ロストテクノロジー

きゃきゃお

はじまり 前哨

 月明かりが照らす彼の舞台。迷い子の魂が呼び寄せ終わりない夜。

 おやすみなさい、おやすみなさい。

 彼がやってくる。

 おやすみなさい、おやすみなさい。

 この月明かりの下で共に眠りましょう。


 今はもう忘れられた彼の故郷に伝わる民謡。

 何かを決意した時、彼は必ずその歌を口ずさむ。

 その不気味な歌詞が意味することは、いまだ彼自身理解はしていない。ただ歌詞の彼が誰であるかは知っていた。


……敵は?」

『現在判明している限り、この宇宙空間にはマスターを追って月面基地から出動したΔデルタ部隊と惑星アイオン付近で訓練を行っている月の新兵しか存在しません。輸送船はすべてアイオンに収容されています』

「新兵の数とその上官は?」

『上官はケイネス・フロント、新兵は23名……噂によると今年の新兵は血気盛んだと』

「じゃあ、今日が人類初めての宇宙戦闘で彼らは最初の犠牲者というわけか……彼らが利口であることに賭けるとして……」


 男は左右のスラスター制御のための操縦桿の動きを確認し、目の前のモニター以外光の存在しないコックピットの中で数字を数える。その数字は彼にとっての敵の数を意味し、一人一人の位置を目の前のモニターで丁寧に確認した。

 モニターには元は地球と月の一部であった3つの星が映し出され、その星と星の間で動く複数の赤い点の位置を記憶する。


「相棒、無線は?」

『訓練中の新兵が開放しているモノをキャッチしました』

「ダメだねぇ……実戦だったらその子は最初に死んでしまうよ」


 男は暗闇に溶け込む漆黒のフルフェイスマスクを被ると目の前にはヘルメットのVRモニターによって宇宙そとの景色を見ることができた。今日も宇宙は暗闇が広がっていて彼にとっては無限の未知が広がっていた。

 その光景を見ていつも以上に深く深呼吸を行う。

 無臭、無音、集中を乱すようなモノをすべて排除し男は追ってきた部隊、そして現在訓練を行っている新兵と戦闘になることを予測し最終チェックを行う。

 モニターに表示された残弾数は少々心もとないが、彼にとってはソレが最大の不安の種となることはなかった。

 頭上のスイッチを上げてその訓練兵から傍受した無線の内容を把握しどこに誰が居るかなども確認する。


『バイタルチェック……正常です』

「そうでなくては困る。何のために薬を投与したっていうんだ……ダナ、敵はこの残弾で十分か?」

『マスターのセンスがあれば余るくらいです』


 その問いに相棒とは別の作られた女性声がヘルメットの中に響く。


「じゃあ、何人生き残る」

『ゼロです』

「そうか…………」


 意を決した男は民謡の二番を口ずさんだ。

 必ず魂は浄化されるという内容だ。



―月と地球の資源惑星アイオン―

『こちらストームΔ01、繰り返すこちらストームΔ01、各員に通達する目標は旧式プロトタイプを奪取し逃走中。目標は会長を殺害した容疑も掛けられている発見次第捕獲或いは頭だけでも持ち帰れとのことだ』

「目標とは?」

『例の“ヤツ”だ』

「り、了解した……」


 軍上層部のみが使用する暗号化された無線通信に対してそう返したのは現在資源惑星アイオンの付近で新兵の訓練を行っていたケイネスであった。

 例のヤツが動いたということは次は幸一派の動き次第では何かが起こる、今日中に何かが始まると彼の勘はそう告げていた。

 ヘルメットのバイザーをあげると歳のせいか、顔から染み出る脂汗をふき取り訓練を行う彼らにこの情報をどう伝えるのかを必死に考える。


「彼らにはまだ実践には早すぎる……しかし、なぜこのタイミングなのだ」


 ケイネスはそう神に問うが、神は都合よく彼の問いに答えるような存在ではなかった。彼の問いには沈黙が返る。

 新兵を連れて最初の訓練がまさか実践であるとは誰も予想できなかっただろう。彼の新兵時代は軽い作業、惑星に設置された地球の資源倉庫の修理を行った程度のことで実践を想定した訓練や戦闘という言葉自体彼は軍内部で聞いたことがない。


「新兵の班長のみ無線を開くように」

『開きました』


 ケイネスの命令に新兵は応える。


「急遽別の任務が発生したため訓練を終了する」

『別の任務とは?』

「これより月面基地から奪取された旧式プロトタイプに搭乗する目標との戦闘が始まる」


 新兵の班長が息をのんだような反応を見れば他隊員の反応も無線を繋げなくてもわかるものだった。彼らにとっては訓練もままならない状況でいきなり実践に放り投げられるのだから頭のねじが外れた愚か者でなければ逃げたいと思うだろう。

 しかし、月の兵士として自ら志願しようやくM/Wパイロットに任命されたというのに「逃げたい」とは上官の私に向かって言いだすことはプライドもあってできないだろう。

 だから私は彼らに生きるための選択肢を与えることにした。


「旧式プロトタイプに搭乗した目標は恐らく地球の大気圏突入が目的である。我々はソレを阻止するのが任務であるが、途中目標は武装補充のため資源を確保する可能性を排除することはできない……自信のない者はこれよりアイオンの拠点に帰還しアイオンの防衛を担当するように」


 そう命令するとケイネスは新兵班長との無線通信を別動隊、現在アイオンに駐留する彼の部下たちに同じ命令を下した。しかし、新兵と違い彼の正規の部下たちは戦闘を求めるイカレた連中であった。

 ケイネスの話を聞くといきなり一人の兵士が発狂のような奇声をあげ、ケイネスのM/Wのモニターには複数の味方機体が映し出される。

 それらとの入れ替わりで新兵たちにはアイオン基地に帰還してほしかったのだが、思いのほか彼らは臆病ではなく共に戦うと残った隊員がほとんどであった。


『こちらストームΔ01、繰り返すこちらストームΔ01……目標を確認した。目標旧式プロトタイプはまっすぐアイオンへ向かっている。おそらくアイオン基地に設置された電磁カタパルトを利用するつもりなのだろう。我々は後方、アイオン側は前方からの挟み撃ちという形になる』

「こちらアイオン……ケイネス了解した」


 ケイネスはM/Wの肩部に設置された試作であったが電磁砲台を用意するとコックピットの座席からVRスコープが彼の頭を隠すように下りてきた。

 一昔前までの宇宙では敵を見つけるのは困難なことであったが、時代が流れ軍事民間どちらの技術も性能も進化した現代ではそれも最新のAI技術によって可能になっていた。

 すべてのM/W(マシンワーカー)には学習するAIが搭載されレーダーやカメラの視覚情報から敵を判別することができる。同時に相手の行動も手に取るように読むことが可能で、ある程度の誤差であればAI側が勝手に修正して操縦をおこなってくれたりする。

 今の訓練は昔よりも操縦桿を操作しなくてよくなっていた。

 これから彼が使用するM/Wの電磁砲台もAIが射撃訓練を積んでパイロットの癖などを理解し勝手に修正し目標を補足することが可能となっている、彼のやる仕事といえば操縦桿でスラスター角度の調整と武器の発射ボタンを押すくらいだ。


「これより電波無線は封鎖、使用する際はアイオンとの光通信を使用」


 しかし、ご令嬢は……いや、会長様はとんでもないバケモノを飼っていたようだな。人の皮を被った怪物に噛まれたことは完璧である彼女の唯一の失敗であろう。

 不安そうにM/Wの頭をきょろきょろさせる新兵……多くは25歳前後であるが、彼らとほとんど変わらない……いやヤツの方が少し年齢が下であることはケイネスにもわかる情報であった。

 しかし、そんな男は自分と対立する幸一派と戦うことを迷わず決意したようだ。だからこのような事件が起こった。その覚悟は恐らくこの場で警戒態勢を敷く我々以上の覚悟であろう。

 地球時間に合わせられたM/Wの時計を確認すると警戒態勢を整えてから約17分、Δ01機の無線の位置から考えるともう現れてもいい頃であった。

 ケイネスの顔がすっぽり埋まったVRスコープのスポンジが彼の脂汗を沢山吸い取った頃、彼のM/Wは背後から衝撃を感じ取った。敵であるかと急いで背後を確認すると通信が自動的に有線に変更される。

 M/W同士が接触することで通信は自動的に無線から有線に変更される、これを彼らは古い地球映画を文字って『E.T.通信』と呼んでいた。

 今回は目標の敵ではなく、新兵班長であった。


「どうした。通信はアイオンからの光通信にしろと命令したはずだ」

『それが訓練機04と11からの通信が途絶えて……』

「何!?」


 ケイネスはその報告に急いで光通信の拡散で各機に警戒のレベルを上げるよう命令を行った。これは軍のマニュアルに則っての行動であり、軍の定めたこの行為は正しいモノだ。

 しかし、彼らは相手が悪かった。光通信の拡散は傍受する男にとっては新しく配備された機体を含め全機体の位置を知る都合のいいモノに変わる。彼らは緊急事態時におけるマニュアルに則ったことで自ら危険に身を晒すこととなった。

 2本の光の交差する線が現れ続いて音もなく宇宙の暗闇の中に一つの光が生まれる。VRスコープを通さなくても視認できるほどの光だ。

 ケイネスがこれを確認できたのは幸運だったのかもしれない、彼はその光をすぐに僚機の爆発であると断定できた。


「全員戦闘態勢だ!警戒ではない、戦闘だ!」


 M/Wのカメラが自動的にその光の線の先、ビームであろう光線の発生元を見つけスコープが勝手にその物体を追跡し始める。

 星が流れるようにスコープのカメラ外に移動する中で3つのテールノズルから発していた青い光だけが必ずカメラの中に残っている。それがM/Wのスラスターによる光であるのは新兵にも理解できるだろう。

 不規則に流れ動く青い光は数本の光線を再び発射すると同時にその本数分の星が生まれた。


「聞こえるかΔ!こちらアイオン、ケイネス中佐目標を確認したが我々ではどうすることもできない!応援を求む」


 しかし、返事は返ってはこない。これが意味することを頭が理解していても彼自身がソレを認めることはできなかった。

 そうしている間にもまた一線の光が僚機を飲み込んでは再び瞬く星となる。これが繰り返されているうちに味方の開かれた無線が断末魔を残して次々砂嵐に変わっていく。


『クソッ……クソッ!なんだアレは速すぎるッ照準が追い付かねぇ!なのになんでアイツのは当てられるんだ!』


 ソレは誰しもが持つ疑問であった。目標の乗るM/Wは旧式で訓練兵や新兵が乗る訓練用のM/Wにすら劣っている物だ。しかし、そのスピードはM/Wの出せる速度ギリギリを出していることで味方の攻撃は空を切り目標の装甲を掠ることもなかった。

 だが、目標の攻撃は正確に一撃で僚機を打ち落としている。

 次々とモニターから僚機を意味する青い点が消えることで彼は初めて自分も撤退することを頭に浮かべた。

 けれども彼がソレを実行に移すことはなかった。


「チィッ!これでも喰らいやがれ!」


 急速に彼の機体に向かって接近する目標に対し閃光弾を打ち込み一瞬ひるんだ隙を見計らって彼は宇宙を漂うデブリの影へとM/Wを隠す。

 しかし、これをチャンスと見て怯んだプロトタイプに追撃をかけようとする僚機とスラスター全開でソレを振り切ろうとするプロトタイプの命懸けの追いかけっこが始まった。

 ケイネスは「馬鹿者……」と頭を抱え援護射撃を行う。

 光線が飛び交う宇宙でソレを華麗に躱すプロトタイプが停止し何かを射出した。

 黒くて四角い……バズーカのマガジン?使い切ったから破棄したにしてはなぜ速度を緩め背中側に投げるようなマネを?

 その疑問の答え合わせはすぐに行われた。マガジンに残っていた弾薬に火がつき強力な閃光を放ち火球が現れる。当然閃光によってプロトタイプと距離を詰めていた僚機は怯む、立て直すのを待ってくれるほど優しい相手ではない。

 筒状の物体の先端から機体の動力源となる核融合炉のエネルギーを使用した熱線の剣ヒートエッジによって僚機のコックピットは貫かれた。

 バックパックの核融合炉が破壊されたことで内側から破裂するように爆散する。

 それから少しの間だが、戦闘が止まった。生き残った僚機も散り散りに近くのデブリに身を隠し目標の観察を行っている。


『抵抗することなくM/Wから降りてデブリの影から出てくるんだ……そうすればコチラは攻撃することなくキミたちの命だけは無事にアイオンに返すと約束しよう』


 突如封鎖していたはずの無線から聞こえてきたのは少年の声だった。まだ幼さの残る大人になりきれないモノだ。この語りかけてくる声を聴いて今戦っている相手が自分よりも年下であると理解し驚く者もいたかもしれないが、この声に対して言葉を返す者はいなかった。


「命だけは?」

『そう、命だけは無事に帰れる。しかし、M/Wからは降りてもらう……追跡されたら困るからね』

「そんなことに従う者がいると思っているのか……?我々もお前もお互いが武器を向け合って殺し合いを行っているというのにお前の言うことを簡単に聞くと思っているのか?」

『しかし、この戦いは僕の優勢だ。実際キミたちの位置はこちらがすべて把握している……キミらがお互いに味方の正確な位置を知らないとしても僕はわかる。もし、隠れているデブリから武器でもなんでも少し見せれば攻撃を再開するよ』


 その脅しにも近い警告はハッタリではなかった。現にM/Wに搭載されたM/Wそっくりの見た目と識別番号を持つデコイを射出した部下のM/Wがデブリごとビームで撃ち落とされていた。

 ケイネスは目標の言うことをおとなしく聞いた方がいいと判断するもその後の対応、無事にアイオンの基地に戻れたとしてもアイオン基地に戻ってから生きていられるとは確定していない。

 追跡を好まないと言うなら目撃者も同じレベルで邪魔に思うはずだ。


『抵抗しない者の命まではとらないよ……』

「抵抗しない者の命を取らないだと?お前は私の部下を沢山星に変えたではない」

『……最初に撃ってきたのはキミたちで僕は正当な防衛を行っただけだ。キミたちだって戦場に出たからには殺すという明確な殺意を持って殺される覚悟を持っているだろう?ソレと僕の理論どう違うって言うんだい』

「狙われたら躊躇なく殺し、隠れた敵に照準を合わせ逃げ場のないことを悟らせて投降を求めるというのは軍人としては最高の心構えだ。だが、人を殺すのに躊躇いが無いってのは人間としては最低最悪だな」

『だが、キミたちは慈悲を与えることなく僕を殺すつもりだっただろう。これだけキミたちに生きるチャンスを与えている僕を最低呼ばわりするキミの方が最低だよ』


 「バケモノめ……」と、つぶやいた男は目標との通信を切りそんなバケモノを傍に置いていた亡き会長を非難すると仲間に合図を送る。

 もとより彼らの覚悟は決まっていた。安全にアイオンへ帰る時間もあったが、彼らはソレを行わずここで戦っていた。

 ほぼ同時に数か所のデブリから現れたM/Wは最後の雄叫びのようにモーターを回転させその目標に目掛け持っている武器を使用する。


『ソレが答え……だと言うんだね』


 その悲しみと哀れみを含んだ声色のその言葉が彼らの聞いた最後の通信、最期に聞いた人の言葉だった。


「僕は彼らに生きるチャンスをあげたが、これを彼らは求めていた……なあ相棒、準備はいいかい?」

『私はマスターに従います』


 静寂の中、漆黒の外装に包まれたM/Wが青いスラスターの光の尾を引き暗闇に閉ざされた宇宙そらを舞う。

 星となったM/Wの光を飲み込む黒い機体は地球の大気圏へ挑む。

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