第20話 ズドック工業
「はぁ~、ワイは悲しいでぇ」
丸々とした体形の中年男、デルマンはズドック工業の社長だ。彼は元々、大陸南部にあるトルガリア地方から出稼ぎにやってきた一介の商人だった。
それがエイシェイン国内で商売を始めてからわずか十年足らずで国内一の工場を建設する。更に方々の貴族と太いパイプを作り出し、王族とも懇意な関係になることに成功した。
その甲斐があって、与えられた爵位は公爵。荷車一台から商売を初めた叩き上げの彼は、いわゆるブラック思考だった。
根性、精神、気合い、やる気。これらがすべての結果に繋がると考えて、工場の訓示としている。
デルマンは任務に失敗して帰ってきたディムとカスペルに呆れていた。
「ディム、若手の中ではお前に期待しとったんやがなぁ。ホンマ萎えるでぇ」
「申し訳ありません! すべては自分の力不足によるところです!」
「ええか、ディム。これは本来、研修や。将来有望な新人をお前に任せてな、簡単な仕事をやらせたはずなんや。それがなぁ、なんや? 小娘がなんやって?」
「み、見たこともない魔術を、使って……。魔術式の見当もつかず……。消えたと思ったら、別の場所に移動していて……」
「はぁ~」
デルマンはディムの隣に立っているカスペルをジロリと睨む。唇が青く、この世の終わりのような表情をしたカスペルが震えていた。
デルマンが計算用の小型魔道機をポチポチといじって、表示された数値を二人に見せつける。
「これが今回の任務でお前らが出した損失や。どや? お前らの給料からなんぼ差っ引けば補填されると思っとるん?」
「た、ただ働きで挽回に勤しむ所存です!」
「んなもん当たり前やろうが。舐めてるとしばくで、ホンマに。あ?」
「申し訳ありません!」
ディムの魔術師を辞めるという決意など、どこかに吹き飛んでいる。
魔術師をやめたところで、国内にいる限りは今や多くの働き口がデルマンによって牛耳られているのだ。
王族とも懇意にしている彼に睨まれてしまえば、居場所などほぼない。ディムは従うしかなかった。
「しゃーない。お前らの処遇を今ここで決めたる。カスペル、お前は製造部に異動や。死ぬ気で働け」
「お、俺が、製造部……」
「ディム、お前は飼育部や。アンソニーちゃんの餌やりやで。気張れや」
「し、し、飼育部だけはご勘弁を! 嫌だァァァ!」
叫ぶディムを押さえつけるようにして、他の術戦部の魔術師達が連れていく。
ディムが出ていった後、クククと笑う一人の男。デルマンの護衛にして術戦部きってのエースであるハロウが、デルマンの葉巻に火をつける。
彼はディムの先輩に当たるが、若くしてデルマンの護衛兼秘書として抜擢されていた。
「ディムが見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
「……ああは言ったがなぁ。新人とはいえ、うちの若手がほぼ全滅やで。えらいこっちゃ」
「アザトゥス卿が手掛けた術騎隊の兵隊を全滅させた奴と同じでしょう。これは少し情報を集める必要があります」
「こんなところでしくじるのはあかんで。ワイがどれだけ苦労して陛下に気に入られたか……」
デルマンの言葉が止まった。社長室のドアがすぅっと開いて、床から浮いた状態で入室してきた者がいる。
鳥のような不気味な仮面を被り、ローブを羽織った猫背の魔術師がデルマンの目の前まで迫った。
デルマンは思わずハマキを落としそうになる。そして即座に起立して、ハロウと共に頭を下げた。
「ア、ア、アザトゥス卿! い、いらしたんでっか! ご連絡をいただければ、最大限のもてなしをさせてもらいましたのに!」
「連絡を入れたら抜き打ち視察にならんじゃろ? お前は阿呆か?」
「ホンマにその通りです!」
「フン、まぁいい。工場の生産効率と設備、すべて見せてもらった」
見る者が見れば呪術師をイメージするような風貌のアザトゥスは、魔道王国エイシェイン四星の一人にして王国魔術開発局長だ。
王国最高戦力とされる部隊を統括する四星の意思は王族の意思と言っても過言ではなく、即ち絶対だった。
公爵の爵位を与えられたとはいえ、デルマンが彼の意思に逆らうことは許されない。デルマンは胃を痛めながらアザトゥスの機嫌をうかがった。
「そ、それで、どない感じで?」
「まぁ問題ないじゃろ。先月と比べて生産効率が0.023%落ちている件と新魔道具開発の納期が前年度より平均二日ほど伸びている件以外はな」
「はひっ! それは! たいっっへん! すんまへん!」
「これでは術騎隊の強化がままならんじゃろう。まだまだあれは未完成、だからどこぞの何かに葬られるのじゃ」
問題あるやないか、と心の中で叫んだデルマンだった。要はアザトゥスはデルマンに圧をかけにきていた。
アザトゥスが長年をかけて仕上げた術騎隊は彼にとって一種の芸術であり、生き甲斐と言っていい。
術騎隊がアリエッタによって全滅させられてアザトゥスは一度、身を引くことにした。自分が完成させる前に芸術品が壊されてはたまらない。
そこでデルマンのズドック工業にミルアムの拘束か暗殺、術騎隊の兵隊を始末した者の追跡の二件を任せていた。
「今時、魔術も使えないようなゴミどもをリサイクルできたことは間違いなくワシの偉業じゃ。魔術式とは全員に刻まれるわけではない。
血統によって魔術式の有無が受け継がれる。平民の家に生まれた人間のほとんどが魔術式が刻まれておらんからの」
「は、はい。理解してまっせ!」
「そんな愚民でも人工魔術式を刻めば、立派な魔術師となる。つまりその偉業達成のメンバーにお前達を加えてやろうというのに……い、う、の、にィ……!」
「ひぃぃ!」
アザトゥスが怒りで震えている。デルマンがデスクから転げ落ちて、床に這っていた。
アザトゥスは研究者であり、一軍に匹敵する魔術師だ。あらゆる産業に根を這わせているので、アザトゥスがこの国の実質的な支配者と呼ぶ者も少なくない。
エイシェイン国内を実験場とすら思っていると、とある貴族は囁く。
アザトゥスにとってデルマンのズドック工業も手駒の一つでしかなかった。アザトゥスが片手をデルマンのデスクに向けると、木片を散らして破裂した。
「いぎゃぁぁ! さ、刺さった! 刺さったぁ!」
「やかましいのう」
破片がデルマン達に突き刺さり、悲鳴を上げて転げまわっている。アザトゥスはデルマンの頭を踏みつけた。
本来であれば彼を守るのが護衛のハロウの役目だが、アザトゥスが相手では何も果たせない。魔術師としての格の違いを理解していた。
デルマンに至っては頭を抱えてうずくまっている。
「痛いじゃろう? これはワシの怒りの一端じゃ。これ以上、痛い思いをしたくなければまずは工場を死ぬ気で動かせ」
「はひ、はひー!」
「それと例の魔道具士、あれの捕獲もな。ワシのかわいい実験体を始末した奴も、死体にして持ってくるのじゃよ? よいな?」
「仰せのままにィー!」
「では期待して待っておるぞ」
震えるデルマンを冷たく見下ろした後、アザトゥスは浮いた状態で出ていく。
アザトゥスが部屋からいなくなったと確認して、デルマンが机の破片を抜いた。
「ぐうぅあぁーーー! 痛い! は、早く医療課を呼べェ! おい! 誰かおらんのかぁ!」
「デルマン社長! 早急に対策を考えます! 術戦課の『特殺部隊』に動いてもらいます!」
「後がないんや! ズドック工業の……いや! ワイらの命のために、全戦力を投入するんや!」
「ただちに! うぅ、いてぇ……」
ハロウがよろけながら立ち上がって、社長室を出ていった。デルマンは痛みに耐えながらも拳を握る。
「どこの馬の骨か知らんがな! ワイを怒らせて、ただで済むと思うなやッ!」
デルマンが顔を紅潮させて拳で壁を叩いた。
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