家族の皆様、【転移魔法】のどこが最弱なんですか?~神獣が住む天界に転移して500年、最高鬼畜難易度ダンジョン【天獄の魔宮】で鍛えすぎたおかげで世界最強になりました~

ラチム

第1話 家族から追放される

「アリエッタ。期待しているぞ」


 今日は魔術式の儀だ。私、アリエッタは領主の娘として生まれた。

 領主であるお父さんは当主として、領民に威厳を示してこそ統治は実現すると考えている。

 つまり自分はもちろん、子どもである私達にも強力な魔術の使い手であってほしかった。

 というか、ここにいるほとんどの家の人達も似たような考えだと思う。格式が高い魔術師であれば、この国で優遇されるからだ。

 10歳になった私は神殿で、術式の儀を受けようとしている。

 体内に刻まれている魔術式が発覚するのが10歳、家族の誰もがこの日を待ち望んでいた。私を除いて。

 そんな私の顔をゲリッツ兄さんが覗き込んでくる。


「アリエッタはどんな魔術がいいんだ?」

「えー……。お兄ちゃんみたいな氷系がいいな」

「もし氷系の魔術なら、私がみっちり鍛えてやるぞ?」

「それは怖いなぁ」


 長男のゲリッツ兄さんがからかうように笑う。口では氷系がいいなんて言ったけど、私は何でもよかった。

 どんな魔術式でも、どうせ私はどこかに嫁に出される。

 この前、夜中に起きた時に両親が私の縁談の話をしているのを聞いてしまった。領主の家に生まれた以上、それはどうしようもない。

 一方でゲリッツ兄さんは長男、次期領主の座が確約されている。更に強力な魔術式が刻まれて才能もあるから、お父さんの下で厳しい教育を受けていた。

 勉強と訓練の毎日で、本当に期待されているんだと思う。


「お、伯爵家の息子の番か。お前の婿だぞ。よく見ておけ」

「そうなんだ……」


 伯爵家の息子のボーマンは私と同じ歳の男の子だ。あの伯爵家は領地内でもっとも納税額が高いから、両親もお気に入りだった。

 正直に言うと、私はボーマンがあまり好きじゃない。伯爵家に招かれた時、ずっと自分の自慢話ばかりで私の話なんか聞いてくれなかった。

 婿候補で言えば他にもたくさんいると思うけど、両親はあの伯爵家を気に入っている。だから私の婚約者になったのはボーマンだ。

 吐き気がする。生まれの定めとはいえ、好きでもない男の子と結婚させられた後は言いなりになりながら生きなきゃいけない。こんなこと、口が割けても言えないけど。


「ボ、ボーマン! そなたの魔術式は【雷槍】だ!」

「ら、らいそう!?」


 神官が大声でボーマンに雷槍と告げる。ボーマンは期待と動揺が混じったように瞬きを繰り返していた。


「雷系の魔術式だ! シンプルな魔術だが、七大魔術師の一人と同じものなのだ!」

「すげぇ! じゃあ、俺も大魔術師の仲間入りってことかぁ!」


 神殿内は大盛り上がりだ。この後に魔術式の儀を受けた子達も雷槍ほどじゃないとはいえ、いい魔術式が刻まれていた。

 特になぜか私を目の敵にしている子爵家の娘であるカトリーネの魔術式は【再活】とかいうものだった。治癒系の魔術式は貴重らしくて、あっちの家族は大はしゃぎだ。

 カトリーネは勝ち誇ったかのように、私に向かってフフンと鼻を鳴らして笑っていた。

 あの子はボーマンが好きなんだと思う。一度、パーティでボーマンが私に熱心に話しかけているとものすごい形相で睨んでいたのを見た。

 ボーマンが私の婚約者になった後、会うたびに誰も見ていないところで私に嫌味を言ってくる。私だって、できることなら譲ってあげたい。


「次、アリエッタ」

「はい」


 いよいよ私の番になる。気が重い。何でもいいからすぐに終わらせて帰りたかった。

 そして神官が杖をかざして魔法陣を描くと、私の胸元が光る。


「……これは」


 神官が言葉を詰まらせていた。神殿内が静まり返る。


「アリエッタ、そなたの魔術式は……【転移】だ」

「てん、い?」


 それがあまりよくないものということは、神殿内の雰囲気でわかった。どよめきがやがて嘲笑に変わる。

 私達のところへやってきたのはお父さんだ。


「神官、何かの間違いではないか? 転移とは名ばかりで、実際には一歩程度の距離しか移動できないという最弱の魔術式だろう!?」

「間違いありません。なんというか、お気の毒です……」

「そんな外れ魔術式が私の娘に……」


 やっぱりよくない魔術式だったみたいだ。お父さんは拳を震わせて、私を睨みつけた。


「今まで手塩にかけて育ててやったのに貴様はッ!」


 お父さんが私に平手打ちをした。頬がジンジンと熱をもって、やがて痛みを感じる。意味がわからなかった。私が何をしたの?

 更にゲリッツ兄さんまで私を冷たい視線を向ける。


「アリエッタ。お前に責任はないと思うが、さすがに同じ家族でいることはできない」

「ど、どうして?」

「私はこれから領主として生きていかなければならん。その上でお前のような存在は枷にしかならんのだ。社交の場に出るたびにお前のことを聞かれたら、なんと答えればいい?」

「わ、私だって何かしらお仕事をがんばるから!」


 私の訴えなんて無意味だった。身内の恥は一家の恥、ゲリッツ兄さんも世間体が大切だっただけだ。

 そんな様子にボーマンは冷笑を浮かべて、カトリーネは楽しそうに笑いを堪えていた。

 カトリーネはともかく、やっぱりボーマンは私じゃなくて私の家柄しか見ていなかったんだな。領主家の娘を娶ったなんて自慢したかっただけだ。

 そのボーマンが私に近づいてきて――


「アリエッタ、お前とは婚約破棄になるだろうな。俺の父さんとお前の父さんも反対しないだろ」

「そう……」

「なんだ? やけにあっさりと受け入れたな。まぁいいさ。領主の娘とはいえ、お前みたいなブスと結婚するのは嫌だったんだ。せいせいするぜ」

「そうだね。お幸せにね……」


 ボーマンがニヤけながら婚約破棄を告げてきたけど、むしろありがたい。

 この日から、家での私の扱いは一変した。まず食事もろくに与えられず、部屋は物置に移動させられる。

 使用人達からも最低限の世話しかしてもらえず、服もまともに着替えられない。

 何かしらの祝い事があっても私は呼ばれず、屋敷の食堂から楽しそうな談笑がかすかに聴こえてくる。

 ゲリッツ兄さんもわざと私がいる物置の前を通りかかって、聞こえるように嫌味を言う。ついこの前まで家族だった人達とは思えない。

 そんな日々が四年ほど続いた後、私は家を追い出された。

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