第29話 王国会議

 大広間の会議室にて一際、装飾が施された椅子に座るのは魔導王国エイシェインの国王ガイラフ・エイシェイン。

 大半が白髪となった頭髪に彫りが深い顔には長年の重圧に耐えた様が現れている。決して笑顔を見せず、常に上から圧迫するかのような雰囲気を漂わせていた。

 ガイラフが険しい表情で会議に出席している四星を見渡している。国王の両サイドには王国最高戦力の四星が二人ずつ着席しており、その奥に重臣達が続く。

 重臣達はすでに事の次第を把握していた。だからこそ、己の保身ばかりを心配している。

 王室入りを蹴った錬金術師を護衛している魔術師による被害の責任はどこにあるか? 自分には一切の責任がないことを祈るばかりだった。


「我が国を守護する四星よ。敵は如何ほどと考えるか。ディハルト、答えよ」

「ハッ! 敵は我が術騎隊を容易く殺害できるほどの手練れです。実力は我ら四星に比肩すると見立てております」


 四星の一人、剣帝ディハルトは堂々と言い切った。会議の場においても、身の丈を越える大剣を収めた鞘を片手で押さえている。

 ディハルトは魔導王国と呼ばれるこの国で唯一、魔術を使わずに王国最高戦力の一角として数えられてた。

 外見は銀髪の好青年だが、剣を振るえば十の命を奪える。魔術と遜色ない破壊力を生み出す怪物に気圧されずにいるのは三人。


「グオウルム、答えよ」

「俺の最新型のゴーレムのテストにはちょうど良いかと! つまりこの問題の解決方法は俺に任せる、です! ガッハッハッ!」


 魔導王国エイシェインのゴーレム開発局の局長、ゴーレムマスターを自称するグオウルムが遠慮なく笑う。

 短髪の黒髪というさっぱりとした外見に筋骨隆々の男、グオウルムはあまり技術者と見られることがない。

 ゴーレム開発に積極的に取り組んで、ものの数年で最高戦力の一つとしてしまった手腕があるからこその自信だ。

 国王を前にして下品な笑いと物言いをする彼に、重臣達は肝を冷やしていた。


「シャモン、答えよ」

「んー……。もー少し情報がほしいってのが正直な答えですねー」


 国王の前で紫色の枝毛をいじるシャモンは、国内でも最強と呼ばれる魔術師だ。

 術騎隊や魔導機隊に続いて、精鋭の魔術師で構成されている魔導術撃隊は全員が単独で竜を討伐できると言われている。

 部隊ならば小国なら難なく陥落できるほどで、エイシェインの他国に対する最大の抑止力だ。


「……アザトゥス。答えよ」

「陛下……。本件はこの私にお任せいただけませんか……」


 アザトゥスはこの場においても仮面を外していない。故に怒りに満ちた彼の表情を誰も見ることができなかった。

 国王すら彼の発言に追及できず、重臣達に至ってはただ嵐が通り過ぎるのを待っている。


「我が愛する国が……。どこの馬の骨とも知れぬ魔術師に、汚されようとしているぅッ!」


 アザトゥスの奇声に近い発声は怒り、そして愛国心を音として伝えていた。

 これには国王のガイラフですら静観せざるを得ない。なぜなら彼ほど国を愛している人物は存在せず、だからこそ信頼しているからだ。

 理屈よりも怒りの感情をダイレクトに感じさせることで、アザトゥスはこの場の誰よりも発言権を得ていた。アザトゥスがテーブルを叩いて揺らす。


「それもこれもッ! 魔術を持たぬ騎士が足を引っ張ったからである! ディハルト!」

「な、なんだと!」

「貴様の部隊が誰のおかげで未だに我が国を守る戦力として数えられていると思っておる! すべてワシのおかげじゃろうがぁ!」

「くっ……! だが頼んだ覚えはない!」

「ほぉぉ?」


 アザトゥスが対面に座るディハルトに首をひねる。これが会議のいつもの流れであり、主導権はアザトゥスが持つのが常だった。

 アザトゥスの発言は真実であり、ガイラフは彼に絶大な信頼を寄せている。ディハルトの術騎隊は元は魔術を持たない騎士隊。

 王国最古の由緒ある部隊だが、近年のゴーレム部隊や魔導術撃隊の台頭によって鳴りを潜めていた。

 解体の案まで上がっていたところをアザトゥスが手を加えて最高戦力の一つとしたのだから、ディハルトは頭が上がらなかった。いや、頭を上げられなかった。

 先代が守ってきた騎士隊を自分の手で守ることができなかった屈辱はあるものの、救ってもらったことには変わりない。

 しかし屈辱だ。人口魔術式を刻まれた彼らは人相も人格も豹変して、品格すら失われている。

 国の為とはいえ、一人の少女を追い回すのが騎士隊の役割ではない。国王が命じることではない。

 すべての原因をディハルトはわかっていた。


「剣一つで何もかも守ってきたつもりのお前達じゃが、その実態は古臭い精神に囚われた時代遅れの野人に過ぎぬ。

この国で魔導技術が発達するにつれて、用済みとなりつつあったお前達に居場所を与えたのはどぉこぉのぉ? 誰様じゃ?」

「おのれ……!」

「ディハルト。心を落ち着けよ」


 ガイラフの一言でディハルトは完全に沈黙するしかなかった。四星のシャモンは枝毛をいじり、グオウルムは後頭部をぽりぽりとかく。

 こうなっては後の流れが予定調和だからだ。ガイラフはアザトゥスに全幅の信頼を寄せており、誰の言葉にも耳を貸さない。

 シャモンに言わせれば会議という場が茶番だった。だからこそ、シャモンはガイラフからの問いに、嘘ではないが曖昧な返事をした。


「アザトゥスよ。此度のことはそなたに任せる。我が国を脅かす悪の魔術師、及び非国民である錬金術師を討伐せよ」

「ハハーッ! 仰せのままに!」


 ディハルトは拳を握りしめるしかなかった。アザトゥスはしてやったりといった態度で、ディハルトを指す。


「ではディハルト、ワシが命じよう。お前は魔術師がいるクリプタ平原に術騎隊を率いて向かえ! 日時は追って知らせる!」

「ふざけるな! 貴様の命令など!」

「陛下はワシに託した! ワシの言葉は陛下の言葉と心得よ! これは失墜した時代遅れの野人達の地位を取り戻す絶好の機会であるぞ!」

「ふざけた物言いを……! だが忘れるなよ! 任務を達成した暁には貴様に大きな顔はさせん!」


 これにて会議は終了となった。国に仕えるディハルトにとって、国王以外の口から出た命令に従うなど屈辱だ。

 会議室を出た後、ディハルトは歯ぎしりをしながら部隊編成へと着手した。

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