た来た! オウが大部隊を見つけた!」
「正直に向かってきたか」
「ミルアムちゃん! エルカーシャさん! ちょっと出かけてくるね! 夕食は鍋にカレーが入っているから温めて食べてね!」
はーい、とミルアムちゃんが研究室で同時に返事をした。
今日はお店が休みのようで、朝から二人して研究室に籠っているみたいだ。仲睦まじいようで微笑ましい。
二人で買い物をしたり外食にいくこともあって、とっくの昔から親友だったように見えた。
ああいう二人の日常はいつまでも見ていたい。そのためにはしょうもない連中をどうにかしないとね。
「リトラちゃん。行こうか」
「うむ。愚か者どもを我が剣の錆にしてくれる」
「剣は遠慮してね」
またポンコツ化して子ども扱いされたいのかな? とにかく私達はクリプタ平原に転移した。
* * *
クリプタ平原に転移すると草木がざわめいた。風が強くて、まるで嵐が迫る直前みたいだ。
見上げるとオウが飛んでいて、真っ直ぐと前方を見据えている。オウの視界を通して確認すると、武装した部隊がこっちに向かってきている。
改めてざっと見ると千人以上はいた。ウッソでしょ? やだ。私の強さ、すごく評価されてる? どこの国と戦争をする気なの?
もう少し目を凝らしてみると、銀髪の若い男が率いているとわかった。先陣を切って堂々と歩いている。
「あれがミルアムちゃんが言っていた剣帝ディハルトかな?」
「剣帝か。ちょうどいい。我の剣で」
「剣はやめろって言ったよね?」
待っているとその大軍が行進してきた。私を確認したディハルトが片手を上げて部隊を止める。
改めて見るとすごい数だな。天獄の魔宮でもこの数と戦ったことは数回程度しかない。
あれは悪夢だったな。フロア全体が魔物で埋め尽くされていて、一回だけ怖くて逃げ帰っちゃった。
そんなことより、ディハルトが私の下へ歩いてくる。
「旅人ではないな。いかにも我らを待ち構えていたと見える」
「あなたが剣帝ディハルト? すごい大物をよこしてきたね」
「我が名は魔導王国四星が一人、術騎隊隊長『剣帝』ディハルト! 国王陛下の命により、貴様を斬り捨てるッ!」
「私は魔術師アリエッタ。こっちがリトラちゃんね」
「子連れだと? いや、しかしあの角は……」
初めて角に突っ込んでくれた人が出た。今までは玩具だと思われていた節があるかもしれない。
ディハルトがとんでもなく大きい剣を抜いて構えた。
「アリエッタ、安心しろ。部下には手を出させん。彼らには私の戦い様を見届けてもらう」
「部下全員に? なかなか真面目な人だね」
「私には後がない。貴様を倒して、私……いや。私達という存在を証明する」
「一対一の勝負ってわけだね。わかった、いいよ」
ディハルトの大剣を前にして私が立った。一陣の風が吹き抜けた時、ディハルトが駆けた。
「斬空剣ッ!」
大剣が大きく空振りした時には転移でディハルトの背後を取っていた。直後、ディハルトの正面にある草木が広範囲にわたって細かく切り刻まれる。
なるほど。もう少し見てみよう。背後の私に向けてディハルトが再び剣を振る。あの大剣をしなやかに操り、高速で何度も斬りつけてきた。
私は置換転移でディハルトとの立ち位置を入れ替えたりして、すべて攻撃を回避。ディハルトは息切れすることなく攻撃の手を緩めなかった。
「くっ! 小賢しい魔術だ!」
「あれ? 私の魔術を聞いてない?」
確かデルマンに教えたはずだけどあの人、アザトゥスには伝えてないのかな?
教えたら殺されると思って言わなかったのかもしれない。つまりアザトゥスより私のほうが怖かったのか。
「知るか! 斬空烈ッ!」
一文字の斬撃が地表を削り取る勢いで放たれた。草木が台風の被害にあったかのごとく吹っ飛んで、草原の地面が剥き出しになる。
ディハルトの側面に転移したところで、私は考えた。この人の強さなら天獄の魔宮の三層まで攻略できるかもしれない。
人間界でよくもここまで鍛え上げたものだなと感心した。それに殺すのを躊躇させるほどの正々堂々、誠実さを見せてくれる。
それに私には後がないという言葉も気になった。次第に息切れしてきたディハルトだけど、めげずに剣を振り続ける。
「ハァ、ハァ……」
「ディハルトさん。後がないというのはどういうこと?」
「貴様が知るところではない!」
「教えてよ」
私がディハルトの懐に転移して指を喉に突きつけた時、動きが止まった。
ディハルトが一筋の汗を額から流す。呼吸を荒げたまま、剣を下ろしてしまった。
「……バカな」
「内容によっては無駄な戦いをしなくて済むよ」
勝負は決したと判断したのか、ディハルトが剣を鞘に納めた。ざわついたのは傍観していたディハルトの部下達だ。
何か口々に囁き合っているけど、私はディハルトの話を聞き出すことにした。
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