第16話 町での生活

「こんなに素敵な家をプレゼントしていただけるなんて……」


 築七十年の民家だから、お世辞にもいい状態とは言えない。それでもミルアムちゃんは私にお礼を言った。

 ここなら雨風が凌げるし、必要な家具は買い足せばいい。それにまだお金が余っているから、家の修繕費だって出せる。

 まずは家の中を掃除して、埃っぽさや汚れを徹底して落とした。途中、ラキがいなくなって焦ったけどキッチンの収納棚にすっぽりと収まっていて安堵する。


「セイの嗅覚のおかげで探し当てられたけど、あまり勝手にいなくならないでね?」

「なぁーお」

「よしよし」

「がう!」

「セイもよしよし」

「クアっ!」

「オウもよしよし」


 一匹を撫でれば全員、撫でなければならない。

 行方不明になっても、ラキを仕留められる魔物なんて今の人間界にいるとは思えないけど。

 それでも私はすでに三匹に対して愛着を持っているから、何かあればそれなりに心配になる。

 そうこうしているうちにミルアムちゃんが長らく使われてないキッチンや風呂周りを修理して、この民家はかなりマシになった。

 二日目には足りない家具を買い足して居住性を更に高める。魔道具の研究室を作ったおかげで、ひとまずの準備は整った。

 その間、リトラちゃんはずっと寝ていてまったく役に立たない。期待してないからいいけどね。


「アリエッタ、つまらん作業は終わったのか?」

「つまらんとか言うな。そうだね、これからは第二段階、ミルアムちゃんの魔道具を町に普及させるよ」

「愚民どもに施しを与えるということか。なるほど、支配への一歩としては悪くない」

「そういう邪悪な方向には行かないけどね」


 私の目的はこの国でミルアムちゃんの安全を確保することだ。

 衣食住、そして研究と開発ができる環境を整えた後は魔道具を作ってもらう。

 どこか遠い国に逃がそうかとも考えたけど、それも確実じゃない上に一時しのぎにしかならない。だったら私がこの国を変えてやる。

 その間、私はこの民家に住まわせてもらうことにした。幸い、部屋数は多いからそのうちの一つを使わせてもらっている。

 ミルアムちゃんの魔道具開発が進むように、必要な部品があれば私が調達していた。

 その他、食事の用意も私が担当している。食事時になると匂いに釣られたミルアムちゃんがふらふらと研究室から出てきて、三匹が私の傍らでスタンバイしていた。

 油断するとつまみ食いされるから意外と緊張感がある。


「アリエッタさんって料理がうまいんですね。このチキンソテー、皮がパリッとして香ばしいです。どこかの料理店でお勤めされていたんですか?」

「店? 店は……ないかなぁ」

「そうなんですか。お店をやっても通用するおいしさですよ」

「そうかな……あっ!」

「クアッ!」


 油断するとオウについばまれて食べられる。鶏肉なんだけど共食いかな?

 でも他の鳥類を餌として食べていただろうし問題ないか。この子達の食事はちゃんと与えているのに意地汚いこと。クアッじゃないんだわ。


「ふむ、まぁまぁといったところか。もぐもぐもぐ……ぺろぺろぺろ」

「リトラちゃん。皿まで舐めるくらいおいしいなら、ちゃんと褒めてね?」


 一番意地汚いのは竜だ。お行儀よくしなさい。

 この子達の餌代も稼がないといけないから、ハンターギルドでの討伐依頼が欠かせない。

 初日以来、私がハンターギルドを訪れるたびに会話がピタリと止まる。

 息を殺してこっちの様子をうかがうハンター達がいる中、ダルクだけは堂々としていた。リトラがやったとはいえ、腕を怪我させてしまっては本業に差し支える。

 そう思って声をかけたけど腕の怪我は治療院で治してもらったから、仕事には差し支えないらしい。そんなダルクさんとは今ではすっかり和解している。

 今まではダルクさんがボスだったけど、その自信もないとのこと。あれから自分がいかにお山の大将であったかと冷静になって考えたそうだ。


「よう、アリエッタ。今日は何をぶっ殺しに行くんだ?」

「一番報酬が貰えるやつかな」

「だったらキングリザードがいいんじゃねえか? 一匹は俺達が討伐したけど、まだ残りがいるはずだ」

「じゃあ、それにしようかな」


 依頼書にサインをしてから転移。キングリザードの生息地である森の沼地で、セイの嗅覚が役立つ。

 おかげでどんな魔物でも簡単に見つけ出すことができた。この日も沼地に潜んでいたキングリザードを嗅ぎつけてくれたおかげで瞬殺完了だ。

 私とは別にリトラちゃんは最近、剣術に興味を持っている。大剣を得意とするダルクさんに近づくのはいいけど、そのたびに体を震わせるのがちょっとかわいそうだ。

 腕を折った張本人だから、しばらくはこのままかもしれない。

 

「人間、その剣という得物は役立つのか?」

「へ? あ、あぁ。それなりにな」

「我に群がってきた雑兵どもがこぞって使っておったが、まるで話にならなかったぞ。大体、そんなもので……もごっ!?」


 なんかダルクさんにマウントを取り始めたから、私が口を塞いで引きはがした。私が言えた口じゃないけど、もういらない波風を立てるんじゃない。


「何をする! 本当のことではないか!」

「そういうけどさ。リトラちゃん、剣なんか使えないでしょ」

「たわけたことを! あんなものを振り回すくらい造作もないわ!」

「ホントかなー?」

「おのれ、みくびりおって!」


 リトラちゃんはこの日から剣を持つようになった。だけど使い慣れない武器のせいで取るに足らない魔物になかなか命中させられず、ゴブリンにすら当てるのに一苦労だ。

 泣きべそをかいて帰ってこられたら、さすがの私にも罪悪感というものが芽生える。

 ノリでからかった責任を感じて、リトラちゃんに町の剣術道場に通うように勧めた。


「我に人間の教えを乞えというのか!」

「違う、違う。逆に考えるんだよ。人間など我の力に糧にしかならん、とね」

「フ、よくぞ我の思惑を見抜いた。さすがは我を破っただけはある」

「こうも切り替えが早いのも才能の一つかな」


 機嫌を直したリトラちゃんは張り切って剣術を磨いている。成り行きでこうなったけど、剣術を学ぶことで少しでも人の気持ちを理解できたら御の字だ。

 師範や門下生とケンカにならないよう、私が同伴しなきゃいけないところ以外に問題点はまったくない。手のかかる子だこと。

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