第二話 地球

『地球に住む皆様こんにちは、こんばんは……本日より兼城財閥新会長に就きました15代目深瀬幸一より皆様にご挨拶を』


 力に溺れた者は泳ぎ方を知らない凡人である。


『私たち兼城財閥は地球に住まう皆様の安全、安心を提供するために日々技術の進化、流れるように変わる時代の変化に対応して常に成長を続けて参りました』


 その声は空気も音も何もない、そこに『無』だけが存在する真空の世界でも男のヘルメットに繋がるラジオで彼の耳にも届いていた。

 あくびが出るような前置きと退屈な内容に男はため息をつきながら目の前に広がる暗闇の世界へ身を乗り出す。体から体重が、抵抗する力が失われさっきまで乗っていた鉄の塊に繋がるロープがなければ彼の体は永遠に波のない海で流されていただろう。


『我々兼城財閥はこれより人類の大きな第一歩、人類の待ち望んでいた平等と平和を同時に皆様にご提供したいと思っております……』


 それは開戦の合図だった。

 男が漂う暗闇が続く海の向こう側、大きな青い海が見える惑星に向かって赤く燃える火球がいくつも降り注ぐのが確認できた。

 「遅かったか」と、口から漏れた言葉には焦りはなかったがついに始まってしまったのかというどこか他人事にも思えるその男はロープを伝って再びその鉄の塊、|M/Wと呼ばれる彼の相棒のコックピットに乗り込んだ。

 相棒の装甲に硬い何かがいくつもぶつかる度に彼は軽い衝撃を受けることとなる。


『我々は常に人類のためと思いM/Wの製作を続けて参りました。それは平和を築くためには武力が必要である……そう肯定しなければ我々は我々の仕事を続けられない。しかし、地上に住まう皆様はそんな私たちの考えを理解することなく、我々の製作したM/Wを戦争に利用し未だ地球には平等も平和も実現されてはいない!』


 「なぜ人は争う!」と大声をあげたその声に彼は反論のための言葉を用意し口内でソレをつぶやく。

 それは彼も知りたいことであった。人類の永遠の課題であるその問いに対して答えを持つ者が居るのであれば、一度顔を合わせその理論をじっくりと聞きたいものだ。

 僕が神ならソイツにその平和な世界を作らせるだろう。

 しかし、ソイツには理論はあっても力はない。誰かを動かすこともソイツが何かを生み出すことも不可能である。それよりもソイツはまず永遠の命を欲することとなる。

 誰かを動かすには絶対的な地位が必要だ。だが、ソレはただの人間ではいけない、絶対に死なない永遠の命を持った独裁者でなければいけない。

 そうでなければ平和な世界は続かない、一代でソレは終わってしまう。どんなに優秀な独裁者であれ神であれ絶対的な地位を持つ者はいつしか没落し、そこから先は歴史書や神話を読めば予想がつく。


「我々は人間だ……だからそんな世界は作ることができない」


 コックピットのモニターをその男の演説中継にかえると正装を身にまとったその男は大ぶりなジェスチャーを行い見る者、聞く者の心を動かそうとしていた。

 その光景をモニター越しで見る彼は再び大きなあくびをすると相棒を起こすように彼のモーターを駆動させる。音の存在する地上であればその駆動音が確認できるが、ここには空気がないためソレを確認する術は自分の座るコックピットの細かい揺れだけであった。


『我々は能のない者による世界の統一は望まず、我々は力なき者に支配されることを認めない!

 我々月の民は地球に住まう人類に対し平和と平等な世界を提供するために一度地球から生命を一斉に浄化することをここに宣言する。

 我々月の民は神に代わりキミたち地球人類に天罰を下す!これは分岐点である、キミたち地球人類の方が正しいと言うならソレを我々に勝利して証明するがいい!』

「人間が神の名を語って神に代わると言うのか……誰がソレを許す」


 争いを好まぬ者の辿り着いた結論が武力であるならばなんと滑稽な話なのだろうか。平和主義者の語る対話は実現されず結局は歴史の繰り返し、武力によって武力を制し平和を実現させることとなってしまうのが人間の性。

 弱肉強食を勝ち抜いて今を生きるのだからその方法が一番正しいのかもしれない。

 しかし、僕は戦争を否定することはないが肯定するつもりもない……彼の行うことは僕にとっては好ましくないことなので僕は彼と徹底的に戦うことを宣言し彼らの前から姿を消した。

 どこまでも暗闇が続く海、広大なこの宇宙を漂う鉄の塊は息を吹き返したように背中のスラスターに青い光を灯し眼前に佇む自然と人間の共存する惑星へと近づいてく。


「角度良好、速度安定……この様子ならあと数時間か。敢えて出雲の防空システムは作動させる」

『拾ってもらうくらいなら発光信号あげますよ』

「いや、彼らに拾ってもらうことに意味があるんだ。ユーラシアは特にダメだ彼らは警告なしに打ち落としてくる」


 戦争を止めるため、終わらせるために僕は戦わなければいけない。ヤツがその運命を作り出したというなら僕は抗わなければいけないからだ。




―星暦2170年〇月◇日 《手記》

 兼城財閥が月に完全移転してから3年、月で深瀬幸一が独立を宣言して2年と3か月、僕が地球に帰還して2年と2か月。


 僕は悩んでいた。


 何を悩んでいるかって?ソレは簡単。僕には心から信頼できる友人というのが機械以外にはいない。

 ここ、日本は一応僕のふるさとではあるが、僕が住んでいたときとは様子が変わり今ではみんなが政府と軍事会社の出雲が作り出した大きな壁の中に引きこもっている。

 日本の壁の外、つまりは僕が今住んでいる場所は毎日のように月から送られてくるAIエイリアンによって攻撃が行われ人間が住めるような状況ではない。僕は友達がいるから大丈夫であるが、僕のように強い味方のいない一般人には厳しい環境となってしまった。

 戦場に咲く花たちは踏みつけられ、大地に根を張る大樹は根元から引き抜かれなぎ倒される。罪なき人間だけでなく植物までもが傷つけられていた。


 手記を書いている途中であったが、その手を止めざるを得ないほどの衝撃と轟音が彼の隠れ蓑として利用される朽ち始めた倉庫に到達した。

 倉庫の屋根は剥がされ砂埃と砂利が部屋の中を充満させることで彼は軽い怒りを覚えながら自らの頭部を守るために漆黒のヘルメットに手を伸ばす。


『おはようございますマスター。昨晩……いや、今日の眠りは14分と27秒と短すぎます。それに朝食だって乾パン一切れそれも具材なし……機械の私にもその食生活は味気ないと思います』

「上手いこと言うじゃないかこれでもうお腹いっぱいだ。それよりも今の位置は?」


 説教を垂れ流すプログラムを組んだ覚えはないが、彼のヘルメットからは女性の合成音声で彼と会話することのできるAI……彼は彼女のことをダナと呼ぶ。


『出雲の訓練兵と月のエイリアンが交戦中です。位置はバイザーモニタに映しますか?』

「頼むよ」


 椅子に掛けていた白衣を着ながら彼はヘルメットのバイザー内に映しだされた地形マップを確認する。現在いる位置から爆風の威力でおおよその場所は計算していたがそれは人間の計算であって結局はそれ以上に精密な機械を利用しなければ状況というのは把握できない。

 バイザーモニタに映されたマップには赤と青、わかりやすく地球側は水の色で彼の敵である月のエイリアンは赤と区別していた。これはお互いが発する電波をダナが受信し自動的に識別している。


「相棒、起きるんだ!仕事の時間だよ」


 その男の号令に呼応するよう鉄でできた重厚でずんぐりむっくりな体を持つ相棒はその巨体をゆっくりと起き上がらせた。整備終わりのその体はいつも以上にピカピカで漆黒のボディは太陽の光を反射させ黒光りする。

 その巨体の足取りは重くその足音は巨体に見合った重低音、大地に轟く重低音は彼の興奮を駆り立てた。




「こちら出雲訓練師団、敵の奇襲を受けた!至急援護求む座標は?!」

『オペレーター確認しました。これよりスカルヘッドが援護へ向かいます』

「なんて呑気な!?」


 国を守るための軍隊が訓練中に敵の奇襲を受けるとは笑えない冗談であった。しかし、敵である月からのAIエイリアンは体内に取り付けられた電波妨害信号を常に放ちレーダーにその機影を決して映さない。そのため今回のように月からの奇襲作戦に苦戦するのが今の地球側勢力であった。


「全員背中に気をつけろ!M0-R02モアは背中の装甲が薄いんだ!」

穂乃果ほのか少尉、敵がどんどん増えています!モアの武装じゃ耐えることもできません!』


 訓練用M/W【M0-R02】通称モア、体長は11mと現代で活躍するM/Wの中では小柄な方であったが機体に掛かるコストはどこの国が使用しているM/Wよりも安価で加工がしやすいことで出雲では長い間モアシリーズは愛用されてきた。

 月から地球に攻めてくるエイリアン、今回はサソリのような見た目からスコルピオンと呼ばれるAIはそれぞれに知性は少ないものの代わりに数で攻めてくるのが特徴だ。一機のM/Wに対し平均6体で襲い掛かってくる。

 徐々に味方、訓練兵であるが3年の訓練を受けてきた者たちのM/Wが攻撃によって腕を失ったりコックピットが破壊されるなど被害が増え始めていた。

 出雲訓練師団を任されてしまった澤多 穂乃果少尉は、この本来想定されていない状況で部下にどのような指示を与えればいいのかとマニュアルが存在しないこととオペレーターの呑気な対応に舌打ちをしつつ敵の数と部下の被害状況を把握することに専念する。

 だが、エイリアンは彼女にそんな時間を与えることはない。動きの鈍った彼女の機体に向かって一斉に体当たりやサソリのような尻尾から回避行動を牽制する目的の射撃を行いながら接近してくる。


「チィッ……!人間に作られた機械なら人間に従いなさいよ!」


 ヘルメットのバイザーを閉じて外界の音を遮断すると彼女のM/Wが手に持つ口径110㎜のマシンガンを乱射する。その音は高級な高性能M/Wであれば自動的に遮断される音であるが、安物のモアシリーズではヘルメットのバイザーを閉じなければ鼓膜を破壊する代物であった。

 マシンガンから排出される巨大な空の薬莢の数だけ敵が倒せたらどれだけ戦況は変わるだろうか、彼女の目の前から敵の数は一向に減らず弾の消費だけが増えている。モアのコックピットに設置されたモニターの残弾数はリロード目安を超えレッドラインに突入していた。

 まだオペレーターの手配した援軍はこないのか?スカルヘッド部隊は航空部隊であり戦況変化にそこまで影響しないが、援護があるかないかでは精神的な負担が減るものだった。


『少尉、航空支援部隊の援護入りました!電波障害がひどく確認を行いたいとのこと』

「何言っている!?この状況で判断するのは貴様らだと言っておけ!」


 その伝達はこちらに確認が来るよりも早く彼らの支援攻撃はすぐに始まった。

 上空からのミサイル雨が地面にクレーターを作りながらこちらに近づいてきている。

 彼らはエイリアンの放つ電波でマップが狂っていた、おかげで目視で敵の位置を確認を行っていた。彼らの確認とは地上で戦うモアのコンピューターが自動で敵の位置が記すマップを転送しろとの確認であったが、ソレを上手く伝えられなかった部下とソレを上手く汲み取れなかった上官によってより高度な技術を必要とすることになってしまった。

 目視による支援攻撃であったが熟練のパイロットの行うモノであったために彼らの攻撃は段々と精度が上がり始めエイリアンに直撃させることが増え始める。エイリアンの装甲は月で採掘される新鉱石のルナリウムが使用されていると言われミサイル一撃では破壊することは困難であったが、頭上からの爆風や衝撃によって姿勢を崩させることは可能だった。

 姿勢を崩したエイリアンに攻撃を仕掛けるのは我々地上部隊である。

 細かい高速の振動によって熱を帯びた刃、ヒートブレードを構えたモアがスラスターを全開にしてエイリアンに接近しその硬い装甲を融解させながら切断する。


「AとCグループは物資輸送のBを援護しながら壁に撤退!Dは私とここで抑えるわよ!」

『無茶ですよ!?この数』

「ならば全員ここで死ぬわよ!今回の訓練で発見された物は何としてでも本部に持ち帰らないと私たち地球人類の明日は今より見えない暗闇になる!」


 そう命令した彼女はモアのスラスターを全開にし敵の塊の中へ飛びこんでいった。彼女を勇ましいと思うか、それとも死に急いでいる愚かなヤツと思うかは兵の中でも意見が分かれるが彼女が敵陣の中に飛び込むことで生まれる時間というのは彼らにとっては貴重な一瞬だ。

 意を決して雄たけびをあげながら彼女に続いて突撃する者とその場から動けなくなる者、このような状況は本来のその人を見せる。

 既に弾を使い切ってしまった重火器を武器として振り回し無駄なことだとわかっていても抵抗することは人間と同じ考えを持たぬエイリアンには理解できない行動であった。彼らは自らのデータに人間は予測できないと上書きをし、その何をしでかすかわからない生き物に対して最善の戦い方を行う。


「戦い方が変わった……後退して遠距離を狙うつもり?」


 エイリアンの群れが絨毯爆撃で牽制しながら一斉に後退をはじめ煙によって視界が遮られる。M/Wの攻撃はその視界を遮る煙幕によって精度は落ち射撃は無意味なモノとなってしまう。


「距離を離すな!ヤツらは人間と違って正確に狙撃してくる、撤退を行っているグループが狙われてしまう!」


 量産型M/Wであるモアの出力は限界を迎えていた。

 機体装甲や関節部位から聞こえる音やコックピットに伝わる振動の変化が経験の浅い訓練兵である彼らにも理解できる。彼らの踏み込むフットペダルにかける力が弱まっているのは安価で特別頑丈というわけでもないモアに対する不安の表れであった。そのため無意識のうちに次々と速度を落とす彼らのモアは、距離をとったことで射撃体勢にはいった焦りや失敗を知らない機械のエイリアンにとっては狙いやすい的となる。

 エイリアンの一斉射撃は追撃を行うモアや撤退をする輸送グループに対し飽和攻撃を開始する。

 サソリ型の尻尾にあたる兵装から放たれた砲弾は薄っぺらなモアの装甲を容易に貫通し中に乗る訓練兵をコックピット内で四散させる。

 彼らの断末魔、この作戦を決行させた穂乃果を呪うようなその最期の声は無線を通し彼女の耳に張り付いた。けれどもその選択をおこなったのは彼女であり、どんな結果であろうと彼らを道連れにしてでも今回発見された希望を持ち帰ると決めたからには途中で決意を曲げることはできない。

 彼女を少尉に任命し訓練師団を与えた指揮官を思い浮かべ彼女は罵詈雑言を吐きながら最後の突撃を始めた。

 誰よりも速く誰よりも力強く敵陣に突撃する穂乃果であったが、量産型同士の戦いもエリートによる戦いも決着とはその機体の性能とパイロットの才能によって決まる。

 人間の知能を越えたAIの下す判断は正確で怒りと焦りから動きの単調になった彼女の機体はエイリアンの予測を狂わせることはできず、脚部や腕部と四肢を次々に破壊され地面に倒れたその様は誰もが決着のついたものだと判断する。

 少尉は死ぬ、ソレが彼らの予測する未来だ。

 攻撃によってモアの全身をつなぐ動力パイプやメインカメラが完全に破壊されたことで暗闇と化したコックピットの中では手動によってハッチを開けるしかなかった。機体全体の熱が上がり熱せられた鉄板のようなハッチに触れ懸命にモアの背中から脱出するも外の景色はまさしく地獄。彼女のように突撃する者が居なくなったことで再び前進を行うエイリアンに対して倒れる部下たち。


「ごめん……なさい」


 彼女はそんな光景をみて、自分の判断によって死んでいった部下に対して謝罪をすることしかできなかった。もう生き残ることは頭にはない、誰の声も入ってこない無線に対して何度も謝罪する。

 ついに彼女はエイリアンたちによって囲まれた。全長12mのバケモノは抵抗することもできないちっぽけな人間をその尻尾に取り付けられた装備でバラバラにすることは簡単であったが、ソレを行わないのは独自に進化を続ける機械の人間に唯一近づいた悪趣味な思考がそうさせたのであろう。

 彼女はなんでも受け入れるつもりだった。自分の選択によって部下を死なせ生き延びることはできないとして彼女はヘルメットを外し最期に見る空の景色を眺める。

 そのときだった。

 突如、モアの砲撃でも支援部隊によるモノでもなくエイリアンたちが行っている攻撃でもない別の砲撃音が戦場に複数鳴り響く。エイリアンの視線は一斉にその音のなる方角へ向けられたと思った刹那、何かが私の体に体当たりする。

 人間と同じ温度を感じたソレは私を抱きかかえモアから飛び上がった。


「こんな戦場でしかもヘルメットなしとか脳の回路がショートしているのかい?」


 同じ言語を話す全身黒いスーツのソイツは手首のあたりから伸びるワイヤーをエイリアンに引っかけ地面すれすれをぶら下がりながらそう言った。

 バイザーまでもが黒く染まったヘルメットでその表情はわからないが恐らく困惑しているのだろう。口に砂が入らないようにしっかりヘルメットを被れと忠告するとソイツの手首から伸びるワイヤーは機械によって勢いよく巻き取られその勢いを利用して空高く飛び上がった。


「思った以上に飛び上がったね、地上からこんなに離れてしまったら着地が大変だ。サソリを使って離れようと思っていたけど上手くいくかな?」

「あ、アンタ誰よ!?」

「……時にお嬢さんなんでこんな所で訓練兵が訓練を行っていたんだ?この辺りはほぼヤツらによって更地と化して人は住めない状況であるというのに……キミたちに求められるのは残された国や国民を守るための市街地を利用した戦闘ではないのかね」

「助けてもらったのはありがたいけど、こんな状況で得体の知れないアンタにそんなことを教えることはできないわ」

「なるほど……確かにこの状況じゃ何も話すことはできないな。じゃあ、状況を変えて僕の正体がわかれば話してくれるということだね」

「何言ってんの?」

「背中を地面に向けて落下するのは意外と怖いからそろそろ終わりにしたいね。キミはなるべく僕の体に隠れるよう密着させて……ああ、変な意味はないから安心してくれ。ただ衝撃に備えてって意味で……」

「ほんとに理解できないんだけど!アンタ何者なのよ!?」

「さて……相棒、終わらせるんだ」


 言われた通りソイツの体にヘルメットを密着させた瞬間、鳴り響く爆音と地上から見えた複数の閃光は目視しなくても確認できた。


「状況を変えることができたよ。あとは僕の正体がわかれば良いということだが、ソレはまた後日にしよう。それよりもだ……」


 大の字に落下するソイツに密着させていた上体を起こしバランスを取りながら地上の状況を確認するとアレだけ手こずっていたエイリアンが跡形もなくなっていた。複数のクレーターだけが地上に残り、目視で確認する限りその攻撃に巻き込まれた訓練兵はいないようだった。

 確かにコイツの言う通り状況は変わった……だが、コイツは歯切れ悪そうに何かを言おうとしている。


「それよりも?」

「それよりもだ……キミはパラシュートを持っていたりしないか?」

「持ってないけど」

「なるほど……では相棒、僕の落下速度に合わせてくれ」


 先ほどからソイツの言う「相棒」という存在がどんな者かと聞こうとしたその瞬間、地上から穂乃果たちが落下する高度まで接近する黒い塊が見えた。その塊は巨大な人間の手のようなもので私たちを包み込み再び落下を開始する。

 包み込まれたことで完全に外界の景色を見ることはできなかったが体が浮かび上がる感じで落下していることは分かった。そして数度、聞きなれたスラスターの音が聞こえ減速を繰り返しようやく地上に到着するとソイツは私を解放する。


「……アンタいったい何者よ!」


 解放され地上に降りてからようやく「相棒」の姿を拝むことができた。ソイツを掌に乗せるずんぐりむっくりなM/Wは出雲の古い資料に載っていた量産機の旧式プロトタイプにそっくりであったが、旧式は量産に見合わないことで計画は破棄されていたはずだ。だから今の量産型はモアで統一されている。

 見間違い、思い違いと私の勘違いでなければそのM/Wは骨董品扱いされる決して前線で戦えるような機体でないが、私たちが苦戦していたあの状況を一機でひっくり返してしまった。クレーターを見るに旧式の肩部に取り付けられた多連装ミサイルポッドが関係しているに違いない。


「僕は何者かという質問に対して今は答えることができない」

「なら、助けてもらったところ悪いけど連行させてもらうわ……」

「壁の中に僕が入れば間違いなく逮捕されてしまうよ。これ以上は僕に干渉するな……部下を連れて早く帰るんだ」

「え?ちょっ待ちなさいよ!」


 そう言うと一人と一体は私に背を向けて人間の住む壁とは逆方向、いまだ日本政府も現状を把握できていない地帯へと歩き始める。その方角への一般人の侵入は当然、国は許可しておらず即刻警告射撃を彼女はおこなった。だが、それでもソイツは止まることはなくいつしか姿は見えなくなってしまった。


『少尉、追跡しますか?』


 まだ動けるM/Wに乗った新兵がM/Wを失った私の代わりに追跡を試みるも私はソレを却下し壁への撤退を優先することにした。


「アイツはいったい誰なんだ……?」

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