第21話 守りたくなるもの
ミルアムちゃんはすっかり町に馴染んでいた。錬金術師である彼女は魔道具だけじゃなく、薬の開発もしている。
この辺りで毎年、流行る病は子どもやお年寄りが亡くなるほど危険なものだった。
ミルアムちゃんは抗体や治療薬を開発して町の人達に格安で提供した結果、今は立派な店舗を構えるようになっている。
私への護衛の報酬も余裕で支払えるようになったし、その収益は私以上だ。
最初は監視していた衛兵も、町が騒ぎ出すにつれて少しずつお店に立ち寄るようになる。
「ほう、これで腰痛が治るというのか?」
「はい。お年寄りにも人気ですよ」
ついに衛兵の一人がその薬に手を出したところ、ハマってしまった。
しかも衛兵長だったらしくて、彼の命令でミルアムちゃんの店への監視がまったくなくなる。
他の衛兵は薬のおかげで尿で石が出たとか訳の分からないことで喜んでいるから、私にはわからない世界だ。
尿で石が出るって、なに。見られた瞬間、石化させてくる魔物が天獄の魔宮にいたけどその類(たぐい)?
私にも何か合う薬がないかなと思ったけど、考えてみたらこの500年間、一度も病気になったことがない。
ハンターのダルクさんに聞いてみたらこの人も尿から石が出たらしくて、涙を流してミルアムちゃんに感謝していた。
「こいつに長年、悩まされ続けていたんだ! 激痛で仕事にならねぇ日もあった! 本当に……本当にありがてぇ!」
「仕事がら仕方ないとは思いますけど、不摂生はやめてくださいね」
どうも不健康な生活をしていたら石ができるらしい。一度、なってみたいなと言ってみたらダルクさんに怒られた。
滅多なことを言うんじゃねぇなんて、あんなに熱くならなくても。
最近はミルアムちゃんも大忙しだから、私がより食事のサポートをしてあげている。
カレーが大好きなのは人間界の人達も同じで、これがあるから仕事が捗るなんて言ってもらえて嬉しい。
それはいいんだけどリトラちゃんが大食らいで、偉そうにおかわりの要求をしてくるものだから二杯目からは有料にした。
「なんだと! 貴様、よくもそのような卑劣な真似を!」
「あなたもハンターやって報酬をもらってるんだからさ。剣術道場の月謝だって私が払ってるんだよ?」
「貴様がそこまで矮小だとは思わなかったぞ」
「天界の時と違って食事を作るのにお金がかかるの。人間界で暮らしている人は皆、お金を稼いでいる。できないってことはその程度ってことだよ?」
「この我がその程度だと? いいだろう。目にものを見せてくれる!」
とか言って剣術道場の月謝まで自分で払うようになった。ちょっと炊きつけたらすぐ適応してくれる。
今までこのドラゴンに誰も何も教えなかったんだろうか。少しでもそういう相手がいたなら、世界を何回も滅ぼすこともなかったのに。
このリトラちゃん、最近ではミルアムちゃんの錬金術にも興味を持ったようで――
「ふむ、異様な術であるな。しかし我の力にはまったく及ばん」
「はいはい。呼吸のごとくマウント取って邪魔しない」
リトラちゃんを研究室から引きずり出した。当人のミルアムちゃんはニコニコして、そうだねぇなんて頭を撫でていたからありがたい。
ミルアムちゃんは今、魔道車の開発に勤しんでいる。魔転車とは比べ物にならないほど速くて、多くの人や荷物を載せられるみたいだ。
完成予想図を見せてもらったところ、四輪が鉄の車体に取り付けられていた。そういえば馬車に似てる。
動かすのに馬がいらなくなる上に速いとなれば、これは画期的な発明だ。連日のように汗をかきながら部品を一つずつ生成するミルアムちゃんを私は静かに見守った。
錬金術師が使う魔法は大量の魔力を消費しないけど、ミルアムちゃんの魔力量はそんなに多くない。だから一日のうちにそう何回も使えないのが欠点だ。
それでもちっとも辛そうにしないどころか、失敗しても歩みを止めない。まるで天獄の魔宮に挑む私を見ているようだ。
でもミルアムちゃんは私と違って、誰かのためにやっている。これも一つの強さかと私は最近、彼女から学ぶことが多い。
そういう人は自然と助けたくなるもので、だから私は報酬を求めずに食事の世話なんかをしたんだ。
そんな日々が続けば私は何もするつもりがなかったんだけどね。
「アリエッタ。お前、監視されておるぞ」
「知ってるよ。魔力を隠さずに何のつもりなんだろう?」
私を奇襲するつもりなら、天獄の魔宮にいた魔物を見習ってほしい。姿と同時に魔力や気配もなくなるんだから、あれは本当に厄介だった。
今、私を監視しているのは三人。建物の陰に隠れて、様子をうかがっているみたいだ。
時々三人から二人になる。一人になる時もあるし、誰かが裏から操っているのは明白だった。
準備に時間がかかるなら、じっくりやってほしい。相手が万全の状態になって自信をつけたところを返り討ちにしたほうが諦めもつくはずだ。
私は最初からそれを狙っていた。ただ解決するだけなら今すぐにでもズドック工業に転移して滅ぼせばいいだけだからね。
ラキ達がそうだったように、戦闘意欲をなくしてくれたならそれに越したことはない。でも、どうしてもやるというならその時は。
この日の夜、私はあえて夜道を歩いていた。無防備丸出しで襲ってくださいと言わんばかりの状態だ。
だけど不思議なことにこの日も何もしてこなかった。だいぶ前に家を襲撃してきた人達とはちょっと違うかもしれない。
そこで翌日、私はあえて転移でその場から消えてみせた。近くの建物の陰に転移して様子をうかがったところ、一人が道に出てきて周囲を確認している。
ラキの視力を借りてるおかげで夜でも目が見える。あの服装はディムさんと同じものだ。
やっぱりズドック工業とかいうのはまだ諦めていない。それだけじゃなく、予定通り私を警戒してくれた。
さぁ、魔術を見せたんだから分析でも何でもしなさい。
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