第8話 大空神ガルーダ

 90層の災厄、大空神ガルーダ。数多の魔物から空の制空権を取った伝説の怪鳥だ。

 とある人々は空の神と崇めて、とある人々は太陽の神と崇めた。空を制した怪鳥にとって、地上を這う生物なんて餌と変わらない。

 雄々しく翼を広げて大空を舞う姿に畏怖したのは人間だけじゃなかった。

 海の悪魔と呼ばれたクラーケンすら、怪鳥の獲物となる。怪鳥が舞う時、人間の船を山ほど沈めたクラーケンは深海でやり過ごした。

 陸、海、空。もうどこにもガルーダの敵はいない。

 空を制する者が世界を制する。誰かが言った時、誰かもそう思った。

 時代を越えた言い伝えは今も受け継がれていて、人々の中には何としてでも空を飛ぼうとする者が未だにいる。

 魔術の力、あるいは魔道具の力をもって飛行する船を人々は作った。人々の空への憧れの起源、それが大空神ガルーダだ。


「……で、そのガルーダはなんで魔宮に放り込まれたのさ」

「飽きたってさ」

「そんな理由で? フェリルはそれでよかったの?」

「彼もその気になれば脱獄できると思っているんだろう。そうはさせないけどね。ただこの話を聞いてピンときたはずさ」


 そう、ガルーダは今までの災厄と違う。何せ誰にも封印されていない。

 その武器は異常とすら呼ぶに相応しくない視力だ。大空から地を這う小さい虫すら視認できるっていうんだから恐れ入る。

 そこまでいかなくても大昔、旅の商人を襲っていた山賊をガルーダが上空から滑空して瞬殺して去っていたなんて逸話もあるらしい。

 で、私はそのガルーダにこれから挑むわけだ。80層から90層まで、実は10年ほどかかっている。

 私としては少し時間がかかったなと思うけど、フェリルに言わせれば上出来らしい。

 この層の難易度は1層から80層を足してもまったく及ばないほどの異次元難易度だという。

 つまり一見して時間がかかっているように見えても、今の私の強さをもってすれば80層までの難易度ならカレーを作るより簡単に攻略できるらしい。

 そう考えると、私の成長率はフェリル達も予想できなかったようで。


「アリエッタ。君は人間界に帰ったらどうするつもりだい? 自分を迫害した家族に復讐でも?」

「え? 家族?」

「覚えてないのかい?」

「うーん……」


 私が考えていると、フェリルはフッと笑った。もう人間界で起こったことなんて、私にとっては小さなことですらないみたいだ。

 でも、復讐とまではいかなくても挨拶くらいはしてもいいかな?

 ラキの顎を撫でながら、ガルムことセイの背中も撫でる。セイの名前の由来は正義。

 人々の脅威になっている魔王を討伐したんだから、正しいことをしたはず。だから正義のセイだ。

 というネーミングを発表したら、そういうところは人間らしいねなんて軽くあしらわれた。狐のキュウなんて思いっきり笑いやがったよ。

 そんな日常を過ごしつつ、私が90層のガルーダを追い詰めたのはそれから二年後のことだった。


「クアァァ……!」

「もう降参してよ。あなた、何も悪いことしてないんだからさ」


 壊転移は敵の硬度を無視して絶対に破壊する。神剛の宝玉を連続で壊転移すれば、ガルーダの翼を破壊するのは簡単だった。

 今の私は素早い相手にも的確に転移させられる。飛んでいようが高速で移動しようが、殺すだけなら脳天に宝玉を転移させるだけだ。

 だけどガルーダはあえて殺さなかった。ガルムと違って襲ってきたから対処したけど、そもそもこのガルーダは何も悪いことをしていない。だから少し気になった。


「カァ……」

「もう、しょうがないなぁ」


 特製の味付けをした干し肉を放り投げた。ガルーダはジッと見つめた後、ついばむ。

 次々と放り投げてガルーダが曲芸みたいにクチバシでキャッチする。食べ終えた後、ガルーダは私に頭を下げた。


「クアァ! カァ!」

「あなたも一緒に来たいって? いいよ、ついてきて。あ、でも大きすぎるからもう少し小さくなれない?」

「クァッ!」

「わっ! ホントに小さくなった……」


 さすがは人智を超越した存在というべきか、巨大な鳥がカラスと同じくらいのサイズになった。

 私も長いこと人外と付き合ってきたおかげで、言っていることが理解できるようになっている。

 ガルーダは天敵もいなければ、空を飛ぶのも飽きた。だから数多の災厄がひしめく天獄の魔宮なら退屈はしないと思って、自力で天界に向かった。

 だけど、その天獄の魔宮でもほぼトップの存在だったのはなんとも気の毒な話だ。90層の災厄として構えていたガルーダだけど、魔宮はここで終わりじゃない。

 最下層である100層には神獣ですら手を焼くような化け物が封印されているとフェリルが脅してきた。


「天敵がいないと思っていたガルーダだけど、そのガルーダすらも100層から漂うプレッシャーに気圧されている」

「フェリル、つまりそいつが世界最強の災厄ってこと?」

「そうだね。こいつが世に解き放たれたら、世界が何十回と終わるのは実に簡単さ」

「そいつの名前は?」

「邪神竜グリドーラ」


 邪神竜グリドーラ。人が誕生した当初から幾度なく人の歴史に終止符を打っている。

 人間界の歴史がぶつ切りになっていて、尚且つ不透明な部分があるのはすべてグリドーラのせいだ。

 約千年周期でグリドーラによって人の文明が終わり、そのたびに人々は文明を一から作り上げた。

 人が誕生してからすでに数千年の時が経つけど、その割に文明が進んでいないのはグリドーラのせいだとフェリルは語る。

 まさに人々にとって邪神であり、真の意味での災厄だ。これに対して見かねた神獣達はグリドーラを天獄の魔宮奥深くに封印した。

 グリドーラは神獣でさえも滅ぼすのは至難の業であり、フェリルは私が90層を制覇した時点で止めようと思っていたそうだ。

 そんな状態だから、グリドーラは神獣達によく思われていない。特にキュウなんかひどかった。


「俺がその気になれば、まぁちょちょっと片づけられるけどね? だけどそれをやっちまったら血を見ることになる。誰の血かって? 決まってるだろ、グリドーラさ。あいつは」

「うんわかったキュウってすごいんだね!」


 必死すぎて見ていられなかった。キュウは置いておいて、フェリルを始めとした他の神獣はもう誰も私を止めない。

 その理由はすぐにわかった。100層に到達した時、ついに私はグリドーラと対面した。

 強烈なプレッシャーというから構えたけど、何の圧も感じることなく辿りついてしまう。

 そこにいたのは巨大なフロアに寝そべる巨竜だった。そいつが目をうっすらと開けて私を見る。


「……何かと思えば、人か。よもや神獣どもがこうも血迷うとはな」


 こうして私と邪神竜との戦いが始まる。そして今日の晩御飯はカレーだった。

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